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魅惑のタシガン一泊二日ツアー!

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魅惑のタシガン一泊二日ツアー!
魅惑のタシガン一泊二日ツアー! 魅惑のタシガン一泊二日ツアー!

リアクション

「なーるほど、薔薇のケーキですかぁ! 美味しそうですね!」
 ちゃっとマイクを向けてきたのは、ファンシーなデフォルメをされたうさぎだ。
「え?」
 目を丸くしたレモに、うさぎは明るい声で「こんにちは、うさぎのプーちゃんだよ♪」と続ける。
「ああ、あれか。パラミタスクープなんたらの……」
「パラミタスクープハンター! 今パラミタで一番ホットな情報番組ですよー!」
 ディビットにそう答え、うさぎの プーチン(うさぎの・ぷーちん)は可愛らしく両手を動かした。
 取材に関しては、ハルディアもディビットも、事前に聞いてはいる。レモは少しびっくりしているようだ。
「ほら、イケメンを撮って!」
「は、はい……」
 プーチンに指示され、橘 早苗(たちばな・さなえ)が三人にデジタルビデオカメラを向ける。メガネに三つ編み姿の、万事に控えめな彼女が、今回撮影隊として頑張っている理由は、主にバイト代のためだ。
「今日はタシガンの薔薇園にやってきていまーす。タシガンといえば薔薇、霧、イケメンですよね!」
 プーチンが軽快にカメラにむかって話しかけている。イケメンと言われ、悪い気はしないが、さすがに面はゆい。
「少年、お名前は?」
「あ、あの……レモ、です」
「うーん、未来のイケメンって感じですね!」
 プーチンの言葉に、レモは照れて真っ赤になってしまった。そこへ。
「おっと! それより美しい俺様のほうが画になるであろう! 見るがいい、この美しいバラ園をバックにした俺様のさらに美しい身体を!」
「きゃあ!」
 突然プーチンとカメラの間にわってはいったのは、他の誰であろう、変熊 仮面(へんくま・かめん)に他ならない。早苗が思わず悲鳴をあげる。……当然だ、毎度のごとく、変熊はマントいっちょの全裸なのだから。
「す、ストップ! ストップ! 放送事故になっちゃうよ〜〜〜〜!!!!」
 プーチンがあわてて停止を呼び掛け、変熊のことはとりあえずディビットがとりおさえる。
「なにをする! 俺様の美しさを放映する絶好の機会だろう!」
「あなたが晒してるのは美しさじゃなくて薔薇学の恥だ!」
「そんなことはない!」
「ダメだよ変熊さん〜〜!!」
 さすがにレモもそう止める。その間に、ハルディアがプーチンに「ごめんね、迷惑をかけちゃって」と詫びた。
「う、ううん。アクシデントはつきものだから、大丈夫だよ!」
 さすが売れっ子レポーターだけあり、プーチンの立ち直りも早いものだ。
 とはいえ、ハルディアたちは変熊を抱えてその場を立ち去ってしまった。
(うーん……。イケメンと動物と食べ物は、段番組を見ない見ないOL層をターゲットにして視聴率ゲットに必須なんだけど。薔薇のケーキメインよりは、やっぱりタシガンならイケメンだよ。他に誰か……)
 プーチンは首を傾げる。どうせならジェイダスかルドルフあたりを狙いたいところだが。
「二人とも元気ねぇ」
 そんな様子を、葛葉 杏(くずのは・あん)は笑って見ていた。彼女は今回、至って普通に、旅行として参加している。先ほど早苗の悲鳴をきいたときは驚いたが、まぁ、たいしたこともなかったようでなによりだ。
「あ、早苗ちゃん! こっちこっち!」
 きょろきょろとあたりを散策していたプーチンが、ルドルフを見つけ、すかさず早苗を呼び寄せる。彼ならば確実に視聴率アップも見込めそうだ。早速……と近づいたところで、プーチンの前に細い手が伸ばされた。
「すまぬが、暫し待ってはもらえぬか?」
「邪魔は許さないからねっ」
 そう立ちはだかったのは、リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)ユノ・フェティダ(ゆの・ふぇてぃだ)だった。どちらも、そう簡単には通してくれなそうだ。
「そう時間はとらせぬよ」
 リリはそう言いながら、ルドルフと、彼に勇気を出して歩み寄るララ・サーズデイ(らら・さーずでい)をちらりと見やった。

