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始まりの日に

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始まりの日に
始まりの日に 始まりの日に

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 及川 翠(おいかわ・みどり)がアレクに今日の事を聞いたのは、数ヶ月前だった。
 翠の、あの性格である。
 常ならばミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)へ連絡が行くところだったのだが、アレクがその話しを出したのは翠との他愛無ない会話中だった為、そして翠が「いくー!」と二つ返事をしてしまった為、ミリアが話を知ったのすら数日前の事だった。
「この会場さんって〜、お城ですよねぇ〜?」
 アレクから送られて来たメールに添付された場所や時間を調べていたスノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)が、ミリアを不安げに見つめる。
「ドレスコードとか、無いでしょうかぁ〜……?」
 
 その予想は大当たりし、現在に至るのだ。
「お話聞いたら、ツライッツさんとハインリヒさんの結婚式らしいの」
 にこっと笑ってパートナー達へ報告した後一拍、翠自身が「えっ、結婚式なの!?」と突っ込んでしまう。
「だから、ちゃんとどうしてお呼ばれしたのか聞こうよ、翠ちゃん……」
 サリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)は、呆れている様子だ。翠から「お呼ばれ」と聞いた時に、何かイベントなのかな? と考えてはいたが、結婚式はただのイベントではなくお祝い事だ。服装はサリアの機転のお陰でどうにかなったが、翠の情報だけを信じて行ったら大変な事になっていただろう。
 こういうところだけはしっかりして欲しいものだとムクれてしまう。
 その後サリアからこれらのエピソードを聞かされたアレクは、溜め息を吐き出す事になった。
「悪い、うっかりしてた」
「おにーちゃんが悪いんじゃないよ!」
 サリアが慌ててフォローしてくれるが、これは痛恨のミスだ。
「後でハインツが招待状出したって言ってたから、それで気を抜いてた。
 宛先翠だったんだな、ミリア宛にしろって事前に言っておくべきだった……」
 ぽろりと出た言葉に、パートナー三人が同時に翠を振り返る。翠の性格をよく把握しているアレクにしては……とミリアも不思議に思っていたのだが、ハインリヒとの間で行き違いがあったと知れば納得出来た。
「招待状、貰ってたんですかぁ〜?」
「聞いて無いよ翠ちゃん!」
 スノゥとサリアに詰め寄られ、翠が一所懸命その出来事を思い出そうとしている中、ミリアはアレクを見上げて嘆息する。
「……お願いだから重要な事は翠だけに伝えないで」
「了解。今度からは窓口を通すよ」
 アレクはぷんすかと今にも煙を上げそうなサリアの頭を折角のセットが崩れないように軽く撫でて抱き上げる。今日の服装は飾りが多いので、二人一度に抱っこしてやる事は出来ないため、機嫌の悪い方から順番だ。
「翠もわざとじゃないんだから、あまり責めてやるなよ。
 ほら、向こうでお菓子でも食べよう。ハインツがツライッツの為にそこだけは凝ってたからな、間違い無く美味しいだろ」
 アレクはサリアの立腹を抑えながら翠の背中を叩いて慰め、ミリアとスノゥに目を離して良いと合図し、休憩用のテーブルへ足を進める。
 すると彼に気付いた瀬島 壮太(せじま・そうた)が笑顔で振り返った。その隣で紡界 紺侍(つむがい・こんじ)が軽く会釈する。
「今日は紡界も呼んでくれてありがとうな」
「正式に招待したのは俺じゃないし、紺侍はお前の婚約者なんだから当たり前だろ」
「オレらもさ、蒼学を卒業したら一緒になろうって言ってんだ」
 意外な告白でもなく、予測できた流れだ。アレクは相槌を打って返す。紺侍のはにかんだいじらしい反応に、思わず突っつきたくなった気持ちは引っ込めた。
「おにーちゃんからすりゃ、オレは頼りない弟かもしんねえけどさ。
 でもオレらなりにやっていこうと思うから、だから、……祝ってくれると嬉しい」
「その時はな。まあ頑張れよ」
 仮に式を挙げるとすれば、それなりに金が掛かる。そのくらいアレクだったらポンと出せる金額だが、そういうものではないのだろう。だから『頑張れ』なのだ。
 それにしても尻すぼみになっていった壮太の声に、彼の前で紺侍をからかい過ぎたかと軽く反省し、アレクはふっと笑って壮太の肩を叩いた。
「楽しみにしてる」

