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春が来て、花が咲いたら。

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春が来て、花が咲いたら。
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リアクション



8


 リンスやクロエがお花見に出かけると言うので、ルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)もそれに便乗してみた。
「料理はあまり得意ではないのですけど、花見団子を作ってきました〜♪」
「わ! さんしょくだわ、すごいわ!」
「どうぞ召し上がってくださいですぅ」
「ルーシェリアおねぇちゃんは?」
「私は給仕のお手伝いをしてきますぅ」
 クロエが頑張って料理を作ってきたというから、お皿を出したりしてお手伝いだ。他にも飲み物を注いだり、おしぼりを渡したりと動けるところで動いておく。
 けれど、見るものはちゃんと見た。
 咲き誇る桜も、花見に来た人達の笑顔も。
「綺麗ですねぇ」
 思わず呟いてしまうほどに。
 たまにはこうしたのんびりとした時間も大切だと実感した。


*...***...*


 日本で花見といえば、梅や桜。
 ではパラミタではどうなのだろう?
「他の花を見るのもいいよな」
 どこで花見をするんだろう? と出掛けて行くリンスたちに続いて、和原 樹(なぎはら・いつき)は考える。
 公園? 広場? 小高い丘の上?
 答えは広場だった。既に多くの人がいて、和気藹々とした雰囲気が広がっていた。
 広場の周りには桜の樹があり、またそこかしこで別の花も見掛ける。名前は知らない。
 色々な花が見られそうな場所にシートを敷いて、持ち込んだお弁当を広げた。ショコラッテ・ブラウニー(しょこらって・ぶらうにー)が作ってくれたお弁当だ。
「わ、美味しそう」
 ちらし寿司をお稲荷さんに詰めたもの。細巻き。山菜おこわのおにぎりに胡麻団子。
 美味しそうだし彩りも良いし、食べやすいものばかりである。きっとそこまで考えてのラインナップだろう。
「ありがとう、ショコラちゃん」
 微笑んで頭を撫でると、ショコラッテがくすぐったそうに笑った。
「俺もお茶、持ってきたよ」
 取り出したのは魔法瓶。
「桜茶があるんだよ。量は少ないけど。ええと、どっちがお湯だっけ?」
「お湯?」
「作り置きじゃなくて、飲む時に淹れないとだからね。お湯を持ってきたんだ。あ、こっちがお湯だった」
 アウトドア用のステンレスカップも取り出して、あとは淹れるだけである。
「ホントは湯呑みで飲みたいところだけどね。それで割れても困るから」
「そういえば昨年も実家から送られていたな」
 カップを一つ手に取って、フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)が感慨深げに呟いた。
「樹にしては珍しく準備がいい」
「珍しくって何だよ」
「では、たまにはお前の淹れた茶を堪能するとしよう」
「聞けよ人の話」
 偉そうな態度は花見の席でも変わりない。どうしてやろうと差し出されたカップを眺めていると、そこにもう一つ加わった。
「私も、樹兄さんの淹れたお茶が飲みたい」
「ショコラちゃん」
 ショコラッテに頼まれたら、嫌というのも意地悪するのも気が引ける。というより、頼まれたことに対して応えたいと思う。それに、いつも淹れてもらってるし。
「お茶を美味しく淹れるとか、あんまり自信ないなぁ……」
「いいの。樹兄さんが淹れたお茶が飲みたいから」
「そう?」
「それに淹れ方で味は変わるが好みもある。身内で楽しむだけならそう気にせずとも良いだろう」
 ショコラッテに頷いて肯定され、フォルクスからもそう言われたらこれ以上何か言うのは野暮だろう。
 樹は差し出されたカップを受け取って、桜茶を淹れる。
「えっと……塩抜きはしなくても大丈夫、っと……」
 添付されていた説明書を見ながら、真剣な目でカップにお湯を注いで、
「……ん、できた。はい、どーぞ」
 二人に手渡す。
「お湯の量はちゃんと見たつもりだけど、しょっぱかったり薄かったらごめんな」
 少し緊張しながら二人の顔色を窺うと、
「美味しい」
 ショコラッテがふんわりと笑った。
「それなら良かった」
 ほっと安心してお弁当に手を伸ばす。おにぎりを食べ、桜を見た。パラミタで見る桜は日本のものと変わらず、懐かしい気持ちにさせられる。
 ぼんやり、それを見ていると。
「樹。飯粒がついているぞ」
 フォルクスに言わた。頬や唇に触れるがそれらしきものはついていない。
「え、どこに?」
「いや、顔ではなく」
 問い掛けたら、手首を掴まれた。そのままくいっと手を引かれ、
「こっちだ」
 ぱくり、指を食まれる。
 一拍置いて、
「ぎゃあああ!?」
 悲鳴が喉から出た。
「指を食うな!」
「そういう反応は久し振りだな」
「って舐めるなっ、馬鹿ー!!」
「騒ぐな、噛むぞ?」
「〜〜っ!! 離せ!」
「隙だらけだ」
「あんたのせいだろ!」
 動揺して隙だらけなのを笑い、抱き締めてくるフォルクスを引きはがそうともがく。が、離れない。
「セクハラだっ!」
「ああ、久し振りだな」
「ホントにね! ほら離せって……っ!」
「少しは慣れたと思っていたが、まだまだ躾が必要か?」
「躾とか言うな、へーんーたーいー!」


