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幻夢の都(第1回/全2回)

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幻夢の都(第1回/全2回)

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第4章 邪竜アスター 2

 出口を探して散策を続けていた契約者達の前に躍り出てきたのは、数えるほどのモンスターで、榊 朝斗(さかき・あさと)を筆頭とした戦闘者達は、それに対し果敢に挑みかかった。ここで野放しにしておけば、せっかく救出した一般市民に迷惑がかかるかもしれない。それを予想した上での、戦闘だった。
「なんだか、モンスターの数も増えてるみたいだ」
 黄金の骨で出来たボーンナイトや、金貨虫といった黄金都市特有のモンスターと斬り合いながら、朝斗が顔をしかめつつ言った。ともに戦っていたルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)は、その言葉に反応して、
「増えてる?」
「うん。まるで閉じ込められた檻の中に、どんどん獣を放ってるみたいな感じだね。あと、嫌な気配もする。まるで魔界の風みたいな……」
 朝斗がさらに顔を険しくして言った。ふいに、頭の中に声が囁かれた。
『朝斗、警戒しておけ。なにか嫌な奴が近づいてくる』
 その声の正体は朝斗の頭の中にいるもう一人の自分――アサトだった。アサトは、朝斗に向けて警告を与えている。
「嫌な奴? アサト、それってどういう……」
 朝斗が言った、そのときだった。突如、モンスターどもを引き裂く魔風が吹き荒れた。堕気を孕んだそれは魔界の風と言った朝斗の表現と、当たらずとも遠からずだった。闇の気に満ちた風が、モンスターごと金銀財宝を吹き飛ばしてゆく。
「朝斗、あれを見て下さいっ」
 ふいに、アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)が、ある方角を見ながら言った。仲間と朝斗達の視線がそちらに注がれる。
 魔風の中心に立っていた異形の化け物の姿を見て、朝斗は、愕然となった。
「あれは――」
 それは朝斗達にとって、幾度かの接触を経ている存在だった。
 元は、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)と呼ばれた、人間だったもの。だがいまは、無数の化け物に体を支配され、体内で触手が蠢き、生々しい肢体が鼓動を打つ、醜悪な姿に成り果てていた。
 なぜここにあんな化け物がいるのか。疑念は過ぎるが、そこに大した理由などないように思えた。憎悪や悲哀が生まれる戦闘者の場所に、奴は導かれるのだろう。それこそ、闇に執着するように、敵意となるものがいる場所に、奴も誘われるのだ。
「朝斗、気を付けて下さい……あれは……」
 アイビスが、かつてでは考えられなかった、人間らしい不安げな表情で言った。ある一件を境に、元の人間だった頃の感情や振る舞いを思い出してきたのだ。アイビスに比べれば、エッツェルは逆の意味で、本来の自分から遠ざかっているのだ。
「朝斗……」
 アイビスと同じように、ルシェンが心配そうな目で朝斗を見る。
 逃げ出したい。恐怖に駆られ、朝斗はそう思う。だが、モンスターよりもはるかに危険なこの存在を見過ごすわけにはいかなかった。
 それに、朝斗には、エッツェルと向き合うべき理由があった。
『やるのか、朝斗――』
 頭の中で囁く、この深沈からの声は、エッツェルと関わったことで生まれたものだった。だから、と言うわけではないが、エッツェルの好きにさせるつもりはなかった。
 警戒からじりじりと距離を取って囲む仲間達の中で、朝斗は、一歩踏み出した。
 エッツェルがその姿を見つけ、十数個にも増えた剥き出しの眼球を朝斗に向けた。改めてそのとき、二人は向き合った。いや、三人かもしれない。エッツェルと、朝斗と、そしてアサトは、互いに一歩も譲らぬように、相手から目を離すことはなかった。


「もしかしたら、この町すべてが、幻なのかもしれないな」
 そんなことをダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が言い出したのは、町の人々と一緒に幻に囚われていた者、それに仲間達から、アスター確認の情報を受け取って、しばらくしてのことだった。
 蒼い澄んだ瞳の青年が言い出した言葉に、仲間達は唖然となった。どういうことかと理由を問うと、ダリルは冷静に続けた。
「アスターの姿はこれまでに幾つも目撃されて、しかも倒されているが、そのほとんどは恐らく幻だった。それに、これだけの人数がいながら、霧に隠されて出口一つ見つからないのも、全てが幻だとしたら考えられそうだ」
「じゃあ、囚われてた町の人々も幻だったというのか」
 ガウルが眉根を寄せながら反論する。ダリルはだが、平然として、
「いや、たぶん、それは本物だろう。でなければ、これだけ正確に町の住人を再現するのは難しい。ユフィの両親とかな。それに比べれば、まだ黄金都市は非現実的だ」
「だが、人にかかっていた幻は解くことが出来たんだろう。なぜまだ幻が続いてるんだ」
「視覚的な幻と、個人にかかる幻はまた別物だ。特に視覚的なものになると、いわばトリックアートを見せられているのと同じで、その対象の技術が問題になってくる。俺達自身がそれぞれ個人に同じ幻を見せられているのなら別だが、言わばこれは幻覚ってだけに近いんだろう」
「となると、トリックアートを作ってる本人――アスター自身をどうにかしないといけないのか」
 ガウルが言うと、ダリルはうなずいた。
「問題はどこにいるか、だがな。これだけ幻で惑わし続けてきたが、それを解放してきたんだ。もし伝承通りなら餌を失って、そろそろ奴も力を消耗してきているところだと思うが……」
 だとしたら、そろそろ尻尾を出すかもしれない。
 一行が悩み始め、ふいに、遠くで爆発音が鳴り響いたのはその時だった。顔をあげると、町の離れたところで、巨大なパワーによる衝撃が数度、巻き起こった。
 同時に、一行は行方不明になっていたレンのことを思い出していた。
 もしや、そこにはレンがいるかもしれない。
 一行は一部の仲間をその場に残して、爆発音がする方角へと急いで向かった。