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東カナンへ行こう! 4

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東カナンへ行こう! 4
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リアクション

「きゃっほーーーーーーいっ♪ 」
 海や湖といった場所に行くと、人はなぜ叫んでしまうのだろう?
「うわー、すっごーい。ほんとの波みたーーいーーーー♪ 」
 そしてなぜ、打ち寄せる波を見ただけで、気持ちを高ぶらせてしまうのだろう?
 緑地を抜け、ビーチを駆け抜けた秋月 葵(あきづき・あおい)は、きゃっきゃとはしゃいで足元に寄せて帰る波をバシャバシャ蹴る。飛び散る水しぶきが顔まで飛んで、思わぬ冷たさに「きゃあっ☆」っと声をあげて走り出した。
 波の来るギリギリのラインを走って、ある地点まで移動すると、おもむろにケータイを取り出す。
 ケータイを持った手を思い切り伸ばして、湖を背景にパシャリ☆
 ちゃんと塔のある小島も入るように角度を調整してあって、思いどおりの絵が撮れていたことにニヨニヨしながら保存をピッ☆
 そしてビーチまで抜けてくる際に拾ってきた、手ごろな棒を持ち上げて砂の上にハート型の枠線を引いたあと、枠のなかに文字を書こうとし――――うーん、となった。
「うーーーーん……こういうときって、何書くんだろ?」
(ダイスキ? LOVE?)
 ちょっと考えて、葵は書いた。
 『秋月参上』
「……なんか違う」
 かがんでいた背を正し、今走って来た汀線を振り返る。
「ねー? 黒子ちゃん、ちょっとー!」
 葵が言う「黒子ちゃん」とは、彼女のパートナーフォン・ユンツト著 『無銘祭祀書』(ゆんつとちょ・むめいさいししょ)のことである。
 黒子は今、完全に湖と葵に背中を向けて、あぐらを組んでビーチの濡れた砂の部分に座り込んでいた。チャイナドレス風水着の裾からこぼれ出たひざが太陽の光を受けて白く光って目に痛いほどきれいだ。
「黒子ちゃん! ねえ、黒子ちゃんってばー!」
 振り返りもしない黒子に、声が届いていないようだとの見当をつけて、葵はそちらへ戻りながら声を少し高くする。
 やがて、黒子がグッと頭を後ろにのけ反らせた。口元に手に持った何かをあてているところからして、何かをあおっているようである。
(ジュース?)
 注視していると、黒子は炭酸ジュースを一気飲みしたあとのような小さなゲップをして、口元をぬぐうしぐさをする。そして手に持ったジュース缶らしき物をポイっと投げ捨てた。動作的には無造作だったが、そこには似たような缶がすでに5つ6つ転がっていることから察するに、持ち帰りやすく1か所へまとめておこうという黒子なりの配慮があるに違いない。
 そのころには葵も黒子の近くまで戻ってきていて、黒子がつぶやいた独り言も聞き取れるようになっていた。
「フーッ。やはり氷術でキンキンに冷やしたビールのうまさは格別じゃのう」
「黒子ちゃん、お酒飲んでるの?」
「主」
 肩越しに覗き込むようにひょこっと顔を出してきた葵に、ようやく黒子が気付く。
「こうも暑いと飲まねばやってられん! 第一、カナンにはろくな思い出がない」
 最後のひと言は、ちょっと大きな独り言だった。
 過去のいずれかの出来事を思い出し、うううとうなる。そして新しいビール缶を引っ掴んで開けると、ぐいっとあおった。
「あー。黒子ちゃん、またー。真昼間からお酒なんて、不健全だよ。一緒に遊ぼうよ」
「何を言うか。ちゃんと健全な遊びもしておるわ」
 ほれ、あれがその証拠よ、と黒子が飲みながらあごで指した所には、砂でできた城があった。
 黒子に注意がいっていて、全然気づいてなかった葵は目を丸くする。
「うわぁ。あれ、黒子ちゃんが1人で作ったの? すごーーーい」
 たたっと走り寄り、触れないよう気をつけながら顔を近づけていろいろな場所を見る。
「黒子ちゃん、こんな才能があったのね」
 砂の城に目が釘づけになったままつくづくとつぶやく葵の姿に、黒子は満足げな笑みを浮かべた。もともとやり遂げた達成感はあったが、素直な称賛を受けるとそれがさらにじわじわふくらんでくる。