 そんな二人からほとんど離れない距離で、ショコラッテはもぐもぐと口を動かした。
「いいの? ほっといて」
 いなり寿司を食みながら、隣に座ったクロエが問う。
「いいの。仲良しの証拠だから」
 問い掛けに、ショコラッテはさらりと返した。
「なかよし! それならすてきね」
「うん。樹兄さん、相変わらず照れ屋さん」
「だからあんなにおかおがまっかなの?」
「でも前よりは落ち着いているの」
「あれで?」
「あれで。だって、フォル兄をぐーで殴らなくなったから」
「ぐーはいたいわね」
「だから、あれはじゃれあいなの」
「かわいらしいのね?」
「そうね。可愛らしい、かも」
 不意打ちは心臓に悪い! と抗議する樹を見ながら、小さく笑った。


*...***...*


 紺侍を花見に誘ったところ、丁度花見に出かけていると言われたので。
 どうせだから出向いてみようと柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)はヴァイシャリーまでやってきた。
「貴瀬さん」
 ひらひらと手を振る紺侍が見えて、こちらもひらり、振り返す。
「や、紺侍。待たせた?」
「写真撮ってたンで。苦じゃなかったっスよ」
 そう言って、ほら、と紺侍がデジカメを指差した。
「それならよかった。良い場所、あった?」
「えェ。撮りに行きます?」
「教えてくれるなら」
 ふわりと微笑んで、一緒に歩く。貴瀬の後ろを、柚木 瀬伊(ゆのき・せい)柚木 郁(ゆのき・いく)も並んで歩く。二人は二人で桜を見ながら。
 案内された場所には、確かに桜が綺麗に咲いていた。
 広がる青空、薄いピンクと白い花弁。丘の緑や白い雲。
 立ち止まり、デジカメを構えた。シャッターを切る。そのまま画像データを開く。
「見てくれる?」
「ハイ」
 頼んでみると、素直に頷いた紺侍がひょいと画面を覗き込む。紺侍の真剣な横顔を見てから、貴瀬も画面を見た。
「どうかな」
「前みたいにぶれなくなったっスね」
「上達した、ってことかな……?」
「えェ。綺麗な写真っスよ」
 にこ、と微笑まれて嬉しくなった。見てくれたことと評価してくれたことに「ありがとう」とお礼を言う。
 それから褒められた写真を見た。空の青と、桜のピンクが綺麗な画像。
「紺侍。桜、綺麗だね」
「好きっスか?」
「うん。紺侍は?」
「オレも好きっスよ」
 好きなものが同じであることを嬉しく思いながら、貴瀬は微笑む。
「ね。俺、お弁当作ってきたんだ。食べない?」
 その言葉に、紺侍が少し驚いたような顔をした。
「お弁当ってもしかして」
「うん。前回はがっかりさせちゃったからね、約束通り俺が作ってきた」
 瀬伊に教わりながら、初めて。
 初めて料理をしたわりにまともな物ができたな、と言われたし、変に器用で凝り性な所が貴瀬らしい、とも言われた。どういう意味かは計りかねたので首を傾げたら、無自覚か、とため息を吐かれたりもした。
 調理時のことを思い出しつつシートを敷いて、お弁当箱を開く。中身は桜おこわのおにぎりと、アスパラの卵チーズ巻き。甘く味付けをした卵焼きも入っている。それからデザートにと関西風、関東風両方の桜餅を用意した。
「うわ。すげェ」
 中身を見、驚いたような紺侍の声。
「……なんか恥ずかしいな」
「だってコレ。すげェもん」
 そんなにすごいだろうか。連呼されると嬉しくも恥ずかしい。
「紺侍おにいちゃん、あのねあのね」
 郁が、紺侍の服を引っ張った。
「いくもがんばってお手伝いしたんだよっ」
「へェ、郁さんも!」
「うん。たーくさん、食べてねっ」
 にこ、と天使のような笑顔を浮かべて、郁が割り箸やウェットティッシュを紺侍に渡す。
「ハイ、遠慮なく。……食べてイイっスか?」
「もちろん」
 貴瀬はいつものように微笑んでみせた。
 けれど、内心はかなりどきどきしている。
 美味しいって言ってもらえるかな?
 喜んでくれている期待に応えられているかな?
 そんな想いで。
