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【アナザー戦記】死んだはずの二人(前)

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【アナザー戦記】死んだはずの二人(前)

リアクション


♯3


「なんのかしらねぇ」
 アカ・マナハは四つんばいになった騎士の背に腰を降ろしていた。椅子となっている騎士の顔は、喜ぶでもなく憤るでもなく、淡々とした真面目な表情をしている。
「マレーナの伏兵か、あるいは新たな敵か、どちらにせよ確認は必要と存じます」
 シェパードはアカの横に佇んでいる。全身を覆うは黒に赤で彩られた、豪華で大きな鎧だ。普通の人間であれば、身動きを取る事もできないだろう。
「せっかくの楽しい狩りにこんな邪魔が入るなんて、面白くないわね」
「マレーナとて、我々の攻撃を何度も潜り抜けてきております。この場にも、何らかの策を講じていたのでしょう」
「これはちゃんとお仕置きが必要ね。手足をもいで、それからゆっくり死ぬまで観察するなんてどうかしら」
「ご随意のままに。私めは状況の確認を行おうと思います。見失ったマレーナに関しても、探索の目を広げましょう」
「ええ、お願いするわ」
 会話をする二人の周囲には、ずらりと人間の顔を持つ騎士達が並んでいる。彼らは眉一つ動かさず、直立不動の体勢を貫いていた。
 そのうちの一番遠くの何人かに、シェパードは視線を送る。
 視線を向けられた騎士達はその場に膝を降ろし、
「お任せください」
 と、声を揃えて答えると、それぞれの方向にへと散開していった。
「ほんとうに、なんなのかしらねぇ?」



「最初はテンション上がったけど、も少し骨のある相手じゃないと、せっかくの新型パワードスーツなのに」
 鳴神 裁(なるかみ・さい)は辺りを見回してみる。彼女の足元には、植物と女性を組み合わせたような怪物が横たわっている。
「新型だけあって、強いですね」
 装着している魔装ドール・ゴールド(どーる・ごーるど)が言う。テンペストは裁に合わせて機動力重視にしており、遭遇した怪物の部隊は彼女の速度に全く対応できていなかった。
「単なる指揮官じゃなくて、司令級ぐらい出てくれば相手になるだろうけど―――」
 言葉を途中で切る。最初に気付いたのは黒子アヴァターラ マーシャルアーツ(くろこあう゛ぁたーら・まーしゃるあーつ)だろうか、後ろに二歩ステップ。足元に居た怪物の死体が破裂する。
 中から何か出てきたわけではない。くの字といっていい程に曲がった凶悪な形のナイフが突き刺さっていた。
「な なにをする きさまらー!」
 裁は視線を走らせながら叫ぶ。
 当然だが、破壊されたのは怪物の死骸であり、怪物自体を倒したのは紛れもない彼女だ。
「殺意なく襲ってくるタイプ、ですね」
 黒子アヴァターラ マーシャルアーツがなんとか気配を手繰り寄せて、相手の位置を把握する。
「やっと格下じゃないのが来たっぽいね!」
 裁も相手を視界に捕らえた。サイズは人間よりも一回り大きい、鎧のような黒い装甲、あと特徴的なのは先ほどの怪物よりも人間らしい人間の顔だろうか。
 視線を交差させた怪物はすぐさま間合いを詰めに走り出す。早い、遠いと思っていた距離はあっという間に近接戦闘の間合いになる。
「でも速さだったら、ボクの方が上だよ」
 こちらも怯まず接近、横なぎのナイフをくぐって避けて、パイルバンカー・シールドを宛がう。甲斐ちーに渡されていた格闘用対ダエーヴァ兵器は、最初に使ったら壊れてしまった。どうも、パワードスーツで扱うにはちょっと強度が足りないようだ。
「もらった」
 突き立てられるパイルバンカー、だが手ごたえは無い。シールドを宛がわれてから、パイルバンカーが飛び出す前に、身体を捻って回避したのだ。
 捻りの速度を乗せた、裏拳とその先のナイフを裁はバク宙で回避する。
「ただの怪物じゃないみたいだ」
 くるくると二階宙を回って、何かの看板に手をかけて屋根の上に着地する。
「いえ、あれは怪物ではなく、人間です」
 エセンシャルリーディングを持つ黒子アヴァターラ マーシャルアーツはその見るからに怪物らしき相手が、人間であると見極めた。
「怪物に取り込まれているんですか?」
「いえ、主従でいえば、人間が主です」
 ドールの問いに、そう返す。
 その身体を覆う鎧のようなものは、どう見ても怪物の一部だ。
「……ま、難しい事は他の人に任せよっか。やっと、歯ごたえのある相手なんだから!」
 裁の居た場所を、くの字ナイフが通り過ぎていく。どこかに突き刺さらなければ、ブーメランのように持ち主の元へ戻っていくらしい。
 次のナイフ、次のナイフ、空中に居る裁に向かって繰り出されるが、裁は空中で身体を捻り、回転させ、次々と回避していく。そのまま裁は黒い怪物の真後ろにへと着地する。
「体が軽い……こんな幸せな気持ちで戦うなんて初めて
 声の元はすぐ近く、振り返りながら怪物はナイフを降った。しかし彼の背後には誰もいない。
「ボクは風、風(ボク)の動きを捉えきれるかな?」
 次の声はまた背後、あるいは先ほどの正面。
「……もう何も怖くない――!」
 同一人物の声が、重なる。
 物部 九十九(もののべ・つくも)が憑依している裁の全速力は、音だって置いていく。そのための身体への負荷は尋常ではないが、僅かな戦闘時間程度であれば、皆の協力で押さえ込むことができる。
 再度振り返る怪物に、槍のような鋭いキックが突き刺さる。この速度で繰り出される近接格闘は、銃弾よりも危険だ。
 身体が折れ曲がり、大砲から発射されたように吹き飛ぶ怪物は、地面を三回跳ねたところで、腕を伸ばし、横の民家の外壁を削りながら停止した。
「かなりタフみたいだね、ただの人間が鎧を着ているわけじゃないんだ」
 まだ心も、肉体的にも折れていないのは見てわかる。
 怪物が次はどうでるか、と様子を見ていたらこちらを見据えながら、高い跳躍で後方へ下がっていく。
「逃げる気だな」
「待て待て」
 追いかけようとした裁を、聞きなれた声が引き止める。
「あ、甲斐ちー」
「やっと通信範囲に入ったか」
「そだ、ごめん、借りてた武器壊しちゃった」
 ほんの少し話している間に、相手は見えなくなった。どうも、殺意や敵意を出さずに戦える類の相手らしく、距離を取られると気配で探すのは難しい。
「とにかく一旦合流するから、大人しく待てよな」
 そういえば、一緒に行動していたはずだった甲斐達はいつの間にかいなくなっていた。
 それは問題があってはぐれたのではなく、裁が置いていったのだが、誰もその事については触れなかった。