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仲秋の一日~美景の出で湯、大地の楽曲~

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仲秋の一日~美景の出で湯、大地の楽曲~

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 友人の瀬島 壮太(せじま・そうた)に誘われてエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)は、温泉宿を訪れていた。
「いい湯ですね……。露天風呂も、とても楽しみです」
 待ち合わせの時間は夜だが、エメは昼にはもう訪れていて、延々と内風呂に入っていた。
 やがて夜が訪れて。
「エメー! 土産持ってきたぜ!」
 元気な声と共に、壮太が温泉宿の部屋に到着を果たし。
 それから2人、そしてエメのパートナーのアレクス・イクス(あれくす・いくす)を伴って、露天風呂へと向かった。

 エメは既に長時間の入浴を済ませているのに、高級石鹸や、高級シャンプー、リンス、トリートメントに、軽石、ネイルブラシ、泡立てスポンジなど、入浴用品が一通りそろったセレブ感漂う入浴セットを持参していた。
 対して壮太は安っぽい無地のタオル一本! だけ持って洗い場に入る。
「石鹸、貸してくれよなー。シャンプーはこれでいいや」
 備え付けのシャンプーで、壮太は適当に髪を洗った。
「どうぞ」
 自分のスポンジを泡立てた後、エメは高級石鹸を壮太へと渡した。
「サンキュー」
 ざばっと頭に湯をかけて、シャンプーを流すと、壮太も石鹸をタオルにつけて、自分の体を洗い始める。
「にゃう〜。にゃうにゃうっ♪」
 2人が身体を洗う側で、アレクスは洗面器に湯を入れていく。
 アレクスは長毛種白猫のぬいぐるみだ。
 見た目の問題で湯船には入らず、洗面器の中に、ひよこの玩具を浮かべ、ぺしぺしちょいちょいと突っ突いたり叩いたりして遊びはじめる。
「壮太君、背中にシャンプーの泡が残ってますよ。よろしければ、流しましょうか?」
「おう、悪いな」
 壮太はエメに背を向けて、洗ってもらうことにした。
 エメはまず、壮太の背中の泡を流すと、彼のタオルを受け取って、丁寧に背中を擦ってあげる。
「壮太君……こんなに大きいの、どうしたんですか?」
 古傷を見つけて、エメが壮太に尋ねる。
「ああ、ちょっとな」
 壮太は曖昧な返事をした。
 エメは続いて、壮太の肩を磨く。
「それに、こんなに硬くて……」
 彼の肩は、とてもこっていてガチガチだった。
「というか、エメこそなんだよ……オレが来る前から、もうこんなになっちまったのかよ」
 壮太はエメの手を見て、呆れてしまう。
 彼の手は、ふやけてしわしわになっていた。
「あまり無理はしないで下さいね」
 気づかうように優しく体を洗ってあげながら、エメは壮太に話していく。
「それにしても、壮太君も二十歳なんですね……。
 もう時効だから白状すると、やっぱり未成年だから……って、どこか思ってたんですよ。でもこれからは、遠慮しませんからね?」
 頼りにしている、そんな思いを、エメは壮太に伝えた。
「やっぱりガキあつかいしてたのかよ」
 と、壮太は少し膨れた。
「でも、あんたがそうい言うのなら、もう遠慮しなくてもいいんだよな」
 にやりと、壮太は笑みを浮かべる。
 土産に持ってきたのは『酒』だ。
 学校では、二十歳を超えていても、飲酒は出来ないけれど、ここでなら。
「なあ……今夜はいいんだろ?」
「……ええ、構いません。思う存分、ご自由に」
「エメ……っ」
 壮太は感極まって、声を上げた。
 湯上りに部屋で一杯やれたら最高だ。
 温泉に入って、音楽祭を見学して。
 そして夜は、気の置けない友人と一緒に酒を飲んで寝る! 凄く楽しめそうだ。いや、楽しんでいた。
 てん・てててん・てん・てん・てん
 突然、アレクスが洗面器をひっくり返して、節をつけて叩き始めた。
「にゃにゃ〜う。にゃにゃにゃ〜」
「どうかしましたか、アル君?」
 エメの問いかけに、アレクスは洗面器を叩きながらこう答える。
「二人共、お寒すぎるにゃう。ぬくぬくの温泉が氷点下にゃ」
 エメと壮太は意味が分からず、顔を合せて首をかしげた。
(寒いのなら後でアル君にホットミルクでも作ってあげましょう)
 エメは真面目にそんなことを考えていた。

 背中を流し合った後、エメと壮太は一緒に温泉に浸かる。
 流れてくる音楽祭の音色を聞いて、のんびりと過ごす。
「明日は特に予定ありませんので、朝まででも大丈夫ですよ」
「ああ、眠らせないぜ。覚悟しろよ」
 酒盛りの約束をしながら、音楽と湯と、親しい友人の隣という心地良い空間を、体中で堪能した。

