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【ザナドゥ魔戦記】ゲルバドルの牙

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【ザナドゥ魔戦記】ゲルバドルの牙

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第4章 三人の娘たち 2

 上空の小型飛空艇部隊からの攻撃は、ゲルバドル兵たちを混乱に陥れた。
 その間に、シャムスとアムドゥスキアスたちは一気に突破をかける。ゲルバドル兵たちを蹴散らすようにして、居城めがけてまっしぐらに進んだ。
 そしてついに――居城へと辿り着いた。
「……ッ!」
 しかし、そこで彼女らを待ち構えていたのは、二人の娘だった。
「わーい、やっときたー!」
「おまたせおまたせー」
「……ナベ……リウス」
 ナベリウスが二人、モモとサクラだ。
 彼女たちはシャムスたちを出迎えるようにしてはしゃいでいる。だが、その肉球付きの鋭い爪を生やした手が、シャムスたちを狙っていることは明らかだった。
(ナナは……)
 そこにナナの姿はなく、シャムスはそれを不審に感じた。
 だが、今はそんなことを気にしている場合ではないと頭を振る。敵が仕掛けてくるよりも先に、彼女は二人に話しかけた。
 それは、自分たちの邪魔をしないでくれということ。
 真の敵はバルバトスだ。シャムスたちにとって、ナベリウスたちと戦うことは本意ではない。もし、手を引いてくれるなら、これ以上争いの火を広げるつもりはないと。
 アムドゥスキアスも、そして、契約者も彼女たちに訴えかけた。
「モモちゃん、サクラちゃん! こんな遊び、もう止めてよ!」
 アムトーシスで彼女たちと遊んだこともある獣人の西表 アリカ(いりおもて・ありか)が叫ぶような声をあげる。彼女にとって、ナベリウスたちは友達だった。そしてアリカは、そんな友達が傷つくかもしれない戦いをやりたくはないのだ。
「遊びじゃないよー。おもてなしだよー」
「おもてなし? ……違う! おもてなしは相手が喜んでくれることをすることだよ! 相手を良く見てよ! 楽しそうにしてる? してないよ!」
 アリカは激情しながら彼女たちに呼びかける。
 その胸中にあるのは、自分が契約した地球人の無限 大吾(むげん・だいご)のことである。
 アリカがナベリウスたちとの戦いを止めたいと思っているのは確かだ。そして同時に、大吾であれば同じことをしたのではないかと思う。
(そうだよね、大吾……)
 戦士であれば、それに真っ向から立ち向かうだろう。子どもであっても戦士の心を持つ者はいる。しかし、彼女たちはただ、遊びたいと、楽しいことをしたいと願っているだけなのだ。
「ボク、前にも言ったよね。こんな遊びをしていたら、周りの皆がいなくなって会えなくなっちゃうって。そしたら、心がモヤモヤしちゃうよ! ぽっかり空いちゃうよ! “哀しく”なっちゃうよ!」
 彼女たちを哀しませないためにも、必ずそれを止めると、アリカは決意していた。
「ボクはキミ達と、もっと色々なこと一杯やって一緒に思い出をたくさん作れるお友達になりたいんだ! だから、お願い。もうこんな遊びはもう止めてよ……」
 アリカの叫びは届いているはずだ。
 だが――
「あー、やっぱり、おじちゃんの言ったとおりだー!」
「ほんとだー! じゃあ、いっぱいいっぱい遊ばないとねー!」
「おじ……ちゃん……?」
 ナベリウスたちはそう言うと、シャムスたちに向けて突貫してきた。
「……逃げろッ!」
 彼女たちの言葉を不審げに思いながらも、シャムスたちは容赦のないその牙からとっさに逃れた。
「モモちゃん、サクラちゃん! もう、止めてよ!」
「キャハハハハー!」
 どれだけアリカが叫ぼうと、彼女たちは攻撃を止めることはしない。
 むしろ、呼びかければ呼びかけるほどに、彼女たちは期待通りだというように嬉しそうに笑い合った。
 何かがおかしい、とアムドゥスキアスは感じ取っていた。それは同時に、隣にいる授受も感じていることだった。
「ねえ、アムくん……これはあたしの見解なんだけどさ」
 授受が神妙な顔で口を開いた。
「ナベリウスをあんな風にしたのは、誰? ……アムくんも気づいてるんじゃないの? ナベリウスは、わざとあんな風に育てられた……何も知らず戦う、都合の良い駒として。そうして、利用されてるだけなんじゃないの? ―――バルバトスに」
「…………」
 授受の力強い瞳が、射抜くようにアムドゥスキアスを見ていた。
 彼女にとって、それは見逃せない推測だ。かつて自分のパートナーであるエマ・ルビィ(えま・るびぃ)も、同じように利用されていた。
 だからこそ、彼女はナベリウスたちを他人だとは思えないのだ。
(気づいていないフリを、してたのかな)
 アムドゥスキアスは心のなかで自分自身に問いかけた。
 いまだ彼にとって、バルバトスは身内のひとりという感情もある。確かに彼女は卑劣な女性だが、それが魔族にとって、ある意味では本来の姿であるということもアムドゥスキアスは理解していた。
 それが、彼の心を盲目にしていたのかもしれない。
(なら……)
 と、それまで攻撃を避けるだけだったアムドゥスキアスが立ち止まった。
「アムドゥスキアス……?」
「やろう、シャムスさん」
 彼は武器である魔笛を取り出した。
 彼女たちを止めるなら、本気で立ち向かっていかなければならない。言葉だけではなく、その身をもってしても、彼女たちに分からせる必要があるのだ。この戦いは、単なるお遊びじゃないと。
 それが――同じ魔神であり、彼女たちの友である自分の役目というものだ。
「……ああ」
 シャムスはアムドゥスキアスの決意を悟ったように、自らも弓矢を構えた。
 モモとサクラの遊びという名の戦いは、混戦へともつれ込もうとしていた。



