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Zanna Bianca II(ドゥーエ)

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Zanna Bianca II(ドゥーエ)

リアクション


●18

「みんな……戦ってるんやな」戦火を眺めながら七枷 陣(ななかせ・じん)は言った。彼らは安全のため、戦場から大きく距離を取っている。だからここからだと、どちらが優勢なのかすらわからない。「ほんまはあそこに行って一緒に戦いたいんやけど……それに、クランジΛ(ラムダ)か? クシーをあんな目に遭わせた下手人と思われるやつと、一戦交えられんのも無茶苦茶悔しい」
「わかってる。陣くんのつらい気持ちはよくわかるよ。ボクだって、同じ気持ちだから」 リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)が口添えた。それは陣をなぐさめる言葉であり、自分をなだめる言葉でもあった。
 大きな爆発が起こったようだ。さすがにこの場所でも、振動を感じることができた。
「くっ」反射的に陣は飛び出しかけたが、その身を小尾田 真奈(おびた・まな)が抱きとめた。
「さ、落ち着いて……目を閉じてそっと深呼吸をするんです」思い出して下さい、と真奈は言う。「私たちの任務もまた重要です。だから信じましょう、ローザマリア様や朝斗様、鬼崎朔様、そしてバロウズ様を。この任務は、戦っている皆さんに託されたものだということも忘れないで下さい」ここまで告げて彼女は、一旦言葉を切った。ゆっくりと息を吸ってから再開する。「聞けば、東園寺様や水無月様も共闘されているとか……陣様にとっては複雑なご心境かもしれませんが……」
「ああ、だけど、現在(いま)に限って言えば頼れる戦力や。オレだってアイツらとは直接間接問わず何度も敵対したからいい気はせんし、正直信頼なんてできん。でも、この場に限っては信用をしよう。目指すべき場所は違う気がするが、アイツらの出発点も邪悪ではないと思いたい」
「うん……」と彼の言葉を受けて入れてから、緊張するね、とリーズは加えた。真奈も同意した。
 陣は三人連れではなかった。ときおり「ぁー」と小声で言う以外は口をきかぬ四人目……大黒美空(おぐろ・みく)を帯同しているのだった。この雪山に彼女を連れてきたのである。
 発端は七夕祭りの夜、クランジΥ(ユプシロン)ことユマ・ユウヅキと美空が出逢ったことにある。直後、わずかながら美空は話したのだという。「R U Ready?」と呟いたという証言は、目撃した磁楠のものだ。
「ほんまはラムダを撃退してからやりたかったが……」しかしこうしたタイミングが何度もあるとは思えない。陣は強行することにした。すなわち、かつてクランジΟ(オミクロン)でありΞ(クシー)だった大黒美空を、クランジΠ(パイ)に引き合わせるという実験である。
 オミクロンとクシーは双子だった。頭部を破壊されたオミクロンの体に、頭部だけになったクシーを結合させたのが彼女、『クランジΟΞ(オングロンクス)』こと大黒美空なのだ。

 グラキエス・エンドロアの手によってローは手当を施されていた。
(「狼を見た、という記憶はやはり見間違いだったのか……それとも、塵殺寺院の者が連れているという機械犬を目にしただけだったのだろうか……」)
 グラキエスがこの場に遭遇したのはまったくの偶然だった。温泉を探してみたものの吹雪に道を見失い、彷徨い出たのがこの付近だった。運ばれている瀕死の機晶姫を見て、自分には機晶技術の心得があり、とりわけ、怪我した機晶姫を治療するのが得意だと彼は申し出ていたのである。
 余計なことを考えるのはやめよう、と、ローの首を縫合しながらグラキエスは考え直した。
(「いずれにせよ、俺の技術が役立っているんだ。こうなる導きだったとでも考えておく」)
「さてさて……まさか、重傷の機晶姫を緊急で手当するグラキエス様のお手伝いをすることになるとは……召喚されて本当に驚きましたよ……ふふ」エルデネスト・ヴァッサゴーが、召喚されグラキエスを手伝っている。メスがわりのナイフや、縫合糸を甲斐甲斐しく手渡しながらエルデネストは微笑した。(「個人的には、瀕死になっているのはグラキエス様ご自身であったほうがオイシイ話でしたがね」)
 まあ、さすがにこれは黙っておくことにしよう。

 一方で、パイは美空と遭遇していた。
 ローを見守っていたパイが、ふと視線を外した先に『彼女』がいたのだ。
 素通りした美空を追って、パイは山陰で彼女に追いついた。
「オミクロン!」眦(まなじり)をつり上げてパイは声を上げた。「あんたは死んだ……はずじゃ……それともクシーだっての!? どっちにしろ、ありえない……」
 パイが見せたのは怒りだったが、それはやがて恐怖へと変化していた。
「どうするの、陣くん?」物陰からこれを見守りながらリーズが問うた。
「オレが責任を持つ。だから、もう少しだけこのままにしてくれ」陣は断じた。
 亡霊を見た、と言わんばかりの顔で、パイは自分の金髪に手をやり、髪を握りしめながら後退した。
 そのとき、はっきりと美空は言ったのである。
「ぁー……R U Ready?」
「なるほど……クシーだったわけね。どうやって生き返ったのかは知らないけれど……いまのあんたは冷静みたいなのが唯一の救いね」ぺたり、とパイは座り込んだ。「復讐したいならするがいいわ。戦って決着つけたいのなら、つけてあげる。だけど、だけどこれだけは、お願い」パイは懇願するように、美空の防寒着の裾を握ったのだった。「今、ここでなにかするのだけはやめて! ローが死にそうなの! あたしのせいで……っ!」
 あのパイが涙すら流していた。憎み合い、かつては追い追われる関係だったとはいえ、姉妹(シスター)だからこそ見せられる顔なのだろうか。
「もう隠し立てしても仕方ないから真実を言うわ! ここであんたみたいなのが暴れたらローが死ぬの! 今だって瀕死なんだから! 恨むんならあたし一人を恨みなさいよ! この……」
 パイは拳を作って、弱々しく美空の脚を叩いた。
「あんたにオミクロンがいたように、あたしにはローが必要なの! わかってとは言わない、だけど、今少しだけ……」
 真奈も物陰から飛び出したかったが、唇を噛みしめて堪えた。
 美空がかがみこんだ。義手ではない側の手を、パイの肩に置いた。
「R U Alright? ……だい、じょうぶ? なかないで」
 口を開けたまま顔を見上げたパイの頭を、さらに一度、なでて美空は立ち上がった。
「そこに かくれている ひと でろ でてこい。いや でてきなさい」
 言葉はまだ不慣れな様子だが、これまでずっと、深海のような目の色だったものが、光を帯びた眼差しに変化していた。やや猫背だったのに、しゃんとした姿勢に変化している。
「オレらのこと……やね?」
 果たしてあれは美空なのか。
 それともクシーか。
 オミクロンか。
 敵なのか。
 味方か。
 畏れを抱きながら陣は「すまん。オレらは……」と進み出た。
 パイは美空と陣たち、それぞれの顔を見比べながら立ち上がらない。むしろ、立ち上がれないと言った方がよさそうだ。このとき、
「おしえろ。いや おしえなさい。わたし は だれですか」
 女王のような目をして、美空は問うたのだった。
「それは……」どこまで言えばいいのか。そもそも、どこから言えばいいのか――陣が言い淀んだそのとき、しゅっ、と回路がショートするような音がして、美空は受身を取らず前向きにどさりと倒れた。
「大丈夫です。眠っているだけのようです」
 美空を抱き上げて真奈が言った。