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―第一章:卑弥呼の酒場―

 夜を迎えつつあるエリュシオン領キマクとシャンバラの国境地帯。
 赤い太陽がいつもと同じように地平線へと姿を隠し、いつもと同じように闇が訪れようとしていた。誰もが見慣れた365日のうちのたった1日の終わり……ではない雰囲気なのは、荒野に灯りをともす建物である。
 そこは一見すると、シャンバラでポピュラーなチェーン居酒屋の『蒼木屋』の支店。しかし、その店が、今やモデルケースの実験店舗として有名になりつつある親魏倭王 卑弥呼(しんぎわおう・ひみこ)が女将を務める『卑弥呼の酒場』であることは既に周知の事実。
 店内は、酒場でありながら数種類のドリンクが飲み放題のドリンクバーが設置され、旅や冒険の話を仲間たちと語らうテーブル席の他にも、一人で訪れた客が静かに飲めるカウンター、そして騒々しい中でも一旦始まると皆が静かに耳を傾ける歌唄いの上がる小さなステージが用意されてある。
 以前は、荒くれ者が集うマカロニウェスタンな内装であったのだが、女将や一部の契約者達の店員、更には警備員達の絶え間ない努力により客層の変化が起こり、その面影は少し弱くなっていたし、何より今日は鏡餅やしめ飾り、入り口には門松等が置かれ、すっかり和と洋と大人のテイストを獲得する事にも成功していた。
 そう、今日は大晦日。
 年越しを楽しもうとする客達が、忘新年会に集まってきていたのであった。


 蒼木屋の一角で、声を張り上げ、身振り手振りで蜂蜜酒を売るトーガ姿の男がいた。エリュシオン帝国の設計士兼建築家のセルシウスである。
「お客さーんっ!  蜂蜜酒(ミード)はいかがですか?  本場エリュシオンの蜂蜜酒! ノンアルコールもありますよ! 冒険の前にも後にも蜂蜜酒! これ、冒険者の常識です!!」
 セルシウスが声をかけているのは、この近くで発見された地下108階のダンジョンである遺跡へ向かう一行が集まっているツアーコンダクター騎沙良 詩穂(きさら・しほ)のカウンターの横である。
 詩穂は、ツアーコンダクターとして、ダンジョンに挑む前に卑弥呼の酒場でパーティを組んだり、名前を変更する役割をしていた。
「ふふふ、お客様。いいんですか!? そんなボーナスポイントでキャラメイクを妥協して?」
「え?」
 詩穂の目の前にいた、ツアー参加者と思われる痩せ型の男が驚く。
「いきなりニンジャとしてダンジョンに挑まれた方もいらっしゃいますよ。……たしかその方は全裸でダンジョンに挑むとかなんとかおっしゃっていましたねー、『レベルが上がれば上がるほど、この回避率(アーマーポイント)とクリティカル率が病みつきになる』とか言い残して」
「チャ、チャレンジャーだな……」
「他にも、褌一丁の拳聖はいましたね。色黒で頭ツルツルの……」
 詩穂は、先程受付を済ませ、意気揚々とダンジョンに潜っていった一団のパーティ名を思い出し、受付の手帳を捲る。そこには『魔王軍』という名が書かれてあった。
「……寒くないのか?」
「お客様。冒険とは命をかけた戦い! つまり、寒い暑い! おトイレ行きたい! お腹減った! 眠い! 俺、この戦いが終わったら結婚するんだ等は些細な事に過ぎないのですよ」
 小学6年生にしか見えない詩穂が伊達眼鏡をライトに反射させて熱弁を振るう。
「わかった。では、俺もニンジャで挑もう」
「はい。それではお名前をお呼びするまで、少しお待ちくださいね」
 詩穂は、ちょいちょいと手帳に男性の名を書き、その人数を数える。
「ひぃふぅみぃ……」
「詩穂?」
 ロングの黒髪を揺らして詩穂のカウンターに肘を置いたのは、ツアーコンダクターとして参加し、ツアー客に初級冒険者向けの扱いやすい武器を支給していた宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)である。
「大丈夫なの? あんなモヤシみたいな人にニンジャなんかさせて。黒装束程度じゃ、ゾンビの一撃でも下手したら入り口まで強制送還よ? ツアーとはいえ一応ダンジョンなのだから、気を付けないと……」
「平気だよ。祥子ちゃんが守ってくれるんでしょ?」
「や……それより、キャラメイクやボーナスポイントって何? むしろ、全裸!? 私そんなのをガイドするバイトだっけ聞いてないんだけど」
「ほら、雰囲気と準備ってものすご〜く大事じゃない? ダンジョンに挑む前に最初からそれっぽくした方が、お客様に楽しんで頂けるでしょ?」
「とはいえツアコンがでしゃばり過ぎるとお客さんも楽しくないだろうし、余程の時以外は案内とか応援とかアドバイスに終始しなきゃね」
 祥子がそう言うと、同じくツアーコンダクターを務める雪住 六花(ゆきすみ・ろっか)が声をかける。
