イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

バレンタイン…雪が解け美しき花びら開く…

リアクション公開中!

バレンタイン…雪が解け美しき花びら開く…
バレンタイン…雪が解け美しき花びら開く… バレンタイン…雪が解け美しき花びら開く… バレンタイン…雪が解け美しき花びら開く…

リアクション


第17章 血のバレンタイン

「うわぁ〜!ここが、アインエーヴィゲス・ゼーゲン教会なんですね!」
 ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)は緑色の双眸をキラキラと輝かせ、石造りのバロック様式の建物を見つめる。
「壁などは全て石なんですのね?それにしてもどうやって造ったのか、かなり気になりますよ、これはっ」
 まるで一塊の1つの石から造ったような概観に驚く。
「大きな柱の上に、なにやら細かい細工が彫られていますね?まさしく職人たちの技術が光る一品です!もっと近くで見てみましょう、樹様っ」
「あっ、そんなに急がなくても教会は逃げたりしないぞ」
 大はしゃぎするジーナに手を引っ張られ、林田 樹(はやしだ・いつき)は困り顔をしながらも、楽しそうな彼女の姿を見て連れてきてよかったと口元を綻ばせて笑みを浮かべる。
「まぁっ、なんて素敵なんでしょうかっ」
 ホワイトをベースにブラックカラーの石をアクセントに使って造られた教会を見上げた。
 屋根や柱の細工の影になった部分で、モノトーンカラーに見える。
 アールのかかった大きな窓の少し上に、丸い窓がありそれらの枠も全て石で造られている。
「きっと中も素晴らしい造り違いないですわ。樹様、中へ入ってみましょう♪」
「観光に来たんだ、入ってみるか」
「ワタシが扉を開けますね、ささっどうぞ。コタちゃんも先に入ってくださいね。あんころ餅は自分で開けなさいっ」
 ドアノブを掴んで開くと樹から先に入れ、続けて林田 コタロー(はやしだ・こたろう)が教会の中へ入っていくのを見ると自分も入り、ノブから手をパッと離した。
「(やっぱり僕の時はそうするのかっ)」
 緒方 章(おがた・あきら)はムッとしながらも、ここまで来て喧嘩するのも思い、文句を言わず自分で開けて入った。
「とってもキレイ・・・」
 ジーナは中の様子を見回し、あまりの美しさに思わず息を飲んだ。
 建物内は純白のホワイトのベースカラーで、ところどこに施された金・銀細工により清らかな色合いが際立つ。
「こんな場所で式を挙げられたら最高ですよね・・・」
 女神像が置いてある上の方を見上げると、四本の柱の間にハープをモチーフにしたような大きな飾りがある。
 その両サイドの上に、ドレスを着た女性が鳥と戯れながら座っているシンメトリーの彫像もある。
「ここで樹様とワタシとで、ウエディングドレスを着て誓いを立てたいものです、ね〜樹様」
「ジーナとか!?」
「はい♪ドレスは樹様のために、ワタシがデザインいたしますわっ。きっと世界一、いえ宇宙一お美しいのでしょうね、フフフッ」
「きょーかい?ねーたんもじにゃもおよめさんなるお?・・・う、こた、よくわかんないお」
 林田 コタロー(はやしだ・こたろう)はどっちが花嫁なのか、首を傾げて考える。
「ったく、バカラクリ娘は何言ってんだか」
 樹の花嫁姿を想像するジーナに対して、章は眉を潜めてため息をつく。
 その彼に向かって彼女は、べーっと舌を出す。
「こた、おにゃかすいたー。おそとにあった、くえーぷたべたいお」
「あら、こたちゃん。それなら一緒に食べに行きましょ!」
「う!じにゃ、いっしょにたべおー!」
「じゃ、樹様。行ってきますわね」
 ジーナは小さく片手をひらひらとさせ、コタローと一緒にクレープ屋へ行った。
「・・・じゃ、僕たちも行こうか」
 2人の姿が完全に見えなくなった頃合を見計らい、章が樹の肩を抱き寄せる。
