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リアクション
グラキエスはビルの吹き抜けを舞い上がり、飛行能力を持つ敵の位置を確認しながらしながら、人手の足りないところを補足しようと動いていた。
彼の合図で三階へ向かうのは、パートナーのウルディカとロア、そしてスヴェトラーナである。
「エンドの活性化は長い時間使わせたくありません。なるべく短時間で済ませなければ」
「それ程長引かせるつもりは、ありませんッ!」
スヴェトラーナはウルディカが銃撃で叩き落した敵を、地面スレスレでかち上げながら振り返りもせずに、ロアへ言う。
「確かに作戦線の密度は低いですけど、プラヴダが戦線から民間人を脱出させるまで持ちこたえればいいだけなんです」
ウィリについては空京警察や国軍よりも、事件を把握し契約者と共に独自に調査を進めていたプラヴダの方が対応能力が高いが、パラミタに現存する種族では無い未知の敵である事には変わりない。
現在プラヴダは契約者の協力を得られている事から外線作戦(後方連絡線を外方面におく)を取っており、各部隊の配備には時間を要する。
その中で引き続き行われている民間人の救助をサポートするのが、彼等に出来る事だった。
「例の病院で得た敵のデータ通りなら、此処に居る契約者と戦闘力は僅差であるとチュバイス少尉は仰られました。
目的の達成の為に契約者と手を組めと旅団長からも指示が出ています。
ウルディカさん指揮を――、私はあなたに従います」
「了解した。
引き続き攻勢作戦を維持する。集中攻撃で各個撃破する」
ウルディカの指示に、彼等は動く。
まずグラキエスが上空から敵に対し第一の攻撃を行う。敵が飛行能力を有する場合、狙いは有機の羽根や箒であった。
この攻撃は敵の集中をグラキエスに向けるのを目的とされたもので、上手くいこうといくまいと、その間にロアの弾幕や雷電の援護が来る。そうしている間にウルディカは敵を見極め、地上に落ちてくるところをスヴェトラーナと叩いた。
連携は完璧にとれている。個々の能力も高い事から、彼等は少女たちを確実に撃破していった。
しかし敵は常に一体で居るとは限らない。彼等が今相手にしていたのは、ハーフフェアリーとアリス、花妖精の少女達である。
飛行能力を持つハーフフェアリーには、当然グラキエスが向かった。
敵が有しているのは、ディーヴァのような能力である。攻撃力に関しては警戒する程でも無いが、動きを封じるのは容易では無い。浸食状態に出来る剣の攻撃で、徐々に削っていくしかない為、グラキエスは召喚獣バハムートを喚び、牽制をしつつ攻撃を加えていく。
その間、地上をいくウルディカは、アリスに相対していた。互いに武器は短銃であり撃ち合いになっていたが、通常この武器では中距離から攻撃していくのに対し、ウルディカは体術を交ぜた攻撃を得意としている。どんどん間合いを詰めてくる彼に、アリスは後ろへと下がっていくことしかできない。
その時、アリスはハッと気がついた。手すりを駆け、スヴェトラーナが向かって来ている。アリスの銃は二丁。左の狙いをスヴェトラーナに向ける。数弾発射したところで、スヴェトラーナがアリスへ向かって飛び込んだ。それを咄嗟に避けた方向――前方で、顔を上げると、目の前にぴたりとつけられた銃口にアリスは消滅した。
敵の撃破の確認をスヴェトラーナに任せ、ウルディカは反転する。ロアが交戦中なのだ。
(援護を――)
そう思った時、ウルディカの目は別の仲間の姿を捉えた。
「ふっ、よっ、はっ、せいっ、ちょいなっ!」
ロアの銃撃を受けている花妖精の足下へ、槍の矛先を向けているのは姫星だった。
「ふふっ、この銃撃に槍捌き、見切れますか?」
挑発にか、攻撃にか、花妖精が表情を歪めていた時には、既に懐に墓守姫が潜り込んでいる。燃え上がる杖に焼かれ、花妖精の姿が霧散していくと、一段落に姫星が息を整えながらウルディカらへ向き直った。
「私達は二階から端のエスカレーターを使って上がってきました」
「二階は制圧済みか」
ウルディカの確認に、二人が頷く。
「目標は幽霊みたいなものですから完全とはいきませんが、三階も一先ず安全と言えるんじゃないでしょうか」
スヴェトラーナが言ったところで、戦いを終えていたグラキエスが戻ってくる。
「四階は二人。トゥリンと…………兄タロウだ」
上空から館内を把握していた彼の話す内容に、スヴェトラーナは眉を顰めた。
「それはもの凄く安心で、もの凄く心配ですね!!」
と言う訳で、彼等は揃って上階を目指す。
「しかし強敵ぞろいか、厄介な」
呟いた声に、ロアは一度目を大きく開き、笑いながら
「それにしてもウォークライ、折角彼女に会えたのに残念でしたね」
と、日常的な会話で返すのだった。
*
「分かり易く……サッカーのポジションで例えましょう。
センターバック(DF)がキアラさんでエレナと共に支援と一般客を宥めて落ち着かせる役割を、
トップ下(MF)が私で、ソフィーチカ(ソフィア)の攻撃を直接的に支えます。
ワントップ(FW)がソフィーチカ。彼女は特に炎の超能力の扱いに秀でている子です。この状況下では最も力を発揮するでしょう」
