校長室
年の初めの『……』(カギカッコ)
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●雪に願いを 涼介・フォレスト、メイベル・ポーターに別れを告げ、名残惜しそうなシルミット姉妹とも手を振って別れ、南は独りに戻った。 今日はたくさんの人に元気をもらった。 いつか、あの人たちに元気を返したいものだ。 「雪……やっぱり」 窓の外の光景に、南はほの薄い笑みを浮かべていた。自然に笑みが戻った自分に、まだ南は気づいていない。 いつの間にはじまっていたのだろう。 ちらちらと白い、天使の綿毛のようなものが降っている。 雪だ。積もり始めている。 昔から冬は好きだった。特に、雪は好きだった。 住むなら常夏の国より常冬の雪国がいい……そんな無邪気なことを考えていた時期もあった。そんな自分が『南』なんていう名前なのだから、少々滑稽ではある。 「……?」 窓に付いていた手を放し、南は振り返った。 廊下から、どこかで聞いたことのある声がする。 「や、年の初めの『ナンパ』には、是非、白衣のナース様をだね!」 「……なんてことを、さっきあの受付で言ったら、私が怒るということくらいは学習したようですね」 「はい。しました」 「ええと、病室は……このあたり……」 「担当の女医さんは誰だっけ?」 「どうして『女医』さんだと即決を……? メスバウアー先生という姓だけど」 「女医っぽいじゃないか。ファーストネームは『クリスティーネ』と見たね」 「『メス』のところに反応したんならおあいにく様。ほら、ここにネームプレートがあるでしょう? 『ゴットフリート・メスバウアー』先生、思いっきり男性名のようですが」 「いやまだ本人を見るまでは……! って、あれが彼女の病室みたいだな」 南は自分から病室のドアを開けた。今日はもう、監視役はいない。 「緋山さん……緋山 政敏(ひやま・まさとし)さん、ここです」 これには、いくらか政敏のほうが面食らった様子だったが、 「よ、元気か?」 と軽く挨拶を返した。 「明けましておめでとうございます。お久しぶり」 カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)は丁寧に頭を下げた。 「中、いいか?」 と言う政敏とカチェアを迎え入れる。 しばらく、政敏は病室を眺めていた。外の風景も合わせて。何か考えがあるようで、彼はしばらく口をきかなかった。 だからその間は主としてカチェアが話した。これまでのことなど、色々。 「聞いていたよりずっと元気になっているみたいで良かった……」 と、カチェアが言ったたところで、政敏は告げた。 「もしかして、雪に触れたいと思ってないか?」 「え……? は、はい」 どうしてわかったの、と言いたげである。彼は笑って、 「名残惜しそうに雪を見る瞬間があったからさ。ずっと入院だったから、雪に触れないままなんじゃないか、この冬?」 「そうです……最近、短時間の、散歩程度の外出なら可能になりましたが、今日はもう外出できる時間を過ぎてしまって……」 けれど南の表情を見て、政敏は言う。 「規則はそうかもしれないけどさ、小山内はもう、歩けるし外に出られる元気があるんだろう? それに、自分の求めが判ってる」 「だったら交渉してみましょうか? 頭を下げれば……」 カチェアが言うも次の瞬間には、政敏は南に自分の上着を着せ、抱きかかえると窓を開けて飛び降りていた。 こういう病室の窓は開かない構造になっているものだが、いつの間にか彼はロックを外していたのである。カチェアと南が話している間に細工したもののようだ。 彼は柔らかく着地した。薄く積もっていた雪の上に 「どうだ小山内? 室内から眺めるより、外で直接見る雪のほうがいいよな?……ちと寒いのは閉口ではあるが」 南はスリッパで雪の上に降り立った。そっと、薄氷を踏むような足取りだった。そうしないと雪が、消えてしまうとでもいうかのように。 「ありがとうございます……それと、前みたいに『南』でいいです。呼び方」 「あ……そうか。なら南ちゃん、喜んでもらえたかな?」 「もちろんです! ところで、今のやりとり、一度やったことがあるような気がしませんか」 「そうだっけ?」 「そうですよ」 降る雪が、南の黒髪にも覆い被さりはじめた。 「……願いが叶ったな、俺の」 「願い、ですか?」 「今日はアンタの、南ちゃんの笑顔が見たいからココに来たんだ」 本当は、(「この子には幸せになってほしい」)という願いも彼にはあった。けれどそれは言わないでおく。 (「俺にはもうそれを望むことはできないと思うし、その切欠ができれば後は他の奴らが動くし任せられるだろうからな……」) 「さて、ほどほどにして戻るとするか。覚えていてほしいのは、自分が望むことは『できる』ってことだな。もう、南ちゃんはそれくらい回復してると断言する……おっと、カチェアをほったらかしで来ちまったな。今頃、怖いオッサンのゴットフリート・メスバウアー先生に怒られてなければいいが」 「主担当のゴットフリート先生は昨晩転倒して怪我をされて……今日からはその妹さんのほうのメスバウアー先生が臨時担当になりましたが……」 「ほら見ろカチェア! やっぱり女医さんじゃないか! どんな女医さん?」 「ええと、ゴットフリート先生が75歳のご高齢で、その二つ下ということでしたから……」 「先生に頭を下げるのはカチェアに任せようかな」