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リアクション
【第二幕:その後のカンテミール】
「お久しぶりですねぇ」
エリュシオン北西、コンロンとその国境の接するカンテミール地方、その中心地。
“エリュシオンのアキバ”とも別称されるその地方の新しい選帝神であるティアラ・ティアラの第一声に、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は「お変わりないようで何よりです」慇懃に頭を下げて見せた。
「街並みを見る限り、どうやら上手く共存は出来ていらっしゃるようですね」
この邸に来る間、町を一通り回ってきてみたが、“エリュシオンのアキバ”という印象は余り変わっていないが、店舗の隙間隙間、あるいは一角で変化が始まっているのが見て取れた。場所によっては、両方が一体となったような店舗もあったりで、エカテリーナ達アキバ派とも意外に折り合いをつけてやっているようだ。
「おかげさまでぇ」
小次郎の言葉に、ティアラはにっこりと営業用の笑顔を浮かべて見せると、手ずから紅茶を振舞って「ところで」と首を傾げた。
「……ただ世間話“だけ”しにきたわけじゃ、ないですよねぇ?」
あなたに限ってそれはない、と目を細めるティアラの目線が促すのに従って、小次郎は逆らわず、紅茶で喉を湿らせると「あくまで推測ですが」と、直ぐに本題に入った。
「今の両国の安定を望まない勢力がいるとしたら、そろそろ動き出すんではないか、と」
僅かにぴくりと眉を寄せながら、ティアラの顔はまだ笑みを浮かべたまま、試すように続ける。
「この時期である理由は、何ですかぁ?」
「留学生ですよ」
その言葉に、やっぱりか、といった顔でティアラは溜息を吐き出すのに「そして、動き出すとしたら、ここが可能性として高いのではないかと」と小次郎は続ける。
オケアノスも、その地方の特性から可能性があるが、同時に主であるラヴェルデの件で監視の目もある。比べて、カンテミールは表面上の問題はとりあえず解決したが、事情はまだ複雑に混在し、微妙な摩擦は隠れ蓑になりやすい。
「あとは……野生の勘、ですかね」
散々真面目に説明した上での最後の冗談めいた言葉に、ティアラは軽く噴出し、傍に控えていた彼女の龍騎士ディルムッドは、微妙な顔で小次郎を見た。その口が何かを言う前に、ティアラは「忠告はありがたく頂いておきますねぇ」とは言いながら、小首を傾げてですがぁ、と続ける。
「わざわざそれだけを言いにここまで来たんですかぁ?」
他に目的があるのでは、とからかい半分、疑い半分の目を、ティアラは小次郎に向けて口元の笑みを深めた。
「実際それが動いたとしてぇ……便乗してあなた方が主導権を握る動きをしない、とも限らないっていうかぁ」
「選帝神として板についてこられましたね」
返す小次郎の笑みも、表面上はにこやかだ。二人の笑顔の間で見えない何かを感じて、どんどん眉根を寄せていくディルムッドを余所に、ティアラは「それで」と肩を竦めた。
「本当のところは、どうなんですかぁ?」
「純粋に忠告です」
返答は簡潔だった。
「ここカンテミールで、エカテリーナに肩入れする人は多いでしょうが、あなたのファンは兎も角、経緯が経緯ですからね。選帝神として肩入れする者は、殆どいないでしょうから」
それに友達少なそうですしね、と付け加えた小次郎に「貴様」とディルムッドが身を乗り出しかけたが、それを片手で制しながら「ご心配をどうも」と目を細めた。
「ですがぁ、ティアラは、お友達がいなくてもぉ、愛してくれるファンがいるっていうかぁ」
そう言って立ち上がったティアラは、にっこりと笑うと、立ち上がると共に小次郎の腕を掴んで半ば強引に立たせると、そのまま腕を組んだ。
「それを証明してあげますからぁ、カンテミールデート、と行きましょうかぁ?」
カメラマンに向けるのと同じ営業用の笑みと仕草に、悪戯っぽい目線という組み合わせをして、ティアラはディルムッドが苦虫を噛み締めたような顔をするのを完全に無視して、そのまま小次郎を引っ張って執務室を後にしたのだった。
時間は少し遡って、カンテミールの中心街。
「……それって、あの内線の時の機晶姫か?」
すらっとした白いボディに、シャープな造詣のパーツ。表情のない、つるりとした頭部にはグリーンに淡く光る目と思しき筋がある。近代的なデザインをした女性型のロボット、といった見た目の機晶姫に、シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は苦笑した。
『引き篭もりに女子会なんて、無理ゲーもいいところなのだぜ』
合成音声の主はエカテリーナだ。一度はシリウスの前に姿を見せた彼女ではあるが、人前へ出るのは相変わらず難題なようで、特にこれほどの人込みの中に出て来るのは相当な勇気が要るのだろう。それも判っているので、あえて追求はせずに「まぁいいや……紹介するな」とシリウスはリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)の肩を叩いた。
