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リアクション
「佐保先輩、こっち! こっちみたいですよ〜」
と、ミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)は真田佐保(さなだ・さほ)の手をぐいぐいと引っ張って、教会の前まで連れてくる。
「ほら! ここで模擬結婚式ができるんですよ!」
「うわぁ、想像していたよりも立派な教会でござる……」
と、佐保は建物を見上げて呟いた。
白を基調とした壁や柱は神聖さをかもしだしており、扉や窓には細かな装飾がされている。
「行きましょ、先輩」
と、ミーナは再び佐保の手を取って受付へ向かった。
白いタキシードに身を包んだミーナは、ウエディングドレスを着用した佐保の姿に目を輝かせた。
「わぁ、先輩似合ってます! 可愛いですよ〜」
「そ、そうでござるか? 少し歩きづらいのでござるが……」
と、佐保は慣れない靴に慎重になりつつ、ミーナのそばへ寄る。
「うーん、それならミーナの腕につかまっててください!」
そう言ってミーナは腕を差し出した。
佐保は慌てて、
「そ、そんなつもりで言ったんじゃないでござるよ! 気持ちはありがたいでござるが……ば、バージンロードを二人で歩くのは後だと聞いたでござるっ」
「そうですか? じゃあ、さっそく始めちゃいましょう!」
ミーナの言葉を合図に式を始める準備が整えられ、二人の模擬結婚式が開催される。
佐保はゆっくりとバージンロードを歩いてきた。
大好きな彼女がこちらへ来るのをドキドキと待つミーナ。
やがて二人は一列に並ぶと、ミーナはにこっと笑って腕を差し出す。
その腕を取った佐保は、今さらながらに恥ずかしくなって俯き加減に歩き出す……。
模擬結婚式のため、指輪交換と誓いのキスは省略されていた。誓いの言葉を言い合い、結婚証明書のレプリカにサインをするだけだ。
そうして式も終盤にさしかかり、退場の時が訪れた。
初めと同じように腕を組んで歩き出そうとした佐保は、ミーナが立ち止まったままなことに気がついた。
「どうしたでござるか?」
「あ、あの……ミーナは……ミーナは、佐保先輩のことが大好きです」
と、佐保を真っ直ぐに見つめる。
「本当に大好きなんです。だから、その……ミーナを恋人に、してくれませんか?」
「え、えーっと……」
突然の告白に佐保は戸惑った。
ミーナと共に過ごしてきた時間は多く、チョコレートを贈り合う仲でもある。しかし、恋人という言葉に佐保はどう返事を返せばいいかと、思わず考え込んでしまった。
「そ、その……大好きと言ってもらえるのはありがたいでござる。だけど、もう少し……時間をくれないでござるか?」
ミーナはぎゅっと唇を引き結ぶ。
「申し訳ないのだが、すぐにお返事は出せないでござる……」
と、佐保は彼女から視線を外した。
「……分かりました。ミーナ、ちゃんとお返事がもらえるまで待ってますねっ」
そう言ってミーナはにっこりと、明るく笑顔を返した。
* * *
町外れの小さな教会で、小さな花嫁たちはバージンロードを歩いていた。
純白のドレスに身を包み、一人は赤いリボンを、もう一人は青いリボンの飾りが付いた衣装だ。
祭壇の前で待つ神父の元へ向かい、参列した友人たちから祝福の眼差しを向けられる……。
「わたしは桃花に何一つ約束できない」
式の前に、芦原郁乃(あはら・いくの)は真剣な表情で語った。
「桃花に家事の一切を負担させちゃうし、桃花と同じくらい友達も大切で守っていきたい」
秋月桃花(あきづき・とうか)はいつもよりも落ち着いた姿勢で郁乃を見つめ、言葉を待っていた。
「それに……わたしのほうが先に死ぬはずで、桃花を置いていかなきゃいけなくなる……。それでも、わたしについてきてくれる?」
緊張のせいか、瞳をうるうるさせる郁乃に桃花はにっこりと微笑んだ。
「はい。桃花でよろしいのでしたら、ずっとお傍にいさせてください」
しかし、その途端に涙が頬を伝って、桃花は自分で自分に驚いた。
