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春待月・早緑月

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■みんなでもちつき

『キロスやルシアたちと一緒に午後から寮の庭でもちつきをするんですけど、先輩たちも来ませんか?』

 今朝夏來 香菜(なつき・かな)からメールが届いたとき、それと気づいていたら。
 多分断りの返信を打っていただろう、と綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は思った。
 だって、晴れ着を着ている。しかもかなり奮発した大振袖だ。五色の雲を背景に左肩から大きく枝を張る松と梅、藤が下がるなか、花々が百花繚乱という様子で咲き乱れ、右裾に向かって流れる豊かな川の水には鯉や亀といった縁起の良い生き物が顔を覗かせている。
髪もアップにして品良くまとめ、髪留めは右横にボリュームをもたせた大きめの赤い花2輪だ。もちつきなどすれば、いっぺんで崩れてしまうだろう。
 しかし気づいた今は違う。
「蒼空学園女子寮へ行くわよ、アディ」
 同じくメールチェックをしていたアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ) は、え? と驚きの表情を浮かべた。香菜からのメールはアデリーヌにも来ていて、内容も知っている。今ちょうど話題にしようとしたところだった。
「でもさゆみ、あなたその格好ですわ」
 もちろんアデリーヌも着物を着ている。花鳥風月を描いた、やはり縁起柄の振袖だ。花が咲き競うなか、色鮮やかな鳥が舞っている。
 アデリーヌの場合、もちつきに参加するとしても、もちをつく彼らを見守るとか、バックヤードでもちを丸めるとかの作業をするだろう。しかしさゆみは違う。絶対、間違いなく、もちをつきたがる。
「今日はこのまままっすぐ帰った方がよくありませんか?」
 アデリーヌの内心の懸念に気づかず、さゆみは叫んだ。
「だって、おみくじ大凶だったのよ!!」
「ええ、まぁ、それは……」
 ちなみに横に並んで一緒に引いたアデリーヌは大吉だった。
 今さゆみがこうなっているのには、過分にそのこともあるに違いない。
「それに、年末パラミタジャンボ宝くじも全部ハズレだったし! 末尾2桁も当たらなかったから資金も回収できなかったし! 目当ての数量限定破魔矢は売切れてたし! こんなんじゃ、私お正月を終われないわ!」
 さゆみが望む、望まないとは別の法則で、正月は終わる。が、さゆみが言いたいのはそういうものではないのだろう。
 それに、明日からはまたコスプレアイドルデュオ『シニフィアン・メイデン』としての多忙な日々が待っている。そう思うと、アデリーヌとしても悶々とした鬱屈は晴らしておいてほしい気はした。
「分かりましたわ。わたくしもおつきあいします」
 ふっとため息をついて、笑顔で軽く首を振る。
「よし! じゃあ行くわよ!」
 元蒼空学園生徒のさゆみには、勝手知ったる場所だ。2人は連れだって蒼空学園女子寮へと向かった。



 女子寮の門をくぐってすぐ、さゆみは香菜を見つけた。
 玄関から出てきた香菜は白湯気を立てる大きなセイロを両手で抱えている。
「香菜! 来たわよ!」
「ああ、さゆみ先輩。それと、アデリーヌ先輩。お久しぶりです」
 香菜はセイロのふたが取れないよう気をつけつつ、会釈をした。
「大丈夫? 間に合った?」
「ちょうどいいところへ来られました。今から始めるところだったんです」
 2人が追いつくのを待って、香菜は中庭へと向かう。
「それは?」
「もち米です。調理室でルシアたちがふかしてくれたのを運んでいくところでした。
 キロス、持ってきたわよ!」
 最後は中庭で待機しているキロス・コンモドゥス(きろす・こんもどぅす)に向かってかけた言葉だった。
 キロスは「おう」と応え、杵(きね)を持ち上げて肩にかつぐ。相当の重さのはずだが、まったく苦にしている様子はない。
 緑の瞳がさゆみを見て、面白そうにキラッと光った。
「そんな格好でもちがつけんのかよ、さゆみ先輩」
 いかにも茶化した口調にムッとくる。
「そっちこそ、その格好は何よ。今日はお正月よ? あなた、TPOに合った装いっていうのもできないの!?」
 ビシッと指をさされ、強弁されて、普段着姿だったキロスはうろたえた。
「う……こ、これは、もちをつく邪魔にならないように着替えただけで――」
「何言ってんの。あなた、朝からずっとその格好じゃない」
「香菜は黙ってろ!」
 すかさず飛んできたツッコミをぴしゃりとやって、キロスはさゆみと真っ向から向き合う。
「私だってつけるわよ。ちゃんと、この格好でも!」
へっ、どうだか。
 さっさと香菜かルシアにでも体操服借りてきたらどうです?」
「しっかり聞こえたわよ! というか、聞こえるように言ったでしょ、今!
 聞き捨てならないわね! 見てらっしゃい! あなたなんかよりずっと立派なおもちをついて見せるんだから!!」
「さゆみ、彼の言うとおりですわ。汚れないように、もう少し動きやすい服に着替えた方が――」
 アデリーヌが脇からとりなそうとするが、さゆみはすっかり頭に血が上っていた。
「香菜、もち米!」
 脇に立てかけられてあった杵をひったくるように取って、臼(うす)を指でさして指示を出す。
「オレの方もだ」
「はいはい。……まったく、いつだって不必要なケンカをふっかけるんだから、あのバカは」
 香菜は少々あきれながらも、セイロのふたを取って、熱々の蒸したもち米を2つの臼へ移した。
「うおおおおおおっ!! 見てらっしゃい、バカキロス!!」
 まるでもち米がキロスに見えているかのように、さゆみは杵を大上段から振り下ろす。ほぼ同時に、キロスも杵でつき始めた。
 ドッコンドッコン、ドカン、バキン、ガコン!!
 到底平和なお正月のもちつきとは思えない音と早さで2人の杵は幾度となく臼にたたきつけられる。
「ちょっと! 危ないわねっ! 水がつけられないじゃないっ!!」
 もちをひっくりかえそうとした手をあわててひっこめて香菜はキロスをにらんだが、さゆみよりも早くつきあげることに意識を奪われもちにばかり集中しているキロスは、そのことにまったく気づいていない。さゆみも同じだ。そう気づくと香菜はふうと息をついてあきらめ、その場を離れてアデリーヌの横についた。
「キロスのバカはいつものことですけど、さゆみ先輩何かあったんですか?」
「……まあ、少しね」
 香菜が感付いたように、さゆみがああしているのはキロスに挑発されたからばかりではないだろう、とはアデリーヌも察していた。
 いくら大凶を引いたからって、その厄落としとばかりに派手につくのはどうかという気がしないでもないが……。
(これで少しはさゆみの気が晴れてくれるといいんですけれど)
 そう思い、ヤケ気味に見えるさゆみの姿にはらはらしながらも、アデリーヌは黙って見守ることにしたのだった。



