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今日は、雪日和。

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今日は、雪日和。

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 ■ 寒い日にはあたたかいものを ■



 福神社に遊びに来た布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)は、雪かきをしている皆の姿に感心した。
「布紅さん、他のみんなも寒い早朝からがんばってるんだね」
「そうね。佳奈子も手伝う?」
 エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)に聞かれ、佳奈子はどうしようかなと少し考え。
「それよりも、何か温かいものをごちそうしてあげたいな」
「温かいもの?」
「うん。小豆のたっぷりはいったぜんざいを作って食べてもらえるといいかなって」
 佳奈子の提案にエレノアは、それはよい考えだわと同意した。料理はダメだけれどそれ以外の手伝いならエレノアにも出来る。
「じゃあ材料買い出しに行く?」
「待って。その前に、神社にお供え用の小豆やお餅があったりしないか、布紅に聞いてみるわ」
 あればそれを有効利用した方が良いからと、エレノアは雪かきをしている布紅のところに行って尋ねてみた。
「うちには食べ物はないですね……。お茶の葉とかお酒とかはあるんですけど」
 基本的に物を食べないので、食品らしいものは置いていないのだと布紅は申し訳なさそうに答えた。
「そう。じゃあ空京の街で買ってくることにするわ」
 空京の街ならば何でも揃うだろうから、と早速出掛けようとしたエレノアを、神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)が呼び止める。
「お汁粉の材料ならありますから、良かったらこれを使いませんか?」
「でもそれは、あなたが使う為に持ってきたものよね。貰っちゃっていいの?」
「ええ、構いませんよ。たくさんありますし、もともと福神社を訪れる方々にふるまう為に持ってきたものですから」
 どうぞ遠慮無く、と微笑む翡翠の言葉に甘えることにして、佳奈子は小豆や砂糖を分けてもらった。

 普段はあまり使われることはないけれど、福神社にはちょっとした調理場が設けられている。
 そこで佳奈子と翡翠が中心となって小豆を煮、それをエレノアと山南 桂(やまなみ・けい)が手伝った。
 大鍋にたっぷりの水を入れて、小豆を強火で煮立てる。
 何度かゆで汁を捨てて渋抜きをしてから、もう1回強火で茹で、沸騰したら弱火で1時間ほど水を加えながら小豆が柔らかくなるまで煮込む。
 そんな餡作りの合間に、佳奈子は作っているぜんざいのことを話した。
「私の実家のある日本の出雲地方だと、ぜんざいは神社の神事のときにふるまわれたりお供えされたりする料理なんだよ。『神在餅』って言うんだけど、それがなまってぜんざいになったんだって」
「そうなんですか。自分はお汁粉と呼んでいますが、何が違うんでしょう?」
 翡翠に聞かれ、佳奈子はさあと首を傾げる。
「つぶあんとこしあんの違いだとか、汁になってるのと餡子をかけるのとの違いとかいろいろ聞くけど、ほんとのところ、いまだによく分からないんだよね」
「地域によっても違いそうですしね」
 佳奈子と翡翠がしているそんな会話に、餡に入れる砂糖を計量していたエレノアが、
「日本の文化ってほんとに複雑よね」
 そんなに広い国とも思えないのにと笑った。
「地域によっての独自性こそが、日本の文化とも言えるでしょうしね」
「そうそう。違うからこそ面白いってものもあるんだよ。うちのほうではぜんざいのお餅は、焼かずに小さな丸餅を入れて煮込むんだけど、翡翠さんのところはどう?」
「自分のところは、焼いた餅と、あとは栗を入れますね」
「栗入り? ちょっと贅沢気分だね。――あ、エレノア、そろそろゆで汁を切るから手伝って」
 佳奈子はエレノアの手を借りて、大鍋で煮た小豆のゆで汁を切った。
 そこに砂糖と塩と水を加え、あとは弱火でしばらく煮込めば、ぜんざいのもとになる小豆汁の出来上がりだ。
「盛りつけ用に食器がいるわね。布紅に聞いて貸してもらってくるわ」
 身を翻すエレノアに、桂が申し出る。
「1人で食器を運ぶのは大変でしょうから、俺も手伝いますよ」
 行ってきますねと翡翠に声をかけると、桂はエレノアと共に布紅を探しに行った。


