リアクション
◇ ◇ ◇ 巨人の姿を発見して後、国頭 武尊(くにがみ・たける)は、巨人とイコンとの戦いから、その挙動を逐一見逃さないように監視と撮影を続けていた。 イコンとの戦闘から逃げた巨人を程なくして発見、光学迷彩で姿を隠し、小型飛空艇は光学モザイクで偽装して密かに追い掛け、夜中過ぎになって、巨人がオリヴィエ博士と合流するのを見付ける。 音でバレそうなので、その飛空艇も途中で降りて追い、身を潜ませて再び監視と撮影を開始した。 灯りは無いが、月明かりが明るく、表情さえ解るほどに周囲を照らしていた。 深い谷底からは水の流れる音がする。 川沿いに聳え続く絶壁、その険しい峡谷の頂きに、オリヴィエ博士が立っていた。 「ああ、成程、こんな高低差のある場所なら、巨人の頭の位置にオリヴィエとやらが立てるってわけか」 カメラのマイクに拾われないよう、武尊は口の中でひっそり呟く。 頭の高さが同じなら、会話も容易だ。 「まさか、此処を合流場所にしたのは、話し易いからってだけじゃないとは思うがな……。 何かの目的地に近いのか……?」 考えていると、巨人がオリヴィエに話し掛け、武尊ははっとそちらに集中した。 「あの少女は、連中と合流した」 「見てたよ。遠くからだけどね」 オリヴィエは頷いて、そういえばと言った。 「君に味方してくれた人がいたみたいだね。よく見えなかったけど。 裁かれたりしないといいけど」 「名を聞く機会がなかったな。説得して来た者もいたが……」 ふ、と巨人は笑みを浮かべる。そして表情を改めた。 「最後までは確認できなかったが、あれは空京に運ばれるようだな」 「うん。流石だね。代王は対応が早い」 「言っておくが」 巨人は剣呑な表情になる。 「私はお前ほど、人間を信用していない。 奴等は、お前の望むような選択はしないぞ」 「それはそれで、仕方ないさ。人は、業の深い生き物だから」 オリヴィエの返答に、巨人はますます顔を顰める。 「よく言う」 「そうかい?」 「お前は、人と関わることを面倒がり、孤独など恐れもしないくせに、いつだって人を愛しているし、いつだって、人を信じている」 「…………」 黙って目を伏せるオリヴィエに、巨人は溜め息を吐く。 「……あの少女は、放っておいていいのか?」 「……あの子が降りたということは、知ってる人がいたんだろう。彼等に任せるよ」 「お前のところに戻りたがるだろう」 「彼等がそれをさせないさ」 だが、巨人は機嫌が悪そうに溜め息を吐き、オリヴィエは苦笑した。 「……まあいいが。 それにしても、連中、こちらは生身なのに、殆どがイコンで向かって来た」 「君、自分の大きさを棚に上げてるでしょ」 思い出したように、ぶつぶつと文句を言い始める巨人に、普通は小さい方がやりにくいものじゃないのかとオリヴィエは笑う。 「劣勢になったからって」 「そういう話ではない。私は、あんな無粋なものは好かない」 巨人は、むすっとして言った。オリヴィエはくすくすと笑う。 「大目に見てくれないか。 形や大きさはどうでも、あれは、彼等の剣なのだから」 「ならばお前の……」 言いかけて、巨人はふと思う。 「お前のゴーレムは、何という名なのだ?」 「名?」 「イコンも、用途や形によって呼び名があるのだろう」 「名、ねえ……」 「無いならば、私が付けよう。ガイメレフと」 「ガイメレフ?」 「我がティターン一族の言葉で……」 巨人は、そこで言葉を止めた。 「誰だ!?」 武尊は一瞬、見つかったかと思ったが、巨人の声が向けられたのは、別の方向だった。 「――見付けたよ」 という声に、オリヴィエも振り向く。 そこには、黒崎天音と早川呼雪が、彼等のパートナーと共に居た。 「ご無沙汰しています、博士」 呼雪の挨拶に、彼は苦笑する。 「……よく此処が解ったね」 言うオリヴィエに少し笑って、天音は名刺を見せた。 無論名刺だけではなく、捜索系のスキルもフル稼働したのだが。 成程、とオリヴィエは肩を竦めた。 「詰めが甘いね、私も」 「知りたいと思って」 天音は言った。 「……そう、僕は、真実に価値は無いということは知っているつもりだよ。 大抵の場合、重要なのは、“事実”の方だ」 オリヴィエは笑みを湛えて、そうだね、と頷く。 「けれど……僕は、真実の方が好きなんだ。 大抵の場合、『真実』は巧妙に隠されているものだからね」 オリヴィエは、自嘲するようにもう一度肩を竦めた。 「争い事が嫌いで、死に損ないな、嘘吐きで、臆病な、寂しがりやのお人好し。 あなたは、ハルカを飛空艇で預かることを決めた時、あの場所が賑やかに人が集う場所になることを、少しでも喜ばなかったのかな? 何千年生きたって、馬鹿は治らないってことかい?」 ほう、と巨人が感心したように表情を変えた。 「教えていたのか?」 「まさか」 「僕の考えを言おうか?」 天音は微笑した。 「シャンバラの宮廷魔導師の弟子。 その人が長命で最近まで生きたのではなく、博士の方が当時から生きているんじゃないかな。 博士は、少なくとも、五千歳を越えている」 オリヴィエは、黙って笑みを浮かべている。 「オリハルコンを護る、白鯨の島のガーディアンゴーレムも、もしかしたら博士の作品じゃないかなと疑っているんだけど」 それと、と天音は言った。 「ついでに、十年前に起きたというイルミンスール大図書館の事故は、博士が訪れたことに起因するものじゃないのかな」 「すごいね」 全部当たっているよ、と、オリヴィエは感心したように言った。 「更に言うと、そっちの人は」 と、天音は巨人を見た。 パラミタの先住種族は、幾つかある。 ヨシュアの護衛を叶白竜に依頼した時も伝えていたが、その中で、最も可能性が高いと予想したのは。 「エリュシオンの第五龍騎士団の元団長が巨人族だと、うちのブルーズが聞いたことがあるそうだよ」 「何?」 巨人は驚いた様子を見せる。 「私の他に、一族の生き残りがいるのか?」 「今は、エリュシオンの技術で、僕達人間と同じ大きさになっているそうだけど」 その言葉に、巨人は衝撃を受けたようだった。 だが、苦い表情をしながらも、 「……そういう生き方も、あるのだろう」 と呟く。 呟きは、天音らの耳には、呟きには聞こえないほど大きかったが。 巨体故の苦悩は身に染みているのだろう。その選択を、責めることなどできない。 「……はかせは、このすごくおっきい人と、友達?」 ファルが訊ねた。 「まあね。古い友人だ」 「名前は、何ていうの?」 無邪気に訊ねると、ふっと軽く溜め息を吐いて、巨人は答えた。 「……アルゴス。アルゴス・ヒュペリオン」 |
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