泣き顔を見せまいとして両手で顔を覆い、うつむいて肩を震わせる。
郁乃はそれがうれし涙であることに気づき、そっと彼女の手を取った。
「ねぇ、桃花。これね、おかあさんの形見なんだ」
「え……?」
桃花の手に渡されたのは、郁乃の両親がかつて約束を交わした指輪だった。
郁乃がまだ幼い時に亡くなった両親。二人は郁乃にとって理想の夫婦像であり、ずっとこの指輪を自分のよき日に使いたいと思っていた。
桃花は郁乃の気持ちを、思いの深さを感じて呟く。
「郁乃、様……。ありがとうございます……」
うつむいていた郁乃が顔を上げると、桃花はいつものように優しい笑顔を浮かべていた。
「秋月桃花を、生涯愛し続けることを誓います」
はっきりした口調で堂々と誓う郁乃。
桃花もまた、落ち着いた口調で誓いをかわす。
「芦原郁乃を、生涯愛し続けることを誓います」
どちらともなく向かい合って、お互いのベールを上げる。
そして二人は誓いの証、終わることのない愛情を約束してキスをした。
これまで重ねてきた郁乃と桃花の大切な時間は、何物にも代えられない。
これから巡り来る季節にもまた、かけがえのないものが存在し、ずっと変わることのないものがある。
それは、つないだ手を離さずに共に歩き続けていくということ――。
* * *
「あの……結婚式、挙げませんか?」
と、火村加夜(ひむら・かや)は結婚式の案内パンフレットを手に尋ねた。
顔を上げた山葉涼司(やまは・りょうじ)は彼女の言葉を理解してドキッとした。
「去年は模擬結婚式でしたが、その……今年はどうかなって思って」
と、加夜は視線を外す。
涼司もまた視線を逸らし、考えこんだ。
「あー……そうだよな。いつまでも、待たせてるわけにもいかないもんな」
「涼司くんっ」
「ああ。俺と、結婚してくれ」
加夜は頬を赤く染めると、涼司へぎゅっと抱きついた。涼司も彼女を抱き返しつつ、にこっと優しい笑顔を浮かべる。
去年の模擬結婚式は教会で行ったが、本物の結婚式は神社で行うことになった。
白無垢に身を包んだ加夜は、楚々としていた。
羽織袴姿の涼司は初めて見る彼女の姿に、幸福を感じる。
「涼司くん、似合ってますよ。去年のタキシードもかっこよかったですが、やっぱり和服の方がお似合いです」
と、加夜は笑う。
「ん、そうか? お前の白無垢も、よく似合ってるよ」
と、涼司も照れたように笑う。
親しい友人たちを始めとし、多くの人々に見守られながら式は進行していった。
三三九度の儀式で、加夜の手はぷるぷると震えてしまう。愛する人と結婚できる幸せに彼女は喜びを隠しきれず、嬉しさのあまり涙が溢れそうだった。
しかし涙をぐっとこらえる加夜。
誓詞奏上の時がやってきて、涼司は一歩前へ出ると巻物に書かれた文面を読み上げた。
「これからは夫婦の道を守り、苦楽を共にし、明るい家庭を築き、思いやりを忘れずに、二人で歩んでいくことをここに誓います。山葉涼司」
と、涼司ははっきりと告げた。
すぐに加夜も後に続く。
「ひ、火村加夜……っ」
新婦はただ自分の名前を言うだけなのに、涙声になってしまった。
途端に涙がぽろぽろと溢れてきて、加夜の頬を濡らし出す。
涼司は彼女の隣へ戻るなり、異変に気がついた。
泣き出した花嫁に場内がざわざわする中、涼司はそっと加夜の頭を撫でてやった。
はっとした加夜が彼を見ると、涼司はただ優しい顔をしているばかりだ。
「涼司、くん……」
嬉しいのに、幸せなのに、涙が止まらない。
加夜はそれでも、にっこりと彼へ微笑んだ。
結婚式が終わったところで加夜は夫へ言う。
「式の途中で泣いちゃって、ごめんなさい。でも……私、とっても幸せで……」
「ああ、分かってる。俺だって、すごく幸せだ」
今日から加夜は「山葉」の人間となる。生涯を彼とともにし、よりいっそう幸せな日々を歩んでいく。
大好きな彼の優しさに感謝をしながら、加夜はこくりとうなずいた。
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