 その頃、壮太のパートナーの上 公太郎(かみ・こうたろう)は――念のために言っておくと、彼も兄タロウと同じくぬいぐるみである。決して『リアルハムスター』などではない。決して――、兄タロウと仲良く手を繋いでテーブルの上に立っていた。 
(壮太殿と紺侍殿はいわゆる「りあじゅうばくはつしろ」的な仲のよさを無意識に周囲に見せ付けているようではあるが……)
 そしてそんな二人をしんみりと見つめていた伊勢島 宗也(いせじま・そうや)が、視線に気付いた紺侍から所謂他人行儀な笑顔を向けられた事に複雑そうな表情をしていたのだが――
 公太郎はそれらを一瞥した視線をあっさりと、お菓子の山へ戻した。
(我輩は美味いものがおなかいっぱい食べられれば、それで満足なのである)
 結婚式、つまりパーティーというからには美味しい物が沢山有るに違いないと睨んでいたが、これは予想通り、否、予想以上だ。
「ハインツはツラたんがだいすきなんだ。でもツラたんはハインツよりおかしがだいすきだ。
 ざんねん。
 ハインツはツラたんのきをひきたいから、いつもおかしをつくってる」
 兄タロウの残酷な解説に、公太郎はふむふむと鼻をヒクヒクさせて反応する。
「きょうはじぶんでつくれないけど、かわりにいろんなショクニンをよんだらしいぞ」
「職人……!」
 それは一体如何なる……公太郎の質問に兄タロウが答えたところによると、チョコレート、冷菓、砂糖菓子はそれぞれ専門の菓子職人が呼ばれているようだ。
「だからきょうのおかしはとくべつおいしい」
「おおお!!」
 公太郎は思わず感嘆の声を上げる。
「とりあえずかたっぱしからいこうぜ!」と言う具合で、二匹改め二体――何しろ今日の彼等は『ぬいぐるみ』なのだ。決して獣などではない、決して――が興奮しながら進行する。勿論テーブルの上を歩くのはマナー違反だが、何しろ見た目が見た目なので、女性陣から「可愛い」と言葉を貰うばかりで咎める者は居なかった。
「兄タロウ殿、この食べ物は見たことが無いのだがなんと言う名前だろうか」
 白くてツルツルのプリンに似たものにくんくんと鼻先を近づけてみるとほんのり甘い牛乳の香りに混ざってアーモンドの匂いがする。
「それはブランマンジェっていうんだ!」
 兄タロウは得意満面で答える。スヴァローグ・トリグラフ(すゔぁろーぐ・とりぐらふ)ら友人を尋ねてハインリヒの家に行った際、何度かご相伴に預かった事があったので知識を得ていたのだ。ハインリヒがよく作るツライッツの好物のカスタードプリン及びそれに似た食べ物については、今ではかなり詳しくなっていた。
 だが専門の職人の作る菓子は見た目からして凝っている為、一見で分からないものもあった。
「ではこちらは?」と問われて、兄タロウは首を傾げて考え込み、答えが見つからないと思うとすぐにスプーンを腕に抱えた。
「…………たべればわかるよ!」


 * * * 



 休憩の一拍を置いて丸太カットという軽いイベントが行われている最中、衛はジーナを皆の輪から連出していた。
「こんな隅っこに連れ込んで、パルテノペー様とお話が出来やがらないじゃないですか!
 それに、ワタシも祝いの品としてクロカンブッシュを作って差し上げやがりたかったんですよ!
 そのために樹様に根回しをお願い致しましたのに!」
 元々彼等はパートナー緒方 樹(おがた・いつき)の代理でやってきていた。
 だが、衛の今日の目的は他人を祝う事よりも『ジーナに式を見させる』事だ。普段はハリセンを振り回しギャーピーと騒がしいジーナだが、実は自分の性別を人一倍気にしており、考え込む事も多い。だから衛は式を見せる事で『どんな人だって、幸せになることは出来る』という気持ちを伝えたかったのだ。『どんな人』とはホスト側に大分失礼な話だが――。
「ジナ、これは真面目な話」
 興奮するジーナが落ち着くように静かなトーンで、衛は和服の袖から自前のウエディングブーケを取り出した。
「オレと結婚して下さい」
 幾ら付き合っているとはいえ、ジーナにとっては突然の告白だ。「ほえ?」と声を漏らし、続いたのは案の定の言葉だ。
「……わ、ワタシは、性別が外見とはちが……」
「それがどうした、オレと逆になってるだけだろ」
「それにワタシ自分が何者か分からないし、名前だってこの封印のタグを見て樹様が……」
「それゆったらオレも見つかったときに、あっきーに適当な名前付けられてここにいるんだ。
 性別とかわかんねぇ過去とかそんなの全部ひっくるめて、ジナを『伴侶』に欲しい……どうだ?」
 その問いにジーナが返したのは、何時ものテンションの高い声だった。
「ばかー! ばかまもー! うれじずぎで、なみだ、どまんないじゃないでずか……」
 わんわんと泣きじゃくるジーナの反応は大き過ぎて、折角すみへ連出したと言うのに意味がなさそうだ。このままでは誰かに見つかるのも時間の問題かもしれない。――実際例のボディーガードらは既に様子を見に来ていた。
(ま、かまわねーし、人前式になったらそれまでだ
 腹くくらぁ!)