「なんだか人がたくさん集まっていて楽しいですね」
 遠出の予定がこの雪で流れてしまった為に、ちょっと福神社の様子でも見に行こうかとやってきた騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は、境内で雪かき等をする皆の姿に笑顔になった。
「ええ。こんな雪の中、来てくれる人がいるのって嬉しいです」
 布紅もにこにこと頷く。
 参拝客はやはりいつもよりぐっと少ないけれど、手伝いの皆がいる為に寂しい感じは全くしないし、雪の中やってきてお参りをしてくれる人がいるのは、布紅にとっても嬉しいことなのだろう。
「この時期だと受験シーズンですから、合格祈願の参拝客もいらっしゃるんでしょうね。布紅さんは合格祈願を見守るのもバッチリですか? 詩穂も空京大学を受験してくれる人がいると嬉しいですし☆」
 新入生が来るのが楽しみだという詩穂に、布紅ははにかむように答える。
「いえ私は……合格だとか、そんな大それたことじゃなくて……ここにお参りしてくれる人みなさんに、小さくてもいいから福が訪れますように、とお祈りすることしか出来ませんから……」
「そうなんだぁ。でも詩穂は空京大学を受験する人がいたら応援してあげたいなぁー、あ、そうか! あとで空京大学の後輩が増えるように、詩穂も参拝してみようかなぁ」
 詩穂はゴルダを手に、賽銭箱を眺めた。
「合格といえば……福神社では参拝客の希望者に『祈願』とかやっておるか? あれじゃ、賽銭箱の向こう奥でやってるやつ」
 清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)の問いに、布紅は首を横に振る。
「やってないです……。あれは神職の方が神様に向けてするものですから……」
 自分がすることではないからと布紅は答えた。
「もし必要でしたら、空京神社の本社でやってると思います……」
「まあ自分が自分に祈願するというのもおかしなものかのう」
 祈願待ちをする参拝客の為に、待機所としてかまくらを作ろうと思ったのにと青白磁が残念がると、でしたら、とセルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)が提案する。
「祈願待ちではなく普通の参拝客の方にくつろいでいただいたらいかがでしょう?」
「ほう、それは良い考えじゃのう」
「じゃあ詩穂はこんな雪の日に来て頂いた参拝客のために、甘酒をふるまいましょう。甘酒ならば未成年の受験生の方々でも大丈夫ですし」
「参拝客だけでなく、雪かきをお手伝いしている方にも飲んでいただけると良いですわね。それと、年齢的に大丈夫な方には御神酒をふるまうのもよろしいですわね」
 セルフィーナはそう言ってから、御神酒、とうっとり呟いた。
「御神酒を熱燗にして、この雪景色を見ながら温泉なんて……ああっ、想像しただけで辛抱できませんっ!」
「ど、どうしたの、いきなり」
 驚く詩穂に、おや、とセルフィーナは口元を押さえた。
「わたくしとしたことがいけません。意識が温泉まで飛躍していました。雪景色を見ていたらあったかい温泉を想像してしまうのはきっと、魔力なのです」
「ふふ、そうかもね」
 雪景色というものはちょっと特別な気分になる景色だから、と詩穂はセルフィーナに笑顔を向けた。



