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リアクション
アエーシュマの登場に真っ先に気付いたのは聖邪龍ケイオスブレードドラゴンに乗ってしびれ粉を撒くなど支援を行っていたヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)と、やはりミルバスに乗ってクレイモアミサイルによる支援砲撃を行っていたアニマ・ヴァイスハイト(あにま・う゛ぁいすはいと)だった。
「あれを見てください、宵一!」
「マスター、アエーシュマです。ほか、その後ろに数名の人間がいます。あれは……たぶん、コントラクターです」
それぞれが自分のパートナーに接近を知らせる。アニマは少しためらいがちに。
ヨルディアの言葉を耳にした十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)は神狩りの剣をふるっていた手を一時止め、上空を振り仰いで、ヨルディアが指し示す方角に視線を飛ばした。
戦闘に舞い上がる砂塵の向こうにばかでかい人影を見て、すぐにアエーシュマと分かった。距離があり、人の判別はつかなかったが、あんな巨体の持ち主はアエーシュマ以外いない。
「ついに現れたか――っと」
視界の隅から顔面めがけて飛来したチャクラムを剣の腹ではじき飛ばし、先までの相手の強化人間へ目を戻す。
「悪いな。用事ができた。もうおまえの相手はしてられん。
ヨルディア!」
「はい!」
すでに戦闘前にこうなったときの打ち合わせはすんでいた。
宵一の言葉を待たずにすでに詠唱を行っていたヨルディアは、巨大な鷲の姿をしたフレースヴェルグ、そして吹き上がる深紅の炎をまとったフェニックスを両翼に召喚した。
「あなたのお相手は私がしましょう」
走り出した宵一を追おうとする強化人間の前に飛び降りたヨルディアは笑顔で宣言するや、2頭の召喚獣に攻撃を命じる。
けたたましい怪鳥の鳴声を背後に、宵一は少し先で戦っていたもう1人のパートナーリイム・クローバー(りいむ・くろーばー)の名を呼ぶ。
「アエーシュマだ! 予定どおりにいくぞ!」
「はいでふ!」
すれ違った宵一に短く返答をし、リイムも即座に準備に入った。
(よし!)
「アエーシュマ!!」
息を吸い込み、思い切り声を張る。
それに応じるように人影が歩みを止めて振り返り、直後、巨体や砂煙に隠れるようにして見えなかった背後の人物たちの姿が見えて、その見知った顔ぶれに内心目をむいたが、表には出さなかった。
コントラクターがいると分かったところで、今さら止められない。
「今ごろになって出てくるとはな! どうした? 臆病風に吹かれて隠れていたんじゃなかったのか?」
「挑発されてるよ。きみにかまってもらいたいんだ。この子といい、きみ、人気あるねぇ」
首を傾げて切を指し、ルガトが笑う。切は素っ気なく肩をすくめるだけで、無言を通した。
「かまわないか?」
「かまうと言ったらやめてくれるの? やめないでしょ?」
「…………」
口端をわずかに上げ、笑みをつくると、アエーシュマは背側にさしてあったマチェットを抜いた。黒刃の刀だが、アエーシュマが持つとナイフのように見える。
「まーったく。きみのその戦闘好きには困ったものだなぁ。5000年を経ても相変わらずか。
ま、シカタイネ。文字どおり、死んでも直らなかったものだし。
ただし、ほどほどにね」
「分かっている」
(……よし)
プロボークに動いたのがアエーシュマだけなのを見て、宵一はほっとする。後ろにいる切や鉄心たちまで向かってこられたら、勝機はゼロだった。
もっとも、アエーシュマ1人でも勝機があるかは疑わしかったが。
そのアエーシュマの姿が、いきなりブレたように消えた。
「!!」
反射的、頭部をかばって上げた腕にマチェットがぶつかる。ギィンと刃のかち合う音がした。反発する力を利用して後方へ距離をとる。
危ないところだった。が。
偶然? ――まさか。
狙ったのだ。
アエーシュマの笑みの浮かんだ口元が、その閃きが真実と知らせる。
「すぐに壊れてくれるなよ、坊主」