「はじめまして、リーブラと申します。その節は、シリウスたちが大変…大変! 迷惑をおかけしまして……」
そうして頭を下げたリーブラはじ、っとその視線をサビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)へ向けると、更に深々と頭を下げて見せた。その態度にシリウスもサビクも居心地が悪そうに頬をかて視線を泳がせた。
「だからごめんなさいってば……やりづらいなぁ、もう」
ぼそりとサビクが漏らしたが、リーブラは綺麗に無視して「あ、それから」とエカテリーナに再び向き直る。
「ユグドラシル煎餅、ありがとうございました、大変おいしくいただきましたわ」
『それは良かったのだぜ』
応えるエカテリーナの声は合成音声ながら満足そうにも聞こえる。そんあエカテリーナにはにっこりと微笑んだリーブラだったが、その顔が二人に向けられた瞬間、なんだか妙に圧力のあるそれになっていた。
「さぁ……シリウスとサビクさんには心配かけたぶん、しっかりと案内していただきましょうか?」
「思っていたのと、だいぶ違いますわね……」
そうして、街中を散策すること暫く、その街並みにリーブラは呟いた。
途中で出会った高崎 朋美(たかさき・ともみ)とシリウスたちは、カンテミールの観光をして回っていたのだが、“エリュシオンのアキバ”と呼ばれるその有り様は、かつての経緯から良い心証のなかった「カンテミール」と言う名前のリーブラの中でのイメージを払拭とまではいかないが、かなり変える威力があった。賑やかな街並みも、その高度な技術も、そして奇妙に入り混じった人々の様子も物珍しく、リーブラがきょろきょろと眺めていると、その隣で朋美が「わあ」と感嘆の声を上げた。
見上げたのは、先日の選帝神争いの際に激闘が行われた一角だ。だというのに、今はその壁にも道路にもその痕らしきものは見つからない。
「建造物はバリアで守られてる、と聞いてたけど、それにしても凄い復興の早さだね」
朋美は感心したように言って、自身が戦った場所を眺めた。そこは、かつての通りの街並み――いや、今まで同じ方向性のみの店が煮凝っていたかのような空気だった通りは、エカテリーナとティアラの性格をそのまま映したように、互いの主張は譲らないままに、不思議な共存を果たしている。短期間でのこの復興も変化も、それだけこの街に活力があるということだろう。
「何ていうか、逞しいなぁ」
そんな街並みを眺め、時にはショッピング――サビクが興味があるのはテクノロジーの方だったが、特に気にしていたイコンの製造についてはメインで動いているのはこの街ではないようで、あまり情報は入らなかったようだ――を愉しんでいると、はた、と朋美が足を止めた。
「あ、あれ。何かやってるみたい」
朋美が指差したのは、野外ステージだ。既に多くの人だかりが出来ている。
『ああ、今日はカンテミールの学生達と、アイドルのコラボミュージカルがあるのだぜ』
エカテリーナが言うのに、シリウスたちがやった視線の先にいたのは富永 佐那(とみなが・さな)のパートナー、エレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)だ。エレナはエカテリーナが近付くと、直ぐにその頭を下げた。
「お忙しい所を、無理を言って、申し訳ありません」
その言葉に、エカテリーナ(の操る機晶姫)は器用に首を振った。どうやら、この機晶姫を操縦しながら、同時にステージの手伝いをしているらしい。先端技術の塊であるカンテミールならではのステージだ。
『気にする必要はないのだぜ。手伝うって約束だったんだし。それより調子はどうかkwsk』
「皆さん、とても協力的ですわ。きっと素晴らしいステージとなりますので、どうぞ、見て行ってくださいませ」
そう言ってエレナがにっこりと笑いかけたのに、朋美達は顔を見合わせたが、直ぐに頷いてステージへと近付いたのだった。
拍手と眩い光、そして音楽の流れて始まったそのミュージカルの、ストーリーはこうだ。
舞台は、一流校との合併話で統廃合の危機にある学校。
学生達はこのままではいけないと思い、取り入れたのは地球の文化――アイドル活動。
それによって、広く学校の名を知って貰い新入生を集める事で何とか学校を存続させようと模索していた。しかし行く手に立ち塞がる生徒会との衝突。文化の違いによるアイドル活動の難しさ。数々の苦難が、彼らへと訪れる。アイドル活動を休止させようとする、やり手の生徒会長役のソフィア・ヴァトゥーツィナ(そふぃあ・う゛ぁとぅーつぃな)――(ちなみにタイムコントロールで18歳の姿だ)の演技も、なかなか堂に入っていた。
思わず見入る朋美の隣で(…………思ってたより本格的だな)とシリウスが呟く。
(誰が噛んでると思ってるのだぜ?)
