リアクション
●遺跡〜上空
クィンシィが東の方角でタケシを発見したころ。如月 正悟(きさらぎ・しょうご)と彼の魔鎧アナスタシア・ブレイザー(あなすたしあ・ぶれいざー)の乗った小型飛空艇は密林の上空を飛行していた。
長時間に及ぶ飛行の結果、ついに緑を割って出現している人工建築物の先端を見つける。
「見えてきた。あれだな」
ほかに建造物はない。分かり切ったことではあるが、それでも確認をとるように、並行して飛ぶ小型飛空艇エンシェントを見た。運転席に座ったオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)が、硬い表情のままこくっと小さくうなずく。
思い詰めた眼差しで遺跡を凝視するオルベール。そこには、あの掲示板での貼り紙を見て以来彼女の胸中に去来するさまざまな感情をそのまま映し出しているかのように、複雑な思いが渦巻いている。
彼女はあの地を知っていた。
正確に言えば、それはオルベールではない。彼女のなかにいるドルグワントの少女シャミだ。はるか昔にあの地で生きて、死んだ、もう1人のオルベール。
シャミは一度もあの場所を離れたことがなかった。せいぜいがあそこを中心にして50メートルほど。密林には一歩たりと足を踏み入れたことはない。だからこの光景も、今初めて目にするものだ。それでも分かった。あそこだと。
(震えてるの? シャミ。何をそんなに恐れてるの?)
オルベールはシャミだったが、それでも理解しきれない部分はあった。たとえるならば、シャミは卵だ。そこからかえったひな鳥のオルベールは、どうしたって卵には還れない。卵でいたときにどんな気持ちでいたかなんて、知りようもない。
「ベル…」
長らく己の胸に手を押しあてているオルベールを気遣って、師王 アスカ(しおう・あすか)はその名を呼んだ。しかしオルベールが耳に入れている様子はなかった。
「まさか、あのベルにあんな秘密があったなんてね」
紫銀の魔鎧ホープ・アトマイス(ほーぷ・あとまいす)がつぶやく。
「たいした苦労もなしにのらりくらりと生きてきた、お気楽極楽な女に見えてたんだけど」
その口調はどこか、これまで彼女に対して持っていた認識を申し訳なく思っているようで、アスカはそっと胴鎧をなでた。
正直に言えば、口に出さないだけでここにいる全員が内心はホープと似たようなものだった。まさかオルベールが、と。
まだ告白されたときに受けた衝撃から冷め切っているとは言えない。ドゥルジに対して思うところもないわけではないが、オルベールは友だ。
『きっとドゥルジはあそこにいるわ! 彼を助けたいの! 手伝って!』
そう、真剣に助力を請われれば、手を貸さないわけにはいかないだろう。
最後に見たドゥルジの姿を思うと彼が本当に生きているかどうかあやしいが……ドゥルジについてはオルベールの方がよほど詳しい。その彼女が生きていると言うのであれば、そうなのかもしれない。
「なんにせよ、俺たちは今回全力でベルさんをサポートするだけだ」
正悟の言葉に、アスカと蒼灯 鴉(そうひ・からす)は互いに視線を合わせたのち、うなずく。
「正悟、ゴメンね……恩に着るわ」
オルベールをメイカーと慕うアナスタシアが、となりの正悟にだけ聞こえる声でつぶやいた。
「いいさ。その結果、もしドゥルジがまたあんな行動に出たら、俺たちが全力で止めればいいだけだ」
たとえ、前のときと同じ結果になったとしても。それが責任をとるってことだ。
「……なんか、向こうは事情がありそうだな」
ナハトグランツに騎乗して、下の様子を伺っていたフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)はそう言って横のリネンに同意を求める。しかし何の反応も返ってこないことに、おや? となってそちらを向くと、リネン・エルフト(りねん・えるふと)は手のなかの携帯を難しい顔で凝視していた。
「リネン?」
「――え? あ、何でもないわ」
笑顔で携帯をしまう。だが他人はごまかせてもフェイミィは無理だ。
「ヘイリーか?」
今回、ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)はあまりの体調のひどさから同行を断念していた。蒼学生の危機と本人は来たがっていたのだが、ペガサスにも騎乗できないような状態では戦闘など不可能だ。
『絶対、無理だけはするんじゃないわよ…! あんたってば、あたしがいなかったら、すぐそういうことするでしょ?
