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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回)

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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回)
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リアクション


●遺  跡

 強い太陽光を浴びて、遺跡はキラキラと輝いていた。
 時に取り残されてしまったかのような、緑の苔を所々に生やした古めかしい台形型の遺跡。
 しかし内部に侵入した者たちの持ち帰った情報によって、そのなかは外見と真逆で、ハイテクノロジーの宝庫であることが分かっている。
 屋上、女神の箱庭、4階、居住区、研究区、そして1階と全5階層になっており、上にいくにつれて小さくせばまっているものの、それでも十分巨大だ。頂上の屋上部位は、すっぱり切り落とされてしまったように平らかだった。
 そして今、そこからときおり巨大なレーザー光が真上へ向かって射出されている。
 直径数メートルにおよぶレーザー光。その威力は計り知れない。
 その光は、ぽっかりと空を切り取るように浮かんだ黒い穴を貫くように走って消えていた――北カナン首都キシュへ向けて。
 あれは時空転移で、タイムラグなしに北カナン上空とつながっていることが確認されている。不規則なのは北カナンの防御システム――イナンナと神官たち――への効果を狙ってのことだろう。いつくるともしれない攻撃のため、北カナン側は常に全力で防御結界を張り続けていなければならない。
 疲弊するかして弱まれば、一気に叩くつもりだ。
 その前にこちらから敵本拠地であるこの遺跡を叩く。強い決意の下、彼らは集結していた。
 ぽい、と拾った小枝を放る。
 バチッと音がして、何もないはずの空間で小枝は燃えた。
 同時に、一瞬だけれど何かシャボン玉の表面のような膜が空間に見えた気がして、朝霧 垂(あさぎり・しづり)は目をすがめた。
「垂、バリアが張られています」
 彼女のパートナーで機晶姫の夜霧 朔(よぎり・さく)が言う。
「だな」
 遺跡にバリアが張られていたのは救出班の上空チームから聞いていた。ただ、1度破壊してからは再び張られることはなかったらしいから、念のため確認してみただけだ。壁を破壊して侵入したとも聞いたが、案の定、補修されてしまっているようで、それらしい場所は見つからない。
 垂は小枝の燃えかすが落ちている草地に機晶爆弾を置く。
「ここだ」
 朔がうなずくのを見て、その場から離れた。
 ボディに新緑のラインを走らせて、朔はニルヴァーナライフルを持ち上げる。
 重厚なビームライフル。そのスイッチを指で跳ね上げると、つながったコードから彼女の機晶エネルギーがライフルへ流れ込んだ。間もなく計測器が充填が完了したことを彼女に知らせる。
「いきます」
 宣言とともに腰だめにかまえ、発射した。
 ビーム光は銃口から射出された直後、いったん八方向に分散し、機晶爆弾の手前で再び集結する。絡み合い、溶け合って1条の光となったビームは機晶爆弾を直撃し、大爆発を引き起こした。
 ズゥゥゥウウン……と重い地鳴りのような音をたて、地面が揺れる。視界をふさぐ黒煙が風に吹き流された先では、朔のビームがさらに遺跡の壁へと届き、穴を穿とうとしていた。
「いつまでバリアが破壊されているか分からない。みんな、今のうちにくぐれ!」
 垂の合図で全員ビーム光の左右からバリアのあったらしき場所をくぐり抜けていく。垂も行こうとして、朔がぐったりと木によりかかっているのに気付いた。
「朔、大丈夫か?」
「行ってください。私は体内の残存エネルギー量から考慮して、あのなかではお役に立てそうにありません」
「だが…」
 そんな彼女をここへ1人残していくことに難色を示す垂の上に、影が落ちた。
「彼女のことなら任せておけ」
 コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)が親指を立て、力強くうなずいていた。
 立てた親指はさらに背後の龍心機 ドラゴランダー(りゅうじんき・どらごらんだー)を指したものだ。
 このドラゴランダー、一見するとただの(?)天突く巨大な恐竜型ロボットだが、その本性は魔鎧である。
「もしものときを考えて、うちのドラゴランダーも残ることになっている。まあ、この図体だからな。いざというときの退路確保要員だ」
『ガオオオオン!』
 ビリビリと大気を震わせ、ドラゴランダーが肉食獣もかくやの咆哮をする。鋼鉄の爪、尾、そして牙。
 これで威圧されないものはまずいない。
 身長30センチ、ピンクのさらさらロングヘアーをなびかせて、ハーフフェアリーのラブ・リトル(らぶ・りとる)がコアの肩から飛んだ。
「そーそー。その調子。頑張るのよー、ドラゴランダー」
 ぺしぺしぺし。調子よく鼻先をてのひらでたたく。
 にこにこ笑っている無邪気なラブを、ドラゴランダーはじろりと見た。
(ラブ……おまえ、操られていたとき我のことを始末しようとしてなかったか…?)
