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リアクション
【1】奇異荒唐……4
「やっほーパイロンくん。ボクは桐生円、よろしくね」
桐生 円(きりゅう・まどか)の差し出した手を一瞥して、パイロンは目を逸らした。
クールガイだとは思ってたけど、やっぱり握手はしてくれないか……しかし、円はめげずに話しかける。
「ちょっと訊きたいんだけど、ここで特殊そうな杖を見たことないかな。たぶん今探してるものって杖なんだ」
「オレは宝探しにここに来ているわけじゃない。知らんな」
「そっか、仇討ち……だもんね。ところで、君が探してるって言う怪物だけど、本当にここにいるの?」
「……ああ、オレたちはここで襲われた」
声に表情があるなら彼の声は強ばっていた。パイロンの抱える無念の大きさが窺える。
「怪物、ね……」
すこし離れて聞き耳を立てている黒崎 天音(くろさき・あまね)はポツリと言った。
九龍に続き、パイロンか……。偶然と片付けるには少し無理があるかな。
すると視線に気付いたのだろうパイロンは天音を一瞥した。
「桃木剣か……、素人にしてはいい武器選びだ」
「相手がキョンシーなら少しは効果があるかと思ってね。ところで、君の名前はどう言う字を書くんだい?」
「……質問の意図がわからんが、白龍と書く」
「なるほど、ね。やはり……」と天音は思った。
「さっきの怪物のことだけど、詳しく訊いてもいいかな。君の口ぶりからするとキョンシーとは違うみたいだけど?」
その言葉に、他の探索隊メンバーも視線をこちらに向けた。
「……あの日、霊廟に巣食うキョンシーを討伐するため、師・ワンロン(王龍)とオレ達8人の弟子はここに来た」
「8人?」
「ああ、兄弟子のチンロン(清龍)、シーロン(石龍)、サイロン(砕龍)。同期のヘイロン(黒龍)、フェイロン(飛龍)。そして弟弟子のダーロン(大龍)とシャオロン(小龍) だ。我が流派では9は霊的に安定した数とされている」
「なるほどね。それで君たちも9人と言うわけか」
「そうだ。師も8人を超え弟子をとることはしなかった」
パイロンは話を続ける。
「自慢するわけじゃないが、オレの才覚は弟子の中でも図抜けていた。師も随分目にかけてくれた。しかし、過ぎた才能は身を滅ぼすとはよく言ったものだ。新たな術を覚えるたびにオレは強くなり、そして次第にオレは増長していった。気が付けば、師や仲間の言葉すらオレの耳には届かなくなった……。
『戻れ、パイロン!』
あの日も、師はオレの行いに声を荒げていた。
『……おい、まだ掃除は始まったばっかじゃねぇか。これじゃ肩ならしにもならねぇだろ』
『ここに入る前に言ったはずだ。ここは廃都の中でも危険な場所、日没以降の除霊は掟で禁止されている』
しかし、オレは師たちを小馬鹿にするように眼を細め、はっ、と鼻で笑った。
『おまえら、なんのためにここに来てんだ? そんな弱腰で修行になるのかよ?』
『わからぬか。夜は穢れも強くなる。死霊たちも昼間に相手にするのとはわけが違う。道士なら誰でも知ってることだ』
『ああ、オレたちは道士だ。素人じゃねぇ。だからこそ、キョンシー如きにビビってどうする!?』
『それが慢心だと言うのだ。井の中のおまえが思うより、我らの敵は強く、そして恐ろしい』
『臆病者の言い訳だな。自信がないなら帰ればいい。オレはもうすこしここで腕を磨いていく』
『パイロン……!』
師の言葉を置き去りに、オレは霊廟の奥へ進んだ。そして、奴に出会った。
闇の中から身体を引きずるように出て来たのは、見た事もない怪物だった。長く垂れた黒髪の奥に覗くのは青白い女の顔だった。身体は複数の屍体を繋ぎ合わせたものらしく、腕は3本、1本が右肩の裏から生え、かろうじて人間の原型を保つ上半身とは異なり、下半身は屍肉がドロドロに溶け合って蟻の腹部のように膨れ上がっていた。背は10尺ほどで高く、左右比対称に脚は7つ、そのアンバランスな姿からは予想も出来ないほど素早く、奴はオレに迫った。応戦したが、オレの術は何一つ効かなかった。そして、オレを助けるため駆けつけた師たちを奴は……」
「だから仇討ちを……」
話を聞いていた刀真はぐっと拳を握りしめる。痛いほど彼の気持ちがよくわかる。
「俺もそれを望み、そして失敗しました……手伝いますよ、ヴァラーウォンド確保のついでという形ですが」
「……ボクも大切な人が死んじゃった事があって、気持ちは解るかも。何かをしたくなるよね、無駄かもしれないけど、その人たちの為になる何かをさ。それに、自分の大切な人の為に命を賭けれるタイプって、素敵だと思うよ」
円は微笑む。
「ボクはそうありたいと願っているしさ」
真意はどうあれ、話を聞いていた一同は静かに頷いた。パイロンは決まりが悪そうに目を逸らした。
「よし、俺はあんたの仇討ちに手ぇ貸すぜ! 家族を殺された俺としては他人事にゃ出来ねぇ!」
風祭 隼人(かざまつり・はやと)は気合いと共に、平手をパァンと拳で打った。
