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太陽の天使たち、海辺の女神たち

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太陽の天使たち、海辺の女神たち
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リアクション


●Fireworks(1)

 野外バーベキュー大会がはじまっていた。
 場所はコテージの集まる集落より少し離れた平地、野外に沢山のチェアが並べられ、テーブルも用意される。炭火焼きのバーベキューコンロが何台も登場していた。

 強敵と書いて『とも』と読む。
 それが弁天屋 菊(べんてんや・きく)と馬場正子との関係だ。
 今宵、久方ぶりにその強敵たちが火花を散らす。
「バーベキューは食い倒れ的な肉料理……だが、その横で、きらりと光るモノもあるのさ」
 炎(コンロ)を挟んで向かい合う、二人の間には食材の数々が並んでいた。
「色々と準備してきたようだね」
「うむ……料理勝負とあっては、譲るわけにはいかんのでな」
 食材を加工する上で、どうしても端材がでてしまうのは道理である。この端材を使ってなにか一品を作るというのが今回の勝負のテーマだ。
 挑戦状を叩きつけたのは菊、受けたのは正子。それは今朝のことであった。
 正しくは早朝、夜のバーベキュー用に肉と野菜の下ごしらえをするときにはじまった。
 準備に勤しむ正子の元へ、菊がやってきて言ったのである。
「校長の業務中に挑むのははばかられたもんでな、久々の料理勝負、受けてもらおうじゃねぇか」
 二人は宿命のライバル、菊の挑戦を正子は即座に受けた。
「ほう……ならばこの、バーベキューの準備で出る端材、これを使っての料理というのはどうか?」
「面白ぇ、やってやろうじゃねぇか」
「よし。それではバーベキューの下ごしらえに手を貸すがよい。端材を集める必要があるのでな」
「朝飯前よ! ……って、これ文字通り『朝飯前』だな」
 体よくバーベキューの準備を手伝わされていることに、菊が気づいたかどうか。
 それはともかく。
 かくして夜。バーベキューが始まると同時に、両者も激しく調理を開始したのだ。
「見せてやるよ! 挽擂料技(ばんらいりょうぎ)奥義、端材粉砕撃!」
 ばあああっ、とまな板の上にひろげられた端材の数々、これを菊は、門外不出の料理奥義で砕いていく。独特の棍(バット)を使うというものだ。本来はを柔らかくし絶妙の『挽』肉や、『擂』身料理を作ったり、粉を挽く技であるが、これを食材を細かくするために応用したのである。その速さは、常人の目では決して捉えられないものであった。ところで応用しただけだったら『奥義』じゃないんじゃないの、などという野暮な疑問はここでは受け付けない!
 なおこの『挽擂料技』については、一言説明させていただかねばなるまい。これは五岳(道教の聖地である五山の総称)のひとつ、南岳衡山に伝わる料理の技である。この流派が料理をするとき、風雲妖しくかき乱れ、龍が雲間から顔をのぞかせるという伝説があった。(あくまで伝説なので本当にそんなことは起こらない)
 菊が目指したのはつけあわせだ。ゆえに、サイドメニュー的な料理よりも、スープのほうが良いのではないか――という判断が働いていた。
 バーベキューの箸休めのスープゆえ、中の具は小さい方が呑みやすいと思考、端材の形を整えるために奥義を炸裂させたのだ。
 それに、肝心のスープもただの水からは作らない。この島の海水を煮詰めて塩の代わり(濃縮海水)としたものを隠し味に使っている。これが、楽園にふさわしい海の風味を出汁のなかに醸し出していた。
 さらに、彼女は昼間、丹念に島の周辺を歩き回り良質のワカメを採取、これをたっぷりと入れているのだ。
 これぞ絶品、究極の薫り高きスープといえよう!
 そのとき、馬場正子もまた己の持てる技のすべてを繰り出していた。
「ぬおお、泰山包丁義(たいざんほうちょうぎ)秘術、端材切刻斬!」
 輝ける包丁が、正子の手で唸りを上げた。彼女の目の前の食材が、これまたすさまじい速度で細かく切り刻まれていく。泰山包丁義はその名の如く、包丁を使った恐るべき料理の技。特製の鋼鉄包丁と通常の倍はある分厚さの強化まな板、そして正子の比類なき腕力があるからこそできる驚異の力わざだ。ゆえにご家庭でやることは決して推薦できない! ていうか普通の人は真似したくても絶対できない!
 この『泰山包丁義』もやはり五岳のひとつ、東岳泰山に伝わる料理の技である。東岳泰山が南岳衡山のライバルだということは、鉄人料理界隈では誰でも知っていることだ。この流派が料理をするとき、史書に残るほどの天変地異が起こったり起こらなかったりするという伝説があった。(もちろん、やっぱりただの伝説なので本当には起こらない)
 正子は食材を刻んだ上、これを、この島で育った野鳥の卵、愛用の長寿酢などから作り上げたマヨネーズに混ぜ込んだ。
 これぞ絶品、至高のタルタルソースの誕生だ!
「いざや、この両者! 判定はいかに!」
 スープとタルタルソースが、本日の主催者にして島の所有者たる御神楽環菜の前に届けられた。
「えーと……」
 環菜は、スープとタルタルソースを前にして当惑顔だ。
「それよりまず私、バーベキュー食べたいかなあ……なんて……」
「いや、そういうわけにはいかねぇ。どっちの料理が最強か、はっきりしてもらいてぇんだよ」
「わしが蒼空学園第三代校長兼理事長、馬場正子である」
「どっちもつけあわせ、っていうかメインじゃないじゃない? そんなの勝ちも負けもないと思うんだけど」
「そこをひとつ、頼むよ」
「わしが蒼空学園第三代校長兼理事長、馬場正子である」
「ちょっと馬場校長、なんか頑張りすぎたのかおかしくなってるわよ!?」
「それはいいから、両方食べて結論を!」
「わしが蒼空学園第三代校長兼理事長、馬場正子である!」
 どうあってもこれは判定を出さないわけにはいかないようだ。
 両方一口ずつ食べて、環菜は申し訳なさそうに言った。
「えーと……私、あんまりタルタルソース使わないし……普段から」
 以上! 菊の勝利!
 