 驚いた彼女はとっさに彼の手を振り払って飛び退き、教会の椅子の陰に隠れる。
「って、樹ちゃん、どうしたの?」
「馬鹿者!」
 きょとんとした顔をする彼に向かって、顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
「さっ、酒に酔っていた勢いとはいえ、ああいう関係になったから全てを許すとか、そうは思っていないからな!・・・それに、しかもそのあの・・・こ、こういう場所だぞ!いっ、いつもの、アキラ、お前の、ぷ、ぷ、ぷろ・・・」
 椅子の手摺を握り締めちらりと章を見て、恥ずかしさのあまり今にも頭から湯気が出てしまいそうになる。
 だんだんと声のボリュームを下げていき、最後には壊れたロボットのように、その先の言葉が言えなくなってしまう。
「ああ、プロポーズね。いくら何でも、心の準備が出来ていない樹ちゃんに、こんな所でプロポーズはしないって。樹ちゃんの心が解れたら、その時に改めてするから、ね」
「・・・じゃ、家にいるときとか、訓練中とかにしょっちゅう言っている“結婚しよう!”、アレは、本気ではないのか?!」
「えー、あれだって本気だよ。本気で毎日言い続けなきゃ、頑なな樹ちゃんの心は動かないと思うから、ね」
 逃げるように他の椅子に隠れる彼女の方へゆっくりと近づく。
「それとも、準備できてるんだったら、今言っていい?」
 毎日樹に言っている言葉が嘘でないことを教えようと、章がポケットからペンダントを取り出す。
「この大馬鹿者!!ハートの機晶石ペンダントなんか持ち出すんじゃない!準備できているとかいないとかの問題じゃ・・・」
 冗談にも聞こえた日々の言葉、彼の気持ちが本心なのだと分かり、どう返事をしたらいいのか樹は答えに困ってしまった。
 その頃、ジーナとコタローはクレープ屋に行こうと、手をつないで町中を歩いている。
「・・・じにゃ、ねーたんとあき、いっしょは、めー、らったはずらお」
 樹と章が2人きりになりそうなら、いつもは真っ先に阻止しにかかるジーナなのに、あっさり2人だけにしたことを不思議に思ったコタローが聞く。
「いま、いっしょらお。めーしなくて、いーお?」
「・・・うーん、こたちゃん。そこがワタシも不思議なんです。前は、一瞬でもバカ餅と樹様が一緒だと許せなかったのに、今はそんなに気にならなくなったのです」
「どーして?」
「樹様に“ワタシはワタシで良い”と、しっかり認めてもらっていることが分かったから。そんなに樹様に執着しないようになったんでしょうね・・・多分」
「じにゃ・・・」
 それでも少し切なそうな顔をするジーナを見上げ、元気のない彼女の姿にコタローは悲しそうな顔をする。
「ま、あの時は切れて餅を叩き潰しましたが!」
「う!じにゃ、よかったれす。じにゃげんきらと、こたもげんき!」
 何かを吹っ切ったように、いつもの笑顔になったジーナにコタローは無邪気な笑顔を向ける。
「こた、てくにょくりゃーとになったかい、あったれす!じゃ、くえーぷたべにいくれす!ちょこくえーぷ!」
「はいっ、行きましょう♪」
 ほんわかとした笑顔を向けてくれた小さな彼女を、優しく抱きかかえクレープ屋へ向かう。



「あら、また2人でメンテナンス?」
 パートナーたちについてきたヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)は、町中を歩く2人の姿を遠くから眺める。
「で・・・ゆっくり見物したいのに、今回もまたこの馬鹿のお守りをしなきゃいけないわけ?」
「この町は美味いものがいっぱいだぎゃー!」
「―・・・んもぅ、ィヤんなっちゃうわ」
 店で買い食いばかりする親不孝通 夜鷹(おやふこうどおり・よたか)へ視線を移し、不快そうにため息をつく。
「・・・ま、今日は寒いから鳩もあんまり来ていないみたいだけど」
 大通りを見回し、つまなさそうにガードレールに寄りかかる。
「ひょっとして皆、遊園地とか屋内にいるのかしら?」
