校長室
【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ
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■ 別々の未来へ ■ 末の息子が大学に通うために引っ越してから1週間。 引っ越し騒ぎでしばらくばたばたしていたアシュリング家も、すっかり平穏を取り戻していた。 現在はイルミンスール魔法学校の先生をしている博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)だが、まだまだ外を飛び回りたいリンネの為、家事のほとんどを引き受けている。 いつまで経っても衰えないリンネの冒険心が、自由に羽ばたけるようにとの応援だ。 今日もまた、いつものように学校から帰ってきてすぐに、博季は夕食の支度に取りかかった。 慣れた手つきで夕食を 「あ、っと……作りすぎてしまいましたね」 夕食の盛りつけをしながら、博季は苦笑した。 もう息子はこの家にいないのに、つい癖で息子がいた時のように料理を作ってしまう。意識しているときは良いのだけれど、目分量でざっくり作る時などは、無意識に息子の分を含めた量になってしまう。 娘が家を出て行った後もしばらくはこうだった、と博季は懐かしく思い出した。 息子が出たことで、今この家に住んでいるのは、博季とリンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)の夫婦と、博季が『義姉』として慕う西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)の3人となった。 一時は娘2人と息子をあわせた6人だったから、今は半分になってしまったことになる。 子供たちがそれぞれの道を選んで巣立っていってくれることは嬉しいけれど、少し寂しい気分になるのもまた、事実だ。 少し多めになってしまった夕食を盛りつけると、博季はリンネと幽綺子を呼んだ。 作りすぎた分のおかずも、リンネが美味しいと精力的に食べてくれて、きれいに片づいた。 博季が後片づけに立とうとすると、それを幽綺子が止めた。 「博季とリンネちゃんに話があるの。少し時間をもらえるかしら?」 「僕は別に構いませんが……」 博季はリンネの顔を見る。 「いいよ。でもどうしたの、お義姉ちゃん。なんか難しい話?」 改まった様子の幽綺子に、リンネは心配そうな顔になった。 「心配しなくても大丈夫。博季とリンネちゃんの子も無事成長したし、ちょうど良い機会かなって思っただけ」 リンネに微笑みかけると、幽綺子は2人を前に話し出した。 「そろそろ私も、『私の人生』を生きてみようかと思うのよ」 幽綺子の今までの人生は、自分の人生と言えるものではなかった。 博季と出会うまで、幽綺子は父の操り道具として、父の望みを叶えるために生きてきた。 博季と出会ってからは、父への復讐の人生。 そして、博季とリンネが結婚してからは、博季への償いの人生。 「博季を私の復讐の道具にしてしまったからね。でも、償いにしては幸せでとても楽しかったけれど」 ふふ、と幽綺子は今まで過ごしてきた時間を振り返る。 リンネと博季の『義姉』として過ごした日々は、本当に幸せだった。 2人とその子供たちと一緒に暮らすことによって、幽綺子は家族の温かさを知ったのだ。 「償いなんて……義姉さんが居なかったら僕はリンネさんに出会えなかったかも知れないんだし、気にしてないよ」 心から大切に思える、共に人生を歩んでいける、そんな伴侶に会えたのも、幽綺子のお陰なのだからと言ってから、博季は隣にいるリンネに目をやる。 「……それでもリンネさんと僕が一緒になる運命だったら素敵だけど」 「どうなのかは分かんないけど、お義姉ちゃんがきっかけを作ってくれたのは確かだよね」 「2人がそう言ってくれて嬉しいわ」 だからこそ、一緒に暮らしていて楽しかったのだと幽綺子は微笑み、そして姿勢を正した。 「博季、今まで有難う。リンネちゃんも、お義姉ちゃんって慕ってくれて嬉しかったわ。でも、これからは私は私の人生を自由に生きてみたいの。西宮麻由華としての、ね」 それは幽綺子からのさよならの言葉。 寂しくはあるけれど、博季は嬉しくもあった。 幽綺子はこれまでずっと、何かに縛られて生きてきた。だから、自由に生きると言ってくれたのは喜ばしいことだ。 「今まで有難う、義姉さん」 「お義姉ちゃんありがとう」 リンネも礼を言うけれど、いつもと比べて元気がない。やはり、一緒に暮らしてきた幽綺子がいなくなるのは心さびしいのだろう。 「そんな顔しないで。道が分かれてからも、私はあなたたちを見守っていくわ。今までもこれからも、私はずっとあなたたちの『義姉』。勿論、あなたの子たちも、その子供たちも、ずっとずっと……ね」 幽綺子は寿命を持たない魔女だ。 恐らく、博季とリンネが天寿を全うした後も生き続け、はるかな時を進んでゆくのだろう。 いつか必ず来る『さようなら』。 博季が思っていたよりも早い時期になったけれど、自らの道を歩き出そうという幽綺子を、今は感謝とエールをもって送り出すべきなのだろう。 「リンネさん、寂しそうだね」 幽綺子の話が終わった後も、どこかいつもと違う様子のリンネに博季は聞いた。 「一緒に暮らしてた人がいなくなるのは、ちょっと寂しいよ」 仕方ないことだけどね、と納得しつつもやっぱり、とリンネは言う。 「そうですね。これでまた久しぶりの2人きりの生活に戻るんだね。大所帯に慣れちゃったから寂しいけど、また結婚した頃みたいに2人でやっていこう。ルチルやリリーだって遊びにくるし、大丈夫。……何ならもう1人くらい家族増やします?」 博季がそう言うと、リンネはようやくいつもの笑顔で、あははと笑った。 「家族って寂しいからって作るものじゃないよ。でもほんと、いつまでもうじうじしてられないよねっ。見守ってくれるお義姉ちゃんに笑われないように、リンネちゃんはこれからもはりきって冒険するよー!」 ぱっと明るいその顔に良かったとほっとしつつも、なかなか良いムードにならないのが拍子抜けというか、肩すかしというか。 複雑な気分でいる博季の様子をどう思ったのか、リンネはしょうがないなという様子で笑った。 「寂しくないよ。一緒に生きていける人がいるんだもん。だから博季も寂しがらなくても大丈夫だよ」 博季の表情を、幽綺子がいなくなった為の寂しさだと思ったのだろう。言いながらリンネは手を伸ばし、博季の頭を撫でる。 そういう意味ではなかったのだけれど。 まあこれも、自分たち夫婦らしいのだろうと、博季は黙ってリンネに頭を撫でられる。 時が経っても変わらない、無邪気な妻の手を感じながら。