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chapter.6 そして女の子は無敵になる 


 式部たちが大部屋を訪れ、一方でラブがラルクの救出を果たしていた頃。
 空京の街では、行方をくらました苦愛の姿を探す数人の姿があった。
 その中のひとり、御神楽 舞花(みかぐら・まいか)は、契約者の御神楽 陽太(みかぐら・ようた)と離れ、単独で聞き込みを行っていた。
「こんな顔をした方を、見かけませんでしたか?」
 そう尋ね回る舞花の手には、一枚の絵。
 彼女が、自分で描いた苦愛の似顔絵だった。
 名画家のパレットを用いて描かれたそれは、かなりの完成度を誇っていた。それ故か、彼女の望む情報は比較的容易に手に入った。
「えっ、本当ですか!?」
「ああ、あっちのアクセサリーショップの方で見かけたよ」
「ありがとうございます!」
 通行人から苦愛の目撃談を聞き出した舞花は、指さされた方角へと急ぎ向かう。

 舞花がその店の前へと到着すると、目的の人物はすぐに見つかった。苦愛が、ちょうど店から出てくるところだったのだ。
 近づき、声をかけようとする舞花。するとほぼ同じタイミングで、シルヴィオ・アンセルミ(しるう゛ぃお・あんせるみ)とパートナーのアイシス・ゴーヴィンダ(あいしす・ごーう゛ぃんだ)が、苦愛に近づいた。
「あれ……?」
 その存在に気づき、思わず声をあげる苦愛。
 どうやら舞花と同様、彼らもまた、苦愛を探していたようだ。
 おそらく、寺を出た後も先立つものが必要と予想し、繋がりのあった店の付近で待っていたのだろう。
「やあ、急に寺を出たって聞いたから、心配したよ」
 シルヴィオが声をかける。苦愛はどこか居心地悪そうに、視線をそらした。しかし特に逃げたりする素振りは見せない。
「……あたしに何か用? もうあたし、あの寺とは関係ないんだけど」
「少し、お話したいことがあるんです。どうか、付き合っていただけませんか?」
 舞花が話に入る。初対面ならいざ知らず、既に何度も顔を合わせているだけに邪険に扱うことも躊躇われ、苦愛は渋々といった感じで首を縦に振った。

 その後、さらに数名が合流し、苦愛の話を聞くため、舞花とシルヴィオの提案の元、近くにあった喫茶店へと入ることとなった。
 大きめのテーブル席に苦愛を中心として座ったのは、先ほど接触をした舞花とシルヴィオ、それとアイシス、さらに途中で合流した桐生 円(きりゅう・まどか)小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)、そして美羽のパートナーであるコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)だ。
「買い物でも、されていたんですか?」
 最初に口を開いたのは、舞花だった。苦愛は若干気まずそうに、「まあ、そんなとこ」と言葉を濁した。おそらくそれは嘘で、シルヴィオの読み通り、何かしらの金策に走っていたのだろう。
 とっかかりの質問がまずかったのかも、と舞花は少し方向転換し、苦愛の飲んでいるカフェラテやお店の内装の話題など当たり障りのない話から入った。
 しかしやはり、苦愛はどこか落ち着きのない様子でそわそわとしている。
 それを見てかは分からないが、美羽がタイミングを見て苦愛に話しかけた。
「苦愛さん、私、苦愛さんに感謝してるんだよ」
「……え?」
 思わぬ言葉に、一瞬苦愛が素の声を出す。美羽は、その真意を語り始める。
「あのお寺に行って苦愛さんに会うまで、いろいろ悩んでたんだ。でも、苦愛さんにアドバイスをもらうようになってから、それがなくなって。だから感謝してるの!」
 そう言うと、美羽は苦愛の手を取った。苦愛の表情は、なんともやりきれないような、後ろめたさがあるような、そんな顔だ。
 しかし美羽は、それに気づいているのかいないのか、彼女に告げた。
