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サラリーマン 金鋭峰

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第三章:金鋭峰、ついに動く。


 さて、場面は再び、スタジアムの建設現場に戻る。
 金ちゃんは、次の日から監督の姿ではなく完全労働者の姿で現れた。ヘルメットに上下の作業着と作業靴、腰には工具類を巻いて、首には手ぬぐいをかけている。どこからどう見ても、ジャンバラ教導団の長の姿には見えなかった。もはやただの土方のアンチャンだ。喧嘩の一件で解任されたのもあるが、それ以上に皆と一緒に作業してみたいと思ったからだ。監督として監視し命令しているだけでは作業員たちは動かない。自分が率先して働きを見せるべきだった。
 そして……数日が経った。
 もう、金ちゃんはこの時のために取ってあったマンションにも帰らなかった。プレハブの詰め所で寝泊りまで同じだ。食堂でセレスティアの作ってくれるご飯を胃の中にかき込み、ひたすら働く。すでに男女の区別すらない。普段はきゃぴきゃぴしている女の子だって、そこいらに毛布を引いて雑魚寝だ。おかしなマネをしようとする男はいない。汗と油にまみれ、エネルギーを使い果たし泥のように眠る。それだけだ。 
 本社の状況は天貴 彩羽(あまむち・あやは)が逐一報告してくれる。が……、相変わらず彼女は姿を見せることはなかった。
「なんだ、もう監督やめたのか。こりゃとんでもない見掛け倒しやろうだ」
 小坂(こさか:ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる))も苛立たしげに舌打ちをする。そういったものの、金ちゃんの働きぶりが気になっているようだった。
 が、それでも彼はまだ暫くは仕事をするつもりはないらしい。
「へっ……、どうせ明日には嫌になって逃げやがるぜ……そんなやつ……認められるかよ……」
「よう、今日も一緒にお仕事とは楽しみだぜ」
 ラルクはもはや格好も気にしていない。タンクトップに頭にタオルを巻いた姿だ。一緒にバリバリと働く。
「あれ? 金ちゃん監督辞めちゃったんだ、たった一日で……?」
「喧嘩して解任された」
「あははっ、そりゃいいわ」
 理沙は楽しそうに笑った。これはこれでいい。労働者ルックの金ちゃんもとても似合っていた。遠慮なく一緒に働けるだろう。
 耐震基準等もチェックしつつ、設計図の段階で違法建築になって居ないかも土木工事スキルをつかってチェックしながら理沙は作業を進めていく。と、それを手伝う金ちゃん。
「君って、誰かを解任したことはたくさんあっただろうけど、解任されたのって初めてじゃない?」
「新鮮な気分だ」
 鉄筋を打ちつけながら、どことなく神妙な顔つきの金ちゃん。
「ちなみに、英照は来ないが、関羽ももうじきやってくる。彼の体型にあった作業着がなかなか見つからなくてな。急遽、特注品をあつらえてもらうことにした」
「はい?」と理沙。
「社長の護衛をやっていたんだが、全く役に立たないってので解任された。彼も……、解任は初めてだろう」
「あはははっっ」
 理沙はもう一度楽しそうに笑う。これは予想以上に充実した工事日程を送れそうだった。
「金ちゃんお疲れ〜、私もペアルックの作業着っぽいよ。一緒に肉体労働に励もうね」
 歌菜も今は一日現場作業のようだった。どんどんと作業が進んでいく。だが……。
「ところで、鏖殺寺院の施設が地下にあるかも、だって……?」
 ガンガンと梁を打ちつけながら理沙が地面を見下ろしながら言う。
「どこから入るのよ? 一回り探したけどそんな形跡なかったわ」
「今探させている。ほかの一般労働者たちが動揺するといけないので、知っているのはごくわずかだ。作業を止めて大々的に捜索しようとも思ったが……」
 と金ちゃん。
「資材がパクられてるんだってね。そりゃ作業がはかどらないはずだわ」
 歌菜は数十キロはありそうな土嚢を運んだり、高所でボルトを打ち付けたりしている。アイドルだというのに汚れ作業を気にしていない様子だった。休み時間には歌い踊る。一般労働者たちもずいぶんと癒されているようだった。
 瓜生ナオ実は金ちゃん達とは群れなかった。労働者たちの支持を得て、ヤル気を鼓舞し、労働者たちの自警団を組織して弁当、命綱、重機のエンジンや燃料に細工されていないか警戒するような独立組織っぷりである。
「どうせヤルならガッチリしたブツをおっ建てようぜ、上がナニ考えてようが、ここはオレたちの現場だ」
「おおおおっっ!」
