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バレンタイン…雪が解け美しき花びら開く…

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第10章 恋人なんてほったらかしっ

「今日はいっぱい遊ぶですよー!」
 初めて遊園地に来たオルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)は、うきうきしながらガイドブックをぺらぺらと捲る。
「まずは並んで入らないといけないねー」
 夕夜 御影(ゆうや・みかげ)も1日パスを手に目をキラキラと輝かせる。
「早めにきたおかげですぐに入れましたね♪」
 待ちきれずオルフェリアたちは朝4時に早起きしてやってきた。
「一緒に全アトラクション制覇を制覇しましょうね御影ちゃん」
「わぁあい♪たくさん遊びたいーっ」
「まずは面白そうなジェットコースターから乗って、そのあとはお化け屋敷にいってその後は・・・」
「いっぱいあるねー♪あっちは何があるのかなー?」
 まったくオルフェリアの話を気かず、吸い寄せられるようにふらふらと歩いていってしまった。
「とりあえず始めは・・・あれ、御影ちゃん?」
 傍にいたはずの黒にゃん子の彼女は忽然と姿を消してしまっていた。
 その頃、御影は見知らぬ人々についていって迷子になっている。
 しかし彼女は迷子になっているという自覚はまったくない。
「あ、オルフェ!」
「誰だ、お前」
「―・・・ぎにゃぁあああ!?」
 ヘアースタイルと色が似ているためオルフェリアと思ったその女が振り返るなり、御影が悲鳴を上げて逃げる。
 それはヤンキーのようなキツ目つきでケバイ化粧の恐ろしい姿だった。
「うぅ、怖かったー。ん?あのお花の乗り物、可愛いーっ」
 またもやオルフェリアと逸れたことを忘れ、1人でコーヒーカップに乗って楽しみ始めた。
「わぁ〜っ、回る回るぅう〜。いっぱい回しちゃうよー♪」
 蜜色のテーブルをくるくると回しカップを回転させていると、アナウンスが流れてきた。
 ピンポンパンポン〜。
 “迷子のお知らせをいたします。夕夜御影様、夕夜御影様。オルフェリア・クインレイナー様がお待ちです。いらっしゃいましたら出入り口前までお越しください。”
「あれ?なんかにゃー呼ばれてるー」
 コーヒーカップが止まると御影はすぐさま出入り口前へ走る。
「御影ちゃ〜んっ、どこに行ってたんですかー!・・・って、そっち行っちゃうとまた逸れちゃいますよーっ!!」
 また興味津々に周囲を見ている御影がどこか行ってしまわないように捕獲する。
「ご主人〜、迷子になっちゃった?」
「―・・・フフッ御影ちゃん。かなり早いですけど、お昼ごはんにしましょう」
 迷子になっていたのは御影の方だが、叱ったと思われたらしょんぼりさせてしまうかと思い、そのことには触れず気にしないでおいた。
 園内に入るまだ遊び初めてもないのに、彼女を探すだけで労力を使ってしまい、休憩がてら先にランチを食べることにした。
「ご飯?じゃあにゃーあれがいい!」
 御影はガラス窓に張りつき、にゃーにゃーと尻尾をふりふりさせる。
 レストランの中に入ると街灯のような灯りが輝いている。
「にゃーはこのツァンダームニエル風を注文する♪」
 ふかふかのソファーに座ると、さっそくメニューを開いて店員に言う。
「美味しそうですー♪オルフェもそれにしますねー」
 待つこと数分、出来立ての温かい料理がテーブルへ運ばれてきた。
「グリンピースにかかってるちょこっと甘いクリーム系のソースがとても合っています!」
