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最後の願い 前編

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最後の願い 前編

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第5章 言えない言葉

「これが、ラウル・オリヴィエのゴーレム?」
 イコンを降りた宇都宮祥子達が歩み寄る。
 志方綾乃が、ゴーレムの足元に近寄って、ぺしぺしと叩いた。
 やはりイコンとは素材が違いますね、と呟く。
「どうするんです? これ……」
「欲しい人にあげるのです」
 綾乃の言葉を耳にしたハルカが振り向いて、周囲の視線がハルカに集まった。
「は?」
「ハルカは、要らないのです」
「……でも、どうやって動かすんです、これ」
「今は、ブランクの状態なのだそうです。
 だから誰でも動かせるそうなのです」
「ブランク……持ち主が定まっていない、ってことね」
 祥子が言った。
 通常、ゴーレムは持ち主の指示にのみ従って動く。
 このゴーレムも基本的にはそうなのだろう。だが今は、誰でも動かせる。
 中に乗り込み、歩こうと思えば歩き、腕を動かそうと思えば動く、とハルカは説明した。
「思考操縦か」
 刀真が呟く。
「私のイコンの、畢我一如みたいなものかしら」
 祥子が、北斗星君を見上げる。


 清泉北都は、巨人の大剣が落ちているのを見付け、拾い上げようとして、顔を顰めた。
「すごい重いんだけど……。あの人、こんなの振り回してたの?」
「剣に触れると、イコンの出力が落ちるのが原因のようでございます」
 クナイ・アヤシが計器を見る。
「近付くと、磁場のようなものが生じるのではございませんか?
 イコンとは、相性が悪い武器のようでございますね」
「じゃあ、イコンでは使えないのかぁ」
 まあ仕方ないね、と北都は肩を竦めた。



 とにかく、空京の理子に連絡しようと、ベースキャンプに設けた通信システムから、大岡永谷が、事態をとりあえず簡単に報告した。
『了解。
 そのゴーレムと剣は、とりあえず、空京に運んで。
 それ、そこに置いておかない方がいいと思うわ。皆、お疲れ様』
 少し考えた様子の理子は、そう指示を出す。
「了解。ゴーレムを運搬、空京に向かいます」
 永谷は答えて通信を切った。



 翔一朗が、ハルカの持つお守りに、禁猟区を施す。
 それを見ながら、刀真が訊ねた。
「ハルカは、これからどうするんです?」
「え?」
「ハルカ。私達に何をして欲しい?
 私達は、ハルカの望みに、全力で応える」
 半分は迷子防止に、ハルカを後ろから抱きしめたままの月夜が言う。
 ハルカは、振り返って月夜を見上げた。
「つくよさん……」
 ハルカは、と言いかけて、俯く。
「ハルカ?」
 遠慮しないで言って、と、月夜はもう一度言った。
「私達は、ハルカの願いを叶えたい。ハルカが好きだから」
「………………」
 ハルカは、無言でぎゅっと月夜にしがみ付いた。
「…………はかせを…………」
 言い掛けて、だが、ハルカは言葉を詰まらせる。
 ぎゅうっと手に力を込めて、顔を上げた。
 ふるふる、と首を横に振る。
「ハルカ?」
「だめなのです」
「何が?」
 訊ねるが、ハルカは黙って首を横に振るだけだ。
「……オリヴィエ博士に合流しましょう」
 刀真の言葉に、ハルカは彼を見た。
「そうしたいんでしょう?」
「でも……」
「博士に止められていますか?」
「……」
「気にすることはありません。
“俺は”別に、博士に何も止められていませんし」
 最も、例え止められていたとしても、聞くかどうかは解らないが。
 刀真の中では、優先順位はオリヴィエより遥かに、ハルカの方が上だ。
 それに何より。
 ハルカが、泣きそうな顔をしたのを、月夜も刀真も見逃さなかった。
 泣きそうなほど、ハルカはオリヴィエを心配している。
 そうして今。
 刀真の言葉に、ハルカは心底安堵したような、嬉しそうな顔をしたのだった。