いいこと? 必ず時間ごとに連絡入れなさい……途切れたら……何かあったと思うから…』
悔しそうにうつむいて、最後小さく付け足したヘイリー。その肩が己への不甲斐ない思いでかすかに震えていたのをフェイミィは見ていた。
「あいつ、まさか――」
「ううん、何も」フェイミィのした懸念に、あわててリネンは首を振る。「普通よ。今学園にいて、校長室の長イスを借りてるそうよ。連絡係を務めたい、って」
「そうか。あそこなら常にだれかいるから安心だな」
「ええ。でも……山葉が言うには……火村さんとも全然連絡がとれないそうなの…」
火村 加夜(ひむら・かや)は山葉 涼司(やまは・りょうじ)の婚約者だ。配付された遺跡調査隊名簿から彼女の名前を見つけたとき、リネンたちは驚きを隠せなかった。救出隊を前にして事情説明をする山葉はそんな素振りを一切見せなかったからだ。
きっと彼自身、来れるものならこの場に来たかっただろう。自らの手で彼女を救い出したかったに違いない。だがそれを職責が許さなかった。今もその衝動と戦いながらあの部屋で、決して口に出せない思いに焦れながら彼女の無事を願っている…。
「……わたしたち、なかの人と連絡がとれないのは彼らがわざと連絡を絶っているんだと考えていたけど……もしかしたら、連絡をとっていることに気付かれて、何か妨害電波的なものが出ているのかもしれないわね」
「ああ、その可能性もあるな」
フェイミィも同意する。
「でもそうすると、連絡が途切れたってヘイリーがあわてて伝令兵飛ばしそうだなぁ」
その様子を想像して、ははっと笑ったフェイミィは「ま、そうなる前に、パッパと救出してくりゃ問題ないか!」とウィンクを飛ばす。
そんな彼女を見て、リネンも思わずくすりと笑ってしまった。
「そうね。そうしましょ」
よかった、うまくごまかせたようだと内心ほっとしつつ、ワイルドペガサスを操って前に出る。
きっとあれは自分の聞き間違いだと。ヘイリーがあんなこと、言うはずがない、と…。
「……そう、さ…。サッと入って……パパッと救出して、脱出する。それだけだ…」
天馬のバルディッシュを握る手の力を強める。リネンがとなりからいなくなって気が緩んだのか、どっと吹き出した汗が背筋を伝い落ちた。
(オレといいヘイリーといい……何がどうなってるんだ?)
