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地球に帰らせていただきますっ! ~3~

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地球に帰らせていただきますっ! ~3~
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 ■ カールハインツのいた場所 ■
 
 
 
 里帰りに同行してみたいと言う早川 呼雪(はやかわ・こゆき)に、カールハインツ・ベッケンバウワー(かーるはいんつ・べっけんばうわー)は呆れたように答えた。
「スラムに来たいだなんて酔狂な奴だな」
「まぁ、そう言うな。これも社会勉強だ」
「来てみたいというなら構わないが、行ってから期待はずれだとか言うなよ。楽しい場所じゃないだろうからな」
 カールハインツは釘を刺してきたが、それでも良いからと呼雪が言うと、もうそれ以上止めることはしなかった。
 
 
 そして当日。
 カールハインツとの待ち合わせ場所に赴いた呼雪たちは皆、現地でよく着られているような地味な服装をしていた。
「ほんと地味ーな恰好だねぇ」
 こんな恰好はヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)の趣味ではないけれど、金持ちそうに見えると狙われるだろうからと着替えてきたのだ。
「それでも派手に見えるのはどうしてなのかしらね」
 タリア・シュゼット(たりあ・しゅぜっと)がヘルを見て笑う。ヘルの見事な金の髪、人目を惹く容貌はどんな恰好をしても、スラムに埋没することなど出来そうもない。
 そう言うタリアも、緩く波打つ黒髪に咲く鬼百合を持つ花妖精で、地球のスラム街で目立たずにいるのは難しそうだ。
「呼雪だって危ないんだからね」
「俺は別に……」
 普段も派手な恰好をする訳でもないし、そもそも地球人だからという呼雪の黒髪の一房をヘルは指に絡めた。
「こういう所では東洋の旅行者と思われるのも危ないっぽいんだよ」
 東洋人の顔立ちは他の地域では目立つ上、なめられやすい。金を持っていると思われることもあって、標的にされやすいのだとヘルは言う。
 そんな中、ラファ・フェルメール(らふぁ・ふぇるめーる)だけは、しっくりとスラムに馴染む風貌となっていた。服装はもちろんだけれど、醸し出す雰囲気が今まで知っているラファとは違う。
 この4人が一緒にいるところは、傍目にはどういう連れに見えるのだろう。
「待たせたか」
 そこにやってきたカールハインツは、ラフな服装ではあったけれど特に現地の物を身につけてはいなかった。
「いや、そうでもない。今日は同行を許可してくれて感謝する。シャンバラでは治安の悪い場所や、困窮した人々の住む荒れた土地を訪れたことはあったが、地球のこういった場所に足を踏み入れるのは初めてだ」
 この場所にいたことのあるカールハインツが一緒ならよりスラムの現状を知ることが出来そうだと呼雪が言うと、カールハインツはやはり酔狂だなと言ったあと、ふと口元を緩めた。
「こちらも感謝すべきなんだろうな」
 何に対しての感謝なのか分からず呼雪が戸惑うと、カールハインツは自分から続けた。
「その服装。言うのを忘れていたが配慮してくれて助かる」
 呼雪たちは4人ともが可能な限り現地の人と同様の服装をし、普段使用している武器等の携行はせずに護身用程度のものに留めてきている。契約者だから、スラムで襲われたとしても返り討ちにするのは簡単だが、出来れば穏便にやり過ごしたいとの思いからだ。
「武装してなくても呼雪は絶対僕が護るからね。たまには護る気分! ってもの良いなー☆」
 そう言ってからヘルは、けど、と付け加える。
「契約者じゃ素手でも凶器になりかねないから気を付けないと。万一死んじゃったり後に響く大怪我とかはさせないようにね」
「以前は、お前がそんな風に気を遣うようになるとは思わなかったな」
 ヘルと契約を結ぶ前のことを思い出しながら呼雪が言う。
「僕だって色々学習してこういうのが痛いってのも、分かったからね……殴られる側は勿論、殴る側も」
 ヘルは軽く握った自分の拳にもう片方の手でそっと触れた。
「オレと一緒なら恐らく危険はない」
 そこに、2人の話を聞いていたカールハインツが口を挟んだ。
「異質な物に対する警戒心は強いが、基本は皆いい奴だ。刺激しなけりゃ別段突っかかってくることもないだろうよ」
 
