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地球に帰らせていただきますっ! ~3~

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地球に帰らせていただきますっ! ~3~
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 ■ 夏祭りの夜 ■
 
 
 
 島津神社は東京の下町にある小さな神社だ。
 約200年前の江戸時代後期に創建され、弁財天を祭神として祀っているが、ご神体だった弁財天を描いた神画は今は白紙だ。
 2013年の春、旅行で東京に来ていたクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)が島津神社の近くを通りかかり、その絵に宿っていた島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)と契約を果たした。その際、絵は白紙となってしまったのだ。
 当時は神社のご神体が契約者だったとひとしきり話題にもなったが、ヴァルナがクレーメックと共にシャンバラに去った後は徐々に忘れられ、最近ではごくたまに、そういえば昔そんなこともあったなと思い出す人がいる程度だ。
 現在は常駐の神主はおらず、付近の神社の神主が持ち回りで管理を行っている。
 普段は訪れる人も殆ど無いひっそりと静まりかえっている神社だが、今はその境内に彩りがあった。
 境内中央にはやぐらが組まれ、紅白の幕が張られている。
 毎年恒例となっている町内会主催の夏祭りの準備だ。今はまだ提灯には灯りがともっていないけれど、明日の晩には屋台が建ち並び、境内は盆踊りや夕涼みを楽しむ人々で賑わうことだろう。
 
 そんな境内に走り込んだヴァルナは、きょろきょろと辺りを見回して、
「サエちゃん?」
 と呼びかけた。
「去年は来られなくてごめんね。毎年夏祭りは一緒に過ごすって約束してたのに、ほんとにごめん」
 ヴァルナはクレーメックと契約してシャンバラに去る時、幼馴染みの島津 サエと約束したのだ。
 パラミタに行ってからも、毎年島津神社の夏祭りは一緒に過ごそうと。
 その約束はずっと守ってきたのだけれど、去年はクレーメックが恩師ヘルマンの誘いでバイロイト音楽祭に出かけたのに同行した為、夏祭りに帰省することが出来なかった。そのことをずっとヴァルナは気に病んでいたのだった。
 人の気配の無い境内を平謝りに謝りながら回るヴァルナの前に、ふと浴衣姿の少女が現れた。
「ちょっと、ヴァルナったらやめなさいよ、恥ずかしい。アンタ一応、この神社の神様でしょ? ああもう、許してあげるから、そんなにペコペコしないでッ!」
 黒髪を後ろで束ねた勝ち気そうな少女、サエは呆れた顔でヴァルナを見た。
「サエちゃーん! よかった、今年は会えた」
「はいはい、アタシはいつでもここにいるんだからね」
 ヴァルナを宥めるサエの身体は薄く背後の風景を透かしている。
 サエはこの神社が創建された頃、この島津神社の神主の娘として生まれた。幼い頃から霊感が強かったサエだったが、若くして病死。以後は幽霊となって神社に住み着いている。
 幽霊のサエは普通の人間には姿が見えない。神社の境内から離れられず、現世に干渉する力もほとんどもたないサエが現在よりどころとしているのは、ヴァルナの存在と、生まれたときからの住処でありヴァルナのある意味『実家』であるこの神社だけだ。
「すまない。昨年は私の用事に付き合って貰った所為で、ヴァルナはここに帰る機会を逸してしまった」
 クレーメックの謝罪をサエはやや素っ気ない態度で、別に構わないよ、と受けた。
「まぁ、元気そうで何よりだよ。でも悪いけど、明日の晩はヴァルナと2人きりにしてくれる?」
「ああ。私は宿でゆっくりさせてもらうつもりだ」
「そ。ありがと」
 相変わらず素っ気なく、けれど安心したようにサエは笑った。
 
 
 翌日の夜。
 クレーメックを宿に残し、ヴァルナは神社に向かった。
 浴衣に着がえ、いつもは後ろで束ねているだけの髪を日本髪風に結い直し、揺れる簪をつけて。
「おまたせ、サエちゃん」
「今年はまた、随分おめかしして来たんだねぇ」
「だって2年ぶりにサエちゃんと回れる夏祭りなんだもの」
 陽が落ちて涼しくなってきた境内に、太鼓が響く。
 年々寂れていっているという盆踊りも下町のここではまだ盛況で、やぐらの周りには三重の踊りの輪ができていた。
「一緒に踊ろうよ」
 2年ぶりでも身体は踊りを覚えている。
 足を運んで手を叩いて。サエと目が合うたびヴァルナは笑った。
 のど自慢大会には飛び入り参加して、2人で声を合わせて歌う。
 縁日の金魚すくいでは、サエがあの金魚、と指さす大きな出目金をヴァルナは掬いそこねて、ぼちゃんと水しぶきを散らし。
 サエの姿は他の人には見えないけれど、ヴァルナにとってはしっかりとそこにいてくれる友だちだ。
 神社の夏祭りを遊んで遊んで遊び尽す。

 けれど、そんな楽しい時間にも終わりはあった。
 夏祭りの時間が終わり、盆踊りの音楽がやむ。屋台を出していたい人々は後片づけに忙しい。
「あーあ、これでまた来年までお別れかー……残念だけど、しょうがないよねー」
「サエちゃん……しばらくまた会えなくなるね……」
 ヴァルナは滲んでくる涙をごしごしとぬぐう。
 消えてゆく提灯のあかりを見つめていたサエは、もういいよ、とヴァルナに言った。
「そろそろアイツの所に行っておやり。ああ見えて、きっと寂しがってるだろうし」
「ぐすんっ、ごめんね、サエちゃん……」
 ヴァルナは今を生きている。サエとの別れが名残惜しくとも、ここに留まってはいられない。
「うん。じゃあね、ヴァルナ、また来年!」
 元気に言ってくれるサエに、ヴァルナも涙を拭いて笑顔を作った。
「有難う、また1年間、頑張って来るからね」
 また来年、夏祭りで。
 その約束を胸にヴァルナは宿へと走っていくのだった。