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一会→十会 —指先で紡ぐ、聖夜の贈り物—

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一会→十会 —指先で紡ぐ、聖夜の贈り物—
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【白く煌めく贈り物】


 久しぶりに訪れた人形工房は、たくさんの人でいっぱいだった。思わず、ネーブル・スノーレイン(ねーぶる・すのーれいん)は「わぁ……」と声を漏らす。
 ここにいる人々は、何をしているのだろう。お客様ではないようだ。テーブルに向かって、人形を作ったり、ぬいぐるみを作ったり、包装をしたり。
 ネーブルはふと、学園祭、という単語を思い浮かべた。みんなで協力して、ひとつの目的に向かう。ここにはそんな雰囲気がある。
 お手伝いしようかどうか、そわそわしているとリンスと目が合った。軽く手を振ってきたので、ネーブルは会釈で返した。近付く。
「あの……みんな、何をしてるの……?」
「クロフォードの孤児院の子たちに贈るプレゼント作り」
 ネーブルの質問に、リンスは端的に答えた。ということは、
「サンタさんみたいだね……」
「そうだね。スノーレインもサンタさん、やる?」
 問いかけに、ネーブルは少し考える。
 サンタさんになることは、素敵だと思う。だけど、思いついたことがあった。そちらを優先したかった。
「ちょっと……やりたいことが、あるから……」
 なので、ネーブルはやんわりと断る。リンスは相変わらずの淡々とした様子で、そう、と返す。こくりと頷き、ばいばい、と言ってネーブルは工房を出た。
 朝から降っていた雪は、午後になってすぐに上がった。積もるほど降らなかったそれは、午後の陽射しにすっかり溶かさてしまい、今となっては日陰に少し残っている程度である。
 だから、できるかな、と思った。
「……がっちゃん」
 鬼龍院 画太郎(きりゅういん・がたろう)の名を呼ぶと、画太郎は「かぱ?」と声を上げてネーブルを見た。ネーブルは、周りに人がいないにも関わらず声を落とし、考えを話す。
「――だから、クロエちゃんを連れてきてもらえない、かな……?」
「かぱぱ」
 どこからか取り出した紙と筆を用いて、画太郎はさらさらと書き記す。
『お安い御用です』
「こっそりと……ね?」
『お嬢さんがそう言うのであれば、その通りに』
「ありがとう。じゃあ、私、近くで待機してるから……」
 頼もしい一文を残して工房へ戻る画太郎を見送ると、ネーブルは木の陰に寄り添って光学迷彩を使った。


 光学迷彩を使い、隠れながら工房に入る。人形制作に集中しているからか、画太郎に気付いた様子の者はいない。
 そのまま、画太郎はクロエを探した。クロエに会ったことはないが、ネーブルから話を聞いたので特徴は把握している。そして、この場にその特徴を持つ者はひとりしかいなかった。キッチンで、わいわいとお菓子作りに励んでいる。
 あの場には人が多く行きづらい……と悩んでいたところ、
「おちゃのおかわり、きいてくるわ」
 都合のいいことに、クロエはひとりで出てきてくれた。すかさず画太郎は声をかける。
「かぱぱ」
「?」
 唐突に湧いた声に、クロエがきょろきょろと辺りを見回す。画太郎は光学迷彩を解き、クロエを手招きした。
「かっぱのおにぃちゃん、なにかごよう?」
 問いに、画太郎は筆を走らせる。
『みんなにサプライズプレゼントを贈りたいからこの家の一番高いところを教えてください』
 紙を見せると、クロエは大きな目をまんまるくした。同時に、ばっ、と両手で口を押さえる。驚きを隠しているようだった。
「サプライズなプレゼント? なにをするの?」
『それは内緒です。サプライズですから』
「それもそうね」
『お嬢さんは素敵なことをしようとしています。どうかご協力願えませんでしょうか』
 丁寧な物言いが信用されたか、それとも好奇心が揺れたのかはわからないが、クロエはまじまじと画太郎を見てから頷いた。
「きょうりょくするわ」


「いちばんたかいところはね、やねのうえの、えんとつのうえよ」
 クロエが指差した方向を、ネーブルは見上げた。赤い屋根から、ひょいと茶色の煙突が突き出ている。
「ありがとう、クロエちゃん……」
 お礼を言って、ネーブルは空飛ぶ箒に跨った。ふわりと浮き、煙突の上に着地する。地上では、クロエと画太郎が並んでネーブルを見上げていた。
 ネーブルは、細く長く息を吐いた。目を閉じる。集中するイメージを作る。呪文を詠唱し、魔法を実体化させた。
「きり?」
 クロエの、首を傾げるような声がした。うん、とネーブルは頷く。今、空に広がっているのは限界まで酸性の度合いを薄めたアシッドミストだ。
 霧は、雲と同じ現象である。
 なので、冷やせば粒子は重さを増して、下へと落ちていくはずだ。
 上手くいってと念じながら、ネーブルは氷術を展開させる。続いてネーブルは、アルティマ・トゥーレを展開させた。これだけ冷やせば、どうだろう。降るだろうか。
「あ」
 と声を上げたのは、クロエの方が早かった。
「ゆき」
 彼女がそう言うのと同時に、ネーブルの頬に冷たいものが触れた。次いで、てのひらにも落ちてくる。雪だ。上手くいったとネーブルはほっと息を吐いた。
 雪は、人形工房を覆うように降っている。思っていたより大きな規模で降らせることができていた。発声技法で詠唱を強化したおかげかもしれない。
「ネーブルおねぇちゃん、ゆき、ふらせたの? すごいのね!」
 煙突から降りると、真っ先にクロエが笑って言った。
「うん……」
 真っ直ぐな笑顔が照れくさくなって、ネーブルははにかんで頷く。
「思いついたの……。雪が降ってたら……素敵かな、って……」
 クリスマスには少し早いけれど、気分的にはそれに近いものになるかもしれないと思った。
「すてきよ。とっても。だってわたし、たのしいきもちだわ!」
「良かった……。あのね……? 私も……サンタさんに、なりたかったんだぁ……」
 贈り物をくれるサンタさんにプレゼントを贈るような、サンタさんに。
 そう伝えるとクロエは目をきらきらとさせて、走って工房へ戻っていった。画太郎と顔を見合わせていると、すぐにクロエが戻ってくる。手には、ラッピングされた袋がふたつあった。
「これね、あのね。わたしがつくったおかしなんだけど。おかしくらいしか、なかったんだけど。あのね、おねぇちゃんに、あげるね!」
「え……?」
「サンタさんにプレゼントするサンタさんにプレゼントするわたし!」
「……ループするね。幸せの、連鎖だね……」
「それってとっても、すてきよね?」
「うん。……ありがとう、クロエちゃん」
 こちらこそ、と笑うクロエと一緒に、少しの間雪を見ていた。