 彼女はテキパキと作業を進める。妨害に備えて時間をかけてちょっとやそっとでは崩れない鉄骨、足場を工夫し、警戒も兼ねて省略されがちな試験、確認工程をしっかりと行っていた。鳶服を一部の隙もなく着こなし気風のいい身のこなしは、早くも注目の的で労働者たちの隠れた人気者であった。
 金ちゃんの出る幕がないくらいうまく労働者たちをまとめ、作業を進めていく。
「金ちゃん、ワイルドになってきたね」
 コハクは目を丸くする。彼が知っている団長とは違い荒っぽそうで精悍な感じだった。これはこれで、いい。
「君はワイルドにならないな」
「はは……」
 コハクは苦笑する。
 さあ、今日も施工管理技士を使って作業だ。スタジアムは少しずつできていく。
 いずれにしろ、今のところ大きなテロもなく作業は順調に進んでいるようだった。

 
 現場に派遣されてきていた土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)は、作業の合間を縫って明らかにやる気のない労働者たちの尻を叩きに来ていた。いや、むしろ作業をサボタージュすることによって建設工事を遅らせるってのはどう考えても怪しい。テロリストなのでは、と警戒しながら回っていたのだ。
 金ちゃんに認められたい彼女は、寒空の下労働に従事する団長の助けに少しでもなろうと不審人物を探していたのだ。
「……」
 ガラリ。
 スタジアムの完成部分。恐らく初期のころにすでに造られていたであろう倉庫には、部分的にとは言え、すでに電気が引かれているようで、TVやちょっとした家具までおいてあり居住スペースのようになっていた。厨房やベッドルームまであり、さぼり部屋というより誰かが住んでいるような状態。
「……」 
 ディテクトエビルを発動させているが、なにも感じ取れない。というか、誰もいなかった。空室だ。誰かが使っていて仕事に出ているのだろうか。
「……?」
 なんか……、違和感があったような気がした。
 が、彼女は基本的に難しいことはわからないし考えない。まあ、いっか、とか思いながら次のさぼり場を回る。
 第二食堂。ここではガラの悪そうな女性のサボリ組がたむろしていた。男より怖くないだろうし……、女だから分かり合えるかも、とか考えながら、扉をあけ、雲雀はコーヒーの差し入れにでも来たふりをして事情を聞いてみることにする。
「リーダー誰でありますか。わけがあるなら、出てきて話してみるでありますよ」
 まともな理由なら団長に掛け合ってみてもいいと考えていた彼女の前に、刺青にふんどしの女が現れる。どうやら、この第二食堂を根城にグダグダやっている連中の親玉らしかった。青森から出稼ぎにやってきていた弁天屋 菊(べんてんや・きく)だった。
「あんたら、どうしていつまでもサボってるでありますか。せっかく金……団長もきたでありますし、働くでありますよ」
 そんな雲雀に菊は言う。
「じぇんこいづだすんだがってきだばって、わげつわがんねこどばしいって、なもけねし。そったのでけっぱれつゎいだって、わもなもまいってまうっきゃ。どかだやってけだらめんどみるつったのおめんどたべ」
「……へ?」
 さすがに雲雀は目を丸くする。
「じぇんこいづだすんだがってきだばって、わげつわがんねこどばしいって、なもけねし。そったのでけっぱれつゎいだって、わもなもまいってまうっきゃ。どかだやってけだらめんどみるつったのおめんどたべ」
 菊はもう一度いらだたしげに言った。どうやら津軽弁らしい。
「日本語しゃべれ、であります!」
 雲雀が半眼で言うと、菊はうがあああっっ!? と言わんばかりにつかみかかってきた。それに応じて他のチンピラ女たちも。
「なにするでありますかっ!? 張り倒すでありますよ!」
 雲雀は、しばし菊たちとぎゃあぎゃあとつかみ合ってから息を切らせて睨み合う。いったん休憩。元ヤンで不良仲間と暴れまくっていたらしいのに、何故こんなに弱そうなんだろう、この娘。が……、ふと思い至って雲雀はポケットから紙を取り出す。このまま引き下がっていては本当に役立たずだ。少しでも団長の役に立とうという思いから通訳してみることにする。
「いくらなんでも、日本語くらいは書けるでしょ。紙に書くでありますよ」
「……」
 菊は、紙をびりびりに破ると、ぷいっと奥へと引っ込んでいった。
「……」
 雲雀は何かがブチリと切れたのがわかった。封印されていた元ヤンの血が覚醒したのかもしれない。
「契約者をなめるでないですよ!」
 言うなり今度は彼女の側からかかっていく。
 
「女同士が喧嘩してる? なんだそれは?」
 現場作業をしていた金ちゃんは、騒動になっていると聞いて様子を見に来た。もはや現場監督ではないが、それでも収めれるところは収めないといけなかった。
「……」
 第二食堂は荒れ放題になっていた。元々がサボタージュで散らかっていた上に、大喧嘩で荒れているらしい。大勢の女たちと殴り合いをしている雲雀を見つけて近づいていく。
