校長室
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第15章‐1 イディア・S・ラドレクト 「ミドルネームをつけねーか?」 「え? ……この子に?」 雲海沿いにある、小規模の広場。そのベンチに、ファーシー・ラドレクト(ふぁーしー・らどれくと)はフリードリヒ・デア・グレーセ(ふりーどりひ・であぐれーせ)と一緒に座っていた。今日は、ティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)達はツァンダに来たという志位 大地(しい・だいち)の祖父に会いに行っている。ファーシー達も、後で行く予定だ。 フリードリヒの言葉に、彼女は腕に抱いたイディア・ラドレクトを見下ろし、首を傾げる。 「ミドルネームって……何?」 「何? って……何!? 知らねーのか?」 「うん、聞いたことないわ」 イディアの名前を考える時、ファーシーは名付辞典やそれに類する本を一切読んでいない。由来にしようかと思いついた“そのもの”について調べる事はあったが。だから、正しくは――彼女はミドルネームを持つ者に出会った事はあるが、それが“そう”なのだと認識をしていなかった。 「しょーがねーな、じゃあ俺様が教えてやるよ。ミドルネームっていうのはな、ほら、名前と名字の間にあるアレだアレ。大体真ん中にあるやつ」 「ああ、アレ? でも……あれ?」 非常に大雑把な説明に解ったのかどうなのか、ファーシーはアレを連発する。 「フリッツの『デア・グレーセ』は名字じゃないのよね。大王様って意味なんでしょ?」 以前に大地から『お后様』と呼ばれて彼が王様だったのだと知った。それで、少し調べてみたのだ。 「おう、俺様は大王様だ!」 「全然、そうは見えないけど」 「それが俺様のカッコいいところだな!」 褒めたつもりは全くないのに得意気にされた。だけど、ここでポジティブになるのが彼の長所だとファーシーは思う。 「でも、他の人の場合はちゃんと名前で、名字なのね」 「そーそー。ま、簡単に言や、ミドルネームはもういっこの名前ってことだな」 名は体を現す、という言葉もあるが、その部分に役職や立場を入れる場合もある。主流は在っても絶対のルールは存在しない。それがミドルネームである。 「そう、もう1つの名前……ってことは、フリッツはイディアにつけたい名前があるの?」 最近、イディアと顔を合わせながら「んー?」と、何か考えていたのはそういうことだったのか。名前をつけたい――それが、イディアを大事に思ってくれている、という事の表れに感じて、ファーシーは嬉しかった。 ……でも、散歩中にまで子育て雑誌を持ってくることは、ないと思うんだ。 「シュテフィってどうだ? ドイツ語で花飾りって意味なんだぜ! あと、冠な」 「冠? ……じゃあ、お花の冠ってことね。フリッツが大王様だから、この子は王女様ね!」 「ああ、シュテフィ……フィーは王女様だ!」 こうしてイディアはイディア・Steffi――イディア・S・ラドレクトとなった。 「はい、今度はフリッツが抱っこしてね」 ベンチから立ち上がる前に、ファーシーは、イディアを注意深く彼に預ける。 「スリングの方がいいって言ったのはフリッツでしょ? この子、割と重たいんだから」 機晶姫だからということもあるだろうが、生後3ヶ月の平均体重は既に突破している。布の調整をしながら、彼女は言った。 「今度はフリッツの温もりをこの子にあげてね」 「いくらでも抱っこしてやるよ。今時は育メンがイケてるらしいぜ!」 やる気満々で答えて「なー、フィー」と、今にもキスしそうな勢いだ。「あっ……!」と、ファーシーは慌てた声を出した。 「0歳の女の子のファーストキスを奪ったら許さないわよ!」 「お、拗ねたのかー?」 「すねっ……!? ち、ちがうわよ、だから……。!」 いきなり額にキスをされて、ファーシーは言葉を失った。もとい、「な、なな……」と、「な」しか言えなくなった。 「ファーシーが一番大事なのは揺るがないから心配すんなよ」 フウリードリヒは笑顔でそう言って、そこら中に音符が飛んでいそうな調子で歩き出す。 「だから、なんでたまにムダにかっこよくなるのよ! バカー!」