長く太い腕が縦横に繰り出す斬撃が、まだ最初の一撃のしびれが残る宵一の腕を容赦なく攻めた。
遊んでいる。楽しんでいる。
戦うこと、「戦い」そのものが、この男の生きがいなのだ。
一方的に攻められる宵一。
このとき、ようやく柊 真司(ひいらぎ・しんじ)がこの場にたどり着いた。
砂煙の向こう、宵一がアエーシュマを相手に押されているのを見て、真司は背中のパーソナルスラスターパックを全開にする。その手には陽炎の印により具現化した剣が握られ、燃え盛る炎のごとく強烈なエネルギーを放出している。
高速で近づく真司に気付いたアエーシュマの胸元でチカッと光がまたたいた。
「!」
瞬時にそれと気づいた真司は、冷たい汗が背骨を伝い落ちるようないやな予感に触発されて横へ飛ぶ。つま先が地を離れた直後、彼のいた場所が音もなくえぐれた。
(違う。押しつぶされたんだ)
一瞬で流れた視界の隅で、真司はそれと認識した。
グラビトン砲。それはかつて遺跡のアストーが北カナン首都を攻撃する際に用いた武器だった。これもまた古代に失われたロストアイテムの1つだ。
重力波は視覚できないが、直径1メートルにも満たないあの大きさなら避けようはある。真司はアエーシュマの胸元で光がまたたくたびにポイントシフトを用いて進む角度を変え、ジグザグに移動することでグラビトン砲を躱わし、距離を詰めるとアエーシュマに斬りつけた。
しかしその刃は遠く、バリアで防がれる。
接着面がエネルギー光を発し、拮抗した一瞬後に真司ははじけ飛んだ。
「うわあっ!」
「真司!」
「マスター!」
リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)が叫ぶと同時に背中に銀色の龍翼が展開した。ドン、という圧の音を響かせて瞬時に舞い上がったリーラはそこからアエーシュマめがけて一気に急降下する。
派手なリーラの特攻に、地上の強化人間たちから銃撃が起きたが、そのすべてをアニマが両手のM9/Avで撃ち砕き、相殺し、さらに攻撃することで自分に攻撃対象を移す。
アニマを完全に信頼してか、それともほかは何も目に入らないのか。リーラはまっすぐアエーシュマのみを標的とする。
「今日は、この前のようにはいかないわよ〜」
その身に取り込んだ破鎚竜エリュプシオン、鋼鎧竜アルミュール、アブソービングドラゴン、ドラゴニックヴァイパー、ドラゴニックアームズ、そのすべてを出し切った一点集中砲火での突貫は、アエーシュマが張ったバリアすらも破砕した。
「ああ、いいなぁ、あれ。欲しいな」
ガラスが砕けるような破砕音が響くなか、アエーシュマの足元に身を縮めて着地したリーラを見て、ルガトはいいものを見たというふうに喜びの声を発する。
「アエーシュマ、あのキメラ、生け獲りにしてくれないかなぁ」
無防備に間合いに入られたアエーシュマの身を一切心配していない、悠長な声。しかしそれも無理ないことだった。
アエーシュマはリーラの近接攻撃をすべて受け止め、流し、やがてはパターンを掴んだのか、竜頭が炎を吹こうとするのを見計らって殴り飛ばす。リーラの顔にあせりが浮かんだ。
上空から支援砲撃をしようとしたアニマに向かい、陽光を七色にはじく光が上昇してくる。
「アニマ、避けろ!」
真司は叫んだが、一手遅く、アニマは真空波を受けて墜落した。
「……このやろう……!」
ぎゅっとこぶしを固めた真司の全身から怒りが吹き上がり、それに反応するように手のエネルギーソードが激しさを増す。
「真司、俺に従え」
息を整えた宵一が、再び参戦した。
意図は分からなかったがその含みのある言葉から何か策があるのだろうと直感した真司は、宵一のあとを走る。
「リーラさん、どいてくれ!」
名を呼ばれたリーラはそれに従い、すばやく上に跳んで場を渡す。アエーシュマはそれを追おうとしなかった。さまざまな手で次々と仕掛けてくる彼らを楽しんでいるのだろう。
子どもの相手をする大人のように。
(だが、それならそれで、つけ入る隙があるというものだ)
侮るなら侮ればいい。こちらはそれを逆手に取るだけだ。
宵一は真司と連携し、はさんで攻撃をする。2人の様子を見ていたリーラがさらにそこに参戦し、3方からの同時攻撃をした。