「そうとなりゃ、早ぉ博士と合流した方がええの」
 翔一朗が言った。
 オリヴィエの方が心配だ。
 彼に万が一のことがあれば、ハルカは、祖父とパートナーに続いて、大事な者を亡くしてしまうことになりかねない。
「ハルカ、博士の居場所は解るんか?」
 ハルカは首を横に振る。
「巨人さん達を、遠くから見てるって言ってたのです」
「此処から、可視範囲内ちうことか」
 翔一朗達は周囲を見渡した。


◇ ◇ ◇


 巨人の姿を発見して後、国頭 武尊(くにがみ・たける)は、巨人とイコンとの戦いから、その挙動を逐一見逃さないように監視と撮影を続けていた。
 イコンとの戦闘から逃げた巨人を程なくして発見、光学迷彩で姿を隠し、小型飛空艇は光学モザイクで偽装して密かに追い掛け、夜中過ぎになって、巨人がオリヴィエ博士と合流するのを見付ける。
 音でバレそうなので、その飛空艇も途中で降りて追い、身を潜ませて再び監視と撮影を開始した。

 灯りは無いが、月明かりが明るく、表情さえ解るほどに周囲を照らしていた。
 深い谷底からは水の流れる音がする。
 川沿いに聳え続く絶壁、その険しい峡谷の頂きに、オリヴィエ博士が立っていた。

「ああ、成程、こんな高低差のある場所なら、巨人の頭の位置にオリヴィエとやらが立てるってわけか」
 カメラのマイクに拾われないよう、武尊は口の中でひっそり呟く。
 頭の高さが同じなら、会話も容易だ。
「まさか、此処を合流場所にしたのは、話し易いからってだけじゃないとは思うがな……。
 何かの目的地に近いのか……?」
 考えていると、巨人がオリヴィエに話し掛け、武尊ははっとそちらに集中した。

「あの少女は、連中と合流した」
「見てたよ。遠くからだけどね」
 オリヴィエは頷いて、そういえばと言った。
「君に味方してくれた人がいたみたいだね。よく見えなかったけど。
 裁かれたりしないといいけど」
「名を聞く機会がなかったな。説得して来た者もいたが……」
 ふ、と巨人は笑みを浮かべる。そして表情を改めた。
「最後までは確認できなかったが、あれは空京に運ばれるようだな」
「うん。流石だね。代王は対応が早い」
「言っておくが」
 巨人は剣呑な表情になる。
「私はお前ほど、人間を信用していない。
 奴等は、お前の望むような選択はしないぞ」
「それはそれで、仕方ないさ。人は、業の深い生き物だから」
 オリヴィエの返答に、巨人はますます顔を顰める。
「よく言う」
「そうかい?」
「お前は、人と関わることを面倒がり、孤独など恐れもしないくせに、いつだって人を愛しているし、いつだって、人を信じている」
「…………」
 黙って目を伏せるオリヴィエに、巨人は溜め息を吐く。

「……あの少女は、放っておいていいのか?」
「……あの子が降りたということは、知ってる人がいたんだろう。彼等に任せるよ」
「お前のところに戻りたがるだろう」
「彼等がそれをさせないさ」
 だが、巨人は機嫌が悪そうに溜め息を吐き、オリヴィエは苦笑した。
「……まあいいが。
 それにしても、連中、こちらは生身なのに、殆どがイコンで向かって来た」
「君、自分の大きさを棚に上げてるでしょ」
 思い出したように、ぶつぶつと文句を言い始める巨人に、普通は小さい方がやりにくいものじゃないのかとオリヴィエは笑う。
「劣勢になったからって」
「そういう話ではない。私は、あんな無粋なものは好かない」
 巨人は、むすっとして言った。オリヴィエはくすくすと笑う。
「大目に見てくれないか。
 形や大きさはどうでも、あれは、彼等の剣なのだから」
「ならばお前の……」
 言いかけて、巨人はふと思う。
「お前のゴーレムは、何という名なのだ?」
「名?」
「イコンも、用途や形によって呼び名があるのだろう」
「名、ねえ……」
「無いならば、私が付けよう。ガイメレフと」
「ガイメレフ?」
「我がティターン一族の言葉で……」
 巨人は、そこで言葉を止めた。
「誰だ!?」