 往来する人々の少なさに首を傾げる。
「何よぉおっ。宮殿でコンサートとかあるみたいじゃないの!」
 路上で配られているパンフレットを開くと、レクイエムが好きそうなイベント事が書かれている。
「今度来た時は馬鹿のお守りじゃなくって、たまにはこういうところに連れて行きなさいよ!って、ゾディーに言おうかしらねぇ」
 ホットサンドを食べている夜鷹を横目で見て、彼は不服そうに顔を顰める。
「せめてこれだけでも持って帰ろうかしらね。あぁ、私って不憫な魔道書・・・」
 他の契約者はパートナーたちと楽しんでいる中、自分だけこんな目にばかり遭うなんて不幸だと、一筋の涙を流す。
「あらん?あそこのお店にいるのって、ゾディーが執着していた女のパートナーじゃなぁい?」
 指で涙を拭うとその目の前に見知った顔の女がクレープ屋にいる姿を見つけた。
「ん?あの機晶石人形、確かにあのオンナと一緒にいたヤツぎゃ」
「・・・ってことは、女も来ているわね」
 近くにいないかジーナの周囲を見てみるが、そこに樹の姿はない。
「よたか殺気看破して、探してもらえる?」
「えっ!?相手が害意を発してないと分からないぎゃ!」
「あぁ、そうよねぇ。じゃあスバルの殺気ならどうかしら。もしもズバルがあの女と遭遇したら、それで少しは分かると思うのよねぇ」
「なんだぎゃ、レク。スバとアルのとこ行くのぎゃ?スバに“オメーは身代わりだ”って伝えるのぎゃ?」
 あの女のただの代役扱いなのだと、すばるに教えるのかとレクイエムに聞く。
「ばぁか、違うわよ。ただ見に行くだけ。アタシはね“人”がどのように考えて、行動しているのかが知りたいの」
「んーんーんー、ワシは難しいことは分からないぎゃ。・・・要するに修羅場が見たいだけぎゃね」
「何でアタシみたいな曲が生まれたのか、“人”が何に絶望を感じ、希望を見出すのか。その背景となる行動理念が知りたいだけなのよ。・・・だから、手伝って頂戴」
「分かったぎゃ、修羅場見に行くぎゃ!レクの邪魔になんないよーに、口出しはしないぎゃよ。飯は喰うけどぎゃ」
 泥沼チック劇場を見物出来ればいいと、彼のいう通りズバルの殺気を探し歩く。



「マスター、この教会です、ワタクシが見たかったのは」
 六連 すばる(むづら・すばる)は石造りの教会を指差し、その中に早く入りたいというふに女の子らしい笑顔で言う。
 クリスマスの時、ゴンドラに乗る前に見つけた教会にどうしても行きたくなり、アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)を誘った。
「見られればそんなに走って。転んでも知りませんよ、スバル」
 彼女の想いとは裏腹に彼の方は、樹の代わりの者として補修しようとついてきてやっただけだ。
「大丈夫です、マスター。(チョコを作ってくればよかったでしょうか。そこでマスターに渡したり・・・とか。でも、もし他の人がいたら、ちょっと恥ずかしいですけど)」
 どうせなら手作りのチョコを作って、ここへ持って渡せばよかったかなと心の中で考え、2人だけの時間を楽しむ。
「今、扉を開けますね。―・・・あの女!こんなところにまで・・・」
 ドアノブに手をかけて開くと、そこに想い人の心を捕らえ続けている憎い女の姿が見えた。
 樹自身はそんなつもりはないが、彼女が存在するせいでいつまでも自分の想いが届かない。
 しかもバレンタインの日に、2人きりで教会の雰囲気を楽しもうとしたところ、何故か邪魔者がそこにいる。
 彼と過ごす幸せな気分を台無しにされてしまった。
 そう思うとより憎しみが増してきた。
「(マスター、下がってください、危険人物がいます)」
「スバル、何があったのですか?」
 精神感応のテレパシーが届き、中に誰かいるのかとドア越しから聞く。
「そんなに殺気だってたらバレバレだよ!樹ちゃん、下がってて」
 殺気看破で敵意を向けるすばるの気配を察知し、樹を目掛けて飛んでくる蝋燭台を章がレギンスでガードする。
