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過去から未来に繋ぐために

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過去から未来に繋ぐために
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8章 今日という日を生き残るために


 生身ではサイクラノーシュには対抗できない。
 事実、生身でサイクラノーシュに対抗しようとした愛が敵の砲撃に巻き込まれて明後日の方向にすっ飛んでいっている。
 イコンに乗っていなければ、この戦場では生き抜く事は難しい。とは言え……【クェイル】を駆るセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)のイコン操縦技術は、お世辞にも上手いとは言えない。
 敵が自分と同等のサイズならば対等に渡り合える自信はある。森林戦、砂漠戦、屋内戦、市街戦、水中戦、寒冷地戦、熱帯戦などオールマイティにこなせる自信があるが、イコン操縦については教導団の授業で常に赤点スレスレの成績で、ペーパーテストで辛うじて点数を稼いでいた。そんな人間がサイクラノーシュとの決戦に挑むのは無謀もいいところだが、そうも言っていられない。
『――これより我は、ジェネレーターに突っ込む!』
 モニターに巽からのメッセージが着信した。丁度いい。こちらもそろそろ限界だった所だ。
「全力で駆け抜けるわ!」
 森林を疾走するクェイルに、ブラックナイト2体が接近する。
 ブラックナイトのモチーフは【ストーク】だ。機体の性能面とパイロットの技巧面を考慮すると、戦闘能力はほぼ同等。
 厳しいわね、とセレンフィリティは思った。周囲に発生する虹色の泡をかわしながらブラックナイトの攻撃を回避するのは不可能だ。
 だが、こちらにも意地がある。恋人のセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)と共に生き抜く――それがセレンフィリティの意地と誇りだ。
「……クェイルなんてロートルに乗ってるけど、甘く見たら火傷するわよ!」
 戦闘は避けて通れない。高速移動でブラックナイトの剣をかわし、懐に飛び込む。交差の瞬間に【デュランダル】でブラックナイトのスラスターを断ち斬り、飛行不可能にさせる。
 もう1体のブラックナイトの斬撃に対しては身を素早く反転させてかわす。微かに剣先が接触し、右腕部装甲が弾け飛んだ。
「セレン、壊すのはいいけど、こっちが壊されたら元も子もないわよ!」
「そう簡単に壊されないわよ! セレアナがいるから操縦は丸投げできるし――」
 クェイルがデュランダルを振るった。相手のスラスターを斬り落として飛行できないようにしてから、前方に聳えるサイクラノーシュの下に急ぐ。
「――今夜は、セレアナと思い切り愛し合うんだから!」
「大きな声で言わないでよ、バカ!」
 そうだ。この戦いが終わったら、セレアナと愛を交わし合うのだ。
 火の粉と虹色の泡が舞う森林を駆け抜けサイクラノーシュのすぐ傍にまで接近したクェイルは、一気に跳躍した。
 モニターにサイクラノーシュの左脚が大きく映り込む。クェイルが左脚の付け根に取り付いた瞬間、虹色の泡がクェイルを包み込んだ。


■再現された過去■


 セレンフィリティの意識が過去に飛んだ。
「軍人たる者、恋愛沙汰にも長けておらねばならぬ」
 金 鋭峰の言葉に端を発した恋愛訓練。その舞台にセレンフィリティの意識は飛んでいた。
 あの時のセレンフィリティは、『恋愛訓練など馬鹿げている』と考えていた。故に訓練にも祭りにも乗る気になれず、ただひたすらに仏頂面を晒すだけだった。
「ねえ、セレアナ……? 何で貴女はそんなつまらなそうにしてるの? ……アタシといると、そんなに退屈?」
 今なら言える。『そんな事は無い』と。
「そんな顔しないでよ、もう。ねえ……私の胸、触ってみて? すごいドキドキしてるでしょ? これ全部……貴女のせいなんだからね?」
 記憶通り、過去のセレンフィリティは「……何馬鹿な事言ってるのよ」と答えた。
 その後、多少の波乱はあったが無事に2人は仲直りできた。
 恋愛感情を表現する上で、様々な言葉がある。だが、2人に言葉は要らなかった。思いを口にすれば、この気持ちも消え失せてしまう。そんな気がしたのだ。
 2人は口付けを交わした。熱く激しく、愛を確かめ合った。