「皆さん、揃ったみたいですね」
「六花ちゃんも回復役よろしくね!」
「はい?」
 詩穂の言葉にポカンとする六花へ祥子が苦笑して通訳する。
「私が攻撃のサポート。六花はメイガスだから、回復役をお願いって意味だと思うわ」
「ああ……それなら……」
 六花が頷き、店の壁掛け時計を見やる。
「今からなら、駆け足で無くても今年中に107階まで辿りつけそうですしね」
「107階? ダンジョンは108階じゃないの?」
「ええ、詩穂さん。でも今年中に行くのは107階までで良いんですよ?」
 ニコリと微笑む六花の言葉に、詩穂と祥子が顔を見合わせる。
「答え合わせは107階近くになった時にしましょう。……ただでさえ、一般の方が多いみたいですいね」
 六花が今ツアーのメンバー達を見ると、殆どは職場仲間や友人や恋人同士の参加である。見たところ、契約者は……いた。
「海くんが案内してくれるんですね。楽しみですっ! えっと……でも海くんってこういうバイトしたことあるんですか?」
「いや……ない。だから上手く出来るかはわからない……」
 ぶっきらぼうに答えたツアーコンダクターの高円寺 海(こうえんじ・かい)に、羨望の眼差しを送るのは、今回のツアーにお客として参加していた杜守 柚(ともり・ゆず)である。
「海くんはしっかり者だから似合うと思います。今日は宜しくお願いしますっ!」
「ああ……」
「柚ー。お手洗い空いたよ。行かなくていいの?」
杜守 三月(ともり・みつき)がハンカチで手を拭きながら柚に声をかける。
「み、三月ちゃん!? そ、そんな大声で言わないでよ〜!」
「……柚、手洗いは済ませておいた方がいいぜ。長丁場だからな。途中でするのは……色々困る」
「は、はい〜〜!」
 顔を赤らめた柚がダッシュで海の前から去るのと入れ替わりで三月が海に話しかける。
「友達としては海の仕事っぷりを見ておきたいよね」
「別に……オレは大した事しないぜ?」
「謙遜しないでいいよ。それに遺跡に何があるのか興味もあるし。ひょっとしてお宝かも……」
「宝か……実はオレ達も知らされていないんだ。108階に何があるかなんてな」
「それは楽しみにしてろ、って事じゃない? じゃ、海、案内宜しく!」
 三月と海の会話を聞いていた詩穂が時計を見て、カウンターにポンと『受付終了!』と書かれた紙を張る。
「これでよし、っと。それじゃ詩穂達も行こうか、青白磁ちゃん、セルフィーナちゃん?」
「待ちくたびれたのぅ」
「わたくしも随分待ちましたわ。詩穂様? よく見たら、わたくし達の出発が一番最後ではございません?」
 清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)が詩穂の元へやって来る。
「うん! でもセルフィーナならラスボスさんがどうにかなっていようと、何とかしてくれるんだよね?」
 詩穂の言葉にセルフィーナの青い瞳が妖しく光る。
「ええ……任せて下さい」
「詩穂、やっと出発か?」
 海がカウンターにやって来る、
「お待たせ、海ちゃん! さぁ、ツアーの始まり始まりだよ! あ、それとこのパーティに名前付けたからね!」
「名前?」
 海が受付に置かれた詩穂の手帳を見ると、『チーム:朴念仁』と書かれてある。
「……朴念仁で何だ? 六花?」
「いいひとって意味だと思いますよ、海さん」
 温和な六花が海を傷つけないよう説明する。
「さ、行こうよ。ただでさえ、『魔王軍』と『冒険屋』の二大ツアー一行が先行しているんだし、負けないようにしないとね」
 祥子が軽く肩のストレッチをしながら、お客達に声をかける。
「皆様、大変お待たせ致しました! ただいまよりツアーに出発致します〜!」
 祥子と六花に率いられ、店の外へと向かうツアー参加者達。
 ちょっと遅れて、お手洗いから出てきた柚が三月と海と談笑しながら店を出ていく。
 そんな盛り上がる一行を横目に声かけを続けていたセルシウスが頭を抱える。
「く……何故売れないのだ!? この蜂蜜酒が……」
「その蜂蜜酒にオーダー入ったわよ。3番のお座敷から」
「何!?」
 セルシウスが振り向くと、店員の雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)が着衣の乱れを直しながら立っていた。
「気をつけた方がいいわよ。3番は地獄絵図だから」
「地獄だと? ……貴公、まさか」
「何?」
 セルシウスがトーガの袖で瞼を拭う。
「いや……敢えて聞くまい! 貴公が体を張ってこの蜂蜜酒を売り込んでくれた事、感謝する!」
「は? ……ちょ、ちょっと! 今のとこ、訂正させなさいよ!!」
 雅羅の声を無視して、セルシウスは蜂蜜酒の瓶を持ち走りだす。