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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

リアクション

 新竜会本部前では、すでに銃声はやんでいた。接近戦では飛び道具を使うのは難しい。幕末の混乱期さながらに、刀と刀の斬り結びに移行している。
「俺に立ちはだかるのなら、腕の一本や二本、覚悟するのだな」
 樹月刀真は戦場を駆け抜ける。
 どれだけ刀が突き出されようが、刀真の身を掠ることすらなかった。大鴉のようにコートの裾を翻し、避ける。一方で逆襲もしている。また一人、剣に薙がれたヤクザ者が悲鳴を上げ倒れた。さきの脅し文句とは違い、光条兵器ではなく左手の剣による峰打ちにしているのは、刀真なりの優しさであり歴史を変えぬための配慮であろうか。
 目下、戦いは渋谷勢の圧倒優位といえた。新宿側は数を減らすばかりだ。
 だが、このとき、
「何だ……この気配は」
 ユリウス・プッロが身をすくめた。かつてはローマ第三大隊の百人隊長として幾度もの死地を乗り越えた身だが、このような威圧感を感じるのは初めてだ。びっしりと内側に針の生えた拷問器具に、これから放り込まされそうな心境、あるいは、医師に喚び出され末期癌を宣告されたような心境……強いて近いものを想像するとすればこれくらいだろうか。本能的に身の危険を感じる。
 ダッシュローラーを用い縦横無尽に動いていた漆髪月夜も、突然足をもつれさせて転倒した。
「大丈夫ですか!」
 適者生存スキルを発動し、封印の巫女白花が月夜に駆け寄る。
「大丈夫よ……でも……」
 月夜の表情も曇っていた。胃が縮こまるような恐怖がある。
「感じるだけではありません……見えます」
 ローザ・セントレスは軍用バイクを止めた。
 何か来る。近づいている。
 大地が割れた。
 いや、めくれた、と言ったほうがいいかもしれない。せっかく終戦後に舗装した街路だろうに、内側からべろりと、無花果の皮でも剥くように地面がはがれたのである。
 剥がれた地表に包み込まれるようにして、複数人の渋谷勢が動きを封じられた。その中には鷹山の姿も入っている。
「……えっ、ちょっと……なに?」
 及川翠も戦場に到達していた。彼女は駆けつけ早々、恐ろしいものを目の当たりにした。
「なんですかぁ〜」
 さすがのスノゥ・ホワイトノートも、恐怖していた。
 ティナ・ファインタックは、そのスノゥの手を握りながら言う。
「禍々しい……『あの子』も、封印されていたようね」
 小鳥遊美羽もこの場所に到着していた。
「あの人……まさか……」
 ミリア・アンドレッティ言いかけたので、美羽は「違う」と言葉を挟んだ。
「違うよ。違うに決まってる!」
 災渦(メイルシュトローム)の中央。
 そこに浮かんでいるのは、リーブラ・オルタナティヴであった。
「……わたくしは重大な使命を帯びております。それは石原肥満の抹殺と、彼が有する秘宝の奪還……。さあ、あなたたち、石原肥満の居場所まで案内なさい。これは命令です」
 リーブラは厳粛に述べた。これは定められた運命と言わんばかりだ。言葉のみならず、口調にも傲岸なものがある。
「馬鹿を言うな。誰が従うものか」
 リア・レオニスは身に神速を帯び、眼にも止まらぬ速度で斬りかかった。
「笑止、ですわ」
 しかしその一撃は、リーブラが軽く片手を上げるだけで弾かれたのである。剣が、甲高い音を上げてリアの手を離れ、ビルの壁に突き立った。そのときリアの体は、吹き飛ばされ地面を擦りながら停止していた。摩擦熱で一条の煙があがっている。
「創一っ!」
 リアの偽名を叫んだときには、もうザインは仕掛けていた。やはり神速、加えて絶対零度アルティマトゥーレだ。短刀のヤタガンだが、リーチのない分は速度で稼ぐ。
 されどザインも、リーブラが軽く左肘を持ちあげるだけで嘘のように弾き飛ばされている。
「……わたくしの邪魔をすると?」
 そのときうっすらと、リーブラの唇に侮蔑の笑みが浮かんだ。
「ふふっ……ではその勇気に応えさせていただきますわ」
 リーブラは右手を振った。その手から光り輝く巨大武器が生まれる。彼女はこれを両手で握った。その形状はまるで巨大なスプーンだ。さらに彼女は、地面から数センチ浮いたまま移動を開始した。滑るようでいて、人が走るよりずっと迅い。これには、味方であるはずの新竜会組員のほうが恐慌を起こし逃げ散ってしまった。彼らはこの経験を後から、『集団幻覚を見ていた』とでも考えることだろう。それ以外に、少女が地面から浮き上がりながら巨大スプーンを振り回したことを説明する方法はない。パニック状態とはそういうものだ。
 逃げようとしていた組員の一人が、首根っこをつかまれて地面に叩きつけられた。