「苦愛さんがあのお寺を出たって知って、心配になったの。もし協力できることがあったら、今度は私が苦愛さんの力になりたいなって思って」
 そして美羽の口から、ひとつの問いが投げかけられた。
「ねえ、お寺から離れてしまうような何かがあったの?」
 真っすぐ見つめる瞳から逃げるように、苦愛は目を伏せた。美羽のその言葉はとても純粋で、自分にはそれがとても痛かった。
 心を少し痛めていたのは、この時苦愛だけではなかった。コハクもまた、パートナーの美羽のそんな様子を間近で見て、落ち着かないものを感じていた。
 Can閣寺に入り浸るようになってからどこかおかしくなってしまった美羽。
 苦愛が寺を出て、美羽もそれを追いかけたことで結果的には「美羽を取り戻す」という彼の思いは実ったのだが、未だ苦愛に心酔している様子の美羽を見ると少しだけ不安が残った。
 とはいえ、あの寺が何か良からぬ問題を抱えているのは間違いないだろうと思うコハクにとって、今目の前にいる苦愛が大切な情報源なのであった。
 美羽、そしてコハクから視線を浴びた苦愛はしばらく黙った後、自棄になったかのような口ぶりで、言葉を発した。
「……ていうか、やめてよ」
「え?」
 不意の言葉に聞き返す美羽。苦愛はどこか苛立った様子で、彼女らに告げた。
「感謝とか、心配してたとか、そういうのやめてって言ってんの! あたしがあそこでどんなことしてたか、あんたたちも感づいてるんでしょ!? 特にあんたとか、何度も探りいれてたもんね」
 言うと、苦愛は舞花を睨みつけた。
 確かに、モヤモヤを抱きいろいろと尋ねたのは事実。そう思った舞花は、素直に頭を下げた。
「すいません、どうしてもあのお寺のことが気になってしまって……」
「あーもう、だから謝らないでって言ってんの! どんどんあたしが惨めになってくじゃない」
 そう言って舌打ちをした苦愛に、今度はシルヴィオが話しかけた。
「苦愛さん……正直に言うと、俺は最初、いろいろと寺のことについて知りたかったという気持ちもあった。けど、今は君の味方になりたいと本当に思ってるんだ」
「……」
 彼の言葉のすべてを信じ、受け入れたわけではないのだろうが、苦愛は少し黙り込んだ。シルヴィオが、もう一度彼女を呼ぶ。
「苦愛さん……いや、君にも本当の名前があるんだよね」
「……あるけど、それがなんなのよ」
「もう寺を出たんだ、その生まれ持った名前を、教えてもらえないかな?」
「そんなの、知ってどうするの」
 顔を背けながら言う苦愛に、シルヴィオは優しい表情で答える。
「言ったじゃないか。俺は、君の味方になりたいって。そう思う人のことを知りたいと思うのは、当たり前だろ?」
 シルヴィオの言葉が。舞花や美羽の素直な気持ちが。苦愛に少しだけ心を開かせたのだろう。彼女は、静かにその言葉を口にした。
「……マイ。あたしの本名は、マイよ」
「マイか。素敵な名前だね」
 穏やかな笑顔で、シルヴィオが言った。そして彼は、さらに苦愛――いや、マイへと踏み込んでいく。
「さっき君は、『あそこでどんなことしてたか、感づいてるんでしょ』って言ってたよね。確かに、少しの予想はついている。でも、知らないことだってたくさんある。あの寺では何が起きていたのか、実際に君が何をしていたのか、そして、奇君がどんな思いをしていたのか……それを、教えてほしいんだ」
 マイを見てそう話すシルヴィオの目は、真剣だ。美羽と舞花も、「私たちも知りたい」という視線を送る。
「……ていうか、どこまで知ってるの?」
 観念したのか、苦愛が尋ねた。その質問は、知らない部分を教えようという意思の表れだろう。
 それを受けて、シルヴィオはこれまで調べ、推測した事柄を話し始めた。
 Can閣寺とパイプがある店が存在すること、その店と相互関係にあるCan閣寺が入山者による利益を得ていたかもしれないこと、またCan閣寺自体も一枚岩ではなく、住職派と副住職派に別れているということ……。
 それらを聞いたマイは、驚いた表情をしてみせた。
「ずいぶん深いところまで調べてたのね……」