 武尊は一瞬、見つかったかと思ったが、巨人の声が向けられたのは、別の方向だった。
「――見付けたよ」
という声に、オリヴィエも振り向く。
 そこには、黒崎天音と早川呼雪が、彼等のパートナーと共に居た。
「ご無沙汰しています、博士」
 呼雪の挨拶に、彼は苦笑する。
「……よく此処が解ったね」
 言うオリヴィエに少し笑って、天音は名刺を見せた。
 無論名刺だけではなく、捜索系のスキルもフル稼働したのだが。
 成程、とオリヴィエは肩を竦めた。
「詰めが甘いね、私も」
「知りたいと思って」
 天音は言った。
「……そう、僕は、真実に価値は無いということは知っているつもりだよ。
 大抵の場合、重要なのは、“事実”の方だ」
 オリヴィエは笑みを湛えて、そうだね、と頷く。
「けれど……僕は、真実の方が好きなんだ。
 大抵の場合、『真実』は巧妙に隠されているものだからね」
 オリヴィエは、自嘲するようにもう一度肩を竦めた。
「争い事が嫌いで、死に損ないな、嘘吐きで、臆病な、寂しがりやのお人好し。
 あなたは、ハルカを飛空艇で預かることを決めた時、あの場所が賑やかに人が集う場所になることを、少しでも喜ばなかったのかな?
 何千年生きたって、馬鹿は治らないってことかい?」
 ほう、と巨人が感心したように表情を変えた。
「教えていたのか?」
「まさか」
「僕の考えを言おうか?」
 天音は微笑した。
「シャンバラの宮廷魔導師の弟子。
 その人が長命で最近まで生きたのではなく、博士の方が当時から生きているんじゃないかな。
 博士は、少なくとも、五千歳を越えている」
 オリヴィエは、黙って笑みを浮かべている。
「オリハルコンを護る、白鯨の島のガーディアンゴーレムも、もしかしたら博士の作品じゃないかなと疑っているんだけど」
 それと、と天音は言った。
「ついでに、十年前に起きたというイルミンスール大図書館の事故は、博士が訪れたことに起因するものじゃないのかな」
「すごいね」
 全部当たっているよ、と、オリヴィエは感心したように言った。
「更に言うと、そっちの人は」
と、天音は巨人を見た。
 パラミタの先住種族は、幾つかある。
 ヨシュアの護衛を叶白竜に依頼した時も伝えていたが、その中で、最も可能性が高いと予想したのは。
「エリュシオンの第五龍騎士団の元団長が巨人族だと、うちのブルーズが聞いたことがあるそうだよ」
「何?」
 巨人は驚いた様子を見せる。
「私の他に、一族の生き残りがいるのか?」
「今は、エリュシオンの技術で、僕達人間と同じ大きさになっているそうだけど」
 その言葉に、巨人は衝撃を受けたようだった。
 だが、苦い表情をしながらも、
「……そういう生き方も、あるのだろう」
と呟く。
 呟きは、天音らの耳には、呟きには聞こえないほど大きかったが。
 巨体故の苦悩は身に染みているのだろう。その選択を、責めることなどできない。

「……はかせは、このすごくおっきい人と、友達?」
 ファルが訊ねた。
「まあね。古い友人だ」
「名前は、何ていうの?」
 無邪気に訊ねると、ふっと軽く溜め息を吐いて、巨人は答えた。
「……アルゴス。アルゴス・ヒュペリオン」