まぁのちに彼の父親は魔鎧となって再会出来たのだが、その辺の事情は長くなるので置いておく。
「……で、それにあたってなんだけど、もうちょっとその怪物の特徴とかないのか、その、能力とかさ」
「ああ、そいつは俺も知りたい」
壁に背を預けながら、天御柱学院の柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は言った。
「この先、隊が遭遇するとも限らない。対策は出来る限り必要だ。それに……その怪物に少々興味がある」
「……奴の能力に関してはよくわからん。会ったのは一度きり、そしてオレは何も出来ずに終わった」
「術が効かないって言ってたよな?」
「ああ、オレの呪詛祓いは命中する直前、奴の身体を覆う黒い霧に弾かれた」
「黒い霧?」
「……あのぉ、パイロンさんの術が通用しないと言うことは、その怪物はキョンシーの仲間じゃないんですか?」
そう尋ねたのはメイベルだ。
「キョンシーは魂の代わりに穢れがつくこと発生する、理性や知性を持たない凶暴な死霊ということでしたよね?」
「ああ。しかし奴は……身体の構成こそキョンシーのそれと同質だったが、何かが決定的に違う気がした」
「そうですかぁ……。ちなみに質問ですけど、穢れと言うのはナラカの穢れと同じものなんでしょうか?」
「戦乱などで多くの血が流れ、亡骸の埋まる場所に穢れが生まれる。憤怒や憎悪、無念……人間の持つ負の感情が霊的な力を帯びたものだ。土地の霊脈を狂わせる禍々しいものだが、人体を蝕むと言うナラカの穢れはまた異質なものだ」
「なるほどぉ」
けれど……と鋼のようなデブ、と言うか鋼そのものブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)が口を開いた。
「君の師クラスの道士となったら仙人クラスだろぉ? それを喰らった怪物は束になっても勝てる相手じゃないよね?」
「……何が言いたい?」
「戦うためには、君もブライドオブヴァラーウォンドを探さなくちゃってことだよ」
ぐふふふと笑う。
ボクの予想じゃ、ここのブライドオブシリーズの能力は単純に死者を操るとかそんなケチな能力じゃないハズさ。
杖から連想されるものは賢人、知識なので知恵……意思ある杖、擬似生命体とも言うべき存在だと思うね。
そうであるなら、持ち主に禁断の知識を授けてくれるかもしれない。押さえておきたいマストアイテムだよね、これ。
正直、ほとんど妄想な予想である。しかし、ある意味でこの予想は当たっている……。
「ふん、オレに宝探しを手伝えと言うわけか」
「まぁボク達も君の仇討ちに協力するからさ、仲良くしようじゃないか。君もお師匠の弔いを……」
ん? とブルタは首を捻った。
「……そう言えば、お師匠さんとお仲間の遺体はちゃんと葬ったのかい?」
「!?」
「寺院の殺し屋も8人の供回りを連れてる……って、死んだ君の仲間も8人だったよね。偶然にしてはどうも……」
「いや、喰い殺されたんだから遺体とかなくない?」
すかさずリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)の無慈悲な突っ込みが炸裂。
あうあう……と彼は黙り込む。と言うか、数行前で自分で喰い殺されたって言ってた。ブルタ、恥ずかしす。
「遺体は残骸くらいしか残ってないだろうけど、でも……ちょっとあんたのことで引っかかるところがあるのよねぇ」
リーラはパイロンを胡散臭そうに見る。
「そもそも、あんた、どうやって生き延びたのよ?」
「!!?」
「怪物と戦ったのはわかった。けど、その後のことにはまだ触れてないわよね。答えてみなさいよ」
「ぐっ……」
彼は言葉を詰まらせ、ややあって言葉を絞り出した。
「……わ、わからない」
そう答えるパイロンの顔は蒼白、嫌な汗が頬を伝って流れ落ちる。
一同は怪訝な顔でお互いの顔を見合わせた。心配する者もいる、がしかし、当然この反応を不審に思う者もいた。
「……パイロンさんは『ブラッディ・ディバイン』ってご存知かしら?」
オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)は言った。
「もしかして、ブラッディ・ディバインの関係者だったりするのかしら?」
相棒の円は彼を信用しているようだが、オリヴィアは違う。
パイロンが白龍なら、九龍と同じ龍、8人供回りを連れた9匹の龍の刺繍がなされた外套の男……。
9人だから九龍なら、白龍もその仲間と疑っていた。そして、この反応。今のうちに白黒はっきりさせておきたい。
「ブラッディ・ディバイン……? それはなんだ?」
「……!」
顔を上げたパイロンは不思議そうに言った。
その言葉に偽りはなかった。真実を見極めるため、嘘感知能力を発動させていたが引っかかるものは何もない。
本当にブラッディ・ディバインとは関係がないの……?
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