「や、やだなぁ……なに? その目。
 ハーティオンー? ドラゴランダーってばすっごいやる気みたいだよー?」
(オイコラ、我の言葉が分からんくせに、なぜ目を逸らす)
 ドラゴランダーは人語がしゃべれず、意思の疎通はできない。しかし、しばし視線は言葉よりも雄弁に語っちゃったりもするのだ。
「そ、そろそろあたしたちも行こっ! なんか、壁に穴も開いて入れるようになっちゃったりなんかしてるみたいだしっ」
 気付かないフリをしつつもドラゴランダーからの視線がバリ気になるのか、変な言葉遣いでそそくさとラブはハーティオンの肩へ舞い戻る。そして盾にするよう、ぺたっと貼りついた。
「どうした? ラブ」
「なんでもなーい。ほら、早く早くっ。鈿女が待ってるわよっ」
「あ、ああ…」
 何がなんだかよく分からない、といったふうながらも、ハーティオンは遺跡の壁に開いた穴へと向かう。
「垂。さあ、あなたも」
「うん。分かった。きっとライゼのやつを連れ戻して来るからな」
 手を振り、去っていく彼女を木の下で見送る朔の口元には、いつしかかすかな笑みが浮かんでいた。



*            *            *



●1階〜パペット

 遺跡の内部は必要最低限の間接照明があるだけで、うすぼんやりとしていた。
「ふむふむ。これは聞いていたとおりですわね」
 ずり落ちてきたメガネのフレームを押し上げて、六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)はメモをとる。
 彼女は空京にあるテレビ局の看板女子ニュースアナウンサーでありながら、幾多の戦場をくぐり抜けた戦場レポーターという実績を持つ卜部 泪(うらべ・るい)を目標とし、『六本木通信社』で活動中の記者である。
 今日もまた、自分の目で見て肌で感じ、心に触れたものを記事にするため、こうして一度撤退した戦場へ舞い戻ってきたのだった。
(それに……悪い結末には、したくないですし)
 走らせていたペンを止め、優希はとなりを歩くミラベル・オブライエン(みらべる・おぶらいえん)に話しかけた。
「それで、ここには何があるんでしたでしょう?」
「……え?」
 と、きょろきょろと絶えず周囲に目を配っていたミラベルは、呼ばれて優希の方を向く。
 彼女は極度の方向音痴なため、初めて訪れる場所では道を迷わないか不安なのだ。
 すっかり意識がそちらを向いていて、最初、優希に何を問われたか分かっていなかった。
「ここには何かあるかってさ」
 麗華・リンクス(れいか・りんくす)が見かねて助け舟を出す。
「あ、ええ。
 いえ、1階はまだ未探索だったと思いますわ。ですので、何があるかは不明です」
「不明…」
 キラ、と優希の目が光ったように思えたのは錯覚か。光ったのはメガネで、光の加減か?
「未知、不明なものを探り出し、白日の下にさらすことこそ記者の務めではありません?」
「あー……いや、どうだろうなぁ?」
 麗華の勘は、これ以上進むのはヤバいと告げていた。それはもう、後頭部がチクチクどころかグサグサ刺されているかというぐらい。
 君子危うきに近寄らず、火中の栗を拾わない、って言葉もあることだし。
「とりあえず、先のやつらは4階があやしいって踏んでたようだし。先にそっちに向かわないか?」
「そうですね…」
 ふむ、と優希が再考に入ったときだった。
「しっ」
 麗華が前方の暗がりに動く物を発見して、壁に貼りつくよう指示を出した。
 そっと角から盗み見る。
 ぼんやり白く浮かんだ人型に、はじめのうちだれもがドルグワントかと思って身を固くしたのだが、違っていた。
 カタカタ、カサカサ。
 そんなふうにぎこちなく動いていたのは、巨大なマネキン――いや、陶器製のポーズ人形、パペットだった。
 楕円と円で構成された、つるんとした肌には顔の造作も髪もなく、一糸もまとわず。ただ剣と盾を持っている。どこかぎこちないその動きは、ストップモーションアニメのようでもあった。
「……いっぱいいやがるな」
 倒せない相手ではない。おそらく。むしろこれだけの人数がいれば、簡単に倒せるだろう。
 だが、そうする意味もない気がした。
 ここでそんな労力を使うこともないだろう。
