リアクション
太陽はそろそろ中天にさしかかろうとしていた。 * * * パペットvs北カナン神官軍、コントラクターの戦いは、一見パペット優勢に見えた。 前線は徐々に後退し、今はもう、国境を越えて北カナンへ進攻されてしまっている。 しかしあくまでもそれは「見えて」いるだけだ。北カナン神官軍はじりじりと、わざと後退しているのだ。それは、後方から奇襲をかけているクレア隊との連携作戦だった。敵の戦線を伸びきらせることで、彼らの突入を少しでも容易にさせようという狙いがあった。 敵にそうと気付かれてはならない。あくまで「押されて」いるように見えなければならない。 そして後方の奇襲部隊よりも、こちらにひきつけなくてはいけない。 前線で敵の目を自分たちの方へひきつけようと奮闘する者たちのなかに、一際目立つ者がいた。 白銀の簡易甲冑や神官服を身に着けた神官戦士や陶器のようなパペットたちのなかにいても埋もれることはない。あざやかなスカイブルーの縁取りが入った純白のフルアーマーをまとった鋼の剣士、いや正義の剣士インベイシオン――白星 切札(しらほし・きりふだ)――である。 「はあっ!!」 白き衣をひるがえし、レジェンダリーソードを手に、ときにアンボーン・テクニックを用いながら敢然と敵パペットへと立ち向かう。その雄姿は人の目をひきつけて離さない。 これはカナンの戦い。一見、シャンバラに身を置く彼のいる場所ではないように見える。 だが彼が剣をとり、戦うのは、国のためではなかった。そこで暮らす人のため。今もまた、ここで戦っている人々が無事な姿で帰ってくることを祈って待っているに違いない、家族のためだ。 戦いは悲しみを生む。そこにどんな意義や大義があろうとも、最後に残るのは愛する者を失い、取り残された人々の悲しみだ。 それを、全てなくすことはできない。どんなにそれを願おうとも。 今、こうして懸命に戦いながらも、彼の周囲では力尽きた人たちが斃れていっている。そのことに怒り、傷つく心がある。 だがこの手の届く範囲、1人でも護り抜いて家族の待つ家路につかせることができるなら、きっと戦場に身を置く意味はある。 彼らを護りたい――その強い思いが、彼をほかの者たちより一歩前へ踏み出させ、ほかの者よりも鋭い攻撃でより多くの敵を討つ。 そして人々の目をひきつけるのだった。 そんな彼の視界に、1人の男の姿が入った。 その男は、ひと言で表すとすれば「蛮族」だった。 編み込まれた横髪からは房飾りが垂れ、どこかの民族衣装のような刺繍の入った服が青い鎧の下にまとっている。腰や手首からも赤い毛皮のようなものが見えていた。 (彼は…) じっと凝視するインベイシオンの前、男はすっとかまえをとった。男が手にしているのは巨大な斧と穂先を持ったハルバード。その光の刃は、光条兵器だ。 「! いけないっ!!」 前方で戦っている神官戦士に向かい、男がランスバレストをするつもりだと悟って、インベイシオンは間に割って入った。 強烈な突きが発動する直前、マキシマムアームとサイコキネシスで腕を押さえ込む。 「……きさま」 「こんなことをしてはいけません。あなたは間違っています!」 インベイシオンの毅然とした言葉に、男は緑の目をすがめて嫌悪を見せる。 振り払い、すぐさま水平になぎ払った。 「邪魔をするな」 「そうはいきません」 距離をとった先で、インベイシオンもまた油断なく剣をかまえる。 「あなたは、あなたでないものによって洗脳されているだけです。目を覚ましなさい」 「うるさい」 鋼の音をたて、2人は真っ向から刃を合わせた。といっても、攻撃しているのは男の方だ。インベイシオンはそれを受け流し、いなすのみ。 男の一方的な攻撃が続く。 「あなたにも家族はいるでしょう。帰ってあげなさい」 「そんなものはない」 「いいえ、います。あなたを家族のように思っている人が。そしてあなたもそう思っている。ただ忘れているだけで、それはあなたのなかにちゃんと――」 「セリカ!」 突然男の背後からかすれた声が上がった。 男――セリカ・エストレア(せりか・えすとれあ)はインベイシオンをはじき飛ばし、肩越しにそちらへと目を向ける。そこには、息を切らして立つヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)の姿があった。 「セリカ……やっぱりおまえ……だったんだな…」 後方で神官軍の救護部隊とともに治療活動をしていたヴァイスは、2人の激しい戦闘について負傷兵から話を聞いて、もしやと走ってきたのだった。 最前線のここへたどり着くまでに、すでに彼は傷を負っている。 から手で立つ彼の姿に、おそらくはセリカがここにいると思った瞬間、取る者も取らずに駆けつけてきたのだと、インベイシオンは直感した。 