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リアクション
「ほら、理子さん。いつかきみと結ばれる誰かさんとの、予行演習だと思ってくれればいいから」
と、酒杜陽一(さかもり・よういち)はドキドキと鼓動を高鳴らせながら言う。
「だから……俺と結婚して下さいっ」
高根沢理子(たかねざわ・りこ)は模擬結婚式の行われている空京神社を見て、彼へ答えた。
「うん、いいよ。模擬結婚式なんて滅多に出来ないことだもんね」
陽一はぱっと顔を上げ、さっさと受付へ向かう理子を追いかけた。
二人はまだ恋人同士ではなく、元は教師と生徒の関係だった。まだ理子の思いが陽一へ向いていなくても、模擬結婚式を楽しむくらいは許されるだろう。
神社で行う式のため、神前結婚式となる。
理子は白無垢に身を包み、化粧も完璧だ。
羽織袴を着た陽一は、理子の姿を見て笑顔を浮かべた。
「うわぁ、とてもよくお似合いです。さすがは理子さんですね」
「そ、そうかな? ちょっと動きづらいけど……」
と、理子は改めて自分の姿を見る。
陽一はにっこりと微笑んだまま、彼女の様子を眺めていた。
やがて式の準備が整い、二人を先導する巫女さんがやってきた。
「理子さん、もしかして緊張して――」
「まさか。初めて経験する模擬結婚式に、わくわくしてるだけよ」
と、理子は言うが、そわそわと落ち着かない様子だ。
陽一はくすっと笑ってから、真面目な表情を作った。
そうして式が始まり、二人は会場の前方へと進んでいく。
模擬とは言え、式自体は本格的なものだった。まるで実際の結婚式を挙げているような気分になり、陽一の胸は熱くなる。
最後に彼女の隣へ立つのは自分じゃないかもしれない。しかし、こうして平和な時間をともに過ごせることが陽一にはありがたく、とても幸せなことなのだった。
* * *
「優と出会って3年……優は、僕にとってなくてはならない大切な存在だから」
と、松本恵(まつもと・めぐむ)は顔を上げた。
「僕と、結婚して下さいっ」
頬を真っ赤に染めている彼を見て、赤坂優(あかさか・ゆう)は笑った。
「ええ、もちろんです。というより、もう僕たちは結婚しているでしょう?」
「っ、そ、そうなんだけど……あんまり、実感がわかないなと思って……」
と、恵は再びうつむく。
確かに結婚はしたものの、名字を揃えていないせいか、夫婦になった実感はいまいちだ。
優は少し考えると、気持ちの整理という意味で提案をした。
「それならもう一度、結婚式を挙げましょうか? そして名字も、松本で揃えましょう」
「え……うん、そうだね。そうしようっ」
季節はジューンブライド。結婚式を挙げるカップルが特別増える時期だ。
シャツ型魔鎧のアルジェンシア・レーリエル(あるじぇんしあ・れーりえる)を羽織り、その上から恵はウエディングドレスを着た。
男であるはずの彼だが、こうして見ると立派な花嫁だ。百合園女学院に通っていたこともあり、まったく違和感はない。
式が始まる直前、恵は純白のシンプルなウエディングドレスを着た優を見てドキッとした。
普段はボーイッシュな彼女だが、ドレスを着ても様になる。
「わぁ……優、すごく似合ってるよ!」
「そうですか? 恵の方こそ、よくお似合いです」
と、優はくすっと笑った。
「うーん、そうだよねぇ……僕、顔がこんなだから」
と、自分の頬に手を触れる。
「恵は恵です。似合っているなら、それで良いじゃありませんか」
「……うん。ありがとう、優」
自分の顔に対して納得しているわけではなかったが、優の言葉は真実だ。恵はもう、よけいなことを考えずに式へ集中することにした。
二人にとって結婚式は初めてではなかったが、扉の前に立つと緊張してくる。
やがて式が始まり、二人はともにバージンロードを歩いた。
教会のステンドグラスが神秘的な空間を演出しており、緊張感は高まっていく。
