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最後の願い 前編

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最後の願い 前編

リアクション

 
 教導団の叶 白竜(よう・ぱいろん)とパートナーの強化人間、世 羅儀(せい・らぎ)の訪れに、ヨシュアは表情を固くしたが、二人は敬礼を以って礼節を示し、戸惑った様子の彼に羅儀が言った。
「黒崎天音の依頼で、あなたの護衛に来ました」
「クロサキさんが?」
 ヨシュアは、見知った彼の名を聞いて、ほっと安堵の表情に変わる。
「ついでに、ちょっと話を聞かせてくれると有難いけど。
 ちょっと不精髭とか強面っぽいけど、そんな怖い人じゃないんで」
 羅儀はちらりと白竜を見てそう言うと、自分はオリヴィエ宅の周辺を見回ることにした。

「今の所、異常はなし、か……」
 羅儀は呟きながら、頭では別のことも危惧していた。
「……余計な対立が起きなきゃいいけどな」
 今回のことで、オリヴィエを疑う者、それでも彼を信じる者とで、彼等を巡る諍いが発生するかもしれない。
 羅儀は、必要に応じてヨシュアを移動させられるよう、サイドカー付きの軍用バイクに乗って来ている。
 念の為、と、カモフラージュ用の教導団制服も持参していた。
 が、事態は、別の方向に進むことも在り得る。
「……面倒事にならないといいけどな」
 羅儀はふっと息を吐いた。

「博士は、かなり色んな事変に関わっているようですね」
「どうでしょう……。よくは、知らないですけど……」
 動力源を失った飛空艇が、現在のオリヴィエ達の住居である。
 それは少し前まで傾いていたはずなのだが、今は通常の角度で固定されていた。
 居間に使用されている部屋に通され、お茶を出されて、向かいに座ったヨシュアに白竜は問い掛けた。
「脅すつもりはありませんが、非常に危険な事態であることは、理解していただきたい。
 博士にとっては、今後パラミタで自由に生活できないことになるかもしれないのです」
 強引な捜査等をするつもりはないが、言っておかなければならないだろう。
 ヨシュアは、神妙な様子で静かに頷いた。
「落ち着いていますね」
「そりゃあ……、これから女王を殺しに行く、と言われて、あんな騒ぎを起こしていたら。
 博士には出て行く前に、余計な疑いをかけられないように、ほとぼりが冷める迄逃げているようにと勧められたんですけど、博士を心配して、此処へ来てくれる方もいますし」
 ヨシュアは、最初からこの事態を想定していたのだろう。
「私が最初、君を捕まえに来たと思いましたか」
「実は」
 ヨシュアは頷いてから、じっと白竜の顔を見つめて笑みを浮かべた。
「ですが、あなたも博士を心配してくださっているようですので」
「……私情を挟むつもりはありませんが、冤罪で拘束されるような事態にはさせません。
 ただ、博士の真意と、彼が本当に女王を殺害する意図があるのか、我々は慎重に判断しなければいけません」
 白竜の言葉に、ヨシュアは薄く目を伏せる。
 博士、と心配そうに呟いた。
「博士は、ゴーレム以外の研究を、何かしていましたか?」
「解りません。
 僕が知っているのは、ゴーレム技師としてのあの人だけです。
 時々、稀少石だの貴重石だの、変な冗談を言うことはありましたが」
「家族は?」
「聞いたことはないです」
「では、研究の仲間などはいましたか? もしくは、指導を受けた相手などは」
「契約者の皆さんが来てくれるようになる迄、僕が、あの人の所に仕事のお客と業者以外の人が訪ねて来るのを見たことはないです。
 殆ど出掛けない人ですので、外での交流もあったのかどうか……」
「業者?」
「発注したゴーレムの材料を届けに」
 なるほど、と白竜は頷く。
「倉庫は、外ですか」
「はい。地下1階と2階が、ゴーレムの保管庫です。
 1階は今、なくなってしまっていますが。地下3階が博士の工房です。
 今回の大きなゴーレムは、地下4階にあったみたいです」
「拝見できますか」
「3階まででしたら。
 4階への入り口が何処にあるのかは解りません。
 4階がある事自体、僕も初めて知りました」
「どうやって外に出したんです?」
「見ていないんです」
 すみません、とヨシュアは詫びた。
 白竜は考え込む。
 彼の正体に辿り付きたい、そう思っていたが、中々確信に近付けない。
「……彼は、何者なんです」
 小さく呟いた独り言に、すみません、とヨシュアが俯いた。



「何か怪しい感じはしてたけどね、あのおっさん」
 話を聞いた、リネン・エルフト(りねん・えるふと)のパートナー、英霊のヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)は、そう肩を竦めた。
「考えてみたら、あたし達は、博士の研究目的って、殆ど知らないのでしたね」
 剣の花嫁、ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)が表情を曇らせる。
「或いは、最初からそのつもりだったのでしょうか……」
「最初って?」
「最初、ですわ。
 あたし達と出会うよりも、ずっと前の、最初……」
「ま、うだうだ話し込んでても仕方ないわ。
 追い掛けて直接問い詰めるわよ!」
「……その前に、まずは博士の家に行くわ」
 意気込んだところに、リネンに言われる。
「話が突飛すぎるわ。まずは、ヨシュアに話の内容を確認したい」

