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リアクション
■1――一日目――16:00
「……酷い匂いだな」
世 羅儀(せい・らぎ)が顔を顰めながら呻く。
火薬の匂い無く血の匂いだけが、ただ漂っている。
叶 白竜(よう・ぱいろん)は、その感想に何を返すでもなく、ただ淡々と歩み、村の状況へと目を向けていた。
(……死人、か)
「……状況は“ナンバー・テン”じゃないの」
死の溢れた惨状を改めて告げられたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、この村の状況を“最悪”だと位置付けた。
彼女は、国軍からの命を受け、増援としてセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)と共に山場村へ潜り込んでいた。
「中々体験できる状況じゃないのは、確かだな」
ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)が自身の銃の調子を確認しながら、至極冷静に言う。
民家の敷地内に建てられたガレージの中。
先んじて村で活動していた国軍メンバーのジェイコブとフィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)と合流し、セレンフィリティは彼が得ていた村の地理やアクリトの件、そして、秘祭に纏わる情報などを聞かされていた。
フィリシアが嘆息する。
「クレア大尉やクローラさんに会えれば、もっと情報を強化できるのでしょうけどね」
アクリトが死亡した事件の後――クレアたちともクローラたちとも連絡が途絶えているらしい。
考えたくは無いが、最悪の状況だった場合の覚悟を決めておく必要はあるかもしれない。
ヴァーチャースピアを軽く抱くような格好で、納屋の壁に背をつけていたセレアナが、ぽつりと漏らすように言う。
「でも……私達がやるべきことは、分かるわ」
「ええ、残念ながらね」
セレンフィリティは、はぁあ、と大きくため息しながら、彼女の方へ振り返った。
セレンフィリティとセレアナは、二人とも旅行者めいたカジュアルな格好をしている。
地球へは休暇で来ていたところ、急遽、村へ派遣されたのだ。
ジェイコブが静かに言う。
「儀式までに出来得る限り死人を減らす――対処方法はもう頭に入れてあるな?」
「首を切断して、穴へ投げ込むんでしょ?
傷を付けられて、そこに少しでも触れられたらアウト。
……地球も、いつの間にかパラミタと負けず劣らず楽しいところになったわね。ハード過ぎて涙が出るわ」
言って、セレンフィリティは対物ライフルの銃身を肩に乗せた。
「思い出に残る素敵な休暇になりそう」
渋面で言い捨てて、セレアナと共にガレージを出る。
旧山場医院を捨て、新たに見つけた空き家は山の中の民家だった。
人の手を離れて数年、といったところだろう。
アンジェラ・クリューガー(あんじぇら・くりゅーがー)は、侵入口として考えられる場所にワイヤーと機晶爆弾を用いたブービートラップを仕掛け終え、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)とリース・バーロット(りーす・ばーろっと)の居る部屋へと戻った。
「終わりましたわ」
「お疲れ様です」
ボロボロの畳に腰を下ろしたアンジェラへ、リースが言う。
アンジェラは、そちらの方へ微笑んでから武器の手入れを行なっている小次郎の方を見やった。
「ひとまず、やれる事はやりましたけれど、本当にここで潜伏し続けるのですの?」
「ええ」
小次郎が目を上げないまま頷く。
「正直、私たち生者にとって状況はかなり厳しいものでしょう。
村人も契約者も、今や、その大半が死人となっている」
「だったら……なおさら、涼司さんを護るために皆さんと協力した方が……」
リースが少し自信無さげに言う。
小次郎は首を振った。
「メガネへ加勢に行ったところで、焼け石に水です。
少しは持つかもしれませんが――どちらにせよ、押し切られてしまうでしょう」
「……もうどうしようもない、と言っているように聞こえますわ」
アンジェラの漏らした言葉に、小次郎が視線を上げる。
「明日……この秘祭の3日目の夜。
儀式が行われるその時、死人達は総力を持って閻羅穴へ襲撃を仕掛けるはずです。
昼間の内に、生き残りの生者側が儀式を阻害するために防衛戦を張るでしょうから」
小次郎はまた視線を落とし、続けた。
「私たちが生きて明後日の朝日を拝むためには、その瞬間を狙うしかありません」
(なんとか……抑えられてるのか)
死人橘 恭司(たちばな・きょうじ)は自身の欲求が不思議なほど抑制できているのだと感じた
(それほど、多くの人の生気を奪ったから?)