「やっぱりこの先に進むのはやめて、階段を探そう」
 気付かれないように後退と、麗華が手を振る。
「階段……階段ですね。たしか向こうの通路の角にちらりとそのような物が――」
 と、ミラベルが指差しつつそちらへ先導しようとしたのだが。
「ミラさん、そちらは通っていませんわ」
「あ、あら」
 ミラベルは少し赤らんで、ぱたりと手を下ろした。
 優希はふとあることを思いついて装備品を探るが、残念ながらそのなかにロープは入っていなかった。どうしよう? と思案する彼女の目が、御宮 裕樹(おみや・ゆうき)の持った登山用ザイルの上で止まる。
「申し訳ありませんが、それをお貸しいただけませんでしょうか?」
「ん? これか? かまわないが」
「すみません。お借りします」
 裕樹から借りたそれをほどきつつ、優希はためらいがちにミラベルへと近付いた。
「こんなことをミラさんにするのは心苦しいのですが…」
 そう口にしつつも、しっかりとザイルをミラの腰に結わいつける。ミラベルも自分が方向にうといのは承知していたし、先の失態もあったので「仕方ありませんわね」のひと言で納得して、されるがままになっていた。
 反対側を優希が持って、引いてあるく。少し格好が悪いが、これが意外と功を奏していた。
 階段を上がり、進むにつれて増えていったパペットを騙しきれず、とうとう見つかって追われる身となってからはひたすら前を見て走るしかなかったからだ。対策を講じていなかったら、きっとミラベルはどこかの時点で側路に迷い込んで迷子になってしまっていただろう。
「ったく! 人形のくせに、なんてー速さだよ!」
 ときどき振り返り、クロスボウ型光条兵器リンクスアイを放っていた麗華は、その数にぎょっと目をむいた。
 いつの間にか彼らを追うパペットはとんでもない数にふくれ上がっている。
「こりゃ……やばいね」
 廊下の幅いっぱいを埋めて、さらに一番後ろも見えない状態に冷や汗が伝う。
 そのとき。
「あっ、あちらをご覧になってくださいっ!」
 優希が驚きの声を発した。
 前方に、やはりパペットの一群が立ちふさがっている。はさみうちだ。前方の敵を相手にしているうちに、後ろの大群に追いつかれてしまうだろう。
「お嬢、覚悟を決めるか」
「……そうですね」
 優希が手のなかに魔法力を結集し始めたときだった。
 後方の敵の最前列が、突然崩れた。
「なに!?」
 振り返り、その光景に目を瞠る彼らの前、ひらひらと舞い落ちるは小さな紙片の紙吹雪。
 そしてその操り手、陰陽師東 朱鷺(あずま・とき)の麗姿だった。
 彼女はぱっと宙に散らした紙片を刃へ変えて放ち、パペットを瞬時に再起不能へと追い込むほど切り刻んだ。そして今また壊れた仲間を踏み越えて前進してくるパペット目がけ、紙片の烈風を放つ。
 縦横無尽の風に翻弄され、紙片に切り刻まれ。
 パペットは再びただの陶器の破片となってその場に落下した。
「あなた…」
「行ってください」
 涼やかな銀の眼差しで仲間たちを肩越しに見て、朱鷺は息ひとつ乱れていない冷静な声で告げた。
「全員が、というのはどうやら無理なようです。この場は朱鷺が引き受けました」
「そんな…! 無茶です! あなた1人では!」
「お嬢。駄目だ」
 と、麗華が腕を回して優希を引き留める。
 麗華と朱鷺の間で視線が結ばれ、いくつもの言葉なき思いが交換された。
「さあ、行ってください。時間が惜しいでしょう? 今は遠き地にいる朋友のために、一刻も早くあのレーザー砲攻撃を止めなくてはなりません。
 この朱鷺、陰陽師としてはまだ不肖の身かもしれませんが、後顧の憂いを断つくらいのことはしてみせましょう」
 朱鷺は微笑して、パペットの方へ向き直る。
 パペットたちは彼らが逃げることをやめて止まったからか、それとも先の朱鷺のすさまじい攻撃を警戒してか、一定の距離を保って立ち止まっていた。だがすぐに攻撃に転じてくるだろう。
「――ミラさん、お願いします…!」
 優希の決意の声が聞こえた。
「分かりましたわ」
 応じたミラベルが魔法力を集積する気配がした。そして噴き上がり疾走する炎と、光の閃刃が乱れ飛ぶ音。
「一気に駆け抜けるぞ! みんな遅れるな!」