場を譲るように、かまえを解いて一歩身をひく。 だがヴァイスの姿にセリカが見たものは、インベイシオンと違っていた。 体についた傷が、あきらかに右が多い。意思の光をはじく左の赤い瞳と対照的に沈んだ水色の目。あれは見えていないのか。 ならばと、セリカのハルバートはヴァイスの右側から振り切られた。 「おっと」 そうくると思っていたとヴァイスは背後に跳んで距離をとる。 自分の体の不利は分かっていた。そして戦士のセリカがそこを突いてくることも、想像の範囲内だった。 「来るな!」 徹底的にヴァイスの死角から攻撃しようとするセリカと、それを避けるしかないヴァイスを見て、加勢しようとしたインベイシオンの動きを察知し、ヴァイスが叫ぶ。 「セリカを止めてくれてありがとう! こいつに人殺しをさせないでいてくれて…。 だけど、来ないでくれ! ここから先は、オレとこいつの勝負なんだ!」 ヴァイスの手から氷術が放たれ、セリカに飛んだ。 向かい来る氷雪をセリカは一刀両断し、剣風で吹き飛ばす。その隙にヴァイスは再び距離をとった。 そうしてじりじりと2人だけで戦える場所へセリカを導く。 (セリカ……このままだとおまえ、人を殺しちまう。そんなことになったら、取り返しがつかない。おまえも、そのひとも) きっとセリカは自分をとことん責め抜いて、重い十字架を背負うことになるだろう。 それは死ぬまで消えない。 (そんなこと、オレが絶対させない!) のらくらとかわし、距離をとるヴァイスに業を煮やしたか。セリカは体勢を低め、ハルバードを持ち直した。 ――ランスバレストがくる! ヴァイスはこの時を待っていた。 「来い! セリカ! オレは逃げない!」 踏みしめて立つヴァイスに、セリカはランスバレストで真正面から突き込んでいく。それを、ヴァイスは紙一重で避けようとした。が、セリカのランスバレストの威力はヴァイスが想定していたよりも速く、鋭かった。 激しい痛みがセリカの右のわき腹を引き裂いて、あまりの激痛に一瞬意識が遠のきかける。 よろめき、倒れかけた体を、ハルバートを掴むことで引き戻した。 「……セリカ……これは、オレと、おまえの……勝負だ…!」 そしてヴァイスは雷術を発動させた。 青白い光を散らして稲妻が2人の間で炸裂する。 ゼロ距離での雷術はセリカを撃つだけに終わらずヴァイスをも巻き込む結果となる。――それがどうした。 ヴァイスは承知の上だった。 「……っ…! ――は!」 奥歯を噛み締め、耐えて、ヴァイスは2つめを発動させる。さらに3つめ。 もうハルバードを握る手に感覚がなかった。わき腹の傷も。ただ、体を伝う何かがあって、手足から力が抜けていく。 命のうねりを使うだけの魔法力はない。握力を少しでも補おうと、氷術でハルバードと自分の手を氷漬けにしようとしたときだった。 「……もういい…」 セリカのもう片方の手が、ヴァイスの手をおおった。 引きはがそうとしているのではない、そっと上に乗ったそのやさしい手に、ヴァイスは面を上げる。セリカは火傷を負い、口元から血を流しながらも、ほほ笑んでいた。 その緑のまなざしはあたたかく、先までと違って感情にあふれている。 「セリカ? ――あっ!」 ぐらりと揺れて、セリカは横倒しになった。そのまま、仰向けになって目元を腕でおおったままの彼の枕元へヴァイスはひざをつく。 「セリカ…」 表情が見えない。半信半疑といったヴァイスの声に、セリカは応えた。 「……まだ頭がぼんやりとして…。だれか……声が聞こえた、気がする…。俺には家族が……いると。戻ってやれと……あれは、おまえのこと、だったんだな…」 「……っ…」 ヴァイスは必死に奥歯を噛み締めた。 ずっと、どうすればいいか分からなかった。絶対に彼を取り戻すと決めていたけれど、本当に自分にそれができるのか不安で……心細くてたまらなかった。 長らく耐えてきた恐怖と、安堵とが、胸と頭でごちゃ混ぜになって。叫びたくてたまらない。 「ボロボロだな…」 そこでセリカはようやくヴァイスの状態に気付けた。 「すまない……迷惑を、かけた…。おまえにも、みんな、にも…」 「うん。アルクラントさんとかね。おまえ、彼のことボコったんだぜ?」 「ええ!?」とセリカが目を瞠る。そのあせった表情に、くすっとヴァイスの笑みがこぼれた。 「あとで謝りに行こう。オレも付き合うから」 背後から駆け寄ってくる者たちの気配と足音がする。 それはインベイシオンからの報告で、満身創痍で動けないでいる2人を迎えにきた、救護部隊の神官たちだった。 |
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