○     ○     ○


 一方、女湯の方では。
「ホント、最低です。あのバカ、あのバカ、あのバカ」
 バカを連呼しながら、鬼久保 偲(おにくぼ・しのぶ)がごしごし体を洗っていた。
「あまり力を入れすぎると、肌を傷つけるでござるぞ。せっかくのキレイな身体が台無しになってしまう」
 隣で体を洗いながら、偲を気づかっているのは、同じ学校の生徒である真田 佐保(さなだ・さほ)だ。
「色々と勝手するわ、尻ぬぐいはいつもこっちだわッ! 今日だって、疲れた、しんどいとか言って湯治に来たくせに、あの食べっぷり、卓球での燃えっぷりを見れば、嘘だってことくらいすぐにわかります!」
「単純に、温泉を楽しみたかっただけなのでござろう」
「ううん、単純じゃないんです。単純ならわかりやすくていいんだけど!」
 ざばっと、偲はお湯をかけて泡を落とす。
 偲がバカ呼ばわりしている相手、それはパートナーの瀬山 裕輝(せやま・ひろき)だ。
 裕輝の行動は意味が分からない。
 彼は今日、しんどい、疲れた、そんな言葉を吐いて、ぐったりした表情でこの温泉宿を訪れた。
 癒されるために。
 だけど実際のところ、裕輝は特に疲れていたわけでも、しんどかったわけでもない。
 病は気から、俗に言う言霊。
 わざわざしんどくなって、治療のために温泉入り、普通の時より、より一層気持ちよくなろうとしてのことだった。
 本当に分かり難いのだ。
 そして、何かしら問題を起こす。
「次来たら、やるわ、私」
 鋭い目で、偲は仕切りを見る。
 男湯と女湯の仕切りは、先ほど起こった覗き事件で壊れてしまった。
 その際、裕輝の姿は見えなかったが、絶対彼も絡んでいる。そうに違いないと偲は思い込んでいた。
「それにしても、落ち着かないでござる……」
 苦笑しながら、佐保は温泉に入る。
 タオルと小刀を頭の上に乗せて。
 現在、男湯と女湯を仕切っているのは木の板ではなくて。
 僕 達 覗 き を し ま し た !
 と、左右の尻に1文字ずつマジックで文字が書かれた姿で、繋がれているパラ実の少年達だった。
 なんでも、パラ実体育の先生がちょうど温泉に来ていたようで、やんちゃをしていた彼らは褌一丁にされ、筏状に縛られた挙句、仕切りとして括り付けられてしまったのだ。
 勿論顔は男湯の方を向いており、アイマスク、さるぐつわを噛まされている。
「ホント、せっかくの景色が台無し。全部あのバカのせい」
 偲はため息をつきながら、湯船に入り、空を見上げた。
 温かな湯は心地良く、夜空に浮かぶ月と星はとても綺麗だ。
(この時間だけでも、バカのことは忘れてゆっくりしよう)
 そう思った矢先。
 男湯の方から話声が聞こえてきた。

「……君……こんなに大きいの、どうしたんですか?」
「ああ、ちょっとな」
「それに、こんなに硬くて……」
「というか、……こそなんだよ……オレが来る前から、もうこんなになっちまったのかよ」
「……君も二十歳なんですね……。
 もう時効だから白状すると、やっぱり未成年だから……って、どこか思ってたんですよ。でもこれからは、遠慮しませんからね?」
「やっぱりガキあつかいしてたのかよ」
「でも、あんたがそうい言うのなら、もう遠慮しなくてもいいんだよな」
「なあ……今夜はいいんだろ?」
「……ええ、構いません。思う存分、ご自由に」
「……っ」
「明日は特に予定ありませんので、朝まででも大丈夫ですよ」
「ああ、眠らせないぜ。覚悟しろよ」

 ぶくぶくぶくぶく……。
 佐保が赤くなって、湯の中に沈んでいく。
「し、佐保さん……っ」
 偲は佐保の腕を引っ張って、仕切りから離れた位置へと連れていく。
 そして、改めて空を見上げるが、どうにもドキドキしてしまって、集中できない。
「お風呂から出たら、あのバカでも殴ってストレスを発散しよう。……ううん、発散にならないのも分かってるけどね」
「ほどほどにしておくでござるよ。仲が良すぎてああいう流れになっても、拙者は困ってしまうがな」
 ちらりと、佐保は男湯の方に目を向けた。
「絶対にないから、安心して」
 偲は黒い笑みを浮かべる。

 その頃、裕輝は――。
「温泉卵とか出来とるんかなぁ」
 温泉に卵を入れて、ぼーっと見ていた。ただそれだけだった。