 もうそこまで知られているのなら、逆に躊躇する必要もない。マイは、ぽつぽつと彼女が知る真実を曝け出し始めた。
「君が言ってた通り、あそこはアクセサリーとか洋服、飲食店と繋がってるのよ。綺麗になりたかったり、デートしたい子が入山したら、そこで一通りお金を使ってもらって、利益の一部がうちに還元されるの。あ、当然お金を使うのは大抵、女の子と一緒にいる男の子の方だけどね」
 やはり、Can閣寺にはそんな金の流れがあったのか。予想はしていたし、そうだろうとも思ってはいたが、いざマイの口からそれを聞かされると、シルヴィオはなんともやりきれない気持ちになった。
 さらに、マイは続ける。
「寺の中で派閥があったってのも本当。あたしはそうやって金策に走ってたけど、あの人は純粋に愛だけを広めようとしてたから」
「でも、それが住職様と決別しなければならない理由になるとは……もしや、他に何かあったのですか?」
 アイシスが、口を挟んだ。マイはその言葉に頷き、嫌なことを思い出すように言った。
「別にあたしはお金が入ってくれば良かったし、それは寺を維持するためにも必要だっただろうからあの人も何も言わなかったんだろうね。でもほら、ここのとこ侍の人とかいろいろ事件が多かったでしょ?」
 謙二やその弟子たち、それに関わるものたちが寺に踏み入ったことに話は及んだ。
「アレで……ってか侍の人に逃げられたのが一番怒ってたっぽいけど、あの人が機嫌悪くしちゃって。あたしも、やばい目に遭いそうになって」
「やばい目……?」
 その場にいた誰もが、疑問を抱いた。苦愛はそれに対して、あえてその怖さをぼかすように答えた。
「あの人が言う『愛を教える』は、危険すぎるの。だから、あんなラブ阿弥陀仏とかくだらないことやってお金稼ぐより、自分の身が大事だって思って、それで」
 居ても立ってもいられず、寺を逃げ出したのだとマイは言う。
「要するに、ハナからあたしはちょっと裕福になれたらそれで良かったの。別に恋愛を説きたくもなかったし、来る子たちには適当に話合わせてただけだし。夢とか目的とか、そんなものもない、ただのがめつい人間なの」
 段々とCan閣寺の内部が見えてきたところで、マイが自らの思いを暴露した。
 ある程度予測が立っていたためか、それともそんなマイに思うところがあったのか、聞いていた一同に怒りの感情はそれほど涌き起こりはしなかった。
 自身が早口気味になっていたことに気づき、少し呼吸を整えるマイ。そんな彼女に話しかけたのは、今まで沈黙を守っていた円だった。
「……苦愛さん。じゃなくって、マイさんって言った方がいいのかな」
 そんな切り出し方で、円は彼女に言う。
「くだらないとか適当にとか言ってたけど、そうでもないんじゃないかな」
「え?」
「確かに、あそこには黒いところはあったかも。月夜くんとか、お財布がおかしなことになってたし」
 今でも覚えてる、謎の錠剤に大金をつぎ込む月夜の姿。円は少し苦笑しながらも、いたって真面目な口ぶりでマイに告げた。
「そのへんは、紛れもない事実だと思うんだけど、でもさ。マイさんが話を聞いてくれて、アドバイスとかしてくれたからこそあれだけ人が集まったっていうのも、嘘ではないと思う」
「それは……そんなの……」
 自分のため。お金のため。そう反論しようとするマイだったが、言葉がうまく出なかった。
「くだらないことをしてたと自分で思ってもいいとは思うけど、実際に救われてた、癒されてた人はたくさんいて、無駄ではなかったのかなって」
 お金の面はやりすぎな面もあったかもだけどね、と再び苦笑いして円が言った。
 だが、マイはつい感情的になってしまったのか、声を大きくして言葉をぶつけた。
「救われてたとか、癒されてたとか、全部その人が勝手に思ってたことでしょ? あたしは、そんなつもりなんて全然なかったんだってば!」
「マイさんにそのつもりがなくても、実際にボクはだいぶ気持ちが楽になったりしたよ。きっと、前に進めた人だっているだろうし」
