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●家族で揃って新年会

 キラッ、いつもに増して男前な表情を見せているのは久途 侘助(くず・わびすけ)だ。 
「掃除よし! お節の用意よし!」
 準備万端整うと、人はこんな良い表情をするものなのである。ピカピカにした部屋、豪華な料理、それに少々の酒がきっちり揃っていた。自分の服装にしたって、紋付羽織袴でばっちり決めている。これ以上なにを望めよう。
「あとは北都たちが来るのを待つだけだな」
 と侘助が言ったその言葉を追うように玄関のチャイムが鳴った。
 ドアを開けると予想通り、
「明けましておめでとうございます」
 風呂敷包みを持って、清泉 北都(いずみ・ほくと)たちがあいさつしたのだった。いずれも羽織袴姿の壮観である。どうぞと北都が差し出した包みには、銘酒の一升瓶、それにお菓子の詰め合わせが入っていた。
「おう、あけましておめでとう。そして、手土産ありがとよ。そんな気ぃ使わなくてもいいのに。さ、上がってくれ。……また家族で集まれて、嬉しい」
 あんまり広くはないが寛いでいってくれな、と侘助は彼らを部屋へ案内し、来客一人一人に言葉をかけた。初顔合わせのリオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)には、
「リオンはこうして会うのは初めてか、よろしくな」
 と頭を撫で、クナイ・アヤシ(くない・あやし)には、
「コタツ出したんだ、皆で入ろうぜ。みかんもお雑煮もあるぞー」
 と告げた。そしてソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)には、そっと耳打ちしたのである。
「ソーマさん、あとで、ちょっと渡したいものがあるんだ……」

 部屋には侘助の言葉通りコタツがあり、重箱に入ったお節が運ばれてきた。
「北都さん、皆さん、こんな所まで足を運んでくださってありがとうございます」
 運んでいるのは、和服姿の香住 火藍(かすみ・からん)だ。やはりリオンとは初対面なので、互いにやや緊張気味にあいさつをかわした。
 そして紅一点、芥 未実(あくた・みみ)も着物姿で皆を迎えた。
「去年は色々あったけど、無事こうして一同、一年最初の日を楽しめるってのはいいねぇ」
 さて、ここでやや問題となったのは座る席順である。
「え、席ってこの順ですか?」
 クナイは自分の場所を知って少々むくれた。北都の隣ではないのだ。
 ごめんね、と北都は肩をすくめた。
「普段はクナイが隣だけれど、リオンは着物は初めてだし、まだ箸使いに慣れていないから今回のみ隣ね」
「すいません。でも、北都が隣にいてくれるよほうが助かるのです」
 リオンはぺこりと頭を下げた。実際、クナイは着物も自分で着られるくらいだし箸も使いこなせるので、その理由は合理的である。なので、
「いや、別にいいんですよ」
 納得してクナイは腰を下ろした。しかし、(「せっかくの正月なのに……哀しい」)と、やはり内心、不満が微妙にくすぶっていた。
「ソーマも着物には不慣れなんだ。侘助くん、ソーマの面倒見てもらっていいかな?」
 北都が言うように、今回ソーマは侘助の隣に着席していた。
「これ訊きたかったんだけどさ」侘助が隣に座るなり、ソーマはきりりと真顔になって言った。「侘助は振袖じゃないのか?」
「振袖なんか着るかっ!」
 ひし、と左手でツッコミを入れたものの、すぐに同じ手をこたつ布団の中に潜らせ、そーっと侘助はソーマの手を握った。これは、「バカなこと言うなよな〜、恥ずかしいだろ〜」という意味なのか、それとも、「どうしてもオレの振り袖姿が見たいんなら、今度二人っきりのときに……な?」という意味なのか。なんとなく後者は違う気がするが、でも後者がいいな、とソーマは思うのだった。