 鋼同士が切り結び合う音がして、やがて仲間たちの気配は遠ざかっていった。
 パペットたちとにらみ合い、互いをけん制しつつ、そういったものを背中で感じていると。
 脇に立った式神・羅刹女が、じーっと彼女を見つめてきた。『本当によろしかったんですか?』そう言いたげだ。
「もちろんです。この遺跡の装飾はなかなか興味深いと、先からずっと思っていたんです。これが終わったら、じっくり見させていただきましょう」
 羅刹女はさらにまじまじと主を見つめた。だがその言葉は真実だというように朱鷺の笑顔は崩れず、これだけの数の敵を前に、不敵にさえ見える。
 ふう、と嘆息をつくと両手に雷電を集め出す。その表情、態度はいかにも『分かりました。ではじっくり見られるように、さっさと片付けてしまいましょう』といった感じだ。
 朱鷺が勝手にそうとっているだけなのかもしれないが……ふふっと笑う。
「そろそろいきますよ、羅刹女」
 背中の護りを羅刹女に託し、朱鷺は敢然と立ち向かった。
 まるで巣を壊されたアリのようにどこからともなくうじゃうじゃと沸いて現れる人形たち。対するは朱鷺と羅刹女だけだ。この圧倒的不利な状況を打破するため、朱鷺は使えると思えるものならすべて使った。
 スキルフル活用。歴戦の魔術、歴戦の武術、歴戦の飛翔術と次々発動させる。使う暇があれば、裂神吹雪で広範囲のパペットを切り裂き砕いた。
 鬼神のごとき戦いぶりだった。それでいて、美しい舞を見ているかのような動きでもあった。
 彼女を守護するように舞い散る桜の花びらの中央で、扇子で敵の攻撃を打って払う。
 敵などしょせん、雑多なつまらぬやからども。朱鷺の敵ではない。
 彼女の敵は自らのなかにあった。疲労だ。どんな優れた勇者であろうと、これに勝てる者はいない。
 朱鷺は懸命に、力の限り戦ったが、この圧倒的多数の敵を前にしてはいずれはこうなるのは見えていた。
「はあ……はあ……はあ…」
 己の築いた陶器の破片の山の真ん中で、彼女は乱れた息を吐き出す。のどが焼けるように熱い。いや、痛い。息をしたくない。だが、せずにはいられない。
 全身が泥か鉛でできているかのように感じられた。もう一生、腕1本すら持ち上げられないのではないかと思えた。
(……一生ですか……ふふっ…。ここで命尽きるかもしれないというのに…)
 敵をにらみつけ、ボロボロになったそでで口元をぬぐう。
 すっくと背を正し、痛む肺をさらに酷使して、堂々と名乗りを上げた。
「よいですか、おまえたち。その姿形で耳があるか疑問ですが、それはこの際脇に置くとして。もしも耳がないのであれば、心でわが言葉を聞きなさい!
 葦原明倫館が陰陽師に東 朱鷺とて、生年25にまかりなる! さる者ありとはハイナ殿までも知し召されたるらんぞ! 勇し名得たきは見事東 朱鷺討ちて殿の御見参に入れよや!!」
 見栄を切ると同時に、金色の闘気が朱鷺の全身から吹き上がった。瞳と同じ銀色だった髪が金色に染まり、重力に逆らって浮かび上がる。手足に聖なる光が灯り、そして――太極図の聖痕が、右目に浮かんだ。
 物言わぬ人形でも、動物並の知はあったのか。あきらかに異質な存在へと変化した彼女を見て、パペットは一斉に前進を始めた。数の力で押し切るつもりだ。
「来るがいい! 朱鷺には、こんなところで倒れてる時間はないのです! 朱鷺にはまだ、やりたいことが山のようにあります! 決して有象無象の人形なんかにここで倒されるために生きてきたわけではありません!!」
 聖化されたこぶしを引いて、迫ったパペットに叩き込む。
 動ける限り、動いて、動いて、ただひたすら遮二無二に動き続けて――最後の力で敵を砕いた直後、精魂尽き果てた思いであお向けに倒れた。
 黄金の闘気も武器の聖化も、太極図の聖痕も、潮が引くように朱鷺のなかから消えていた。いつから消えていたのかすら、覚えていない。
 周囲がどうなっているか、朱鷺にはもう分からなかった。だがこうして無防備に倒れているというのに何の攻撃も受けないということは、あれが最後のパペットだったのだろう。
「ふふ…」
 笑いが口をつく。その声も、しびれた朱鷺の耳には届かない。
 やりきった思いで目を閉じた朱鷺の面には、満足の笑みが浮かんでいた。