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そんな、一日。~台風の日の場合~

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13


 朝起きると、風はあったが幸い雨は弱かった。傘を差しては危険かもしれないが、カッパなら問題ないだろう。
 ミーナは、フランカや胡桃が怪我をしないようにしっかりと手を繋いで家を出た。工房までは近くもないが遠くもない。いつもなら何を話すだとか何をして遊ぶだとかをわいわい話しながら歩くのだが、今日はそんな余裕はない。できるだけ急ぎ足で工房を目指した。
 無事、雨が弱いうち着くことができたのはそのおかげだろう。
「クーちゃん。来たよ!」
 元気よく言ってドアを開けると、待っていたとばかりにクロエが走ってきた。そのクロエに向かってフランカが走り、体当たりするようにクロエの身体を抱き締める。
「フランカちゃん? どうしたの?」
「おそと、ときどきぴかって……こわかったの……」
 道中、重い灰色の空は今にも雷を落とさんとばかりにゴロゴロと唸っていた。空は、脅しかけるように時折光り、そのたびフランカはびくりと身体を強張らせていた。
「もうだいじょうぶよ」
 恵美曰く、クロエも雷が怖いのだという。けれどそんな素振りを見せず、彼女はフランカのことを抱き締めた。強い子だなぁ、と思うと同時に、一番お姉さんのミーナがみんなを守らないと、という強い使命感に駆られた。


 工房についてしばらくすると、雨が強さを増してきた。
 フランカは、クロエにしがみついたまま離れられないでいた。ぴったりそばに寄り添って、腕にしがみついている。
 絵本を読んでも、恵美が持たせてくれたお菓子を食べても、気分が紛れることはなかった。外で不穏な音がするたび、勝手に身体が反応する。
 そして、窓が光った。
「!!」
 室内は明るかったため、光はさほど強くなかった。そのため、次に轟いた爆音に本気で震え上がった。
「……落ちたね」
 リンスが冷静に呟いているが、フランカにはもはや聞こえていない。いつしかクロエもフランカに抱きついていた。先ほどまでは怖そうな素振りを見せなかったが、本当は我慢していたのだろう。震えが伝播する。
「きゅ、きゅう……」
 胡桃がおろおろとした様子で、フランカの頭を撫でた。クロエの背も撫でる。それでもふたりが震えていると、頬にキスをしてきた。フランカもクロエも驚いて、胡桃を見る。
「きゅう」
 そういえば、以前ミーナが同じように頬にキスをしてくれた。あの時ミーナは、「怖くなくなるおまじないだよ」と言って小さく笑った。胡桃も、同じことをしようとしてくれているのだ。
「これね、くーちゃん。かみなり、こわくなくなるおまじない……なの」
「ちゅー?」
「うん。……だからね、あのね、こわくない……よ?」
「うん……」
 だけど、やっぱり、怖いものは怖い。
 再び雷光。雷鳴。落ちる音。先ほどよりも近い音に、胡桃までもが震え上がった。
「きゅうううう!!」
「きゃあぁ!」
「うわぁん!」
 胡桃の悲鳴を皮切りに、クロエが、フランカが叫び声を上げてミーナにしがみつく。身動きの取れなくなったミーナが「みんな、落ち着いて〜」と慰めたが、彼女の声も震えていたので説得力はない。
「やだやだ。こわいよぅ〜。ミーナ、くーちゃん〜……!」
「おっきなおとやだぁ!」
「きゅうぅ〜!」


 ――軽いパニックに陥ってから十数分。
 雷雲は移動していったのか、段々と光らなくなり、鳴っても音は随分と遠くなった。
「……もう大丈夫みたいだけど」
 リンスは、部屋の隅で抱き合って震える四人に向けて声をかけた。クロエ、フランカ、ミーナ、胡桃が同時にリンスを見る。
「ほんと?」
「もう、こわくない……?」
「だ、大丈夫。だよね……?」
「きゅうぅ」
 同時に喋られて、誰に返事をすればいいのかリンスが迷っている間に、四人は団子になるのをやめた。部屋の隅からも移動する。
「こわかった、ねー」
「フランカ、まだ、こわいよぅ……」
「だいじょうぶ。もう、かみなり、どっかいっちゃうから」
「ほんとう……?」
「ほんと!」
 クロエがフランカを慰め、胡桃が「きゅう!」と同意した。
「そうだよフランカ。クーちゃんが言うように大丈夫だからね。お菓子食べて楽しいお話しようっ」
 ミーナも、明るい声で笑ってみせる。
 みんながフランカを笑わせようとしているので、リンスも少しだけ手伝うことにした。
「怖いって思ってると、もっと怖くなるからね」
「……そうなの?」
「うん。だから、大丈夫、って思うことが大切だよ」
「……わかった」
 俯いて震えていたフランカが、そっと顔を上げた。まだ涙目で、怖がっているのは明白だったけれど、それでも怖がるまいとしていることはよくわかる。
 いい子だね、と撫でると、フランカは少しくすぐったそうにしていた。
 雨はまだ、振り続いている。