 照れくささの入り混じった満ち足りた気分でビールをぐびぐび飲んでいると、砂の城を見終えた葵が立ち上がった。
「でも、ちょっと欠けてるとこあるよね」
「……む?」
「かわいさとか。ほら、童話に出てくるシンデレラのお城とか白雪姫のお城とか、タマネギみたいなふわっとした丸みがあるよね? 桃色……色は無理か」
「丸みか」
 砂と水だけで丸みを表現するのは難しい。というか、ほぼ不可能だろう。しかし酔いもあって、どうすればできるだろうかと真剣に考えだした黒子の腕を、葵がぐいっと上に引っ張った。
「ねえねえ。そんなことより、一緒に遊ぼうよ! せっかく幻って言われてる場所に来てるんだし、何か記念を残さないと!」
「記念?」
「えーと。写真とか? あたし、黒子ちゃんと一緒の写真ほしいなー」
 えへへっと照れ笑う葵の一点をじーーっと見て、黒子は少々意地悪くにやりと笑った。
「記念写真か。しかし主よ、そのような嘘っこ写真を残していたりすると、将来黒歴史化するのではないか?」
「!!」
 黒子が見つめているのが自分の胸元だと気付いて、葵はあわてて手で隠す。
 葵が着ているのは蒼空学園の公式水着である。布がクロスした胸元は、たしかに普段より2割増し……いや3割増しにふくらんでいた。
「制服を着ているときより水着の方が大きく見えるとは。不思議な胸をしているなあ」
 着やせする体質というものもあるだろう。普段は控えめな人が、脱ぐとスゴイ、ということはままある。しかし葵の場合に限っては、どういったカラクリを用いているかまで黒子は見抜いていた。
 葵の顔が真っ赤に染まる。
 何か口にしようとしたときだった。
 どこかからともなく飛んできた、少々強めのビーチボールがまっすぐ砂の城に激突するのを目撃する。それが顔に出たのだろう。何事!? とあわてて振り返った先、ぐっしゃりつぶれた砂の城を見て、黒子は言葉にならない悲鳴を発する。
「ごめんごめーーーん。ぶつからなかった?」
 事態を把握できていない三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)が、全然悪びれたふうのない満面の笑顔で走り寄ってくる。
 転がっているビーチボールを拾い上げ――砂の城はもう原型をとどめておらず、ただの崩れた砂山になっていた――葵と黒子を見た。
「全然大丈夫」
 葵が答える。
「そう? よかった。
 もしよかったら、一緒にビーチバレーしない?」
「それもいいかな。ね? 黒子ちゃん」
 しかし黒子はまだ立ち直りきれず、驚きのポーズで固まったままだ。
「向こうでみんなとやってるから、その気になったら来てね」
「ありがとう」
 手を振って仲間たちの元へ戻っていくのぞみを手を振り返して見送ったあと。葵はにんまり笑って黒子を見下ろした。
「ほらほら、落ち込まない。また作ればいいじゃん。手伝ってあげるから、次はもっと可愛いの作ろ♪ 」




 ビーチパラソルの下。
「いい天気だわ……」
 持ち込んだデッキチェアの上に寝そべって、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)はつぶやいた。
 彼女が身に着けているのは、ホルターネックにパレオのビキニだ。色はピンクのゆるやかなグラデーション。胸元と裾に金糸で蝶の羽のような柄が刺繍されており、全体的にエレガントな印象を与えるが、裾を縁どるフリルや腰を飾るリボンが愛らしさをかもしている。
 耳元にヘッドフォンを装着してそこから流れる音楽で外界の音を遮断し、目を閉じて、湖からの風を肌で楽しむ。そうすることで、ゆったりとした時間の流れを感じる。最高にリッチで優雅な休日の過ごし方だ。知らぬうち、満足げな笑みが口元に浮かぶ。
 いつの間に眠ってしまったのか。うとうとしているだけだったのか。
 ゆかりは突然ぶつかってきた何かにひどく驚いて目を開いた。
「きゃ…っ」
 ボンッと胸の上でバウンドした何かはゆかりの髪をかすめて後方へ飛んでいった。
 驚いたものの、衝撃はほとんどなく、痛みもない。ポーンポーンと後ろで転がったそれがビーチボールだと分かったとき、パートナーのマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)の声がした。