 2人のもちをつく音はかなり遠くまで響いていた。
「あ、あっちみたい」
 冬休みでひと気のない女子寮の門をくぐったあと、勝手が分からず――もちろん女子寮のことなどアルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)にはもっと分からない――どこへ行ったらいいものかきょろきょろしていたシルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)は、音が聞こえてきたのをもっけの幸いとばかりにくるっとそちらへ方向転換する。
「アルくん、早く早く」
 この音の異常さにシルフィアは気づいていないようだったが、アルクラントはしっかり気づいていた。
(これは……もち、をついてる、のか?)
 壁か何かを全力で砕いている戦闘音にしか聞こえないんだが。
 メールを見たとき、単純に、正月のイベントといえばもちつきだと、特に何も考えずに参加することを決めたわけだが、まさか正月早々デッド・オア・アライブでもやっているというのか。――コントラクターならありそうで困る。
「シルフィア、やはり帰った方が……」
「うわぁ、すごーい」
 庭へ入り、キロスとさゆみが向かい合わせになって互いの臼を、まるで親の仇でもあるかのように杵でドッコンドッコン突きまくっている姿を見て、シルフィアは両手をぱちんと合わせて素直に感動する。もちろん後ろのアルクラントは少し引き気味だ。想像していたような殺し合いバトル会場ではなかったが、もちをついている2人の姿は、おめでたい正月イベントとは思えない気迫を発している。
 2人が入ってきたのに気づいた香菜が振り返った。
「あ、シルフィア、アルクラント。いらっしゃい」
「こんにちは、香菜さん。お招きありがとうございました。
 あ、それと。あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。あけましておめでとう。今年もよろしくお願いします」
 丁寧に頭を下げあって、アデリーヌやアルクラントも新年のあいさつをすませる。
「それにしても、さすがコントラクターのもちつきね。迫力あるわ。きっと、ああして景気よくつかないといけないのね」
 お正月だものね、とシルフィアは1人納得したようである。
「よーし、ワタシも2人に負けないように、がんばっておもちつくわね!」
「えっ?」
 勢い込んで、さっそくもう1つ用意されている臼と杵の方へ向かおうとしているシルフィアに、アルクラントは思わず驚きの言葉を発した。
 小さな声だったが、聞き取ったシルフィアはぴたっと足を止めて、不思議そうに振り返る。
「どうかした? アルくん」
「いや、その……。その姿でやるのかと、思って」
「え、そう?」
 言われて、シルフィアは自分の服に目を落とす。
 先に初詣をすませてきた2人は、ともに和装に身を包んでいた。アルクラントは性格的にも派手さは好まず、正月とはいえ特に華美な装いではなかったが、シルフィアは去年喪中で着飾れなかった分もこめてか、とてもはれやかな美しい振袖を着ている。正絹に金糸銀糸をふんだんに用いて五色の雲のなかを悠然と舞い飛ぶ丹頂鶴たち。大輪の牡丹を筆頭に大小の花々で作られた薬玉から細紐が滝のように流れ落ちて花びらが舞っている。髪も高く結ってまとめ、桃色の花で囲むような髪留めを用いていた。その上から毛先を散らし、それが両ほおを包むように胸のあたりまで落ちているのが普段と違った美しさを彼女に与えており、正直、朝起きてその姿を初めて目にしたとき、アルクラントは息をするのも忘れるほど目を奪われてしまったのだった。
 何か言ってくれないかと期待の眼差しを向けて待っているシルフィアに対し、なんとか「とてもよく似合ってる」と言うことができたが、そんな平凡な言葉では到底表現しきれないほど、アルクラントは感動していた。
 それがもちつきという激しい運動で崩れてしまうのはもったいなさすぎる。
「でも、さゆみさんもしてるけど」
 さゆみも振袖姿だが、肩で息するほどの動きを続けた結果、すっかり着崩れしてしまっている。
