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第5章 親友の彼氏チェック

 ここは浮遊大陸だ。人々の新たな可能性として、2009年、地上よりも遥か高い位置に現れた。だが、地球とパラミタを繋ぐ空京に降り立つと、そこから更に高く聳える建物が見える。白く、真珠のような色合いをした300階建の建築物。
 シャンバラ宮殿。現在のシャンバラ王国の中枢だ。
「へえ、これはすごいかも……」
 これだけ高い建物だ。背を向けない限りは空京の何処からでもその姿が見えるだろう。都村 夏乃は感心しながら、宮殿に向けて歩を進める。これから会うのは、小学生の頃からの友達の桐生 理知(きりゅう・りち)と、その恋人だ。理知とはお互い何でも話せる、親友と呼べる仲である。その彼女に恋人が出来た。
 ――どういう人か気になって、紹介してほしいと言ってみたのだ。
(たぶんしっかり者で、ツッコミ体質な人なんだろうな)
 少し天然な理知との日々を思い出し、何となくそんなイメージを浮かべる。
(変なのに引っかかったら困るし、私が見極めてあげる!)

 その頃、理知は辻永 翔(つじなが・しょう)と、夏乃が来るのを待っていた。
「なっちゃんに久しぶりに会えるんだね! 楽しみだな」
「理知の親友か。どんな子なんだ?」
「実家にあんまり帰らないからメールぐらいしかしてないけど……」
 そうだねー、と僅かに考える仕草をして、理知は言う。
「明るくって……さばさばした感じかな? あ、来たよっ!」
「りっちゃん!」
 そこで、夏乃が通りの向こうから近付いてきた。茶色のポニーテールが、軽く揺れる。
「その人が、りっちゃんの恋人?」
「うん、辻永翔くんだよ! 翔くん、彼女がなっちゃんだよ」
「よろしくな」
 美人だな、と思いながら翔は挨拶する。夏乃も自己紹介すると、理知は元気いっぱいの笑顔を浮かべた。
「今日は、楽しく過ごそうねっ」

 街の中を、理知達はシャンバラ宮殿に向かって歩いていく。その後は天沼矛に乗って海京に降りて、天御柱学院の周囲を散策するつもりだ。
「イコンのパイロットってどんな感じなの? 学校の授業とかも普通の高校とは違うんでしょ?」
「ん? そうだな……」
 水を向けられ、翔は学院での暮らしを夏乃に語る。知識が無くてもわかりやすいように、専門用語をなるべく避けているようだった。話しながらも彼は理知のことを気にしていて、そんな部分からも、2人の仲の良さを感じられる。
 さりげなく彼氏チェックされているのに気付いているのか、翔は困ったような、少し緊張したような表情をしていた。
 出撃中も、そして普段も頼りになる。だけどそれだけじゃなくて、歳相応な少年らしさも、彼は持っている。
「なっちゃんがパラミタに遊びに来てくれるなんて、何か嬉しいな」
 ちらちらと、助けを求めるような視線が送られている気がして理知は言った。こうして3人でパラミタを歩く。その“今”にとても心が弾んで、自然と顔が綻ぶ。
「翔くんはね、イコンに乗ってる時もカッコ良くて、優しくて好きなことに真っ直ぐで、一緒に居ると楽しくて……」
「え、お、おい……」
 指折り数えながら話し出した理知に、翔は慌てた声を出した。照れたように恥ずかしそうに、彼女を止めようと手が変な形になっている。
「でも私、なっちゃんにも翔くんの良さを知ってもらいたいんだ!」
 その彼に理知は屈託の無い笑顔を見せ、続けて夏乃にも笑いかける。
「なっちゃんなら分かってくれるって思うから」
「……変わってないわね、りっちゃんは」
「なっちゃんも変わってないね! あの頃のままだよ」
 夏乃はつい苦笑して、気安い口調で、どこかしみじみと翔に言う。
「あの頃はりっちゃんに、よく振りまわされたわ。もう色々と大変で……」
「私はなっちゃんを振りまわしてないよ! 一緒に遊んでただけだもん! ……元気があったとかにして欲しいな」
「!」と慌てて反駁して、理知はちょっと、拗ねたように口を尖らす。だがそれは、すぐに以前を懐かしむ笑顔になった。
「……でも、どんな時も笑顔で傍に居てくれたよね」
 そして、改めて空京の街を見回す。
「私の通う学校や好きな人、町。全部知って、なっちゃんにも好きになってほしいな……。あ、で、でも、翔くんを好きになったら困るかも。……な、なっちゃんがライバルになっちゃう!?」
「ちょっとちょっと、何勝手に暴走してるの」
 1人慌てる理知にツッコみを入れ、夏乃は翔に目を移す。
(……まあとりあえず、変なのではなさそうね)

 天沼矛に乗って、海京に降りていく。エレベーターが到着する直前、夏乃は翔に訊いてみた。
「辻永くんはりっちゃんのこと好き?」
「! え、ああ……好きだよ」
 不意を打たれてどきっとして、でも、迷いなく彼は答える。隣で幸せそうに笑った理知は、開いたドアの向こうを背にして、とびきりの笑顔を浮かべた。
「じゃあ、今度は学校の周りを案内するねっ!」