風術を纏うようにしながら気流を生じさせ敵の攻撃を避けながら、佐那は上階を目指してパートナーと共に進んでいた。
彼女達が向かったレストラン階は、五階と六階が繋がった構造になっている。既に武尊と辿り着いていたキアラにそう頼むと、先に六階へ向かった。
「下に逃がすから六階を優先するっス。カバー頼んだっスよ」
そう言うキアラに、武尊は了解し吹き抜けの縁に立った。
「Я бабочка……」
ソフィアが閉じた瞳を静かに開くと、彼女の影から鱗翅目の大群が現れる。
キアラがアレクから受けた連絡と、上階に登る間に軽く対峙した事から、敵が火熱属性を苦手としているのは解っていた。
(炎を纏ったこの子達は、炎が苦手な敵にとって、いわば浮遊式の機雷なのです)
それらはソフィアの周囲を飛び回り、敵が不容易に近付くのを阻んでいた。
「キアラさん、此処はカフェやレストランのある飲食店区画。そこのお客様を適切に誘導するには、キアラさんの日頃から身に付けたスキル――すなわち『接客』が役に立ちますわ」
――どうか、いつも通りのキアラさんで避難誘導の音頭を取って下さいませ、とエレナがくれたアドヴァイスにで、キアラは高揚する心に平常時の冷静さを取り戻した。
戦場では高い集中力を持続させながら任務をこなさなければならない上、市街地における戦闘行為は民間人を巻き込まずに目標を撃破するプレッシャーがある。そういった際に、気心の知れた仲間と声を掛け合える――エレナの言った言葉は――、戦闘時においても、戦闘後においてもとても重要な事だった。
「まずは私達が落ち着かないとっスね」
すーはーと深呼吸をし、キアラはエレナと共にパニックを起こしかけていた客とスタッフへ呼び掛ける。だが小さな子供が泣き出し、警備員とスタッフが誘導をと声を張り上げる中では、二人の声は中々通らない。
「エレナちゃん、先にスタッフに声をかけて――」
キアラとエレナが顔を付き合わせていた時だった。
「任せて!」と肩にぽんっと衝撃がある。
振り向けばさゆみとアデリーヌが、そこに立っていた。
彼女達はこの階にあるカフェにやってきて――漸く席を確保した矢先に――巻き込まれていたらしい。歌い、皆の心をある程度落ち着けると、二人は声を揃えた。
「皆(さん)、聞いて(下さいませ)!」
階に居た客やスタッフの顔がそちらへさっと集まる。彼女達はアイドルとして名の知れた存在だ。見知った声だから皆はそちらを向いたし、よく見る顔だからこそ、皆の話への集中度も高くなった。
「いきなり事件に巻き込まれて、びっくりしたよね。
私たちも本当は怖いけど、だからこそクールになろう!」
「ここに居るのは救助の方々ですわ。まずは落ち着いて、お話を聞いて下さいませ」
「さあ、キアラさん」
エレナに促され、キアラは説明を始めた。
空京には観光の地球人も多く存在する。キアラは自分達が皆の救助にきている『契約者である』事をまず最初に改めて伝えた。そして階下の武尊や佐那とソフィアを示し、彼等が皆が逃げる間に護ってくれる事、六階に居る者は五階に下り、そこから順にエレベーターを利用して一階で降車、そこでもまた軍隊が待っている事を簡潔に伝える。
彼女達のように年若い、ともすれば頼りなくも思えそうな女性たちが見せる笑顔は、一見この場に不似合いに思えるが、“だから大丈夫なのだ”と心を落ち着け、ポジティブにさせる効果を持っていた。それをきっかけに館内に居た者は“まずは子供や老人から”と誰となく動き始める。
「私は皆の心を鎮める為に歌をうたうわ。
その…………誘導には向いていないし…………」
自覚症状があるだけマシかもしれないが、さゆみは絶望的な方向音痴だ。それを理解しているキアラは、目立つ彼女を目印として居てもらうことにする。その場所を決めたのは、案内板を見ていたアデリーヌだった。
エレナ、さゆみ、アデリーヌが三カ所につくと、つかず離れずの距離で、ソフィアと武尊が敵の動きを阻害し避難客を守り、佐那が彼女をサポートする。
少女達は誘導をするキアラ達を狙っていた。エレベーターホールに立つキアラの背に向かって、獣人の少女がクナイを飛ばそうとするが――
「そうはいきませんよ!」
空かさずやってきた佐那の炎をまとった聖獣が、少女に襲いかかる。
(どんなに強い敵でも、どんなに素早い敵でも、攻撃に移行する瞬間は同じです。それまでとは異なる攻撃をする為のアクションを取らねばなりません
そして、僅かでも攻撃への動作を取れば、私の張り巡らせた風はその流れに生じた乱れを逃さないのですよ)
「――!?」
少女の方は佐那の動きを知覚出来ておらず、驚きつつも慌てて横に逸れたが、鱗翅目の翼で舞い上がったソフィアの、直径1もの巨大な戦輪が襲い来る。
少女は今度も反対側へ避けたが――、
「そこ!!」
風を纏った数個の特殊力場を駆け上がった佐那が、風の力が籠められたシューズで球体状の風術をオーバーヘッドキックの要領で打ち込んできた。
敵の姿が霧散していった後、キアラは折をみて誘導をエレナに任せ、踵を返した。
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