 
 カールハインツがここだ、と示した所は煤けた印象のある路地裏だった。
 バラックがひしめくように軒を連ねるようなことはなく、虎視眈々と懐を狙ってくるような一団がいる訳ではない。
 ただ、どこもかも古ぼけて貧しげな街がそこにはあった。
 そこここに放置されたゴミが発するものなのか、朽ちかけている建物等から発せられるものなのか。空気にむわっと独特な臭いが混じっている。
 人の姿はあまり無く、時折建物の壁に寄りかかっている人、うつむきがちに歩いている人を見かける程度だ。服装は酷い者からそこそこの恰好をしている者まで様々だ。前を通っても何を見ているのか見ていないのか、道ばたに座り込んでいる人のどんよりした目には何の感情も表れなかった。薬でもやっているのかも知れない。
「やれやれ、こういった場所を捨て置いたままでは、鏖殺寺院のような組織もなくならないかも知れないね」
 死んだような街に目をやって、ラファは呟いた。
「スラムという場所が悪いわけじゃない。ここでしか生きられない人を作り出す金持ち主導のシステムが悪いのさ」
 スラムは行政の手の届きにくい場所。行政の庇護よりも搾取が酷いから、人はこの場所に来るのだとカールは暗く笑った。
「カール兄ちゃん!」
 そこに、手に大きな袋を提げた子供たちが、カールハインツに気づいてと駆け寄ってきた。
 誰もが痩せこけた棒きれのような手足をし、身体にあった衣類をつけている者は誰1人いない。
「ただいま。今日は稼げそうか?」
 カールハインツが尋ねると、子供たちは袋を広げて競うように袋の底の戦利品を披露した。
 呼雪が横から覗いてみると、それは小さな金属片やプラスチック等のゴミにしか見えない。
「ゴミの中にある売れそうなものを拾うのが、この辺りの子供の仕事なんだ。1日歩き回って1日分の食べ物が手に入るかどうか。休んだらその日は何も食べられないから、どいつも朝から晩までゴミをあさってる。それを大人が安く買いたたいて、別の場所に売る。そうしてその大人も日々の食べ物を手に入れるんだ」
 呼雪に説明しながら袋の中身を確認し、これじゃあパン1個にもならないな、とカールハインツは袋の持ち主の子供に言う。
「うん……最近はあんましいいものひろえないんだ。人が増えたからかな。お腹ぺこぺこ……」
 今にも座り込みそうな子供たちに、呼雪は手持ちの菓子を渡した。
 嬉しそうに菓子を大切にポケットにしまい込むと、子供たちはありがとうと礼を言って、またゴミをあさりに出掛けていった。
 子供たちは笑顔になったけれど、こんな施しをしても焼け石に水なのは呼雪にも分かっている。けれど、どうすれば根本的に貧困とその弊害をなくし、こういった人たちの尊厳が守れるようになるのだろうか……。
 彼はここでどういう暮らしをし、薔薇の学舎にやってきたのだろうと呼雪は思い、カールハインツに聞いてみる。
「カールはここに家族はいるのか?」
「家族か。血の繋がらない兄弟姉妹なら山ほどいるぞ」
 さっきのあいつらもな、とカールハインツは子供たちが去っていった方向を目で指した。
「怪盗をやってたって聞いたけど、一体全体どんなだった?」
 ヘルの質問にカールハインツは思い出すような目を街路に向ける。
「オレは物心ついた時から怪盗業に手を染めていた。といっても、貧しい者からなけなしのものまで搾り取る悪徳商人からしか盗みはしなかったがな」
 盗んだ金はスラムの困っている人や孤児院に渡していたというカールハインツは、懐かしそうな……けれどどこか痛みを堪えるような目で、自分がかつていた街を眺め渡した。
 
「街もいいけど、ドイツはお酒の美味しい場所よね。ここにも酒場とかはあるのかしら?」
 タリアが尋ねると、カールハインツは小さな看板のかかった店を示した。
「ああ。そこにもある。カウンターと立ち飲み席ぐらいしかないが、ビールやソーセージのようなドイツの家庭料理が安価に味わえる」
「ぜひ入ってみたいわ。呼雪さんやヘル君は同席は無理だけど、ラファさんは酒場も大丈夫……よね?」
「そうだね。街をぶらついていてもする事ないし。名物のものでも食べてみたいかな」
 ラファもタリアに同意した。
「ドイツは高名な音楽家が多く出て、音楽の歴史も深い場所よね。歌や演奏も聴けるかしら」
 もう酒場の方に歩き出しながら、タリアはカールハインツに尋ねた。
「基本的に皆ノリのいい奴ばかりだから、歌も踊りも喜んでやると思う」
「それは楽しみね。カールさんも歌や演奏をしたりする?」
「歌は歌わないが……トロンペーテはそこそこ得意だ」
「ドイツの人には音楽が根付いてるのね」
 そう言いながらタリアは酒場の扉を開けると、少し遅れてついてきたラファを待って一緒に入っていった。
 洗練されてはいないし、やはりどこか荒んでいるのは否めないけれど、酒場はそれなりに活気がある。酒場に来られるような人はスラムの中でもましな暮らしをしている人だということもあるのだろう。
 気さくな親父と素朴だけれどおいしい料理、そしてドイツビール。
 タリアとラファはぽつぽつとあまり弾まないながらも途切れない会話をしつつ、酒場とそこに集う人々との時間を楽しむのだった。