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人魚姫と魔女の短刀

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【駐屯地にて・6】


 東條 カガチ(とうじょう・かがち)がロビーにやってきたのは、出撃を前に『我が宿敵』がどんな顔をしているか見てやりたかったからだ。
「首取るのは今度にしてやるから俺以外に取られるようなヘマすんなよ」
「安心しろお前以外に取られるような真似はしないし、お前にも取られない」
 火花が散っているのかお花が散っているのかよく分からない何時ものやり取りを見ながら、ジゼルは柳尾 なぎこ(やなお・なぎこ)東條 葵(とうじょう・あおい)に小声で話し掛ける。
「あんなに仲良しなら『気をつけてね』って言えば良いのに」
 クスクスと笑いを漏らすなぎこに被せて、葵は言う。
「そう、カガチ素直じゃないから、あれは『お互い無事で』って言いたいんだ」
「うん素直じゃないよね。二人ともツンデレさん?」
 三人が吹き出すのに、アレクとカガチは同じような怪訝な顔で振り向いて、同時に「何?」と聞いてくる。
 完璧に息のあったユニゾンに、三人は遂に吹き出し、声をあげて笑い出してしまうのだった。



「アレクさん、アレクさん」
 天禰 薫(あまね・かおる)がそう呼びながらやってくるのに、アレクもそちらへ足を向ける。
「今回は一緒にいられないって聞いたから、行っちゃう前にお話をしたかったのだ」
 そう前置きして薫は続けた。
「その……アレクさん……どうか気をつけてなのだ
 アレクさんと言う大切なお友達の無事を祈らせてほしいのだ」
「有り難う薫ちゃん、そっちも」
「我達は大丈夫! 我達に出来る事を一生懸命頑張るのだ!
 だから……アレクさんも、無事でいてなのだ」
 薫の後ろで、熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)八雲 尊(やぐも・たける)が小さく頷いた。恐らく彼等も同じ言葉をおくりたかったという事だろう。 
「ジゼルちゃんもどうか無事で……アレクさんの……大好きなお兄ちゃんの傍から離れないようにね」
 薫に言葉を向けられて、ジゼルは唐突に彼女に抱きついた。
 キョトンとする周囲に向かって、ジゼルは真面目な顔でこう返す。
「チャージ」
「充電?」
「薫に元気を貰って、元気を送ってるの」
「それじゃ循環してるだけじゃねーのか?」
 尊のツッコミに何時ものペースを取り戻して暫し会話を続けると、頃合いを見た考高が薫の背中を押す。
「てめー、無事でいろよ。薫が無事を祈ってんだからな、このー」
 有る意味いつも通りの尊に続いて、考高は
「武運を祈る」
 とだけアレクに伝えると、人員輸送用の車両に向かって歩き出した。



 ロビーを後にして廊下を歩きながら、ジゼルはなんとなくという風に口を開いた。
「結局私、皆に『気をつけて』しか言えなかった。
 軽いモンスター討伐とかは行った事はあるけど、こういうの初めてで……なんて言ったら良かったのかな」
 扉を開いて先に行くように促して、後ろをついて部屋に入ったアレクは、一息ついて「さあ」と遅れて答えを出す。
「何度戦場に出ても分からない。余程じゃなきゃ送り出してくれた言葉で戦果が変わるって程じゃないしな。ジゼルの気持ちが篭ってればいいんじゃないか?
 ただし余り格好良い事言うと、死亡フラグになるから気をつけて」
 悪戯っぽい顔で付け足すアレクに、ジゼルはコロコロと笑い声を上げた。
「そういえばもう一つ聞きたかったの」
 先程葵が去り際にアレクに声を掛けていたのだが、アレクの母国語であった為何を言っていたのか分からなかったのだ。
「『これが終わったら皆でご飯食べよう、ターニャもミリツァも皆で』」
「そっかー。ターニャ、ご飯好きだものね。葵は気遣いが出来る人だわ」
 気遣いには違いない、ただ多分葵のかけた気遣いはジゼルが思っているものとは違うのだと、アレクはテーブルの向かいに座るジゼルから書類へ視線を落とした。
 動物的第六感というか、聡いところがあるのだが、――彼女は、何も気づいていないのだろうか。
「ジゼルは、ターニャが好き?」
 アレクからそういう質問を受けた事は無かったから、ジゼルは逡巡の間を置いて返す。
「うん、大好きよ」
 微笑みながらの答えにアレクは沈黙したまま何も口に出さない。その反応にジゼルは小首を傾げ前へ乗り出した。
「なぁに?」
「また今度」
「えー……?」
「伏線残しとくと、生き残れるから」
 冗談めかした言葉に矢張り笑っているジゼルを見て、アレクは考える。
 ――タチヤーナ・アレクサンドロヴナ・ミロワ。
 正体を隠していたターニャはしかし、初めからバカ正直に真実を名乗っていたのだと、アレクは苦笑するのだった。