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別れの曲

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【共に】


 空京の喫茶店で、影月 銀(かげつき・しろがね)ミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)は対峙していた。
 何時も同じように出掛けた先だったが、「これからの事についてなんだけど――」と切り出されれば、銀も居住まいを正してしまう。
 とは言っても、ミシェルが切り出そうとしている話について、凡その見当はついていた。
 彼女が勉強のとる時間が延びた事から……、否、単純に机の上の空今日大学の案内や地球の大学の医学部のパンフレットなどを見れば考えるまでもない。
「私、医者になりたい」
 こくりと喉を鳴らして覚悟と共に吐き出された言葉に、銀は静かに頷く。
「……驚かないんだね」
 静かな反応を前に逆に驚いた様子の彼女に、銀は答える。
「以前から救護役を買って出る事もあったし、……何より他者に優しい。
 人を救う仕事に就きたいと思うのも、自然な流れだろう」
 素直に褒められて思わず頬を赤らめるミシェルに、銀が小さく微笑むと、背中を押してくれる空気にミシェルは堰を切ったように喋り始めた。
 医者になりたいと思った切っ掛けは、「女だとばれるから嫌だ」と病院へ行こうとしない銀を診てあげたいと思ったからであったが、それだけは秘密にしておく。
「そのために空京大学に入学しようと思って、少し前から勉強を始めたよ。
 多分来年は無理だけど、再来年には合格できるように頑張ってるんだよ」
「ミシェルがやりたいと思うことなら、俺は応援しよう」
「うん、うん……、有り難う」
 銀を見つめて、それから視線はゆっくりと下へ落ちて行く。切り出そうと思っていたのは、自分の将来の事だけではないからだ。
 縫い止められたように動かない唇を震わせて、ミシェルは意を決した。
「だからね、銀とはそろそろお別れかな、って。
 銀は根っからの忍者だし、これからは隠密として明倫館や葦原藩で働くんだと思う。
 ちょっと寂しいけど、それぞれの道を精一杯進まなきゃね!」
 笑顔を見せたのは、泣いてしまわないようにした結果だった。
 ――早く、早く答えて欲しい。
 時間が経てば経つ程ミシェルの胸は締め付けられて苦しくなる。黒い瞳が強い想いに揺れた時、漸く銀が口を開いた。
「俺は、忍者を辞める」


 * * * 



 それは2025年の夏だった。
「ミシェル、ただいま」
「おかえり、銀。それ持つよ」
 銀が抱えていた荷物の一部を受け取って、ミシェルはぱたぱたとキッチンへ入って行く。空京のとある場所に、二人は暮らしていた。
 あの日、銀がミシェルに告げたのは、隠れ里出身の忍者であった銀が、明倫館を辞めるという意思だった。
「ミシェルもその方が勉強しやすいだろうしな」
 と事も無げに言って、万屋――まあ便利屋だな、と銀は言う――を始めようと続ける。反論する隙もなく、銀は真摯にミシェルに言った。
「俺にとって、ミシェルは唯一無二の大切な大切な存在だ。何をしてでも守りたいと、そう思っている。
 ……そうして気付いたのは、「誰かを守りたいのなら、無闇に争ってはいけない」ということだ。争えば争うだけ、大切な人を巻き込み、傷つけるリスクが増える。
 だから俺は忍者を辞める。
 俺のせいでミシェルを傷つけてしまうなんて、絶対にあってはならない」

 そこから話がトントン拍子に進んだのは、銀がそれ以前からミシェルの事を真剣に考えて居たからだろう。
 明倫館を辞め、空京で二人で暮らす部屋を探して、塾も探した。
 銀は今あの日語った通り万屋の事務所を別に持ち、勉学に励むミシェルを支えている。色々と大変な事もあるが、それを差し引いても余り有る生活だ。

「銀、この箱なに?」
 キッチンのテーブルにのせた白い箱を覗き込み、此方を期待の眼差しで見るミシェルに、銀は眉を下げる。
「ケーキだ。
 この間の模試、中々良い点数だったんだろ?」
「銀――!」
 有り難うの言葉の代わりに抱きついてくる彼女を受け止め、銀は思う。

(ミシェルと共に生きられて、俺は今幸せだ)