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若葉のころ~First of May

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若葉のころ~First of May
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●サプライズ・アフター・サプライズ(1)

「ローラ、ここよ」
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)はローラ・ブラウアヒメルの姿を見つけて手を振った。
「ごめん、ワタシ遅れたよ。ここ広すぎね、道に迷った」
「構わないわ。ローラを待っている間に打ち合わせを済ませたから」
「打ち合わせ?」
「あ、それはこっちの話。気にしないで」
 ローザマリアはローラの手を握って、どんどん歩んだ。
「前に贈った水着、気に入ってくれたみたいね。あちこちで着てくれたでしょ? 嬉しいわ」
「うん、あれ、『キウイのお姉さま』スタイル、格好良かった。今年も着るよ」
 以前、ローザマリアがローラに見繕ったのは、黄緑色のビキニにパレオという、一部の人には既視感たっぷりの水着だった。
「いつまでも同じのを使い回したら破れてしまうじゃない。また新しいのを選んであげたわ」
 言いながらローザは、ブランドショップの試着室にローラを連れ込んだ。
 さらに店の奥、『ローザマリア・クライツァール様』と金色のネームプレートが入った分厚い扉を押し開ける。
「え? これなに?」
「ゴールド会員専用の試着室よ。せせこましい試着室って苦手だから年間契約してるの」
 その中央、全身鏡の前にローザはローラを立たせた。
「さ、コーディネート開始よ。動かなくていいから」
 言うなりするすると、手早くローラを脱がせにかかる。
「きゃ! ローザ、恥ずかしいよー」
「一緒にシャワーも浴びた仲じゃない。なんなら私も脱いでおあいこにしましょうか?」
「い、いいよ……任せる」
「オーケー。ああ、ローラって肌つやつやだから羨ましいわー」
「くすぐったいよう」
 やがて。
 水着姿のローラが全身鏡に映っていた。
「今回フルーツを思わせるコーディネートにしてみたわ」
 黄色のセパレートの上下に、葉のように緑色の大きめのリボンで髪をサイドテールにまとめ、腕と足首に付けるアクセサリーは木彫りの少しゴツゴツした質感の物をチョイス。
「どう、今回のコンセプトはずばり『パイナップルのお姉さま』!」
「うわあ、綺麗だなあ。ワタシ、気に入ったよ!」
「そうでしょうそうでしょう。じゃ、カードにサインしてくるから」
「え?」
「つまりこの水着は私からのプレゼントってこと。今年は、みんなで泳ぎに行きましょう?」
「えええー! 嬉しいけど、悪いよ。ワタシ、自分で出すね」
「遠慮しなくていいから。ほらローラ、着替えが済んだら彼女について来てね」
「彼女?」
 ドアが開いて、長身の少女が入ってきた。
 髪はエメラルドのような緑色、瞳は黄金で、透き通るような白い肌をしている。だが奇妙なのはその顔つきだ。まったくの無表情でにこりともせず、ローラが会釈しても人形のように無視している。
「名前はエウフロシュネ・ヴァシレイオス(えうふろしゅね・う゛ぁしれいおす)、生まれたての『ギフト』よ。仲良くしてくれたら嬉しいわ。じゃあ後で」
「え? え?」
 いきなり知らない少女とともに放置され、ローラはおずおずと話しかけた。
「こ、こんにちは」
 だがエウフロシュネはなにも言わない。
 ただじっと、ローラのことを見つめるのみである。
「あの……そんな見つめられると、ワタシ、着替えにくいね……」

 ローラが着替え終わると、エウフロシュネは無言で歩き出した。
 追いかけていくとそこは野外ステージだ。メーデーの行進はもう出てしまっており、いまは閑散としている。
「ここ座ればいいね?」
 エウフロシュネに示されて、ローラは座席の一つに腰を下ろした。
「あの、もしかしてエウフロシュネ、アナタ話せないか? 言葉知らないとか?」
 エウフロシュネはイエスともノーとも言わない。仕草すらしない。
 ただ、黄金の瞳でじっとローラを見つめるばかりである。
「うー、ローザいないし、この子しゃべってくれないし、ここ、誰もいないし……ワタシ、困ったね」
「しゃべれるよ。ワタシ、コツ、わかったね」
 ぎょっとしてローラはエウフロシュネを見た。
「ごめんね。ワタシ、ずっとローラの口調、スキャンしてた。それでやっと学習したよ」
「それワタシの言葉使い!? アナタ、ワタシの真似してるか!? 赤ちゃんがママの言葉真似るみたいに?」
「そう。ワタシ、エウフロシュネ・ヴァシレイオス。フローネと呼んでほしいよ」
 わーっ、とローラは彼女を抱きしめた。
「なんだか嬉しいよ。フローネ、アナタ、ワタシと友達なるね!」
「うん、なるよ」
 そのとき、轟音のようなギター音がかき鳴らされたのである。
「!」
 ステージには、愛用のギターを抱いたローザマリアの姿があった。
 ローザだけではない。エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)がいるのは、いつの間にかセッティングされたドラムキットの後ろだし、熾月瑛菜もギターを構え足を開いて立っており、アテナ・リネアもベースギターと共に駈けだしてきた。
「ごめんねローラ、黙ってて。打ち合わせしてたのはこれのこと。ゲリラライブよ! リードギターは熾月瑛菜!」
「さあ、お客二人の状態から、どこまで増やせるかが見ものだな!」
 瑛菜はギュィィィンとギターをドライブさせた。
「ベース! アテナ・リネア!」
「アテナ、いっくよー!」
 本当はサックスが得意なアテナだが、ベースだってお手のものだ。ブンブンとひときしり奏でてみせる。
「ドラム! エリー!」
「うにゅ……きいてほしいの」
 エリシュカはスティックを頭上でくるくる回した後、激しくて数の多いドラムソロを数秒披露した。
「はわ……そしてリズムギターとヴォーカルは、ローザことローザマリア・クライツァールなの」
「サプライズ余興ってやつよ。ローラ、それにフローネも聴いててね! お客さんは二人いれば十分! 行くわよ!」
「うにゅ……ワン、ツー、スリーなの!」
 四人の奏でる弾むようなロックは、あっという間に多数の人々の耳をとらえ、たちまち満員御礼へともつれこんだのだった。
 ローラが踊っている。長い髪を振り乱して踊っている。
 そしてエウフロシュネ……フローネも踊っている。
 彼女たちだけではない。たくさんの聴衆が踊っている。ローザマリアたちのロックで。