参列した親しい友人たちの視線を受けながら、ゆっくりと神父の前へ向かっていく二人。
恵の鼓動を感じつつ、アルジェンシアは大人しくしていた。
二人の結婚式は滞りなく進み、誓いの時が訪れた。
「僕は赤坂優を、生涯、愛し続けていくと誓います」
「松本恵を、生涯、愛し続けていくと誓います」
友人たちの拍手が二人を迎える。
ひらひらと舞うフラワーシャワーを受けながら、二人は手をつないで進む。
「あれ? ブーケは、どっちが投げるの?」
「どうぞ、恵に譲ります。やりたいのでしょう?」
「うん! ありがとう、優」
一つのブーケを手にした恵は、幸福を全身で感じていた。この気持ちが他の人にも伝わるように、分けることが出来ますように……と、気持ちを込める。
「……えいっ」
ぱっと両手を上に上げて投げると、友人たちの騒ぐ声が聞こえた。誰の手に渡ったのかは分からなかったが、みんな楽しそうだ。
ふと恵は優と目が合って、にっこりと微笑んだ。
* * *
神代明日香(かみしろ・あすか)は、目の前に現われた愛らしいお人形のような彼女を見て驚いた。
「うわぁ、可愛いです! 素敵ですー、エリザベートちゃん」
エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)は恥ずかしそうにしながら、改めて自分自身を確認する。
一方の明日香は、自分の身に着けたドレスの、スカートのすそをちょこんとつまんで広げて見せた。そしてじっと彼女を見つめる、明日香は感想を聞きたいのだ。
はっと気づいたエリザベートは、どきまぎしながら言った。
「あ、アスカもとってもお似合いですぅ。すごく可愛いですよぉ?」
と、無邪気に笑うエリザベート。
明日香もまた微笑みを返し、束の間の幸福をめいっぱい楽しもうと決意するのだった。
二人は口頭では結婚を宣言していたが、エリザベートはまだ10歳だ。ちゃんとした式を挙げて、二人が本当の意味で伴侶となるのは、まだ先の話だった。
そのために今日二人が行うのは、教会での模擬結婚式だ。
「新郎役は私がやりますね。エリザベートちゃんはバージンロードを歩いてきて下さい」
「ええ、分かったのですぅ」
模擬だとしても、胸はどきどきと高鳴ってくる。
やがて式の開催を告げるオルガンの音色が響き渡り、教会の外から真っ白なウエディングドレス姿のエリザベートは歩いてきた。
まだ小さいために歩みは遅いが、明日香はじっと彼女を待っていた。
ようやくエリザベートが明日香の元まで来ると、明日香はそっと腕を差し出した。その腕に手をかけて、二人はともに歩み出す。
二人だけの式だった。ウエディングドレスを着た少女たちを見守る者はいないが、たくさんの人から祝福されるのは本番までとっておきたい。
祭壇の前に立ち止まった二人は、ただまっすぐに前を見つめていた。
実際の式と同じように誓いを立て、指輪を交換し、キスをした。
二人で式場を後にする頃には、胸の中がほくほくと温かくなっていた。
「今日は模擬結婚式でしたが、私はいつまでもずっと一緒にいたいです。お互いに支え合い、護り合い、歩んで行きたいです」
教会から出ると、明日香は二人を祝福するフラワーシャワーを想像しながら言った。
エリザベートには見えていないはずなのに、彼女もまた顔をほころばせてうなずいた。
「はい」
「……私だけは、無条件にエリザベートちゃんの味方でありたい。もちろん、駄目な大人には導きませんよ」
と、笑う明日香。今の彼女はまだエリザベートの後見人であって、正式な伴侶ではない。しかし、気持ちはすでに伴侶であり、思いはずっと変わらない自信があった。
彼女のことをよく知っているエリザベートは、隣に立つ明日香を見つめた。そして、彼女とつないだ手にそっと力を込めるのだった。
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