 ――愛している。
 だから……


■現在■


「――生き残る……! セレアナと一緒に、生き残ってみせる!」
 セレンフィリティの意識が『現在』に舞い戻った。
 クェイルはサイクラノーシュの左脚の付け根に取り付いたままだ。間髪入れず、セレンフィリティは【機晶技術】でジェネレーターの大雑把な部位を探った。
 サイクラノーシュの動力源は【ハイブリッドジェネレーター】。機晶石と機甲石を併用した代物だ。ならば、ジェネレーターの部位や弱点も機晶系列の物体の構造と似通っているはずだ。
「――見えた!」
 左脚の構造を把握したセレンフィリティは、ジェネレーター目がけて【ウィッチクラフトライフル】の全弾を叩き込んだ。零距離から放たれた弾丸が装甲を穿ち、壊し、貫いていく。
「こんなもん、ブッ壊してやるわよ!! 『壊し屋セレン』をナメるなっ!!」
 破壊された装甲の破片が飛び散り、クェイルを掠めていく。破片が掠る度にクェイルの装甲が弾け飛び、重心がずれていく。セレンフィリティとセレアナは必死にクェイルの位置を維持しながら、ライフルを撃ち続ける。
 ――ウィッチクラフトライフルの弾丸が、遂にジェネレーターの心臓部を捉えた。保護用の装甲を突き破り、鼓動する2つの石に弾丸が突き刺さる。
 瞬間、光が漏れた。機晶石が発する白い光と機甲石が発する黒い光が入り混じり、白と黒の演舞と化して爆裂する。
 サイクラノーシュの左脚から白と黒の光が迸り、爆散した。超高熱を伴う爆風に巻き込まれ、クェイルは吹き飛ばされた。
「ぐ……うぅっ……!」
 クェイルを覆う全ての装甲が融け落ちる。コクピットを守るために突き出した両腕はばらばらに吹き飛び、コクピット内の機器がボンッと音を立てて爆発した。
 ――耐えた。爆風と黒煙の中から現れたクェイルはコクピット部と頭部と右腕だけを残して無事だった。しかしながらクェイルの機能は完全に停止してしまっており、地表目がけて落下していく。
「死ぬ時は……」
「一緒、ね……」
 激しい落下と衝撃が三半規管を狂わす。しかしそれでも、セレンフィリティとセレアナは諦めない。
 互いの指に結ばれた【誓いの糸】がルビー色に染まる。セレンフィリティは【絶望の旋律】をコクピットハッチに向けた。
「だけど……ここでは、死なないっ!!」
 トリガーを引く。絶望を力に変えて放たれた弾丸がコクピットハッチをブチ抜き、外界に通じる道を作り出す。
「飛ぶわ!」
 セレンフィリティとセレアナは頷き合い、コクピットから跳躍した。
 パラシュートも何も無い。だが、大丈夫だ。
 【女王の加護】が2人を導いた。【防衛計画】で周辺の地形を正確に把握していたセレアナがセレンフィリティの手を取り、針葉樹の中に突っ込む。
 2人は無数に聳える針葉樹の葉をクッションとする事で、落下の衝撃を最大限緩和した。
 ズサササササ――ッ
 全身が葉で擦れ、腐葉土に落下する。前日まで雨が降っていた事と、落下先が腐葉土だったお陰で、2人は無事に着地した。
 視界の彼方では、自分たちが乗っていたクェイルが地表に激突・爆発していた。クェイルに乗り続けていれば、2人は死亡していただろう。
 全身血だらけ、泥だらけだが、何とか生きている。セレンフィリティとセレアナは、よろめきながらも立ち上がった。
「はぁ、はぁ……なんとか、なったわね……」
「ええ……!」
 2人は、今日という日を生き延びた。
 セレンフィリティとセレアナは互いに抱き合い、生の喜びを分かち合った。