くらりと揺れた視界に目元へ手を添えながら、フェイミィは奥歯を噛み締めた。
私がリネンたちにできるのは、もうこれだけだから。
「なんで、あんなこと……口にしちゃったのかな…」
携帯を切った直後ひどい目まいに襲われ、長イスの上に仰向けになってヘイリーはひとりごちた。
考えて出た言葉ではない。ただふっと口をついて、気がついたらそう口走っていたのだ。
特段おかしな言葉ではない。遠くにいるリネンやフェイミィたちのために今の自分にできることといえばこれくらいのものだ。
だけど、あれはまるで…。
「……リネン、フェイミィ……早く、帰ってきて。でないと私……私…」
強烈な孤独感に襲われ、ヘイリーは全身をわななかせるや両目をおおった。伝い落ちる涙――それは、ヘイリー自身、無意識のうち気付いていたのかもしれない。
今、己の身に何が起きているのかを…。
* * *
「いいか、タイミングを間違うなよ!」
フェイミィの言葉に合わせてリネンが空賊船に合図を送る。雷のような激しい砲撃音とともにガンファイア・サポートが開始された。
砲弾は遺跡の前面に張られたバリアを破砕する。
「よし、行くぞ!」
爆煙が広がり、煙幕の役割を果たしているのを見て
高柳 陣(たかやなぎ・じん)はパートナーの
ユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)と
ティエン・シア(てぃえん・しあ)を見た。
「はいはい」
前もっての打ち合わせどおりユピリアが先頭を切って突っ込んで行く。
「なんでかよわい乙女の私が一番前なのよ」
ぶつぶつ言いながらも強化装甲と歴戦の防御術を発動させる。煙幕を貫いて真正面から飛来したエネルギー弾を、しっかりとガントレットではじいた。
目指すは周囲の緑からも突出した、最短距離の屋上付近だ。リネンや正悟、アスカたちも同じ考えらしく、無数のエネルギー弾が飛んでくるなか、一丸となって突っ込んでいく。
一方で、
新風 燕馬(にいかぜ・えんま)たちは地上へと降下していた。
バリアの張られていた地点を抜け、薄まりだした爆煙による目隠しを、煙幕ファンデーションで補う。
「どういうことでしょう? まるで向こうには私たちが見えているようですわ」
彼の箒の傍らで、
サツキ・シャルフリヒター(さつき・しゃるふりひたー)がとまどいの声を上げた。それでも扱いの難しいロケットシューズをまるで地上を歩いているかのように自在に操って攻撃を回避する姿は安定しており、危うさは感じられない。
「サツキもそう思うか?」
眠たげな半眼でサツキを見る。まさにそのとき、彼の視界のなか
ザーフィア・ノイヴィント(ざーふぃあ・のいぶぃんと)がエネルギー弾の直撃を受けてはじき飛ばされた。
「ザーフィア!?」
「だ、大丈夫!」
なんとか体勢を立て直し、顔面に来たエネルギー弾をブロックする。
まだ距離があることが幸いしたのだろう。拡散しながら飛ぶエネルギー弾に、機晶姫である彼女をマシーナリーアーマーごと貫く威力はなかった。しかし危なかったことにかわりはない。
「大丈夫だからっ、ほんとにっ」
こちらを注視しているような燕馬をごまかすように、ザーフィアはことさらジグザグに動いてエネルギー弾と相殺するようミサイルを発射する。
はずれてあらぬ方角へ飛んでいくミサイルに向けてエネルギー弾が撃ち込まれるのを見て、燕馬は腑に落ちた。
「もしかすると、やつらは熱で俺たちの居場所を感知しているのかもしれない」
「え? 何です? 燕馬」
「ザーフィア! ミサイルを2時の方角へ向けてありったけばら撒け!」
「うっ、うん?」
わけが分からないながらも燕馬の指示に従い、ミサイルを全弾発射した。
「今だ、全速で降下しろ!」
指示を出すと同時に自身は機晶スナイパーライフルでミサイルの1つを撃ち、爆発させる。ミサイルが次々と誘爆し、その熱量で敵の攻撃を引きつけている間に、彼らは地上へ下り立った。
遺跡に近付くことには成功したが、いつ例の少年たちが現れるか知れない。
「写真ではこの辺りだったな」
燕馬は遺跡の壁へ手を滑らせ、一点で止めた。肉眼では分からないが、うっすらとそれらしい接続部分が指の腹に感じられる。
「燕馬、どいてください」
ドラグーン・マスケットを構えたサツキが立っていた。
竜の咆哮にも似た爆音を上げ、弾丸が発射される。爆風が収まったとき、そこには黒々とした穴が開いていた。
所々に緑が残る、苔生した遺跡の外見とは裏腹な、近代的な鋼鉄製の通路が続いている。明度は抑えられているが歩くのに支障ない程度の光源も確保されているようだ。
「行くぞ」
ザーフィアを先頭に、3人は通路を進んで行った。