 これを行ったのは、一見、ホームレス風の青年である。だが襤褸の下からは、鋭い光が覗いている。
「無様すぎる。所詮は烏合の衆か」
 杠桐悟だった。
「貴様相手に手加減は不要だな。理由は理解しなくて良い……早々に沈め!」
 手には大斧。桐悟は一閃する。リーブラも急迫した。
 腹に響く重低音が轟き渡った。
 それも立て続けに。
 二人が強力な打ち合いを開始したのだ。空気を裂く音だけでも物凄い。だがそれも刹那、
「あなた相手に手加減は不要のようですわね」
 皮肉な口調で言うなりリーブラが大振りした。桐悟は斧でガードするも、そのまま猛回転して倒れるはめとなった。
 けれどこれで終わりではない。断じて、終わりではない。
 急降下する飛空艇があった。この際、姿を見られることばかり危惧してはいられない。天城一輝だ。耳が馬鹿になるほど機銃を掃射しつつも、彼は喉から出血せんばかりの声を上げた。
「ありったけ撃ち込む! せいぜい足止めにしかならないだろうが、ここで集中攻撃してくれ!」
「はいなの……!」
 翠がヒプノシスを用いる。一般人の組員には高い効果があったが、リーブラにそれは望めない。だが、
「無属性の魔法だよ! これで削っていくんだから!」
 翠に連動してミリアは、歴戦の魔術を発動していた。このような状況では着実にして有効な手段だろう。そんなミリアの頭上を、有翼種の翼、光の翼、その双方を持つコハク・ソーロッドが飛び越していった。
「邪魔ばかりして……」
 鉛玉に魔法。リーブラにどれほどの被害が通っているかは不明だが、着実に足止めができているようだ。
 さらに足止めが続く。
 美羽が腰の妖刀村雨丸を抜き放った。途端、その鞘から濃い霧が発生しリーブラを包み込んだ。
 これを追って、
「インテグラルのために取っておくつもりだった技だけど……」
 抜き放つは龍殺しの槍、その使い手の名はコハク・ソーロッド。魔障覆滅の妙技にて、突。打。払。閃。斬。五連続五様の攻撃を浴びせる。
「お星さ〜ん!」
 スノゥは喚んだ、隕石を。天の一角より自由落下、豪速の星が機晶姫の背に命中した。
 そこに酸の超局地的濃霧が押し寄せた。うんと濃くしたアシッドミストだ、妖刀村雨丸の霧もあいまって、機晶姫リーブラは視界を完全に失った。人工眼球がとらえた視界だけではない、あらゆるものが霧に包み込まれてしまったかのようだ。
「月夜、白花、合わせろ」
 刀真は言い放つや平家の篭手を填めた左腕を前にして地を蹴った。その右手には光条兵器、これは月夜の体から抜き取ったもの、そして左手には白の剣、これは白花に手渡されたもの。
「ええ、任せて」
 月夜には見えないものが見える。といっても正しくは、予測能力が勢いよく働いているということだった。霧に包まれる標的の姿を把握し行動予測を立て、最も効果的と思われる部分を彼女は『見た』。そして描天我弓でスナイプしたのだ。
 必殺必中、エネルギーの矢が飛んだ。着実な手応え。
 白花も加わる。
「……私たちは絶対に負けません!」
 その想いを込めて幻槍モノケロスを巧みに操った。瞬時に成立、二連撃。
 ここで真打ち、刀真だ。
「神代三剣、その重みを知れ!」
 一度の動作で三連撃、彼の握りし二本の剣が、機晶姫の体を踊らせた。
 ブレイクスルーになったのはこの攻撃だった。リーブラは反撃しようとするも果たせず、鉛玉に剣、そして魔法の洗礼フルコースをもう一度浴びたのである。
 リアは鞭を用いていた。ザインもだ。二本の鞭が絡まって足首を掴み、意趣返しとばかりにリーブラを転倒させた。
 見えた。
「……そんな、わたくしが……わたくし、は…誰……?」
 リーブラの目は虚ろだ。彼女は自分の現在の状況ではなく、内心と戦っているような口調だった。
 コハクはここで手を抜いたりしない。槍術でリーブラを追い込み、そして、
「今だよ、美羽!」
 声を上げた。
「うん……っ」
 美羽はスカートの下、太股のホルスターから銃を抜いた。
 馬賊の銃だ。もう弾丸は装填されている――大魔弾『タルタロス』が。
 万感の想いを込め美羽は引き金を、引いた。

 ここで董蓮華の自転車が滑り込んできた。タイヤが摩擦熱で火を噴くくらい急ブレーキして、蓮華は問いかけた。新宿の報を聞いてかけつけてきたのだ。
「どう……なった?」
 息を切らしながら蓮華は問うた。
「どうって……?」
 鷹山を助け出すのに手を貸しながら、翠は恐る恐る述べた。
「…………なんとか、やっつけたの」
 翠が指さした方向を見ると、そこには丸い、大きな穴が開いている。
 ティナが青い髪をかきあげた。白い指の間を流れる髪はまるで清流だ。
「最後に大きな爆発をしたわ、あの子……。だけど破片は見つからない。どうやらダミーの爆発で逃げたようね。けれど、あのダメージなら当分は逆襲できないんじゃないかしら」
 ぽつぽつと雨が降り始めた。