抑制――つまり、自制することが出来ているだけで欲求は残り続けている。 それを何処まで耐えられるかは分からない。
しかし、可能な限り、彼は耐えようと思った。
死人になり、理性を失って多くの人を死人と化してしまった今も、望めるのであれば、己の誇りを捨てぬよう、突き進みたい。
「まずは……情報収集か」
そして、赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)もまた、そんな風に死人としての運命に抗おうとした内の一人だった。
(誰も襲いたくないのに――本能が邪魔をしますね)
それを自覚して、彼はとにかく人に出会わないで済むだろう場所を選んでいた。
(いつまで持つか……早く、秘祭に関する情報を探って、山葉さんに伝えなければ)
そうして、自分を含めたすべての死人を封印してもらうのだ。
死人となった今も、彼の大切な仲間たちを護るためには、もうそれしか方法は無かった。
しかし、霜月のパートナーであるアイアン・ナイフィード(あいあん・ないふぃーど)の考えは違った。
「ラルク・アントゥルース……」
口端を歪めて、苦くその名を呟く。
(俺様を死人にしやがった、そのオトシマエは必ず付けてやるからな……)
ふと、畦道のカーブミラーに気づき、その湾曲した鏡面を彼は見上げた。
霜月と瓜二つの姿でありながら、その表情はまるで違う。
悪意に満ちていた。
「そういや、霜月は――」
彼の考えることは手に取るように分かった。
彼は死人となった今も、おそらくニンゲンの仲間を守ろうとするだろう。
ハ、と嘲笑して、アイアンは目を細めた。
「利用出来そうならしてやるか」
山中――。
「はぁ〜。死人になっちゃいましたねぇ」
パティ・パナシェ(ぱてぃ・ぱなしぇ)が呑気な声を零す。
「ほんとに状況分かってんのかァ?」
苛立った様子のエイミー・サンダース(えいみー・さんだーす)の頭をパティがよしよしと撫でる。
「だいじょぶですよぉ。私が守ってあげますからぁ〜」
「や、やめろ!」
慌ててパティの手を振り払ったエイミーを横に。
「取られた駒は相手のもの、か」
クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)は冷静だった。
こういった事は――情勢や戦況次第で敵味方が一変するといった事は、軍人ならば有り得る話であり、
そもそも、クレアには元から自身が属するものに対して割り切っている部分があったのかもしれない。
取られた駒が相手の物となる、というのであれば――
「まるでショウギだな。実に東洋的だが、仕方あるまい」
アクリトを死人から護るために尽力していた彼女も、死人となった今は弥美の支配を受け入れ、死人たちを護るために尽力しようとしていた。
「さて、どういたしましょうか?」
微笑むハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)の方へと視線を向け。
「生者側に渡っている情報を逆手に取る」
「なるほど」
「なるほどって……ハンス、てめぇ、今ので分かったのかよ?」
「ところで秘祭ってどんなのでしょうねぇ」
「てめえはもっと緊張感持て!」
パートナーたちにツッコミを入れるのに忙しいエイミーを横に、クレアは、半壊した山場神社の方を見やって、目を細めた。
図書館――。
「……死人に生気を奪われた人間は、死亡し、死人として復活する」
(……日本は“ヤマ”多き国だ)
死人、クローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)は自己と見知らぬ本能の間で曖昧に思考しながら、自身の銃型HCに己の声を録音していた。
「死人となったものは傷を受けても……すぐに再生するが、生前に残っていた傷や疾患が回復することは無い」
(山道、山有、山路……この村の封印が上手くいったとしても……)