「この教会をあなたのような者の血で汚したくありません。ここから引きずり出して、叩きのめしてやります」
 章を無視して憎々しい女だけを睨みつける。
「そうですか、彼女が来ているんですね」
 憎しみに満ち溢れているすばるのテレパシーに、アルテッツァはそこに樹がいるのだと確信した。
「あなたもいらっしゃっていたのですね、ゾディアック先生」
 教会の中に入ってきた一見人のよさそうな男を、章は睨むように見据える。
「これはどうも。貴男と会うのは2度目ですね」
「―・・・また、お前か。何の用だ」
 あまり聞きたくないその名と声音が聞こえ、樹は椅子の陰から立ち上がり姿を現す。
「おや、イツキじゃないですか。このような所であうとは偶然ですね。確か、キミに結婚を申し込んだのも教会でしたね。・・・まあ、あの時は空京の片隅にある、小さな教会でしたが」
 彼女の存在に気づき、アルテッツァが爽やかな笑顔を向ける。
「ああ、お前に求婚された記憶はある」
「いえね、聖ヴァレンティヌスがボクたちを引き合わせたのかと思いまして」
「それと今日と、どのような繋がりがあるのだ?」
「もう一度ここで、キミに求婚を申し込み、ボクたちの絆を確かめましょうか」
「お前の求婚は、元々あの時に断っていたはずだ。断る前に、お前がもめ事を起こしてしまっていたがな」
 樹は彼の申し出を不愉快そうな顔をしてあっさりとふった。
「マスター、そんな・・・あの女性に、プロポーズを・・・!?」
 過去のことと今この場で憎い相手に求婚をする彼の言葉に、すばるはショックのあまり足元をふらつかせる。
「断る前に、お前がもめ事を起こしてしまっていたがな」
「ふふっ、もめ事とは失礼な。キミとの結婚を認めてくれなかったので“暴れた”だけですよ。そうそう、イツキ。あの時ボクがキミに差し上げたもの、2つ、覚えていますか。1つは求婚の証のリボン、もう一つは・・・」
「そうだな、確かにあの時に私は2つ、お前からもらったものがある。1つはお前がいったそれだ。2つ目だがそれは・・・名前を言えば分かることだ」
 ため息をつき相手から目を離さず、いつ襲ってくるか分からない相手をじっと睨む。
「名前?マスターの名前は、“アルテッツァ・ゾディアック”ですよ」
 彼の名はそれだと、横からすばるが口を挟む。
「“アルテッツァ・ゾディアック”これは楽士をしていた時の芸名だ。そしてお前の本当の名前は、“アルトラギッレ・フェルナンド・ハヤシダ”通称“アルト”。名前が示す通り、南米日系人だ」
 相手の本名を知らないのだろうと樹はすばるに顔を向けて言い、アルテッツァへ視線を戻す。
「ふふふ、幼かったんですよね、2人とも。“名字が一緒であれば、日本だと結婚したことになるんだよ。”確かそんなことをいって、名字のないキミにボクの名字をあげたんですよね。極論を言えば、名字をあげたことでボクがキミを形作った、ということになるでしょう」
「樹ちゃんが名前を呼ばれるの、嫌いだった原因って・・・」
 まさかと思いつつ章が小さな声音で樹に聞く。
「―・・・ああ。コイツを殺したことを忘れないために、ヤツからもらった“名字”で、自分のことを呼ばせていたんだ。だが、名字をもらったといえど、あいつが言う結婚がどうのとかはまったく関係ないがな」
「おやおや相変わらずつれない態度ですね」
「マスター、あの女性「にも」名前をあげたのですか?ワタクシに、「六連すばる」という名を付けてくださる前に?そんな、そんな・・・」
 目の前で女に求婚する彼の姿を見せつけられただけでなく、樹が彼から名字をもらったことを知り、力なく床に膝をついてしまう。
 名付けてもらった自分は、彼にとって他の誰よりも特別な存在だと思っていた。
 見向きもされていないような現実をつきつけられ、打ちのめされた気分に陥る。
 それもそのはず、彼にとってすばるは樹の代わりでしかない。
 彼女に彼の心はまったく向いていないのだ。