「あ、団長……」
 雲雀は、団長が第二食堂にやってきたのを見つけると、菊たちをそっちのけでぱあっと明るい表情になった。彼女のピンチに白馬の王子様が助けに来てくれたのだ、と思った。
「団長ではない。サラリーマンの金ちゃんだ」
 金ちゃんは、それだけ言うと、ゴン! と雲雀の脳天に拳を振り下ろした。雲雀はぎゃっ!? と悲鳴を上げると、信じられないものを見る目つきのまま撃沈する。
「何をしている」
 喧嘩には自信があったのだろうが、やはり契約者相手ではかなわない。雲雀にボコボコに殴られた菊が、痛そうにしながらも金ちゃんに言う。
「じぇんこいづだすんだがってきだばって、わげつわがんねこどばしいって、なもけねし。そったのでけっぱれつゎいだって、わもなもまいってまうっきゃ。どかだやってけだらめんどみるつったのおめんどたべ」
 なるほど、と金ちゃんは頷く。
「それは怒っても仕方がない。わかった、なんとか対策を打とう」
 どうやら通じたらしい。さすがは金ちゃんだった。人のやれないことをやってのける。
「な、何を言っているんでありますか……」
 涙目になりながら、雲雀が起き上がってきた。
「賃金はいつ払うかと問い合わせても、要領得ない事ばかり言って払って貰えてない。そんな状態で頑張れといわれても、途方に暮れるだけだ。土方をやれば、その後の便宜を図ると言い出したのはそっちだろう……、彼女はそう嘆いている。工事代金の未払いらしい」
 通じたのが嬉しかったのか、菊は窮状を切々と訴えてきた。
 どうやら彼女らは、共同溝への中水道、下水道等の連絡配管を接続する『弁天組』という下請けらしい。青森県(主に津軽地方)からの出稼ぎ労働者で構成されており、青函トンネルの工事にも下請けに入っていたと言う、地下配管、トンネル掘削を主な生業としている建築会社で、菊はそのリーダーだという。今回来ているのは女性のみの一家のようだった。
 今回、菊たちは別の現場の仕事が決まっていたが、山場建設の強引な引き抜きでスタジアム建設に加わっていた。違約金の肩代わり、工事完成後に山場建設との取引増加含めて関東へ移転の後押し、女組がスタジアムの食堂経営を丸受けして事業拡大と大盤振る舞いの約束だったのだが、爆破テロで、窓口になっていた幹部が死亡し、口約束は知らないといわれ違約金分の借金で首が回らなくなる状態らしいのだ。
 仕事自体は真面目にやる気はあるが、こっちも仲間を抱えている身、ただ働きで仲間を飢え死にさせるわけには行かない、とはいえ、どうすることもできない。真面目に話せる人間がいると思えなくなった事もあり、津軽弁をまくし立てるか暴力に訴える日々を送っていたようだった。
 金ちゃんは、携帯を取り出すと山場会長相手に電話をかける。電話番号すでに登録済らしい。
「すぐに金もってこい」
「……なんだって?」
 突然の要求に山場会長が受話器の向こうで絶句したのがわかった。
 金ちゃんは、菊の事情を話した。
「……わかった、払おう」
 受話器の向こうで、山場会長は言った。
「聞いたとおりだ、菊。未払いの工事料金は支払う。これからのもだ。わかったら、金を受け取ったら、すぐ仕事に取り掛かるんだ」
「おお」
 菊と弁天組は、歓声を上げた。すぐさま作業の支度を整える。
「団長、弁天組の他に、まだスタジアムに住んでるやつらがいるであります」
 雲雀はまだ涙目のままさっきの部屋のことを言ってみる。頭が痛い。さっき団長に殴られたせいだろうか。いやあれはきっと夢だ、団長がこの自分にあんなことするはずないもの。この忌々しい現場のせいだ。早くこんな場所から団長を抜け出させてあげたい。そして、パラミタへ帰って、また元に戻った団長と……。
「団長が寒空の下頑張っているのに、電気の引かれた部屋でTV見ているやつらがいるであります。そいつらどこへ行ったかは知りませんが、大勢入れそうだったので大勢の労働者がいたようであります。集団出稼ぎではないでしょうか。そいつらもお金に困っているのだったら、お金あげて仲間にして働かせるであ」
「団長ではない。サラリーマンの金ちゃんだ」
 ゴン! とさらに大きな音で、もう一度金ちゃんは雲雀の脳天に拳を振り下ろしてから口元にいつもの冷笑を浮かべる。
「よく見つけた。ほめてやる」
「……泣いていいでありますか、団長?」
 床に突っ伏したまま雲雀は言う。あんまりの出来事に早くもしゃくりあげ、助け起こしてほしそうだった。何が起こっているのか、なぜこうなるのかぜんぜんわからない。
「泣くなら……勝って初めて泣け。私はすがる者、依存する者に背中を守らせるつもりはない」
 そういうと、金ちゃんは身を翻す。その顔には楽しげな笑みが浮かんでいた。