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リアクション
【西暦2024年 10月某日】 〜鏡の滝 秋の例大祭〜
「神事を行いたい……?えっと……、翠さんがですか?」
「ウンっ!そうなの!」
そう無邪気に返事をする及川 翠(おいかわ・みどり)とは対照的に、戸惑いの表情を浮かべる五十鈴宮 円華(いすずのみや・まどか)。
「すみません、円華さん。翠がどうしても『陽菜(ひな)さんを、自分でするんだって』言って聞かなくて……。そうは言っても、私達みんな素人ですし、どうしていいか分からなくて……。それで、円華さんに相談させて頂いたんです。――お願いです、円華さん。私達に、神様のお祭りの仕方を教えて下さいませんか?」
ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)は、わらにもすがる思いで頼んだ。
ちなみに陽菜というのは、「鏡の滝」という大変美しい滝に住まう地祇である。
はるかな昔、正体不明の導師によって封印されてしまったが、それを遺跡巡りをしていた翠達が偶然助け出し、それ以来懇意にしているのである。
「――わかりました。お世話になった地祇の方への恩返しのために、自ら神事を行おうという翠さんの『想い』。私、感動しました。私で良ければ、ご指導致します」
「ホントですか!?有難うございます、円華さん!!」
「わ〜い!やったなの〜!!」
喜ぶミリアと翠の後ろで、スノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)と徳永 瑠璃(とくなが・るり)も、ホッと胸を撫で下ろす。
「厳しい特訓になりますけど、しっかり付いて来て下さいね」
「えっ!?」
円華の口をサラリと突いて出た一言に、思わず凍りついた。
「皆さん、いよいよ本番です。これまで、よく頑張りましたね」
神事当日――。
それぞれ美しい装束に身を包み、控え室に並ぶ翠達。
控室と言っても、神事の場が鏡の滝であるため、紅白の布を巡らしただけの簡素な作りである。
4人を前に、円華が最後の訓示を述べる。
「皆さんには、神事を滞り無く行えるだけの力は、もう充分に身についています。後は、緊張さえしなければ大丈夫です。練習を思い出して、誠心誠意お祭りを行えば、皆さんの真心はきっと神様に届きます。自分を信じて、リラックスして行きましょう」
言うべき事を言って、裏方に下がる円華。
彼女は神事そのものには一切かかわらず、神事に参列する近隣の村人達の応対や、その他の雑務をする事になっている。
円華が姿を消し、4人だけになると、一気に緊張が増して来る。
「ど、どうしよう……。大丈夫かしら、私……」
「ミリア、心配しなくても大丈夫なの〜!あんなに頑張ったんだもの、きっと上手く行くに決まってるの〜!」
「翠さんは、少し緊張した方がいいと思いますよ」
「瑠璃さんの言う通りですぅ〜。翠ちゃん、練習で人一倍失敗してたんですからぁ〜」
などと言っている間にも、祭りに参列しようという人達が、続々と集まりつつある。
この2年余りの間に、陽菜が地祇として村人達に認められたという証である。
さて、祀られる側の陽菜はと言うと、やはりこちらも緊張気味に、滝壺の水の中でスタンバっていた。
実は、こうして改まって祀られるのは、初めてなのだ。
(な、なんだか随分たくさん人が集まってるみたいだけど、どうしよう……。翠ちゃんたち、大丈夫かな……)
陽菜自身は神事の間、済まして立っていれば良いだけだから心配する事はないのだが、その分翠達の事が心配でしょうがない。
そうして、ひどく緊張を強いられる時間が、やけにゆっくりと過ぎて行き――。
「それではこれより、鏡の滝の精、陽菜様へのお祭りを、執り行います」