 ユーベルの操縦する大型飛空艇、アイランド・イーリが、オリヴィエ宅付近の空き地に着陸する。
「大きいですねえ」
 出迎えたヨシュアは、オリヴィエ宅に使われている飛空艇を遥かに越えるその大きさに目を丸くした。
「あら、この飛空艇、前は傾いてたと思うけど、まっすぐになったのね」
 ヘイリーが言うと、ヨシュアは苦笑した。
「巨人が訪ねて来た時に、あの人が直して行ってくれまして」
「……親切ね」
 半ば感心、半ば呆れの口調で、ヘイリーは肩を竦める。
「話は聞いたわ」
 リネンはヨシュアに訊ねた。
「けど……博士の目的が本当に殺害だったとしても、今動くのは解せないのだけど……」
 ニルヴァーナ探索に関して、空京は手薄になっていると思われがちだが、実際のところは更に厳重になっている。
「その巨人に、何か言われたの?」
「いえ……博士の方が、その巨人を呼んだみたいです。
『呼び付けて済まないね』と言ってました」
「巨人と博士は、どんな話を?」
「あまり会話はなかったんです。
 既にやり取りは終わっている感じでした。
『来たぞ』『それじゃ行こうか』みたいな感じで……」
 リネンは考え込む。
「サイコメトリをしてみるわ。博士達が相談していた部屋は何処?」
「サイコメトリ?」
「物の記憶を見てみるの」
「……巨人は、中には入れませんでしたので……外でしたが」
「そう……」
 リネンは溜め息を吐く。結局、動機は解らないままか。
「じゃあ、博士は、何処へ向かったのか解る?」
「……すみません」
 ヨシュアの返答に、リネンは再び溜め息をつき、仕方ないわね、と諦める。
「他の捜索者達と情報を共有しながら、探して行くしかないようですわね」
 ユーベルの言葉に頷く。
 話を聞いていた白竜の方を見た。
「よければ、乗って行く?
 徒歩で行くよりは早いと思うし、情報を纏めたり、拠点として使って貰えればと思うわ」
 いや、と白竜はそれを断る。
「我々は、このままヨシュアの護衛につきます」
「何か、新しい情報が出たらこっちにも投げてくれると助かるわ。
 見やすいようにまとめて返すから」
 ヘイリーの言葉に、了解、と頷いた。
「あと、途中で美羽達を拾って行きましょう」
 目的を同じくする者の移動手段と拠点として使って貰おうというリネンの言葉に、ヨシュアが
「暫く前ですが、クロサキさん達が来てくれました」
と教える。
「了解。彼も博士を探してるってことね。
 途中で見付けられたら拾って行くわ」

 離陸するアイランド・イーリを見送るヨシュアの姿を、飛空艇の中から、リネンは見つめる。
「……出来れば、戦いたくはない。でも……」
 ぎゅ、と剣の柄を握り締めた。



 黒崎 天音(くろさき・あまね)と、パートナーのドラゴニュート、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)がオリヴィエ宅を訪れたのは、事件が公になるよりも、少し早かった。
 ブルーズは、風の噂で、オリヴィエ宅に訪れた珍客のことを知り、それを聞いた天音が面白がってオリヴィエ宅に行ってみたからだ。
 だが、既にオリヴィエ達は行方不明になった後だった。

「そういえば、博士は名刺を持っていたよね」
「ふむ、確かにあれは便利だが……ヨシュア、売っている店を知っているか?」
「店の名前だけは……」
 それは、名前を書き込んだ者の居る方角へ、矢印を示すというマジックアイテムである。
「それにあれは、本人が名前を書き込まないといけないはずだが」
「体の一部を貼り付けても効果があるようだし、使っていたブラシに、髪の毛が残っていたりしないかな」
 そんなやりとりを聞いていたヨシュアは、暫く考え込んだ末に、
「ちょっと待ってください」
と言い置いて、自室に行く。
 暫くごそごそとやっていたが、やがて一枚の名刺を持って戻ってきた。
「一枚だけありました。使ってください」
 それには、オリヴィエの名前が記してある。
「何年か前に貰っていたんですけど……使うこともないので忘れてました。
 あと、もしかしたら無地のものが、博士の部屋にあるかも。
 散らかっているので、探すのが大変かもしれませんが」
「任せろ。空京まで買いに行くよりは、ずっと早く済むだろう」
「その前に、紅茶を淹れて行ってくれるかな」
 請け負ったブルーズに、天音がそう言った。



「ちっ。携帯は繋がらんか……」
 魔鎧のアーヴィン・ウォーレン(あーう゛ぃん・うぉーれん)を伴い、ハルカを探して試しに電話を掛けてみた光臣 翔一朗(みつおみ・しょういちろう)は、圏外アナウンスの携帯を切って溜め息を吐いた。
「あとは……トレジャーセンスとかか? じゃが、遠いか……」
 オリヴィエ博士は、師匠の形見だというミスリルの財布を持ち歩いているはずだし、巨人が持つという大剣も、普通の品ではないだろう。
 だが、効果範囲は広くない。
 考えあぐねていたが、オリヴィエ博士の自宅に寄ると、
「クロサキさんからです」
と名刺を渡された。
 それには、ハルカの髪の毛が貼りつけてある。
 掌に置いて見ると、浮かび上がった矢印は、北の方を向いていた。
「空京に向かってるんじゃないんか……」
 演習場を襲撃した巨人は、シャンバラ大荒野へ向かったというが、矢印はその方角を指している。
 翔一朗は、途中、同じくハルカを探す樹月 刀真(きづき・とうま)達と合流し、北へ向かったのだった。