 それを聞いてもまだ納得していない様子のマイに、円は少し考えてから、彼女へと伝える。
「自分のやったことは、認めてあげてもいいと思う。ほら、自分のことを好きになれたら、女の子はもう無敵って言う言葉憶えてる? あれは真実だと思うよ」
「……っ!」
 円が言った言葉。それは以前、マイが円へとアドバイスした言葉だった。
 その時は、出任せと勢いで言っただけの言葉。でもまさかそれが、こんなに他の人の中に残っていたなんて。
 マイはどうにか否定しようとするが、心の内側から出てくるものを抑えきれず、自分自身に戸惑いを覚えずにはいられなかった。
 もう、わかんない。
 なんでこの子たちがこんなに自分に関わってくるのかも、なんで悪事を働いた自分に優しくするのかも。
 彼女の中でそんな気持ちが浮かび、こんがらがった感情は涙となってマイの目に浮かんだ。
「バカ……もうほんと、あんたたち全員意味わかんない……!」
 涙声でそう漏らす彼女を見て、円は思わずその手をマイの頭に置いた。
「ほーらー、自信もってー」
「うっ、うう……っ!!」
 とうとう、両の手で顔を抑えるマイ。そんな彼女を見て、シルヴィオは思う。
 もしかしたら、心のどこかになにか満たされないものがあったのかもしれない、と。
 それはマイに限ったことではないかもしれないが、本当に大切なものが置き去りにされがちなこの世の中で、彼女は着飾ったりすることで自身の隙間を埋めていたのではないか。
 そんなことを考えた彼は、泣き出したマイに向かって言葉をかけた。
「女の子の一番のお洒落って知ってるかい?」
「……?」
 赤くなった目でシルヴィオを見上げるマイ。彼は続ける。
「笑顔だよ。それだけで、周囲の人が幸せになれるくらいの、とびきりのお洒落だ。だからマイ、君には笑ってほしいな」
 シルヴィオのそんな言葉に、マイの口元が思わず緩んだ。
「……何、真顔でそんなクサいこと言ってんの」
 そう言ってみせたマイの顔は憑き物がとれたようで、彼らが見た中で一番綺麗だった。

「ところで……」
 マイが落ち着き、一段落ついたところで、一同は先ほど聞き逃したことがあったのを思い出していた。
「住職の教える愛が危険すぎる……って言ってたけど、それって?」
 美羽が尋ねると、マイは恐るべき答えを告げた。
「あたしも実際に見たわけじゃないから本当かどうかは分からないんだけど……もしあたしが聞いた話が本当なら、あの人が言う愛は、『性の境目をなくす』ってことだと思う」
「性の……境目?」
「それをなくすって、どういう……」
 美羽、それに意味を把握できないでいるコハクが再度質問する。
「そのままよ。男と女の垣根を取っ払うため、肉体の一部を切っちゃうの。なんでそれが愛なのかは、あたしも全然わかんないけど」
「……!」
 マイの言葉を聞いた一同は、絶句した。そんな行為が、存在して良いのだろうか。誰もが思うが、開いた口はなかなか塞がらない。
「はっ……こ、このことを知らせないと!」
 舞花が我に返り、立ち上がる。それに真っ先に応じたのは、コハクだった。
「今、Can閣寺にいる人にテレパシーを送ってみる!!」
 彼が言う。気がつけば、マイ以外の全員が既に席を立っていた。
 テレパシーは確かに送った。しかし、返答を待っている余裕はないし、返答がなければ無事メッセージが届いたかどうかも分からない。
 そして何より、これだけの事実を知ってしまった以上、やはり立ち向かわなければならないだろう。
 誰も声には出さなかったが、それぞれが今どうすべきかを悟っていた。
「え? え?」
 そんな中、すっかり戸惑っているマイに言葉を差し伸べたのは、円だった。
「マイさん、ボクたち、Can閣寺に行くよ」
「き、聞いてたの!? あの人は本当に危ない人で……!!」
 マイが止めようとするが、彼女たちは既に店の扉へと向かっていた。その背中を見て、マイは一旦頭を抱えた後、がばっと顔を上げた。
「あーもう、せっかく逃げてきたのに!!」
 そう言った彼女は、駆け足で一同の後を追いかけるのだった。