「マスターに相応しいのは、このワタクシです。・・・マスターの目の前から消えやがれ!!イコンも満足に動かせないヤツが、目障りなんだよ!」
 アルテッツァにこんなにも想われている幸せな女を憎み、憎悪を込めて念力で蝋燭台から蝋燭を外し、その尖った先端で彼女の存在を消そうと狙う。
 シュシュッ。
「私はあいつにそんな興味は持ってはいないのだがな」
 言われなき悪意を向けられた樹は、台を狙い銃撃で撃ち落とす。
「ここから去るのはそっちだ。次は狙うぞ?」
 スナイプで彼女の顔の近くを狙い、教会から出て行くように威嚇射撃をする。
「(―・・・教会に傷がついてしまいます!)」
 すばるは数本の蝋燭を念力で動かし、銃弾が壁に命中しないようにガードする。
「そっちが消え失せろ!」
 “スバル、乱暴はやめなさい”アルテッツァがテレパシーを送るものの、怒りに我を忘れている彼女はまったくいうことを利かない。
「無闇に発砲して、建物に傷をつける気?まったく、作り手の苦労も分からないこんながさつな女・・・、マスターに相応しいわけがない!その点ワタクシは念力で操作して、傷などつけないようにしていますしっ。石造りですからね、損傷を与えてしまったら人々の苦労を踏みにじってしまうことなりかねない!」
 マスターの心を取るだけでは飽き足らず、美しい教会を破損させるのかとすばるが怒鳴り散らす。
 デリカシーもなにもない、がさつな女だと口汚く罵る。
「それともたとえ傷つけても、少し修繕すれば元に戻るとでも?フッ、このような造りの建物をそう簡単に直せるはずがないだろうがっ」
 彼と一緒にくるのを楽しみにしていたのに、それまで壊されてしまうのかと思うと、どこまでも憎悪が膨れ上がる。
「―・・・くっ」
 威嚇だけのつもりだったが、石の部分を撃ってしまったら取り返しがつかなくなってしまうと、樹は銃を撃てなくなってしまった。
 建物の美しさに感動していたジーナが、破損した部分を見たら悲しませてしまう。
 そう思うとトリガーが引けなくなる。
「もらった・・・、消えろーーっ!」
 すばるは相手の隙を狙い、台の先端を彼女に向けて放つ。
「樹ちゃん、伏せて!うぐぅっ!!」
 身動きの出来ない樹の盾となった章の肩に、いくつもの台が突き刺さる。
「アキラ・・・私の手を掴め、逃げるぞ」
 台を抜いてやり床へ放り投げると、身を屈めて椅子の陰に隠れ姿をカモフラージュしながら教会の外へ出る。
「たとえ貴女であっても、イツキに対して暴力をふるうことは許しません」
 樹を傷つけようとするすばるを止めようと、アルテッツァが彼女へ銃を向ける。
「マスター!?」
「もうよしなさい。それと、ここの後片付けをちゃんとやっておくんですよ?」
「はい・・・マスター」
 何度も話しかけるアルテッツァの声に、我に返ったすばるはしぶしぶ追うのを諦める。
 汚してしまった台を丁寧に拭き取って元の位置に戻し、蝋燭を立て直してライターで火を灯した。
「あらあら、可哀想な光景だこと。ヒロインの代役の扱いなんて、本当の役者が現れたらこんなものよねぇ」
 悲しみに沈むすばるの姿をレクイエムが窓から覗き込んで眺める。
 その様子を演劇のようにたとえ、冷ややかな眼差しを向ける。
「スバ、いつになく悲惨だぎゃ」
 夜鷹も惨めな光景をエッセンスに、店で買った食べ物を頬張りニヤニヤと笑った。
 ジーナたちのところへ逃げきった樹は、章の傷を癒そうとヒールで治そうとする。
「・・・アキラ、すまない・・・」
「これくらい平気だよ」
「あんころ餅、その傷は・・・?」
 傷だらけの彼の後姿を見てジーナが首を傾げる。
「うん、ただ転んだだけだよ」
「―・・・まぁ、そういうことにしておいてあげます」
 転んだにしては明らかに不自然すぎ、教会で何かあったのだと思ったが、樹をちゃんと守ったことだけは理解した。
 庇ったせいで傷を負ってしまった章の姿に、悲しそうな顔をする樹を見て、今は聞かないでおくことにした。