あるいは、何らかの形で――それは恐らく最も破壊的な形だろうが――自衛隊や国軍が派遣され、この事件が解決されたとしても。
(再び、何処かでヤマの影響が噴出するだろうことは十分に考えられる)
だから、情報を残しておかなければいけない。
その時、脅威に対抗する誰かのために、情報を。
「死人には弱点もある。日光の下では朦朧とし、極端に動きが鈍くなる。
それに、生前に苦手としていたものに対しての嫌悪感、拒絶感が増幅されるようだ」
つまり、それは、どういう事なのだろうか。
理性や感情のタガが外れやすくなり、直感したものが思考の段階を経ずに反応に直結してしまっている。
(考えられるのは、例えば、神経伝達物質であるセロトニンの減少……欝病患者に近い状態になっているのか。
それとも、ただ単純に脳内の化学物質の正常なコントロールが妨げられている、ということか)
彼は、自身の脳についても、今は正常ではないと自覚していた。
思考も纏まっているようで何処かやはりおかしい。
自身の考えを自身だけが支配することが出来ない。
その理由は明白だった。
「……死人は山場弥美を主人と感じている。
そして、本能で彼女の願いを叶えようとする……。
彼女、山場弥美の願いは……死人を増やすこと。
そして、山葉涼司を使って秘祭を行い、『永遠』を見ること。
そのためには、山葉涼司を殺してはいけない、死人にしてもいけない。
生きたまま捕らえ、儀式を執り行わなければいけない」
それから、彼は自身が知り得る事と自身の身体に感じる事を全て録音し、銃型HCの機能を落とした。
ゆっくりと立ち上がり、セリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)の待つ階下へと向かった。
階段を降りながら、考える。
(弥美に逆らわずに、情報を『彼ら』に渡さなければ……それが、軍人としての俺の使命……。
情報は必要だ。ヤマは何処にでもある。日本はヤマ多き国だ。必要なのは情報だ。必要だ)
「必要だ。軍が俺の身体を回収することが」
零れた言葉に、セリオスが顔を上げて、怪訝な表情を覗かせる。
「今、なんて?」
「俺の身体を軍に回収してもらうことが必要だと言った。
この身体は、ヤマを研究するための有用な資料だろう」
「そんな人体実験が許されると?」
「法が及ぶのは生きた人間のみだ。
遺体は、この地で損壊したか行方不明となったかとしてもらえば問題ないだろう。
存分に研究材料にして貰えるはずだ」
「……君は、死んでも君だね」
セリオスが緩く笑って、視線をクローラの持つ銃型HCに向けた。
「これを?」
「そうだ」
クローラは、銃型HCをセリオスに手渡し、『用意していた言葉』を口にした。
「『山葉を確保する為の餌として、公民館前に置いて来てくれ』」
それがクローラにとって、山場弥美の呪縛の向こうへ情報を渡すための魔法の言葉だった。
「分かったよ」
セリオスが、おそらく、“あえて”中に収められているものが何であるかを確認する事無く、銃型HCを受け取る。
そうして、セリオスが公民館に向かった後、クローラは思考を続けていた。
(山道、山有、山路……ヤマは何処にでもある。日本はヤマ多き国だ)
繰り返される。何度も何度も。
(ヤマに関する情報を持つ者は危険だ。情報を持つ者は限定されなければいけない。
でなければ、再び、繰り返される。
弥美は、山場弥美はヤマの儀式を知っていた。知る者だった。知り過ぎた者はヤマを呼ぶ。
弥美が消えた後……誰が知り過ぎる?)
多くを知ったアクリトは死んだ。その知識と意志を継いだのは誰。
「繰り返させてはいけない」
クローラは飢えと乾きを静かに抑えながら、零した。
「知り過ぎた者は、危険だ」
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