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第20章 あなたの力に

「食事時でもないのに、今日は混んでいますね」
「イベント期間中ですから。よろしければ、こちらもどうぞ」
 風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)が、ミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)に、メロンドーナツを勧める。
「ありがとうございます。いただきます。……以前ほど体格を気にしなくてよくなりましたので、つい甘いものを食べ過ぎてしまいそうになります」
 ミルザムはちょっと迷った後、アイスティーにガムシロップを入れようとしていた手を止めた。
「過度の摂取は控えた方がいいでしょうけれど、ミルザムさんはいつも頭を悩ませ、頑張ってらっしゃいますから、糖分は必要ですよ」
「そうですね」
 微笑んで、ミルザムはメロンドーナツを美味しそうに食べていく。
「以前ここに訪れた時はお忍びでしたけど、今回は普通に楽しくすごせますね。今回も舞ってみますか?」
 ここ、空京にあるミスドは思い出の場所でもある。
 重責に押しつぶされそうだったミルザムが、気晴らしに訪れ、お忍びで踊りを披露したことのある場所。
 そんな彼女の姿を見て、優斗はミルザムを気に掛けるようになった。
「ステージの用意もお願いしていませんし、騒ぎになってしまうと思うので、今日はいいです。でもいつか、またここでも踊らせていただきたいです」
「そうですね。その時には付き合いますから声をかけてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
 ミルザムはアイスティーを。
 優斗はホットコーヒーを飲み、ドーナツを食べながら親しげに会話を続けていく。
「今、日本ではどんな風に過ごしているんですか? 困っている事とかはありませんか?」
「ない……と言ったら嘘になってしまいますが、自分にできること精一杯行っていきたいと思っています。女王候補として戦っていた頃、助けてくださった皆さんのことを思い浮かべ、励みに頑張っています」
「無理はなさらないでくださいね」
「はい。ミルザム・ツァンダとして、私にはまだ出来ることがあるはずですから……。健康には気をつけます」
 少しだけ間を置いた後、優斗は優しい微笑みを浮かべて、首を縦に振った。
 それから、クイーン・ヴァンガードとして、彼女の警護に当たっていた頃や、蒼空学園での行事。
 ツァンダの名物、お祭りの話など。
 他愛もない思い出話や日常の話を、のんびりと楽しんでく。

 数時間、ミスドで飲食と会話を楽しんだ後、2人はホワイトデー大感謝祭で賑わう街へと出た。
 小物やアクセサリーなど、かさばらないものを買ったり、大道芸や、街中の飾りを観賞して。
 最後に一緒に抽選会場へと向かった。
 手に入れた抽選券はそれぞれ2枚ずつ。
 ミルザムは2回とも白玉――5等の粗品。
 優斗は白玉が1つと、黄色の玉を一つ。
 粗品と4等のペアストラップを当てた。
「よろしければ、お使いください」
 優斗は木の葉の飾りがついたストラップを片方、ミルザムに手渡した。
「ありがとうございます。使わせていただきます。携帯電話のストラップとしでではなく、キーホルダーとしても使えそうですね」
「そうですね」
 彼女が何に使うのか楽しみにしようと思いながら、優斗は自分の分のストラップを財布の中にしまっておく。
「何かあったらいつでも遠慮せず呼んで下さいね?」
 駅に向かって歩き始めながら、優斗がミルザムに優しく語りかける。
「僕はいつでも貴女の味方として駆けつけ力になります」
 彼女の顔を見て、微笑みながらこう続ける。
「僕は貴女の事が好きですから」
 優斗の言葉に頷いて、ミルザムは少し切なげに微笑む。
「だから、どうしてほしいと……。求めてこない優斗さんのお気持ち、お心はとても素晴らしいです。今日も、ありがとうございました。あなたに好きでいてもらえるミルザムであれるよう、これからも努力いたします」
 その言葉に、優斗は「お聞きしても良いですか?」と、労るような声で尋ねた。
「はい?」
「貴女の本当の名を教えて頂けませんか? ……シリウス、ですか?」
 その問いに、ミルザムは少しの間沈黙をした。
 優斗から目を逸らして、溢れているカップル達の姿を見て。
 幸せそうな人々を、穏やかな目で見守りながら、ぽつり、呟く。
「私の名前は――ミルザム・ツァンダです」
 そんな彼女に、優斗は。
「貴方が少しでも本来の自分通りに生きられるよう……僕は『貴女の』力になりたいです」
 そう、囁きかけた。