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40


「死んだ人と話せる、か」
 誰にとはなしに、茅野 菫(ちの・すみれ)は呟いた。
 ――あたしにはまだ会いたいって人は居ないわね。
 両親どころか祖父母も健在。兄弟だって元気にやっているだろう。
 パートナーたちも居てくれるし、親しい人の中にも故人はいない。
 それはパビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)も同じことだ。現に、昨日やっていたニュースを見ても顔色ひとつ変えなかった。不思議なこともあるものね、といつものすまし顔で一言感想を述べただけ。
 というのも、パビェーダは元々危険因子として封印されていた存在である。菫が封印を解いたときにはもう、周りには家族も友人も居なかった。街の様相も変わってしまっていたという。
 浦島太郎のようね、とあの時彼女は笑っていた。悲嘆するわけでもなく、ありのままを受け入れて。
 それに、菫にもパビェーダにも言えることだが、今は大切な人が傍に居るから。
「あたしたちには関係のない行事ねー」
 言って、ぱたりと机に頬をつけた。そのままちらりとリンスを見る。相変わらずの無表情で、ちまりちまり人形を作っている彼を。
「あんたにも関係なさそう」
「なくないよ? 依り代作ってたおかげで仕事が溜まった」
「そういう仕事馬鹿なところがいつもと変わりないから、結局関係ないじゃない」
 そうなのかな? そうかも? と相槌のような自答のような、どちらともとれる言葉を零し、針をちくちく。
 顔の向きを変えて、今度はパビェーダを見る。机に頬杖を付いて、目を閉じていた。何をしているのだろうと同じように目を閉じると、遠くから聞こえる祭りの喧騒がいい具合にBGMとなり、少しだけ祭りに参加している気分になれた。
 が、菫としては祭りに行きたいわけで。
 露店巡りをしたいわけで。
「ねー。祭り行かないの?」
 一応、問うてみた。
 一応、というのは、答えがわかりきっているからである。
「行かないよ」
 だよねー、と頷く。むしろここで積極的に行くと答える人物ならば、最初から工房にこもって作業などしていないだろう。
 ――まあ、たまにはのんびりもいっか。
 パビェーダもリラックスしているようだし、このままここに居ても。
「リンスは今回の異常気象のことどう思ってるの?」
「別に何も? 不思議なこともあるんだねって感じ」
 返答を聞いて、ぷ、と吹き出した。
「パビェーダと同じこと言ってる」
「あ、そうなの?」
 人形作りの手を止めて、リンスがパビェーダを見る。突然話題に名前が挙がったものだから、パビェーダが「え?」と素っ頓狂な声を出した。
「今日は不思議な日だねって話」
「ああ。そうね、不思議な日ね。そして、誰かにとっては特別な日」
 パビェーダの答えを聞いてから、リンスが再び手を動かし始める。
「茅野やフィヴラーリには特別な日じゃなかったんだね」
「だって別に死んじゃった人、居ないもん。パパもママも、おじいちゃんもおばあちゃんも元気だし。パビェーダたちもいるし。友達もみんな元気だしね」
「いいことだ」
「あたしも会いたい人は居ないわ。目覚めたときにはもう誰も居なかったし、すごく昔のことだから。思い出だけで十分ね。それに」
 言葉を切って、パビェーダがリンスを見つめる。
 ――そうね。パビェーダには、今好きな人が居るもんね。
 もう、自分の気持ちにも気付いているのだろう。顔を見ていれば、わかる。
「誰も居なかったって?」
「ええ。封印されていたから。でも、それが解かれたとき菫が傍に居てくれたわ。それからずっと一緒。だから、寂しい思いをしたことはなかった」
「そっか。良かった」
 自然に返された答えに、パビェーダが少し頬を赤くした。リンスが、パビェーダを心配するような発言をしたからだろう。きっと彼は無自覚だけど。
「それに、好きな人と今いっしょにすごしてるから……」
 この時間を、わざわざ失くすことはしたくないのと。
 パビェーダが小さく言うと、「茅野のこと? 仲、良いよね」と彼らしい鈍感さで返答。
 あなたのことよ。
 そう、パビェーダが唇を動かしたのを、菫は見逃さなかった。
 ――本当に、好きなんだ。
 なんとなくそう実感して、やっぱり少し寂しく思った。
「あなたにとって今日は? 特別な日?」
「いつも通りの一日だよ。朝起きて、人形を作って、はしゃぐクロエを見て、こうして誰かと話して」
 何も変わらないよと告げる。
 そうか。変わらないのか。
 ならどうしてそんなに寂しそうな目をしているのよ、とは、菫もパビェーダも、言わなかった。