司会役の円華が、厳かに告げる。
神事が、始まった。
「始めに、修祓(しゅばつ)」
修祓というのは、祭りの前に、参列者達を、清め、穢れを払う儀式である。
お祓い、と聞いて大抵の人が真っ先に思い浮かべる、いわゆる『お祓い棒』でバサバサやるアレである。
ちなみにお祓い棒というのはあくまで俗称であり、正式には「大幣(おおぬさ)』と呼ぶ。
修祓を執り行うのは、翠だ。
翠が、「お祓い棒振りたいの〜!」と主張したためである。
陽菜を祀る祭壇とは別に、脇に設けられた祭壇で呪文を唱え、大幣に浄化の力を込める。
そして、その大幣を振って、参列者の穢れを払うのだ。
つまり、決められた手順のある儀式であり、それなりに難しい。
翠は練習で散々手順を間違え、それだけに皆この修祓を一番心配していた。
そして皆の心配した通り、本番でも翠はところどころ間違いを犯し、その度にミリア達は肝を冷やした。
しかし、翠自身は自分の間違いにまるで気づかず、「まるでそれが正しい手順であるかのように」堂々と振る舞った。
そのため、儀式の正しい手順を知らない参列者達は、翠が間違いを犯した事に気づかなかったのだ。
人並外れた天然ボケである、翠ならではの殊勲と言える。
修祓の次は、いよいよ祭りの本番、祝詞奏上である。
この祝詞というのは、神が常日頃自分達にもたらしてくれている加護に対する感謝の気持ちを述べ、そして神の偉大さを褒め称えるための文章を、古語で書き記したモノだ。
これから奏上する祝詞は、翠達が4人で相談しあって出したアイディアを、円華が古語に翻訳したものである。
祝詞を奏上するのは当然、4人の中で一番のしっかり者であるミリアの役である。
この祝詞奏上では、陽菜が滝壺から姿を現し、直接ミリアの言葉を聞く事になる。
この大役をミリアは、少し緊張しながらも、しっかり務め上げる事が出来た。
最後に控えるのは、スノゥと瑠璃による神楽舞の奉納である。
先程、祝詞奏上を「祭りの本番」と言ったが、一般の参列者にとってはむしろ、こちらの方が本番だろう。
スノゥも瑠璃も、神楽舞は円華から太鼓判を押されている。
二人は陽菜への日頃の感謝を込めて舞い、その艶やかさに陽菜も参列者も賞賛のため息を漏らした。
こうして、神事はつつがなく終わった。
「皆さん、とても良かったですよ」
控えの間に戻ってきた4人を、円華は満面の笑みで出迎えた。
「翠が間違えた時は、正直ドキドキしたけど、なんとかなったね〜」
ホッとした顔で、ミリアが言う。
「え!私、何か間違えた!?」
「やっぱり、分かってなかったのね……」
「いいんですよ、それで。少しくらい間違えても、堂々としていれば、一般の方にはわかりません」
「そ、そういうものなんですか!?」
円華の言葉に、ギョッとするミリア。
「本当の所、神様にもよるんですが……。陽菜さんならそれくらい許してくれますよ、きっと」
「そうなの〜♪」
「あなたは、少し反省しなさい!」
「まあまあ、小言はまたあとで。それより、宴の準備を急がないと」
「そ、それもそうですね!」
「早く着替えないとなの〜!」
神事の後は、スノゥが前日から仕込んでいた手作りの料理と、瑠璃の手配した御神酒が、参列者に振る舞われた。
この宴には陽菜も参加し、参列者は、美味しい料理と酒に舌鼓を打ち、陽菜と直接言葉を交わす時間を存分に楽しんだ。
調子に乗った翠が色々と粗相をしたが、それも座興と笑って許された。
「翠ちゃん、皆さん、今日は、こんな素敵な神事を有難うございます」
「陽菜ちゃんが、喜んでくれて嬉しいの!」
「良かったですね、皆さん」
そう言う円華の目尻には、光るものがある。
「ウン!良かったの!!」
それは翠だけではない、皆の共通した想いだった。
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