アエーシュマはマチェットとグラビトン砲、それにときどき真空波を放ち、高速移動でも避けられそうにない攻撃はバリアを使って剣先を捌いた。
宵一はアエーシュマの攻撃に押し込まれるかたちで、ジリジリと後退していく。
「フン。おまえ、何か考えているな」
宵一の動きに何かを察したアエーシュマがつぶやく。宵一はニヤリと笑ってその場にしゃがみ込み、直後、彼の後ろからぬっと現れたラビドリーハウンドが両手のダブルヘヴィーマシンガンを連射した。しかしその銃弾はすべて空を裂くのみで、一瞬後にはマチェットを突き立てられ、火花を吹く結果となった。
「こんなものが奥の手か?」
皮肉げにマチェットを引き抜くアエーシュマに、時間差でまたもやブルーティッシュハウンドがガトリングガンの放火を浴びせる。
どれも時間稼ぎだ。それは宵一にも分かっている。
2体が作り出してくれた隙に宵一は180度転進し、走った。それを真司が追うように走り、リーラは撤退する。
そんな2人の背に向けてマチェットが飛ぶ。それと気づき、2人は別々の方角に同時に跳躍した。避けきったつもりがブーメランのように回転して戻ってきたマチェットにふくらはぎを裂かれ、地に下りた直後宵一はがくりとひざを折る。
「どうした? 坊主。この程度か」
「……今、あれを俺の奥の手と言ったな。訂正しろ。
これが俺の――いや、俺たちの奥の手だ!!」
咆哮を上げた瞬間、アエーシュマを中心に半径5メートルの円で光が吹き上がった。
リイムの技、レプリカシャドウレイヤーだ。それと同時に潜んでいた調律機晶兵が立ち上がり、アエーシュマに斬りかかっていく。アエーシュマは軽く一刀両断したが、真っ二つに割れたその後ろから飛び込んできていた小さな生き物には不意をつかれた。
「くらうでふよーーーーッ!!」
勇ましい声を発してリイムが終生のアイオーンで斬りかかる。
タイミングは合っていた。戦術もなかなかだった。惜しむらくは、リイムの体格だ。身長40センチ、体重4キロのリイムと身長3メートル弱、300キロ近い体重のアエーシュマでは腕のリーチ、間合いから違いすぎる。
アエーシュマの腕のひと振りで難なくリイムは退けられた。
「リイム!!」
クルクル回転しながらはじけ飛んでいくリイムの名を叫び、そちらへ駆け出そうとした宵一は、横から激しいタックルを受けて地に転がった。
「宵一くん、逃げて!」
緊迫した遠野 歌菜(とおの・かな)の声が聞こえる。
顔を上げた宵一は先まで自分がいた場所が深く円形にえぐられているのと、アエーシュマの腕に彼女の技、エクスプレス・ザ・ワールドの槍が突き刺さっているのを見た。
「立て! 退くぞ!」
彼にタックルをかけた月崎 羽純(つきざき・はすみ)が跳ね起きて、アエーシュマが歌菜の攻撃をバリアで防いでいる隙に、宵一とともに全力でその場を離脱する。
歌菜は急降下したヨルディアが地に転がって目を回しているリイムをすくい上げて上昇するのを確認して、全員に即時撤退を促した。
「みんな、これまでよ! 戦闘は放棄! 各自定めた場所まで退いて!」
もともとこれは時間稼ぎのための戦いだというのは全員承知の上だった。
むしろその戦いで、強化人間を8体も倒せたのは上出来と言うほかない。彼らの立てた戦術が優れていたことによる功績だ。
「大分やられちゃったみたいだね」
コントラクターが去ったあと、呼び集めた強化人間たちを前に、さすがにルガトも渋い顔をせずにはいられなかった。
残った5体も強化装甲を砕かれたり胸や腕にひびを入れている。だが戦闘不能というほどでもなさそうだ。
ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)が入口に張ってあった氷壁は、アエーシュマによる数度の攻撃で、やがて人が通れるくらいの穴を開けた。インビジブルトラップもスープの野生の勘ですべて見つけられ、爆破されてしまう。
「さあ行こう。アストレースがぼくたちを待っている」
強化人間5体、アエーシュマ、それにコントラクター5人を引き連れて、ルガトは古代遺跡の入り口を下りて行った。
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