「白身のお魚、ほくほくで美味しいっ」
 皿に添えられているレモンを魚にかけて御影も食べてみる。
「これはパイ生地なんですねー。中身はマッシュポテトですか?」
 大きな春巻きみたいなつけ合わせを食べると、その中にはほかほかのポテトが入っている。
「デザートは何にしましょう?」
 オルフェリアはデザートを注文しようと、丸いパンを一口食べてメニューを広げる。
「フルーツのレアチーズケーキに決めました!御影ちゃんは何にしますか?」
「んー、にゃーはシフォンケーキがいい!」
「それじゃあ注文しますよー」
 呼び鈴で店員を呼んでデザートを頼んだ。
「わぁ〜、柑橘系の爽やかな香りがいいですねー♪」
 レモンとオレンジの香りを楽しみ、上に添えられたラフランスとチーズケーキを食べる。
「にゃーのシフォンケーキも来た!はむっ、ふわふわ〜っ♪」
 ライムとレモンのすっきりした味わいのケーキを、御影が美味しそうに頬張る。
「ふぅ、お腹いっぱいになりましたね。もうすぐ何かイベントが始まるみたいですよ」
「早く見に行こうー♪」
 ランチを食べた2人は園内のイベントを見に行こうとレストランを出た。



「ねぇねぇ、どんな手品をやるの?」
 鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)は遊園地で手品ショーをやる姫神 夜桜(ひめかみ・よざくら)にくっついてきた。
「う〜ん驚くような要素が欲しいね」
 夜桜がアルバイトをするのは今日1日だけだが、どうせならお客さんが楽しんでくれるものがいいと考え込む。
 遊園地で手品ショーをやる彼についてきたのだ。
「でもやっぱりバレンタインだから、あったかい感じが欲しいね。いい思い出を作ってもらいたいし」
「そっか、きっとカップルも多いよね。・・・夜君っていい人だね。よし、ボクお手伝いする!」
「じゃあ、ひー君にも手伝ってもらうかな」
 氷雨に手伝ってもらいながら手品道具を作る。
「うぅーやっぱり、寒いー。夜君は寒くないの?」
「少し寒いけど、耐えられないほどじゃないからね」
「へぇー、夜君は強い子なんだねー」
「フフッ、ひー君も強い子だよ。じゃあ、準備するから手伝ってね」
「あ、うん、お手伝いするー。わぁー夜君、これ何に使うのー?」
 四角い箱をキョロキョロと見つめて氷雨が目を輝かせる。
「ぱっと物が消えたりするんだよ」
「凄いー凄いー。こんなに手品の道具、持ってたんだねー。どこから手に入れたのー?」
「う〜ん、ナイショかな」
「え、秘密なの?そっか。残念」
「あはは、ごめんね」
 コンジューラの従業員の人から借りてきた物をベースにし、作ったものだということは伏せて彼女に教えられなかった。
「ねぇ、夜君」
「うん、何?」
「夜君はさ、こんなに寒い中わざわざ新作の手品とか用意して、自分に何の得も無いのにボランティアでショーまでやってさ・・・」
「それはね、バレンタインだから見てくれた皆に愛のプレゼントってね」
「何でそこまでして手品やるのー?」
「―・・・うーん。何でって、そうだな・・・皆の笑顔が見たいって言うのもあるけど。単純に好きだからかな、手品と人が。好きな人の為なら僕はどんな手間も惜しまないよ」
「ふーん・・・やっぱり夜君は強くていい子だね。好きなもののためにそんなに頑張るのカッコイイね」
「それじゃあ運ぶの手伝ってくれるかな?」
「はぁい♪」
 天真爛漫な笑顔で元気よく返事をすると氷雨は、手品道具をステージの待機室へ運ぶのを手伝う。
「さて、本番いきますか。ひー君よろしくね」
「うん。夜君、本番頑張ろうね!」
 準備を終えた2人は観客が待つステージへ向かった。