 その頃、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、パティとローラのブラウアヒメル姉妹に声をかけていた。
「アメリカ人なんでね、バーベキューは得意なの。ちょっと食べていかない?」
 コンロを前にしてローザは微笑する。服装はヘソ出しシャツにホットパンツ、これにエプロンを巻くという正統派(?)アメリカンスタイルだ。
 ローラが肉を焼こうとするが、「大丈夫、すべて任せて。二人は食べるだけでいいから」とローザは断じた。
「いいのか?」
「もちろん。日本人が鍋奉行ならアメリカ人はバーベキューシェリフ(保安官)っていってね、まあしきり役に任せておけば安心なのよ」
 いささか意味不明な理論であるが、ローザマリアの技量は確か。
 つぎつぎと肉をこんがり、野菜もジューシーに焼き上げていく。火力は強めで本人は汗だくだが、決して笑顔を絶やさない。
「こうやって焼いていって」
「へえー、本当に上手じゃない」
 パティも待ちきれなくなってきたようで、自分の皿を前に出して待っている。
 繊細ながら大胆なところもある焼き方で、最高の状態に持っていった。そして、
「最後はこれ! アメリカはオクラホマ州から取り寄せた、Mrジェームス・ロス印のバーベキューソース!」
 と、取り出したる秘伝のソースをかけてできあがりだ。
「はいどうぞ、見ているみんなも遠慮なく取ってね」
 ローザマリアの腕前に、いつの間にか多数のギャラリーができていたので、人々はこれ幸いと肉の分け前にあずかるのだった。ローザマリアは串刺しの肉をナイフで切り分けるなどしてここでも大活躍していた。
 一段落したところで、ローザはエプロンを解き、一枚の皿を置いた。
 パティの目の前に。
「これは追加、サービスよ。干し肉もいいけど、焼いたのもいいでしょ?」
 と言って座る。
「あなたには、ザナビアンカのとき以来、まともに話す機会がなかったわね。感謝はしているわ――ローラも今では快復してあの通りだし」
「私も礼を言っておくわ。ローザマリアには私たち皆、まんべんなく世話になってるわけだし」
 パティはローラの姿を探した。今、彼女はローザマリアのパートナーとなにか話している。