「ごめんなさい、カーリー。驚かせちゃった?」
「マリー。あなた、泳いでいるはずじゃなかった?」
 たしか最後に見たとき、そんなことを言っていたはず、と思い出す。
「ええ。泳いでたわ。でもおなかが空いて、屋台にトウモロコシとか買いに行ったの」
「それでビーチバレーしている人に出くわして、混ぜてもらったというわけね」
 先が読めて、ゆかりはやれやれというふうに肩をすくめた。
 拾ったビーチボールを投げてマリエッタに渡す。マリエッタはそのまま戻ろうとし――足を止めた。
「あなたも……一緒にやらない?」
 どうしてもためらいがちになってしまうのは、ゆかりがこの休暇をのんびり過ごすと決めていたのを知っているからだ。
 ゆかりもまた、マリエッタが遠慮しているのを知って、それを払しょくするようににっこり笑った。
「いいわね。ちょうど、寝起きで少し体を動かしたいと思っていたとこなの」


 マリエッタに案内されて行った所には、緑とオレンジのビキニブラとショートパンツの上にイエローオーカーのパーカーを着た三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)とボードショーツにやはりパーカー姿のミカ・ヴォルテール(みか・う゛ぉるてーる)、それにTシャツとクロップドパンツのロビン・ジジュ(ろびん・じじゅ)がいた。
 3人で何か話している。
「あ、マリエッタさん」
 こちらに正面を向いていたのぞみが2人に気づいた。
「待たせちゃった?」
「ううん。そんなことないよ。
 そっちの人は?」
「こちらは私のパートナーでゆかり。ビーチバレーに誘ったの。いいかしら?」
「水原ゆかりといいます。よろしくお願いします」
 じっと見つめてくる少女に手を差し出す。
「うん! よろしくね、ゆかりさん!」
 のぞみは笑ってその手を握った。
 そしてミカとロビンを振り返り、ロビンに言う。
「そういうわけだから、ロビン、抜けてもいいよ」
「……いいんですか?」
 ロビンが額に浮いた汗をぬぐいながら訊き返した。声にほっとした響きがあり、表情から力が抜ける。
「まあ、どうせおまえ、のぞみの後ろで立ってただけだしな」
「もう! ミカ!」
 またよけいな口を、とのぞみが声をあげる。名前を呼ばれたミカの方は平気で笑っているのに、ロビンは少し恐縮そうにしながら砂に書かれたラインから外に出て行った。
 多分、ここで気付かなくてはならなかったのだろう。あとでのぞみとミカはそれぞれ振り返った際に、そう思った。だけどこのとき、ミカはのぞみを茶化し、のぞみはミカを注意することに気が向いていたし、ロビン自身、隠そうという思いがあったので、残念ながらその兆候を3人ともが見逃してしまっていた。
「いっくよーー!」
 ビーチボールを上げ、のぞみが元気いっぱいサーブした。
 ペアは最初と違い、ミカとのぞみ、それにゆかりとマリエッタだ。
 ゆかりは、軽くワンゲームのつもりだった。そこそこ体があたたまったらゲームを抜けて、またデッキチェアで横になろうと。しかし相対するペア、のぞみとミカは「軽く」なんてレベルではない。
「ミカ!」
「行けるぞ、やれ!」
「はあっ!!」
 常に全力投球。ゆかりが打つアタックをミカがことごとく拾い、のぞみにつなぐ。のぞみはまるで全身がバネのようにしなやかで、左右どちらからも隙があれば即座に打ち込んできた。
 それに対処しているうち、彼らの熱意に引っ張られ、巻き込まれるように、だんだんゆかりも熱くなってくる。
「やるわよ、マリー」
 後衛についたマリエッタを振り返る。輝きを増した表情に、マリエッタにもゆかりの思いが読み取れた。
 こっちだって長年組んできたパートナーだ。簡単に負けたりしない。
「存分に、カーリー。ボールはすべて私が拾ってみせるから」
 それから2人の動きは見違えるほどアグレッシブになった。ゆかりはラインギリギリやわざとブロックのワンタッチをねらい、強打と軟打を織りまぜて多種多彩な技を見せる。そしてマリエッタは宣言どおり、砂に飛び込むようになってもボールをすべて上げた。清楚なイメージの、コサージュつきのシンプルなワンピース水着の切り替え部から広がるティアードスカートが空気をはらんで大胆に広がる。
