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●邂逅

 オミクロンの来訪を察知していたのはローザだけではなかった。とぼとぼと森から出て、拝殿に向かうオミクロンの前に、七枷 陣(ななかせ・じん)と二人のパートナーが立ちはだかったのである。
「ここで会ったが百年目……っていうんは無しな。こんな人の多いところでチャンバラやったらパニックになるし」
 両手を挙げて害意がないことを示しながら、陣はオミクロンの様子をうかがった。話せばわかる相手……と陣は彼女のことを捉えていた。そうでなければ、さすがの陣とてこんな無茶はしない。信頼しているからこそできることだ。
「何かの縁や、ちょっとつきあわへんか? 話したいこともあるし」
「誰かと思えば七枷陣か……」
 ようやく相手に気づいたような声でオミクロンが言ったので、陣は少々むっとしつつも、
「そう、陣だ。また前みたいに、柔和な態度とナンタラカンタラ……って分析したらアカンぞ」
「『柔和な態度と、故意または無意識による親しみやすさで相手の心に踏み込む達人』、だな」
 ぷちん、と陣の頭の中で音がした。
「すいませんちょっと失礼しますよ」
 陣はオミクロンの帽子を無造作に取って、背中からハリセンを抜くや、バンッ、と彼女の黒髪を叩いた。
 このとき陣は、いくつかの展開を予想していた。
 ひとつは、オミクロンがハリセンを片手で止め、あろうことか奪い取って叩き返してくるという展開。
 もうひとつは、彼女がこれをさっと回避し、勢い余ってこけてしまうという展開。
 あるいは、ハリセンが彼女のソードで一刀両断にされるという展開。
 いずれにせよちょっと格好悪いが、お笑い的にはおいしい。
 ところが予想外、ハリセンはオミクロンの頭をしっかりとヒットし、彼女はバランスを失って玉砂利の上に倒れてしまったのだ。
「ちょ……陣くん相手は女の子なんだからね、そんなフルスイングで殴ったらダメじゃない!」
 リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)が声を上げた。
「ち、違うって! 軽くしばいただけやって! そもそもこれ、本当にただのハリセンやって!」
 陣は慌ててしまうが、こういう場合でも小尾田 真奈(おびた・まな)は冷静だ。しゃがみ込んでオミクロンを調べた。
「確かに変です。お具合が悪いのかもしれませんね。近くのベンチにでもお連れしましょう」
 三人はオミクロンを茶屋に上げた。赤い布が敷かれた椅子の上で、オミクロンは身を起こした。
「あー……なんていうか、すまんかった。これは関西地方でいうところの『ツッコミ』いうヤツや。このリズムに慣れない人にはキツかったかもしれんなあ」
 と、陣は頭を下げて、
「ただ、これだけは言っておく。オレのこと、なんらかのデータ見てさっきみたいな判断したつもりかもしれんけど、そんな浅い判断されるんは心外や。第一オレは……オレらは女に甘いんじゃない」
「女の私が少々倒れたくらいで動転して運んでくれたのは、『甘い』ということだと思うが」
「ちゃうって! 最後まで聞け! 敢えて言うなら、助けたいと思った奴に甘いんだ。覚えとけ! ……てかそんなの弱点ちゃうし」
 オミクロンは答えなかった。
「ええか、ミク……」
 だがこれには、彼女は即反応した。
「なんだ、それは」
「ああ、ここ人も多いし、あんたのことオミクロンじゃなくて、『ミク・G・クルーン』と呼びたいんやけど」
「断る」
「早っ! じゃなくて、なんや、Φ……ファイスと同じ苗字やから気に入らんのか?」
「ついさっきは『大黒澪』とか呼ばれた。呼ぶは勝手だが呼び方は統一しろ」
「なんだもー、ミクちゃん、って呼ぶの良いと思ったのになぁ。じゃあ『ミオちゃん』で」リーズは心底残念そうである。
「ならそれでええ、なあ、ミオ、あのΞ(クシー)がまだ生きてるってのは聞いた」
 席を立とうとするオミクロンの手を、しっかりと陣は握って引き止めた。
「なんでお前はそんなせっかちなんや! 待て! 最後まで聞け。『相手の心に踏み込む達人』って呼ぶんなら達人らしくさせろ!」
 無茶苦茶な理論かもしれないが、納得したらしくオミクロンは憮然とした表情で座り直した。
「クシーが生きてるって聞いた当初は怒りで狂いそうになった。ファイスが跡形無く散華したのに何でクシーだけって……でも今は怒る気持ちが収まり気味だ。なぜクシーが生きてるのかを考えたから。
 後期型なんていう呼び方したくないけど、今回はそれに従ってやる。ファイスは『後期型』なんやてな……後期型は水に弱い、ってデータがあった。水中自爆のせいで威力減だったのが多分真実なんだろうけど、なんとなく思う。ファイスがクシーを、生かそうとしたからじゃないのか、って」
 茶をすすって、陣は続けた。
「頭ではまずあり得ないって理解してる。けどそう思ったが最後、もうぐちゃぐちゃや。
 そして今分かること……オレ達は多分、まだクシーのことがキライや。アイツが襲ってこなきゃ、彼女は死なずに済んだかもしれないんだから。でも還らない者を想って引き摺り続けたくない。乗り越えるって決めた。だからオレは、きっとクシーを赦したいんだと……思う」
「わざわざ引き留めておいて聞かせたたかったのはそんなくだらない話か。お前たちにどう思われようが妹にも私にも関係のないことだ。私は帰る!」
 オミクロンは声を荒げ、ぱん、と茶の代金(飲んでないのに)を置いて席を蹴った。
 ところが真奈は、静かに述べた。
「妙なところ律儀ですね……と、そんなことはさておいて」緑色の目をオミクロンに向けて、「嘘が下手ですね、ミオ様。反面、今日の私たちに一切嘘はありません」
「嘘だと断言できる証拠でもあるのか」
「証拠はありませんが、わかります」
「わかるだと?」
「私は、あなたと似ているからです」
 真っ直ぐに見上げる真奈の目にたじろいだか、オミクロンは後じさった。それを追うようにリーズが言葉を重ねた。
「でも勘違いしないで、嫌いじゃなくて、カタカナで『キライ』なんだ。憎いとかじゃなくて、抑え込んで納得したくてもまだ難しいから……キライ、っていうんだよ」
「やめろ……! お前たち……私を混乱させるな!」
 右手で帽子を押さえ、クランジΟは逃げ出した。
「追うのはやめとけ、俺たちと関わっているところがあまり目につくと、あいつにとって不利益になる」
 陣はリーズを押さえた。なのでリーズは、こうオミクロンの背に叫ぶにとどめたのである。
「ミオちゃんたちが払い除けても、何度でも手を差し伸べちゃうもんね。にはは、ボクたちって結構しつこいから諦めてね!」