「いや、うん。それはそうなんだけど……」
 だからああなってほしくないんだよ、とてもきれいなきみに、と思っているのを、どう伝えればいいだろうか。
 思案していると、シルフィアが何か思いついたというように、ぱっと表情を明るくした。
「分かった。アルくんもつきたいのね!」
「え? ……あー、まあ」
 たしかにそう思っていた。ここに来て、あの音を聞くまでは。考えてみれば今までもちをついたことはなかったし、もちつきっていうのはニューイヤーっていうよりまさに正月って感じがするよな、と考えたりもしてたし。
「なんだ。それならそんな遠回しに言ってないで、おもちつかせて、って言えばよかったのに」
「あ、うん、すまん。もちつきたいです。すごくもちつきたいです!」
 シルフィアはくすくす笑う。口元に指を添えた、その仕草もかわいらしい。
 そのとき、バキンッ! と一際大きな音がして、全員の目が音の出所へ集中した。
 キロスの臼が真っ二つに割れた音だった。
「あーーーーーーっ!! 何やってんのよ、この怪力バカっ!!」
 香菜がすかさずとんで行き、ガミガミ叱り始める。もう慣れきったキロスは平然と「この臼が貧弱だからいけないんだ」とか返していた。
 その様子を見て、さゆみが勝ち誇る。
「ふっふーん。私の勝ちね」
「さゆみ。あなたの臼もああなるかもしれません。気をつけてください」
「分かってるって。ひと汗かいて、気分も良くなったし。これからはちゃんとセーブしてつくわ」
 その宣言どおり普通のもちつきのペースに戻ってもちをついていたさゆみだったが、しかしすぐにその手を止めてしまう。
「そうだ。アディ、あなたも見てるだけじゃなくてついてみなさいよ。楽しいわよ」
「ええ? 私がですか? でも……」
「いいからいいから。はいっ、杵」
「そ、そうですか……?」
 渡された杵を受け取って、見様見真似で振り下ろす。へっぴり腰の頼りない持ち方でふり下ろされた杵はガツッと臼の縁に当たって、さゆみの笑いを誘った。申し訳程度に何度かついただけですぐギブアップして、杵をさゆみに返す。さゆみは自分の持ち歌をハミングしながら再びリズミカルにつき始め、仕上がったころには「これであらかた今年最初の憂鬱な気分は払拭できたので、残りの1年は上向くだけだ!」なんて、調子のいいことを考えたりするまで、気分は上昇していた。
 一方で、割れた臼から救出したもちをもち箱に移して運んでいく香菜を見たシルフィアは、アルクラントが袖をたすきでまとめるのを手伝っていた手を止めて問う。
「ね。アルくんは、何のおもちが好き?」
「もち? もちか……。
 もちといえば、きなこにあんこにおろしにみたらし――」
 頭に浮かんだものを列挙していると
「ふーん。いっぱいあるのね」
 シルフィアがふんふんうなずいた。
「いや、その全部というわけじゃ――」
「じゃあワタシはそれを作るから、アルくんはおいしいおもちができるようにおもちをついてね。そして一緒に食べましょうね!」
 「さあできた」と言うようにぽんと肩をたたき、軽く背中を押してアルクラントを前へ出す。
 肩越しに振り返り、シルフィアを見たアルクラントは、ふっと笑みを浮かべた。
「分かった。
 おいしいおもちか。よーし、やるぞ!」
 腕まくりのような動作をして、ほかほかのもち米の入った臼へと向かう。杵を振り上げる動きでアルクラントに気づいたキロスが笑った。
「なんだおまえ、初めてか?」
「ああ、うん。そうなんだ」
「しゃあねぇ、ヒマになったから教えてやる。
 いいか? いきなりつかないで、まずある程度杵の先でもち米をこねるようにつぶすんだ」
「こうか?」
「そうそう。うまいじゃねーか。それから杵自身の重みで落とすようにつく。おまえは振り上げて下ろすだけだ」
 キロスはそのまま臼の横にしゃがんでぬるま湯の入ったボゥルを引き寄せ、自然と返し手役を始める。
「分かった。やってみよう」
「アルくん、がんばって」
 声援を背中に、杵を振り上げ、気合いを込めて1発目。
 シルフィアの見守るなか、アルクラントはキロスのかけ声に調子を合わせてもちをつき始めたのだった。