「ねえ、聞いて! モモちゃんたち!」
 戦闘の最中、モモとサクラに呼びかけるのは月音 詩歌(つきね・しいか)だった。いまだモモとサクラを説得することを諦めていない彼女は、レイカ・スオウ(れいか・すおう)と一緒になって彼女たちと相対する。
 そして、それを邪魔しようとする他のゲルバドル兵たちの相手をするのは、柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)たちだった。
(詩歌たちの目的を達するためにも、時間を稼がねばならないな)
 氷藍は魔鎧の曹丕 子桓(そうひ・しかん)の身に纏い、氷雪比翼の翼で空を飛びながらそう考えていた。そんな彼女の思考を読み取るように、子桓が言う。
「全く……無茶なやり方だとは思うがな」
「そう言うな。お前とて、賛同はしているのだろう?」
「……まあな」
 幼い少女の外見をしながらも整然とした物言いをする氷藍に、子桓は憮然としながら答えた。
 実際のところ、子桓も詩歌たちのやり方を非難しようとは思っていない。
 ただ、彼女はその英霊たる性質と性格ゆえに、様々な可能性を考えてしまうことが多いのだ。初代魏皇帝・曹丕子桓の魂が宿るということは、そういうことだ。
「だが氷藍、無茶な戦い方をしてお前が負傷してはならんぞ? 全員が生き残ってこその勝利なのだからな!」
 だからこそ、子桓はそう言って氷藍に忠告する。
「ああ」
 氷藍は微笑でそう答えて、襲いかかってくるゲルバドル兵に矢を放った。
 前方では、同じく氷藍のパートナーである真田 幸村(さなだ・ゆきむら)と、神崎 輝(かんざき・ひかる)のパートナーである一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)が敵の応戦を受けていた。
 幸村は猛禽龍の鬼灯と融合した状態で空中戦を繰り広げている。色の猛禽類の翼に、竜角、尾羽の生えた異形の姿。敵の攻撃を受けてその身に血が走るが、それをどこか心地良いと感じている自分もいる。しかし、同時に冷静を保とうともしている。
 冷たさと高揚感の共存。自分のなかにある奇妙な感情に、幸村は自然と微笑をこぼしていた。
 そんな幸村の姿を見ていると、氷藍はどこか彼を遠くに感じる。
 後退してきた幸村が一時体勢を整え、再び敵へと向かおうとしたそのとき。
 彼女は、異形でありながらも残っていた彼の袖をぎゅっと掴んでいた。
「氷藍殿?」
「……あまり、遠くに行かないでくれ。ひーが言ってるように、戦ってる時のお前は……とても、遠い」
 ひーというのは、子桓のことだ。
 氷藍は、彼女が戦いの前に言っていたことを思い出していた。
“真田は生まれながらにして武人だ。己を殺しすぎた挙げ句、闘争に呑まれてしまう可能性もある”
 ――と。
 それを思い出すと、幸村が自分の前から消えてしまいそうで、彼女はひどい哀しいに苛まれるのだった。
 じっと自分を見つめる幸村に気づいて、氷藍は慌ててパタパタと手をふった。
「ま、まあ、その……そこがカッコいいというか可愛いというか……そういうことも……あるんだが……あ、いや冗談だ」
「…………」
 その顔が赤く染まっていることを幸村は気づいている。
 彼はだから、袖を握る氷藍の手をそっと、自分の手で握り返した。
「安心して下さい、氷藍殿。拙者は……拙者は必ず、貴女のもとに帰って参ります」
「幸村……」
 見つめ合う二人に、魔鎧姿の子桓は呆れ気分だった。
(はいはい……好きにしてくださいな)
 と、そこにお互いの背後から敵が迫る。
 しかし瞬間。
「……っ!」
 二人は、互いの背中の向こうにいる敵を貫き倒していた。