「本日は、お客様を不思議な幻想の世界にご案内。楽しんでってくださいね」
 ステージ台に立つと夜桜が大きな声で観客たちに挨拶をする。
「まずはこの箱にいろんなものを入れて消してみせます!」
「見て、箱の中にはなーにもないよっ」
 氷雨が何も入ってない箱を客に見せようと、前の方にあるスライド式の板を横へ移動させる。
 同じ色一色の空っぽの中身を確認させ、後に元の位置へ戻す。
「床にも抜け穴などの仕掛けはありませんっ。今から助手のひー君がこの中へ入ります!」
「はぁ〜い♪」
 夜桜の指示で階段を使って昇り箱へ入る。
「この板をスライドさせると中が見えます。ワン・ツー・スリー!」
「わぁ〜、消えちゃったですよー!?」
「どこいっちゃったのーっ」
 箱の中から氷雨が消え、驚いたオルフェリアと御影が目を丸くする。
 スライド板で箱の中を隠し、今度は板を外さず箱の外から消えたはずの彼女が現れた。
「今度はお客さんにも手伝ってもらいますね。そこのお嬢さん、こちらへどうぞ!」
「オルフェですか?はぁ〜い、行きます♪」
「今からトランプカードマジックをお見せします。どれでも好きなカードを選んで、会場の皆さんに見せてくださいっ」
 そう言うと夜桜はカードを見ないように、氷雨と一緒に背を向ける。
「えっとオルフェが選んだのはこれです〜♪」
 スペードの5を選んで会場の客たちに見せる。
「選びましたか?それをトランプの一番上に置いてください!」
「分かりましたっ」
「ではこのカードですね?」
 夜桜はそれを見ないように客たちに見せ、カードの束の中に入れる。
「指を鳴らすとそれが1番上にきます」
 パチンッ。
「お嬢さんが選んだカードは、スペードの5ですね?」
「わぁあ〜っ、どうやったんですかー!?」
「もう1度やりますね、今度は真ん中に入れます」
 再びパチンッと指を鳴らす。
「ほら、この通り。1番上にカードがきました!」
「凄いですっ!!」
 オルフェリアは大喜びで拍手をする。
「ご協力ありがとうございましたっ」
「はぁ〜い♪」
 手伝いを終えた彼女は夜桜の傍から離れ、御影の隣の席へ戻っていく。
「それでは最後のマジックです。今、この布には何もありません。これを床において引くと・・・っ!」
 夜桜がバサッと布を引いたとたん、その下からいろいろなサイズのハートの風船が飛び出した。
 風船はふわふわと飛びながら客席へ落ちていく。
「皆さま、ご満足いただけたでしょうか?これでマジックショーは終了です!」
 客席に向かってお辞儀をすると観客たちから歓声と拍手をもらい、夜桜と氷雨のマジックショーは閉幕した。



「御影ちゃん、まずはあれに乗りましょう♪」
 マジックショーを見た後、オルフェリアたちはジェットコースターの乗り場へ向う。
「お客さん発見っ。はい、バレンタインのチョコだよ」
「わぁ〜ありがとうございます!」
 つばめからもらったチョコを美味しそうに食べきった。
「ねーチョコしかないの?」
「う〜ん、それしかないね。あ、そっか。カカオが入ってるから食べちゃいけないんだね?」
「ちょっと残念・・・」
 カゴに入ったチョコを欲しそうに御影が見つめる。
「じゃあ、この飴でいい?」
「オレンジの飴ねー?食べたいー♪」
「他の人にはナイショにしてね?」
「分かったーっ」
「お客さんに配らないといけないから、じゃあまたね」
 つばめはカゴをふりふり、客たちにチョコを配る。
「チョコを食べてさらに元気が出てきましたよっ♪」
 行列に並んで数十分待った後、オルフェリアと御影は蝶と花柄にペイントされたそれに乗り、腰に安全ベルトをつける。
「ゆっくりスタートするんじゃないんですかー!?」