 飲み物を取ろうと立ち上がったローラは、透き通ったグラスを手渡された。
「ああ、ありがとね」
 その相手に気づくと、ローラはぎょっとした表情になったのである。
「あなた、前にローザマリアが連れてた子……?」
「そう、ワタシ、エウフロシュネ・ヴァシレイオス(えうふろしゅね・う゛ぁしれいおす)ね」
 ローラは眼をぱちくりとした。なぜならあまりにも、この少女の口調が自分と似ていたからだ。語尾、イントネーションはもちろん、息継ぎの仕方まで含めて。
「ローラからまだまだ学ぶこと、多い」
 エウフロシュネは親しみを見せて言った。
 知らない人がこの二人を見たら、同じ国や地方の出身者と思うことだろう。
「あなた、ワタシから学ぶ、どうする? いや、学んでどうする?」
「ローラ面白いね。ワタシ、好き。好きな人の真似する、普通よ」
 好きと言われて悪い気はしないので、ローラはまんざらでもない顔をする。
「けど変なナマリ、ついちゃうかも。ワタシもまだ言葉、勉強中ね」
「なら、一緒に勉強する」
 ローラはにこにこしてしまった。見た目からすれば同年代、下手をすると年上の彼女が、なんだか妹のように思えてきたのである。当初の警戒心は一気に融解した。
 やがてエウフロシュネは、自分の愛称がフローネであると言い、
「ワタシ、ギフト。みんなの中で、ギフトの姿は、ちがう。だから、これ着てる」
 これ、というのは彼女がまとっている【G28】擬態用表皮のことだが、ローラはいまひとつ理解できないようだ。
 けれど急速に理解する必要はないだろう。
 ローラは楽天的だ。少しずつわかりあえばいい――そう思っている。

 パティが向き直るのを待って、ローザマリアは両肘をテーブルにつき、うっすらとした笑みとともに告げた。
「私は――この現在(いま)を愛おしく思う」
 うん? とパティがあいまいな返事をすると、
「随分と綺麗ごとでしょ? 笑うところよ、ここ」
 くすっとローザは笑い声を洩らしたのである。
 しかしローザの顔は、次の瞬間には真顔に復していた。
「でも、それをまたぞろ脅かす勢力が現れた。イーシャ・ワレノフ。あれは紛れもなく……ええ、そう。目が合った瞬間、確信したわ」
「……聞いてる。噂だけど」
 パティの表情も硬い。
 つまり……また『姉妹(シスター)』が現れたということ。
「これまで、クランジは必ずと言っていいほどに二人以上で行動していたわ。だから、この前イオタが襲撃をかけると聞いた時は、必ずもう一人――イオタが仕損じた場合に彼女に手を下す『始末役』のクランジが出てくるだろうという確信めいたものがあってね。そしてそれは、最悪の形で現実になったわけだけれども」
「…………」
 パティは思案顔をするだけだった。
「あの娘は『学習』と口走っていたわ。クランジは様々な能力を持っているから、驚きも最初だけだったけど……相対しただけで、相手の能力を学習しスキャンするクランジの噂、パティは耳に挟んだことはないかしら?」
「……多分、Ζ(ゼータ)ね」
「ゼータ?」
クランジΖ(ゼータ)。でもね、その能力については噂以上のことは知らない。実際、合ったことはおろか、存在するかどうかもわかってなかった」
 しばらく間を置いて、パティは続けた。
「知ってると思うけど、私たちって『タイプI(ワン)』のクランジについてはほとんど知らないの。タイプの話ってしたっけ? 私とロー(Ρ)、ユマ……ユプシロン(Υ)が『タイプIII(スリー)』」
「大黒澪……オミクロン(Ο)が『II(ツー)』だったわね」
 澪の話をするとき、ローザの眼は昏くなる。細い針を突き刺されたように胸が痛んだ。
「そう。彼女の双子の妹クシー(Ξ)と、あのクソッタレのラムダ(Λ)も『タイプII(ツー)』よ。あと、もう一人の『II』はカッパ(Κ)……」
 ローザマリアの顔に緊張が走った。
「知ってる。人の口に戸は立てられないから」
 こともなげにパティは言って、もう一度ローラのほうを見た。まだこちらに来る様子はない。
「カーネリアン・パークス、って言うんだっけ。今日も来てるんでしょ? うっすらだけど感じるわ。でも、できれば会いたくないし、ローラにも言わないで。あの子、Κを激しく恐れてるから。ラムダの同類だと信じてるみたいだし……」
「ありがと」
 ローザマリアは立ち上がった。
「今夜は楽しめたわ」
 このとき、近くのテーブルに赤毛の少女が一人、座っていたことにはパティもローザも注意を向けなかった。耳を澄ませば、話し声が聞こえるくらいの位置に。
 その少女の髪型はロングヘア、襟足がシャギーに仕上げられており、メイド服を着ていた。
 正面に回れば、緑色と金色のオッドアイであることも見えたであろう。といってもこれは、コンタクトレンズなのだが。