「はっ!」
 長引くラリーの末、ついに決めたのはゆかりだった。
 ボールは刺さるように砂に落ち、バウンドする。
「すごいね! ゆかりさん!」
 ネット越し、のぞみは悔しがる様子もなく、額に汗をにじませてひまわりのように笑った。
「あなたもですわ」
 互いの健闘をたたえるように笑みをかわす。そのときだった。
「おい、ロビン!」
 ボールを追って行ったはずのミカの、切羽詰まった声があがった。
「え? ロビン?」
 その名前にのぞみも振り返る。ロビンが座っていたはずの場所にいるのはミカだった。しゃがみ込んだ彼の体の向こうで、ロビンの手足が部分的に見える。
 ロビンが倒れているのだと気付いた瞬間、のぞみはそちらに走っていた。
「ミカ、ロビンがどうしたの!?」
「いや、俺も気づいたときにはこいつ倒れていて――」
「……だい、じょうぶ……です……」
 ロビンはうっすらと目を開くと、少しだけ頭を起こし、振った。
「お? 目が覚めたか」
 身を起こそうというのか、腕を掴んできたロビンの手にこもった力の弱々しさにミカは眉をしかめる。目も、開いてはいるが焦点がうまく合っていないようだ。
「いいから寝てろ」
 デコピンで軽く押し戻すと、体の下に腕を差し込んで抱き上げた。
「ロビン、大丈夫?」
「たぶん軽い日射病か何かだろ。帽子もなしにずっと日向にいたし、今日は暑いからな」
「そっ……か。そうだよね」あははっと笑う。「もー、しょうがないなぁ」
 ぐったりとしたロビンを見つめ、からかうように口にしながらも、声には安堵がにじんでいた。
「俺、こいつをあっちの木陰まで連れて行くから」
「うん、分かった。あたし、何か飲み物買ってくるね! ――っと。あっ」
 そのまま駈け出して行こうとして、ゆかりとマリエッタのことを思い出す。邪魔にならないようにとの配慮か、離れた位置で待つ2人の元へ走り寄った。
「彼、大丈夫ですか?」
「はい。たぶん暑さにやられたんだと思います。彼を介抱しないといけませんので、すみませんが今日はこれで……」
「ええ。分かっています。私たちはこれで失礼させていただきますわ。
 マリー、向こうで泳ぎましょ」
「ええ。
 どうかお大事に」
 軽く頭を下げ合って、ゆかりとマリエッタはこの場を離れた。
 のぞみはジュースを買いに走る。
 木陰までロビンを運び、ひんやりとした砂地の上に下ろしたミカは、枕元に座った。
「……失敗、しました……」
 独り言のようにロビンがつぶやく。
 気分が悪いのは気づいていた。でも楽しそうな2人を眺めているのが楽しくて。どうにもあの場を離れがたく、気づけばめまいがして、倒れていたのだった。
「――『お姫様』を助けに行く連中は、日中じゃなくて良かったよな」
 腕を目に押しつけ、見るからに気落ちしているふうのロビンに、軽く言ってみる。
 ロビンはなかなか答えなかった。何度も何度も言葉を作ろうとするようにのどを動かして、やがてかすれた声で小さく
「のぞみは、ずっとそばにいられる『お姫様』で、良かった……」
 とつぶやいた。
 やがて、両手にジュースのグラスを持ったのぞみが駆け戻ってくる。
「はいジュース! オレンジとパイナップル、どっちがいい――って、あれ? 何かあったの?」
 この場に流れる微妙な空気を察知して首を傾げるのぞみに、ミカは吹き出した。ロビンも小さく詰まるようにくつくつと笑う。
「どうしたの? なんか、急に2人とも仲良くなってない? 息が合ってるっていうか」
「なんでもない。あ、俺パイナップルね」
「あ、ちょっと! 選ぶのはロビンだよ! ミカじゃないって!」
「いただきっ」
 もうミカとの言い合いに意識が集中して、先のことなど頭から消えている。ミカとしてはしてやったりというとこだろう。ロビンにだけ見えるように、さっとウィンクをする。
「僕はべつに、どちらでもかまいませんよ……」
「おっ、ロビン、ナイス!」
「ロビン! そんなこと言うからミカがつけあがるんだよっ」
 2人をとりなすように笑顔で見つめながら、ロビンは心から思った。
 できることならこの無邪気なお姫様と、それからちょっと面倒見のいい苦労人気質の精霊と、いつまでもいつまでもこうして一緒に暮らせるように――。