 お節の重箱が開かれる、温かい雑煮もやってきた。宴は華やかに始まった。
 ホスト役の侘助は忙しく気を配っていた。
「北都、どれ食べたい? 取ってやるから」
「いいよ別に、自分で取るから」
 すぐさま遠慮するのは北都の個性のようになってしまっている。反射的にそう述べるのを、
「いいからいいから、好意は素直に受けとけ」
 やや強引に押し切って、侘助は北都の世話を焼いた。北都は甘えるのが不得手で、甘やかされるのも苦手ときている。ならばこうしてこちらから、甘える機会を提供するのも家族としての優しさだと侘助は考えていた。
「……ありがとう」
 小皿を受け取った北都が、若干、照れくさそうにしているので、侘助は率先して彼に話を振った。
「そういえば、持ってきてくれた日本酒のいわれを聞いてなかったな。あれ、結構したんじゃないか?」
「侘助くんが酒好きだと聞いたからね。あ、でもそれほど高くないよ。直販ルートを使えば安く買えるんだ。実は僕の地元、新潟の酒なんだよ。いいお酒として有名だから、未来の家族に味わってもらいたいと思ったんだ」
 それを聞いて、侘助は目尻が下がってしまうのである。
「くー、北都、その心遣いだけでも嬉しい!」
 北都の酌でこれを杯に受け、きゅっと呷った。
「新潟の酒か……うん、美味い!」
「どれどれ、私にも一杯」
 さりげなく未実も湯飲みを出すが、
「未実、駄目ですよ。未成年は」
 と、横合いから火藍に突っぱねられてしまった。
「なんだよ、もう。こんな時しか飲めないんだし、火藍もどうだい?」
 すると火藍は上手く切り返した。
「なら甘酒でもいかがですか? 暖まりますよ。これなら未成年も大丈夫です。俺もいただきます」
 言うなり、とくとくとく、と未実の湯飲みに甘酒を注いだのである。この甘酒も、侘助の手作りだという。
 さてリオンは一応は箸を使えるものの、黒豆などの小さくて滑りやすいものはどうしてもつかめない。残念なことにこれらのものは彼の好物だというのに。でも大丈夫、
「黒豆が滑って取り難そうだね、食べさせてあげる」
 北都がそういって、あーん、の要領で食べさせてくれたのだから。ところがこの光景が、ますますクナイの胸くすぶるものを熱くしていた。
(「『あーん』ですと? 私だってしてもらった事ないのに……っ!」)
 内心の炎を隠し我慢する。我慢はするのだがどうも、クナイの顔は仏頂面になってしまうのだった。これに気づいたソーマが、おや、と言う顔をして、
「なんか、北都って子どもの世話をする母親って感じだな。そしてクナイが、妻が子にかかりっきりなんで仏頂面になってる旦那っぽい」
 さらりと言いのけたのち、はははと笑った。
 北都は目を丸くした。
「えっ、それってどういう意味? クナイが父で僕が母って……つまり」
 そこまで考えて北都はあることに思い至ったらしい。考えるな、考えちゃいけない、と心に繰り返しながら、つい言ってしまった。
「つまり、ボクとクナイがそう言う関係って……」
 コホン、と空咳して北都はこの考えを封印した。つづきは家に帰ってから考えよう。
 ところがクナイのほうは、北都の定義における『つづき』までしっかり考え終えていた。
「その喩えは、ソーマにしては、まあまあ良いですね」
 ソーマの普段の言動は気に入らないものばかりだったが、これは認めてもいいとクナイは思った。その設定を活かすとあのリオンは、クナイと北都の長男ということになるわけだ――なんだか愛おしくなって、クナイはリオンの頭を撫でてみたりした。
 するとリオンは、クナイの顔を見上げて、
「以後『パパ』とお呼びすればいいのでしょうか?」
 などとあどけない口調で問うたのだった。
 さてこれを見ていた侘助は、ソーマに身を寄せて告げた。
「ソーマさん、いいこと言ったね。ちょっと不穏だったクナイが機嫌よくなったみたいだ」
「そうか? 同じ視点で考えると、侘助のパートナーは俺の子みたいなもんになるな? 外見はそんなに差はないけどな。お年玉でも持ってくればよかったか」
 ソーマは未実と火藍に、とてもいい笑顔を見せて声をかけた。
「二人とも、俺の事、パパと呼んでもいいんだぜ?」
「なんとも若いパパだな。別にそれでもいいけどねぇ」 
 未実はからからと笑ったものの、火藍は当惑しっぱなしの口元で応えず、ただ渋面を作っていた。
「素直じゃないなー、ん?」
 などと言って『娘』と『息子』にスキンシップしようとするソーマパパの手を侘助ママは(?)取って、
「ちょっとちょっと、ソーマさん穏便に穏便に……」
 と言いながら彼を立たせ、部屋の隅に連れていった。
「どうしたママこんなところに連れ出して」
「いやそのママはやめてっ! じゃなくて、大事なこと忘れてたんだ。言ったろ、渡したいものがあるって」
「そうだった。何かな?」
「これ……えーと、よければ」このとき侘助が差し出したのは銀色の鍵だった。「この部屋の……合い鍵」
 顔を紅潮させる侘助に、ソーマは無言で先を促す。
 侘助は消え入りそうな声で彼に言ったのだった。
「だ、だって貰ってばっかじゃ……俺からも何か渡したいし」
 ソーマは何も言わず笑顔を見せ、鍵を侘助の手ごと握った。

 今年もいい年になりそうだ。北都とクナイにとっても、侘助とソーマにとっても。