 おにぎりを手にした紺侍が、ぱくりと食む。咀嚼する間がもどかしい。
「……ん! 美味ェ!」
 けど、その言葉を聞けたから、いいや。
 思わずほっとした笑みを浮かべて、
「紺侍にそう言ってもらえるなら、頑張った甲斐があったな」
 自らもお弁当に手を伸ばす。
「卵焼き、甘いのが好きかなって思ったんだけど、あってる?」
「ビンゴ。大正解っス。甘い卵焼き好き」
「ふふ。食べさせてあげようか?」
 からかうように笑って見せたら、「はい」と頷かれて口を開かれた。
 素直だなあとくすくす笑いつつ、箸で卵焼きを摘んで食べさせる。
 多いかな、と思いながら作った弁当だったが、四人で食べるとなくなるのは早いもので。
 残すはデザートの桜餅のみとなった。
「紺侍はどっちが好き?」
 関東風と、関西風。二種類のそれを指差して、貴瀬が問う。
「俺は関東風の方が好き」
「オレ、関西風っス。和菓子! って感じだから」
 いただきます、と桜餅に手を伸ばす。お互い自分が好きだと言った方に。
「あー、紺侍おにいちゃん、ずるいっ」
 先に桜餅を食べた紺侍に、郁が言う。
「いくも、いくも桜もちさん、たべたいのー」
 あーん、と大きく口を開く郁。思わず紺侍と顔を見合わせた。
「可愛いなぁ、郁」
 ほのぼのしたので郁の頭を撫でる。
「ですねェ」
 紺侍もそれに倣って頭を撫でた。
 なに、なに、と郁がきょとんとしているのが、また可愛い。
「折角だから、食べさせてあげて?」
「ういっス。はい、郁さん。あーん」
 口いっぱいに桜餅を頬張った郁が、幸せそうに笑う。
「そうだ。紺侍、チャリティーの主催お疲れ様」
 お茶を淹れながら、貴瀬は微笑んだ。
「すごく頑張ってたよね」
「いえいえそんな」
 大丈夫っスよ、と紺侍が笑う。
 謙遜だよね、と貴瀬は思った。だって、あの時期は少し疲れた顔をしていた。気取らせないように笑っていたけれど。
「? 貴瀬さん?」
「いい子」
「えー。何スかそれ」
 郁にしたように頭を撫でると、くすぐったそうに笑われた。
「今日のお花見で息抜きできたっスから。大丈夫っスよ、マジで」
 ならいいけどね、と笑ったけれど。
 やっぱり少し、心配だ。
 ――紺侍は自分のこと、話さないしね。
 そういう人だとわかっている。無理に聞き出すような真似もしたくない。
 相手から言って貰えるようになりたいと思う。それが無理なら、せめて疲れた時の休憩場所くらいになれたら、と。
「ね、紺侍」
「はい?」
「何か困ったことがあったら、呼んでね」
 ――傍に居るくらいは出来るんだよ。
 微笑みに返されたのは、嬉しそうな笑顔。


 貴瀬と紺侍が話している間に、郁はこっそりとその場所を抜け出した。貴瀬と一緒に作った桜餅を入れた器を持って。
 桜餅を食べて美味しいと思った時、友達であるクロエの顔が浮かんだ。
 ――クロエちゃんにも届けたいな。
 彼女がどこに居るかはわからなかったけど、こんなに桜が綺麗なんだからきっとお花見をしているはず。
 そう思って、桜が咲いている場所を見て回った。
「……あ!」
 歩き通して、見付けられた時はそれはもう嬉しくて。
「クロエちゃん!」
 名前を呼んで、大きく手を振った。
「いくおにぃちゃん! いくおにぃちゃんも、おはなみ?」
「うんっ、あっちで」
 自分たちがお花見をしている場所を指差してから、桜餅を手渡した。
「えとね、これね、クロエちゃんにあげたくて」
「さくらもちだわ! わたししってる」
「うん。いくとね、貴瀬おにいちゃんとね、瀬伊おにいちゃんでね、つくったの。友達のおにいちゃんといっしょに、食べてねっ」
 そう伝えると、言うが早いか踵を返す。
「またね!」
 ぶんぶんと手を振って、走って帰る。
 ずっと居ないと、きっと心配されてしまうし、そもそも抜け出したことがバレたら瀬伊に怒られるかもしれない。
 ――だけどいく、泣かないよっ。
 だって、手を振った時に見たクロエの顔が、とっても嬉しそうに笑っていたから。