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リアクション
「そういえば……緑の機晶石は今、リト様がお持ちで?」
貴仁と共に洞窟を訪れていた常闇 夜月(とこやみ・よづき)は、両手の中でくるくるとティーカップを回しているリトにそう尋ねた。
「うん、そうだよ」
リトはワンピースの胸元からお守り袋を引き出して見せる。彼女がそれを見る目はほんの少し寂しげだった。夜月はそれに気付き、思い切って自分の意見を提案してみることに決める。
「私は、緑の機晶石を核に機晶姫または機晶兵を起動できないか、またその際にウィズ様の意識を徐々にでもいいから引き上げることは出来ないか、と考えているのですが」
夜月の言葉にリトは悲しみと切なさの入り混じった複雑な表情を浮かべたが、少し沈黙した後で首を横に振った。
「私は、ヴィズが私と同じ『死ねない身体』になるのは、良いことだと思えない……」
「それはどうかな?」
近くで話を聞いていたルカルカが、リトを諭すように言葉を繋ぐ。
「魂が在るだけでは生きているわけではないし、機晶の身体は部品の交換をしなければ、ヘタしたら人より早死にするのよ。リトは”生きた弟”と一緒に”生きたい”と思わないの?」
「そんなの、思わないわけない……! でも……」
「まあ、無理強いはしないわ。本当はヴィズに意見が聞けたら良いんだけどね……」
ルカルカの言葉を受けて、リトは自らの拳をぎゅっと握る。そんな仕草を眺めていた貴仁が、一言「聞いてみませんか?」と声をかけた。
「ヴィズさんの言葉。もしかしたら、応えてくれるかも知れません」
ヴィズの見ている夢のようなものだけでもリトに伝えることが出来たら、と貴仁は考えていた。少なくともハガルの治療に関することよりは、こちらの方が力になれる気がする。
「どういうこと?」
「緑の機晶石に触れさせてもらえますか? 手放したくなければ、リトさんが握ったままでも良いですから」
リトは少し迷う素振りを見せたものの、お守り袋から緑の機晶石を取り出してそのまま右の手の平に乗せた。
貴仁は差し出された右手にそっと自らの左手を乗せて石に触れる。そして他の使えそうなスキル全てとともに【サイコメトリ】を発動すると、瞳を閉じて左手に意識を集中させた。
緑がかった乳白色の靄。それが徐々に薄らいでいくと、ぼんやりとした情景が目の前に広がってくる。
森。若木の多い、新緑の森だ。
少女の声が聞こえる。この声には聞き覚えがある――ああ、そうか。リトの声だ。
『――ダメ』
――え、駄目?
『お願い、この苗木は切ったりしないで。これは私とヴィズとハーヴィで、一本ずつ植えたものじゃない』
――大丈夫だよ、切るのは僕が植えたやつだけだから。今年は天候が悪かったんだ。でも、これを切ればリトとハーヴィの木には水や栄養がいくし、日を浴びて大きく育つことが出来る。
『ダメ! 大きく育たなくたっていいの。それより、三本とも一緒に育たなくちゃ。森は一本の大木じゃ成り立たないのよ』
『ねぇ』
『切らないで』
『いかないで』
『私のために死んだりしないで』
――ああ、リトが泣いている。
そんなつもりじゃなかったんだ。僕は君を喜ばせたかった。君を生かしたかった。
『私がヴィズを殺した』
――そんな風に思わせてしまったの?
僕はただ、君を守りたかっただけなのに。それなのに、僕は君を一人ぼっちにしてしまったの?
ねえ、リト、泣かないで。
ごめんね。
本当は僕、君の隣に居たかったんだ。君の下手な料理を食べて、ハーヴィの調子外れな歌を聴いて、笑いながら木々の世話をして。
そうだ、僕は、リトを独りにしたくない。どんな醜い姿でもいいから。君の隣で、僕は生きたい……!
貴仁が目を開くと、目の前のリトはその双眸から静かに涙を流していた。
重ねた時よりも更にそっと左手を離して、貴仁は一言「聞こえましたか?」と尋ねた。
「分からないの……でも、ヴィズが生きたがってるっていうのだけは……分かった」
リトは緑の機晶石を両手で包み、ぎゅっと胸に抱く。それから意を決したように「上手く身体に嵌るように、みんな協力してくれる?」と尋ねた。
「もちろん最善を尽くしますわ」
と夜月が答える。
ヴィズの身体にはダリルから譲り受けた調律機晶兵が用いられることが決まった段階で、忙しなくパソコンのキーボードを叩いていたソーンが一度、彼らの許へやって来て数枚の書類を差し出した。
「これは……?」
「僕のせめてもの罪滅ぼしですよ。身体的特徴など、遺跡に残されていたヴィズ君の情報をまとめたものです。詳細なものとは言えませんが、少しでも元の人物に似ていた方が良いでしょう?」
驚いたように見つめるリトの視線には気付かぬ振りをして、ソーンは自らの作業に戻った。
幸いにも頭脳部分が残されていたH-1の修復は、ダリルの確かな技術力によって順調に進んでいた。四肢のパーツはかなり駄目になってしまっていた部分もあったが、これを直すのはさほど困難なことではない。動力の機晶石は少し傷ついていたので、持参した上質な機晶石へデータをサルベージすることで対応した。
治療薬については以前ソーンが行ったハガルの検体検査のデータを参照しながら、知識のある者たちがこぞって意見を出し合い、あらかじめ方向性を決めてから開発に取りかかることとなった。ハガルを魔石から出すのはギリギリまで突き詰めてからにしたいところだ。
作業を始めてから何分、何時間が経過したのか分からない。少なくとも今この空間には、誰もそんなことを気にする者はいなかった。全員が協力して、一つの目的を成し遂げようとしている。
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