「ひきゃぁあぁ、怖いよぉおおおーーーーー!!」
 全員乗るとシグナルが1秒も経たないうちに消え、時速100km以上ありそうなジェットスタートする。
 スギュゥウウンッ。
 ビル50階立てに相当しそうな、直角のレールの上を進んでいく。
 捻ったような形状のレールを爆走し、さらに身体へGがかかりより恐怖感を増幅させる。
「急降下していきますよーっ。きゃぁああ、助けてーーー!神様〜〜っ!!」
「ここここわぁいーーっ、こわぁあい!!」
 時速280km以上に達し、オルフェリアたちは悲鳴を上げて涙を流す。
「レールの後ろが外れましたよ!?」
「えぇええええ!!?落ちるぅうう」
 ガチッとレールが外れガッタンッと下に傾いたその上で、ジェットコースターが急に止まる。
「あ・・・レールがちゃんとくっついたみたいっ。よかった・・・って、あぁああぁっ!!ご主人〜〜っ、これモンスターマシーンすぎるぅうう」
 落下すれすれまで進んだそれは、カックンッと元の位置に戻りくっついたレールの上を後ろ向きに走り、引っ張られるように終着点へ戻っていく。
 ゴゴゴォオオオーーーッ。
「過激すぎるっ、ご主人ーーー!!」
「いやぁあ、助けてください神様〜〜っ」
 泣き叫ぶ彼女の傍ら、オルフェリアは恐怖のあまり神に助けを求める。
「まさかこんなに強烈だとは思わなかったです・・・」
 降りる頃には2人とも足元をふらつかせアトラクションを出る。
 しかしこれでへこたれる彼女ではない。
「次は妖精さんの花畑に行ってみましょう!」
 きゃっきゃとはしゃぎながら、花のアーチをくぐって入る。
「50分くらいで入れましたね♪なんだかお砂糖菓子みたいないい香りがしてきました」
 うきうきしながら2人乗りの小さな車を運転する。
「あら、急に視界が悪くなりましたよ?」
「ご主人ー、何か聞こえてきたっ」
 少し進んだところで急に周辺が薄暗くなり、クスクスと笑う少女の声音が響いてきた。
 辺りに花の妖精のような小さな少女たちが現れ、ブツブツと呟き始めた。
「フフフッ、蜜の甘い香りに惑わされてきたの?」
「ここから無事に出られるかしらねぇ、きゃっははは♪」
 ケタケタと少女たちが笑うと、花の蔓が白骨化した人の腕に変わっていき、オルフェリアたちを車から引きずり降ろそうと襲いかかる。
「きゃぅううう、ご主人っ。骨、骨がーーー!」
 それらはソリットビジョンなのだが、そんな記憶はどこかへ消え去っていた。
「早くここから逃げましょう御影ちゃんっ!」
 オルフェリアはぐっとアクセルを踏み、限界速度いっぱいに車を走らせる。
「花畑の中にドクロが!?」
 生き物の頭の骨がそこら中に転がり、そのひび割れた隙間から薄いバイオレットカラーのキレイな花が咲いている。
 美しい花が咲くそこに躯が転がるその場所は、まるで死と生の狭間の黄泉平坂のようだ。
「逃げ惑ってしまいなさぁい♪」
「キレイで可愛いのに怖いですーっ!きゃぁああ、来ないでくださいー!!」
 悲鳴を上げながらガクガクと手を震える手でハンドルを握り出口を探す。
「なかなか出られないですよ!?」
「もしかしてご主人、道に迷ったんじゃ・・・っ」
「そ、そんなぁあ。ひあぁああぁあっ、触らないでください!」
 白骨化した手がオルフェリアに触れ、そのリアルな感覚に泣き叫ぶ。
 結局、2時間くらい彷徨って出口へ出た。
「うぅ、あんなに怖いなんて思わなかったですね。でも、まだ他のところがいっぱいあるんですよね♪」
 その後も他のアトラクションへ特攻して行く。
「足が痛いですよー・・・」
「にゃーは叫びすぎて喉も痛いーっ」
 遊園地が閉まる寸前、彼女たちはぐったりと疲れ果ててしまった。