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第23章 案の定

「やっぱりというか、案の定というか、予想通り……」
 崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は、大きな大きなため息をついた。
 神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)に呼ばれて空京に到着したのは、2時間ほど前のことだ。
 空京ではバレンタインフェスティバルが行われているということだったし、呼ばれたのは自分だけだったし。僅かに、ほんの少しは、その可能性はないと解っていても、デート……せめて、食事の誘いくらいはと考えていたのだが。
(そう、解ってた。今のこの人に、この時期の甘酸っぱいカップルのような脳みそはないことくらい)
 案の定、優子が亜璃珠を呼び寄せた理由は『謝罪回り』だった。
 この間、亜璃珠は術を用いた強引な方法で、会議の為に空京に留まっていた優子をヴァイシャリーに帰還させた。
 優子としては、亜璃珠と共に赴いての謝罪で、きっちり筋を通しておきたかったらしい。
「食事は、弁当を買って乗り物の中で食べればいいか」
 宮殿やロイヤルガードの宿舎を回って、関係者への挨拶を済ませた後。ようやく自由な時間が出来たと思ったら、帰ろうと優子は言う。
「せっかく空京まで来たのに、それはないでしょう。今日一日他に用事はないはずだし、買い物していくわよ」
 亜璃珠はそんな優子を強引に……今日は術を使ったりはせずに、引っ張りまわすことにした。

 衣料品店、アクセサリーショップ、雑貨屋と回って、2人は大量に買い物をしていく。
 連れまわしてみれば、久しぶりの買い物ということもあり、欲しいものが沢山あったらしく、優子の方が沢山服や雑貨を購入していた。
 優子は普段はパンツスタイルであり、正式な場では和服を着用することが多いが、パラミタでのレセプションでは、ドレスを纏うこともある。
 単色でシックなものを好み、アクセサリーにはあまりこだわりがないようだった。
 ファッションや化粧にも、それなりに興味はあるようで、女の子同士の買い物として、亜璃珠は十分楽しむことができた。
「少し休んでいきましょう。飛空艇を手配しておくから、今日中にはヴァイシャリーに帰れるわ」
 周辺で一通り買い物を終えた後、亜璃珠は近くのカフェに優子を誘う。

 窓際の席に腰かけて、会話をしながら、お茶と軽食を楽しんだ後。
 亜璃珠はバックの中から、赤い包装紙に包まれた箱を取り出した。
「優子さん……」
 そして、ちょっと優子を上目使いで見て。
「私の初めて、貰ってくれる?」
 と、艶やかな目で尋ねる。
 途端、優子は小さく吹き出した。
「なーにが、初めてだ」
「本当に初めてなのよ」
 亜璃珠も軽く笑みを浮かべながら、箱を――赤い包みのチョコトリュフを優子に差し出した。
「処女作だから期待はしないでね」
「ん、ありがとう。毒見させてもらうよ」
「もう……」
 本命か、義理かと問われていたら、本命と答えてしまっていただろう。
 それは紛れもなく、心を込めて作った、本命チョコだったから。
 でも、答えを聞ける自信がなくて、好きとはいえずに、亜璃珠はチョコを渡すだけに止めた。
(本命なら、いらないと言い出す可能性もあるし……この人なら)
 優子が、仕事の邪魔になる恋愛はしたくないと思っていることを、亜璃珠は解っているから。
 でもそれはつまり、仕事の邪魔にならない恋愛や、仕事に有益な交際なら応じる可能性もあるわけで。
 政略結婚なんかに簡単に承諾してしまいそうな危うさも感じて……亜璃珠は想いを受け入れてほしいからだけではなく、優子を心配していた。
 アレナが戻ってきたことで、普段の優子の表情が少しだけ和らいだ。
 そして今は、穏やかな表情で亜璃珠と共にいた。

 それから数十分ほど、友人の話や、お菓子作りの話など、他愛もない話をした後、2人はカフェを後にした。
「実は……今日、キミを誘ったのには、もう一つ訳があるんだ。……頼みたいことがあって、話をしたかった」
 歩道を歩きながら、優子が少し言いにくそうに言葉を発した。
「何? 私に出来ることならさせてもらうけれど」
「亜璃珠……バレンタインは忙しいよな?」
「……そうでもないけれど」
 予定はいろいろ入っているが、優子の頼みなら場合によってはキャンセルしてでも、亜璃珠は応じたいと思っていた。
「実は……」
「うん」
 意を決して、優子は言葉を続けていく。
「若葉分校の番長と、分校生の国頭から誘いがあったんだ」
「……何の?」
「若葉分校でバレンタインパーティを行うから、来てくれと」
「うん」
 その後に続く言葉は大体予想できたけれど、亜璃珠はちょっと意地悪して、黙っておく。
「私も顔を出したいと思っている。けど、ゼスタは薔薇学の友人やタシガンの友人と過ごす予定があるみたいで、その日は顔を出せないっていうんだ。だから……忙しいところ悪いが、一緒に行ってはもらえないか?」
 ごくわずかに赤くなり、ちょっと小声にながら、優子は亜璃珠にお願いをする。
「……何話したらいいのか、わからないんだよ。2人だけならともかく、パラ実生達に情勢の話とかしても、煩わしがられそうだし。確実に浮くのはわかってるが、信頼を失うのはかなりマズイし」
 亜璃珠がすぐに答えないために、優子は次第に慌てていく。
 ひとしきり、そんな彼女の様子を楽しんだ後、亜璃珠はくすりと笑って「いいわ」と答えた。
「優子さん、相変わらずね……。分校性、可愛い子達ばかりだけれど、確かにあなたの性格だと、あの子達を楽しませてあげることは、出来ないかもしれないわね」
 優子からお願いされなくても、亜璃珠は元々優子を誘って分校のパーティに行こうと考えていた。
「去年は行けなかったんだし、今年は分校生に義理チョコを配るといいわ」
「そうだな」
 ほっと、笑みを浮かべた優子の肩に。
 亜璃珠は突如手を乗せて、彼女の顔に自らの顔を近づけた。
「!」
 途端、優子は亜璃珠の額を押さえつけて、亜璃珠がしようとしたことを阻止する。
「吸精幻夜はもう二度と食らわないぞ」
「そんなことしないわよ。あの時はやむを得なかっただけ」
「アリスキッスもいらない。今は健康そのもので、力を分けてあげたいくらいだ」
「……」
 それも違うんだけどなと思いながら、亜璃珠は優子から離れた。
「とにかくキミは必要以上に私に近づくな。もう絶対あんなこと、するなよ。キミにはもう絶対隙は見せない」
 優子はさっきより赤くなって、亜璃珠を睨みつけていた。
 それはちょっとふて腐れているようでもあって、照れているようにも見えた。
 しようとしたことを拒否されたのかと思って、少し落ち込み、だけれど納得もした亜璃珠だったが、優子の次の言葉で気付く。
「あの日のことは、忘れてくれ。誰にも言うんじゃないぞ」
 赤い顔で、すたすたと歩き出す優子の背を見ながら、亜璃珠は苦笑のような笑みを浮かべた。
(なるほど、デレたところを見られたのが、恥ずかしいのね)
 とはいえ、あの時は亜璃珠も必死だったから、自分に魅了された優子がどんな状態だったのか……よくは覚えてないのだけれど。