 リリの場合、タシガンに来たのはなにも旅行目的ではない。
 本当は、くだんのエネルギー装置について、さらに詳細を調べたく思ったのだ。だが、レモの仲介はあったものの、装置の視察については許可が下りず、せめてタシガンで気張らしをしていってほしいとレモが誘ったのがこの旅行だった。
 そして、そこにルドルフが参加すると聞き及び、ララの態度が変わった。
「ど、どうだろう。こうなったら直接校長と交渉してみたら……」
 いつも凛々しいララだが、ルドルフが絡むと途端に少女のように頬を赤らめ、どもりがちにリリにそう訴える。ユノの眉根が寄り、小さく舌打ちしたのにも気づいていない。
「ふむ。……まぁ、薔薇園とやらを見てみるのも良いかもしれぬのだ」
 ルドルフとララが親しくなることによって、間接的にリリの目的……装置の秘密を手に入れ、イルミンスールへと技術を持ち帰ることにも繋がるかもしれない。そう考え、彼女らはこのツアーに参加したというわけである。
 そして、今。ララの手には、美しい黄色の薔薇が握られていた。先ほどユノが呼び掛け、それに応えた一輪の薔薇だ。
 ユノとしては、複雑な胸の内ではある。道中もずっと、気が重そうにため息をついたりしていた。いつも活発な彼女にしては、かなり珍しい。
(ララちゃんの為なら何でもできるよ。でもこれってお面の人の為みたいでなんだか……)
 なにより、ララの態度が気にくわない。先ほどから、夢見るように微笑んだり、一転しておどおどと不安げにしたりと、落ち着かないことこの上なかった。おおかた、ルドルフとの対面を想像して、舞い上がったり怖くなったりを繰り返しているに違いないと、手に取るようにわかる。
(なんだか全然、ララちゃんらしくない!)
 頬を膨らませてユノは口をへの字につぐんだ。
 それでも、……一際美しく咲いた黄薔薇の花園の前で、ユノは黄薔薇のロザリオに口づけ、薔薇たちへと囁いた。
「気高き想いの薔薇よ……お願い、示して!」
 同時に、ララもまた、両手を祈りの形にあわせ、目を閉じる。精一杯、ユノを通じて、ララの願いが届くようにと。それが通じたのだろう。蕾であった一輪が、みるみるうちにその花を広げ、ララへとむかって咲き誇る。
『どうぞ。これが貴方のための薔薇。健気な貴方の想い』
 ユノには、その言葉がはっきりと聞こえたようだった。
 黄色の薔薇を手にしたララが、幸せそうに微笑む。その顔を、ユノははっきりと見てしまった。
 あんな顔をされては、もう、邪魔はできない。仕方ないだろう。
「ララちゃん、頑張れ」
 ララが、ルドルフに声をかけている。その様を見守りながら、ユノは小さく呟いた。
「嫌だったんじゃ?」
 ややからかうように、リリが尋ねる。
「嫌だよっ!でも、凛々しくないララちゃんはもっと嫌だもん。……リリちゃんこそ言わなくていいの? 装置のこと」
「水をさせる雰囲気でもなかろう」
 リリはそこまで無粋ではない、とリリは腕を組んで呟いた。