「ぜんざいが出来ましたー! 参拝客の皆さんもお手伝いの皆さんも、よかったらどうぞー!」
 コトコトと根気よく小豆を煮て作ったぜんざいを入れた鍋を手に、佳奈子は皆に呼びかけた。
「佳奈子、あんまり揺らすとこぼれるわよ」
 お椀や箸をお盆に載せてきたエレノアが笑いながら注意すると、佳奈子が置いた鍋からぜんざいを1人分ずつよそっていった。
「3人分いただいてもいいですか?」
「はい。熱いから気をつけてね」
 関谷未憂はエレノアにぜんざいをよそって貰うと、リンとプリムと並んで食べ始めた。
 控えめな甘味と、少し煮溶けた感じのお餅のぜんざいは優しい味わいだ。
「うん、美味しい! 労働のあとのぜんざいは最高だね!」
「あら、リンはそんなに労働してたように見えなかったけど?」
「え、それは……あはは、まあね」
 未憂に言われたリンは笑って誤魔化しつつ、ごくりとぜんざいを飲む。
 猫舌のプリムはぜんざいを十分に冷ましてからでないと食べられない。ふぅふぅと一生懸命に吹いてさまし、これくらいなら大丈夫かな、と恐る恐る口をつけてみて、また慌てて冷まして。
「下のほうが冷めにくいから、よくかきまぜてね」
 未憂の指摘に頷くと、プリムはぐるぐるとかきまぜて冷まして再挑戦。
「……あ」
 飲んで小さく息を吐くプリムに、リンは美味しいよねーと笑顔を向けた。


「これなら参拝に来る人も困りませんね……」
 きちんと整えられた雪の境内を、布紅はほんわりと眺めた。
 元々それほど参拝客が来る訳でもない福神社だが、雪かきに集まった人々のお陰でいつになく活気が感じられる。
「案外早く片づいたわね」
 手伝いに来てくれた人も多かったし、とアルメリアが言うと、そうですねと布紅は胸の前で指を組み合わせた。
「こんなに寒い中、重い雪をかくのは大変なのに……ほんとうに感謝です……」
 幸せ気分で布紅が立ち尽くしていると。
「あ、布紅ちゃん、見付けた!」
 レオーナが弾む足取りで走り寄ってくる。
「ね、布紅ちゃんって2月9日が誕生日なのね。2、9。ふくなのね」
 急に言われた布紅は面食らった表情でまばたいた。
「た、誕生日ですか……? 本当にその日なのかは、分からないですけど……」
「分からないって、どうして?」
「あの……わたし……気がついたらここにいて……琴子先生から、福の神してくださいって言われて……それより前のこと、分からないんです。その誕生日は……あったほうがいいかもしれないからって……仮につけてもらっただけなので……」
 おどおどと布紅は答えた。
「それで、何とか記念日みたいに、語呂合わせの誕生日になってるのね。うふ、でもこういうこてこてのダジャレは重要よね!」
 だから、とレオーナは布紅の手を引いた。
「こっちに来て! 布紅ちゃんに見せたいものがあるの」
「は、はい……でもあの、見せたいものって……?」
「あ、待って布紅ちゃん」
 首を傾げながらレオーナに引っ張られてゆく布紅のあとを、アルメリアも追いかけていった。

「はい! これ布紅ちゃんへのプレゼント!」
 じゃーん、とレオーナが示したのは……何と表現すれば良いのだろう。
 雪を固めて薄い円柱形の土台を作り……その上にびっしりと線香が刺さっている。
 常香炉もかくやという程、もわもわと線香の煙が立ち上っているそれに対して、どう反応して良いのか決めかねて、布紅はあいまいに、はあ、と呟いた。
「布紅ちゃんの誕生日が2月だって聞いたから、雪で誕生日ケーキを作ってみたの。神様らしく蝋燭の代わりに線香を立ててみたんだけど、布紅ちゃんの歳が分からなくてね。神様なんだからきっと長く生きてるんだろうな、ってことで、立てられるだけ立ててみたのよね。壮観でしょ?」
 レオーナの説明に、ああそれで、と布紅も納得した。
「そう。だから改めて。――誕生日おめでとう。布紅ちゃんにもいっぱい福がありますように!」
「あ、ありがとうございます」
 布紅ははにかみながら礼を言う。
「誕生日のことなんて、忘れてました……」
「さ、布紅ちゃん、この線香を一気に吹き消すのよ!」
「は、はい!」
 誕生日ケーキの蝋燭を吹き消すように、布紅は息を吹きかけ……。
「ぐ、げほっ、ごほっ……何だか余計に……線香が赤く……ごほごほ……」
「あ、そっかー。線香だもんね。あはは」
「ふえ、っ……」
 もくもくと煙る線香の中、布紅は泣き笑いの表情で目元をこするのだった。