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第10章 抜け駆け

 買い物袋を手に、夜月 鴉(やづき・からす)は道路端に立っていた。
「にしても、バレンタイン一色だな」
 付近のどの店にも、チョコレートやハートの模様が飾られている。
 何気なく周囲を見回していた鴉は、ふと近くの露店に気付く。
「これ……トゥーナに似合いそうだよな」
 近づいて鴉が手に取ったのは、桜色の髪飾りだった。
「その娘って、さっきまで一緒にいた銀髪の彼女? うん、とっても似合うと思うよ」
 露店を開いていた青年が鴉にそう言い、名前を入れようかと勧めてくる。
「あ、名前はいいや。けど、そうだよな。似合いそうだし、これ下さい」
 鴉はその髪飾りを購入して、簡単にラッピングしてもらうと、ユベール トゥーナ(ゆべーる・とぅーな)と別れた場所に戻った。
 彼は今日、パートナーの一人である、トゥーナに買い物に誘われて空京を訪れていた。
 鴉自身は特に欲しいものがなかったため、トゥーナの衣料品や雑貨の買い物に長時間付き合ってあげていた。
 別に今日買わなくてもいいじゃないかと思うものばかりだったが、特に口には出さず、鴉は彼女が購入したものを送ってあげたり、荷物を持ってあげたりと、世話をしてあげたのだ。
 そのトゥーナは今、飲み物を買いに、近くの店に行っている。
(日頃の感謝ということで)
 手の中の髪飾りが入った袋を見て、そう思う鴉だったが。
 ふと、紙袋を見ながら首を傾げた。
(あれ俺ってトゥーナに世話になった事あったかな?)
 一瞬、そんな考えが過ったが、面倒なので考えることをやめて、彼女を待つことにする。
 ――その数分後、「お待たせ」と、トゥーナが飲み物を2つ持って戻ってきた。

 トゥーナが購入してきたホットコーヒーを持って、花とイルミネーションで飾られた近くの公園へと入った。
 ベンチに並んで腰かけて一息ついてから、鴉は先ほど購入した桜色の髪飾りを取り出した。
「これ、トゥーナに似合うと思ったから」
 そっけなく言って、鴉は髪飾りをトゥーナに差し出した。
「え……っ!? なんで……」
 トゥーナは信じられないといった表情で、髪飾りと鴉を見る。
「ええっと……日頃の感謝からだ」
 とりあえず適当な理由を言って、鴉はトゥーナに髪飾りを握らせた。
 鴉としては、深い意味などまるでなかった。
 だけれど、トゥーナは鴉からの突然のプレゼントに、深い喜びを覚えていた。
 彼女は今日、他のパートナーが用事で鴉の元にいないことを知り、鴉と2人きりになるチャンスだと……この時を逃したら、他に告白のチャンスは無いと思い、鴉を誘い出したのだ。
 桜色の可愛い髪飾りを見ながら、トゥーナは俯いて、覚悟を決めていく。
「実は鴉を誘ったのには、他に理由があって……」
 心臓を高鳴らせながら、トゥーナは顔を上げて鴉を見た。
「ん?」
 鴉はトゥーナのいつもらしくない、不可解な様子に眉をひそめていた。
 トゥーナは想いを告げようと、口を開く。……その瞬間。
「何してるんですか、2人とも!」
「あの……えっと……ダメなの」
 鴉のパートナーである、アグリ・アイフェス(あぐり・あいふぇす)と、白羽 凪(しろばね・なぎ)が、突如背後から現れたのだ。
「お、なんだ2人も来たのか」
「何、並んで座ってるんですか!」
「えっと……抜け駆け……?」
 笑顔を浮かべた鴉を無視して、アグリと凪はトゥーナの腕を引っ張って、彼から離していく。
「何で2人きりで、こんなところにいるんです? 何を話してたんですか? その手の中にあるのはなんですかっ!? どういうこと!?」
 アグリはぐわしっと、トゥーナの両肩を掴んで、質問攻めをする。
「んーと、そう……なんで……えっと……あの……うー……」
 凪もトゥーナに聞きたいことはあったが、アグリに全て先に言われたため、ただひたすらあたふたしている。
「だって……」
 その一言を言っただけで、トゥーナは黙り込んでしまう。
 驚きと、告白が結局失敗してしまったことがショックで。
 桜色の髪飾りを握りしめて2人の目から隠したまま、落ち込んで黙りこくっていた。
「何とか言いなさいよ! 2人だけで遊びにきたんですよね? 誘ったり、プレゼントをねだったりしたんでしょう?」
 アグリの言葉に、トゥーナは違う、プレゼントは鴉の方からくれたんだと反論したくなった。
 だけれど、余計に責められるのはわかっていたので、何も言い返さないで、手の中のものだけを、守り続けた。
「あわわわ……。ううううっ、はう……」
 凪も2人に何があったのか、気になって仕方なかったけれど、上手く言葉が出てこない。
「抜け駆け、ダメ……」
 その言葉を言うだけで、精一杯だった。
 トゥーナはこくんと首を縦に振る。
「ごめん。別にそういうつもりじゃなかったんだけど」
 見つかってしまったからには、今回は自分が悪いのだ。
「そういうつもりじゃなければ、どういうつもりで、こんなところまで鴉を連れてきたんです!?」
 それでも、アグリの詰問は止まらなかった。

「ん……」
 そんな3人の様子を、鴉はぼーっと眺めていた。
 なんかいつものことだけれど、自分は蚊帳の外だ。何の話をしているのかも、良く解らない。
 議論をしているのか、相談をしているのか。
「でもまあ、今日は何だかんだ楽しかったな、うん。ははははは……」
 少女3人がきゃあきゃあ話をしている傍で、冷えたコーヒーを手に、鴉は一人でたそがれていた。