「ルドルフ、あの……」
 ララの呼び掛けに、ルドルフは振り返った。マントが優雅に靡き、仮面越しの瞳は柔らかに細められている。
「ああ、君は。どうだい? 楽しんでくれているかな」
 バラ園の中に立つルドルフは、まさに薔薇の騎士といった風情だ。ララは頬を染め、ルドルフへと黄薔薇を差し出した。
「これは?」
「この薔薇は貴重なものだそうだ。校長就任の祝いにルドルフ、君に受け取って欲しいんだ。君に黄薔薇の花言葉『尊敬』を捧げたい……」
 ララはそう言うと、目を伏せる。長い睫が、白い頬に微かに影を落とした。
「……ありがとう、しかし……」
「いや、いいんだ。これは私の、誓いのようなものだから。迷惑をかけるつもりでは……」
「そういう意味じゃないよ」
 ルドルフは微笑み、震えるララの指先から黄色の薔薇を受け取った。そして。
 傍らの薄紅色の薔薇を手折ると、ララへと差し出した。
「僕からも、感謝を捧げさせてくれ。いつかまた、再びお手合わせ願う」
「……もちろんだ!」
 ララはその薔薇を受け取り、大切そうに胸元に抱きしめた。
 より気高く美しい騎士になることを、その薔薇に誓うように。


「はぁ……」
 ウイシア・レイニア(ういしあ・れいにあ)は、小さくため息をついた。
 猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)はひとりでどこかへ行ってしまうし、なんだか憂鬱な気分だ。
 最近、勇平はもう一人のパートナーとばかり一緒にいる気がするし、今日もこうして一人で置いてきぼり。どうしたって、気分が沈んでしまう。
(恋が叶う薔薇のエッセンス、でしたっけ……)
 しおりを読んで、その存在はウイシアも知っていた。せっかくだから、その薔薇を探してみようかと思い、バラ園を散歩してまわったけれども、秘密の薔薇がどれなのか、よくわからずじまいだった。
 そのため、集合時間には少し早いけれども、先に建物に戻り、お土産用の店をひやかして過ごしていた。けれども、どうしても一人きりでは、気分が晴れないままだ。
 恋を叶えるエッセンスを探したのは、それを使えば、勇平がもう少し自分を気にかけてくれるかなと思ったからだった。
「別に……恋とかじゃないですけど……」
 誰にともなく言い訳をして、ウイシアは俯いた。
 だけど、結局は手に入らなかった。薔薇は見つからず、勇平も帰ってこない。
「…………」
 泣きたい気持ちになったときだった。
「ウイシア!」
 勇平の声に、ウイシアは振り返る。走って来たのだろうか、息をはずませ、額には汗が滲んでいる。
「どうかしたんですか? それに、いったい今までどこに……」
「これ!!」
 ウイシアの問いかけを最後まで聞かずに、勇平は大切そうに握りしめていた物を、ウイシアの前に突き出すようにしてきた。
 それは、可愛らしい茶色の硝子小瓶だった。中にはとろりとしたオイルが入っている。
「これは……?」
「ウイシアの為に、探してきたんだ。その……改めてこういうの言うのって、照れるけど、……いつも、ありがとな。ウイシアがいるから、俺、頑張れんだ。これからも、その、ヨロシク」
「…………!」
 その言葉に、ウイシアは途端に萎れていた心がいっぱいに膨らむのを感じた。
 ほっておかれたのは寂しかったけれど、でも、それ以上に。
「薔薇の魔法、ですわ……」
 小さく呟いたウイシアに、勇平は「ん?」と小首を傾げる。
「いいえ、なんでも。……ありがとうございます。大切に、しますわ」
 このエッセンスを使う前から、その願いが叶うなんて。
 ウイシアは、可憐な笑みを浮かべた。それはまるで、勇平が見つけた薔薇の、そのもののように。


 勇平の他にも、薔薇を見つけた面々は、ワルドがそれを精製し、世界に一つだけのエッセンスを手渡した。
 それぞれに、薔薇の魔法を感じたバラ園での一時となったのだった。