エカテリーナが不敵に言う中、ステージは更なるに盛り上がりを見せていた。
――心が折れそうになる生徒達。その暗雲を切り裂くように現れたのは、一人の転校生だ。
栗色の髪に鳶色の瞳。ごくありふれた姿のその女生徒は、蹲ろうとする生徒たちの手を取って励まし、少しずつ絆を繋げ、勇気を取り戻させていく。そんな青春たっぷりのステージで踊っているのは、カンテミールの学生達だと言う。留学に先駆けて、お互いの文化の交流ということで、双方とも乗り気だと言うが、なるほど確かに、学生達の顔は皆真剣だが、同時に楽しんでいるのが伝わってくる。
そうしている内、ステージは佳境となり、女生徒の一人が、転校生に「一緒にアイドルをやらないか」と声をかけた、その時だ。転校生の少女は首を振ると、困惑する女生徒の前で「実は私――」と、ばっと制服を脱ぎ捨てた。
「――ネットアイドル海音☆彡シャナだったのです☆彡」
瞬間、まばゆい光がステージを照らし、脱ぎ捨てられた制服の向こうで、ブルーのウィッグにグリーンのカラーコンタクトという海音☆彡シャナの出で立ちでポーズを決めていた。
「カンテミールに希望を齎した、あの時の様に――もう一度、この学校にも希望を!」
そう、マイクを片手に高く手を掲げた瞬間。エカテリーナの仕込だろう、途端にステージは学校からコンサート会場へと変化していく。その中心で、佐那――海音☆彡シャナは一介の転校生から完全にアイドルとしてのオーラを放っていた。
「アイドルは、皆に希望を与える存在です☆彡 いえ、希望そのものなのです☆彡 境遇も文化も全てを超えて結束し得る、それがアイドルなのですよ☆彡」
その言葉を合図に、女生徒も、その仲間達も、いがみ合っていたはずの生徒会長も、皆が声を合わせて歌い、海音☆彡シャナと共に踊りはじめた。後は、殆どコンサートといった有様で、観客の盛大な拍手に包まれながら、盛大に幕を閉じたのだった――……
「凄かったあ」
その興奮冷めやらぬ中、観光へ戻ったものの、はあ、とステージを思い出してか、感嘆に息を漏らす朋美に「何だか妬けますねぇ」と唐突に声がかかった。不思議に思って振り返った朋美は、思いも寄らない相手に、驚いて目を見開いた。
「あ、え、ティアラさん!?」
裏返った声にティアラは笑う。丁度、小次郎を引っ張り出してきたところで、見知った顔を見かけて近付いて来たらしい。シリウス達も驚いて目を瞬かせているが、ティアラの方は気にした様子もない。どうやらこうしてちょくちょく歩き回ったりしているようで、街の人々の反応もやや淡白だ。
「次はティアラのコンサートに来てくれると嬉しいんですけどぉ?」
くすくすと笑うティアラに「あの」と慌てたように頭を下げたのは朋美だ。今度はティアラのほうが軽い驚きに目を瞬かせていると、朋美は続ける。
「先日は……色々と、すいませんでした」
主に街を破壊したことについての謝罪だったが、ティアラは笑って肩を竦めた。
「殆どバリアに守られてたんでぇ、被害はそんなになかったんだしぃ、それはお互い様ってことでぇ」
気にする必要ないですよ、と笑いながら、朋美とシリウス、そして自分が引っ張ってきた小次郎を手招きして「それじゃあ」とぱちんとウインクを送った。
「観光なら、ティアラに任せておいてもらいましょうかぁ」
とっておきを案内しますよ、と言うティアラに、シリウスは「なあ」と思わず声をかけた。
「『答え』は見つかったのか?」
その一言は、先日シリウスからティアラに向けられた言葉だ。ティアラは一瞬何かを口にしようとして、直ぐに首を振り、にっこりとアイドルらしい笑みを浮かべるとその手を大きく広げて、今は彼女が納めるその街を示して見せた。
「それは、この街のこれからでお見せしますよぉ」
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